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中編

   

 コンサートの数日後。

 大学からの帰り道で、僕は気になる女性を見かけた。

 年齢は、僕と同じくらいだろうか。裾の広い、赤いワンピースを着た女性。ストレートの長い黒髪も似合っているのだが、前髪まで長めのため、少し顔が隠れてしまっているのは、玉に瑕という感じだった。

 彼女は駅前の雑踏の中でも埋もれずに、独特のオーラを放っているように、僕には感じられた。しかし、他の通行人たちがそれに気づいている様子はない。そもそも、別に美人というわけでも美少女というわけでも、スタイル抜群というわけでもないのだから。

 つい立ち止まって、その姿をジッと凝視しながら、ふと考えてしまう。

「なぜ僕だけ、こうも彼女のことが気になるのだろう? もしかして……」

 彼女と僕との間には、運命的な何かが存在しているのだろうか。

 そんなロマンチックな気持ちになった、ちょうどその時。

 僕の視線に気づいたらしく、彼女がこちらを振り向いた。

 その動きで自然に前髪がめくれて、あらわになった瞳には、奇妙な光が宿っているように見えた。

 そして、

「……あら、見つけた!」

 彼女の唇の動きは、そう言っているように思えた。

 続いてニコリと、笑顔が口元に浮かぶ。

 ここで僕も微笑み返したり、近寄って声をかけたり出来るのならば、そこから恋や交際に発展するのかもしれないが……。

「……!」

 それほど女性慣れしていない僕には、とても無理な話だった。

 わけもなく照れ臭くなった僕は、サッと視線を逸らして、その場から立ち去ってしまう。スタスタと、わざとらしいくらいに足早に。

「なんだったんだろう、彼女は……」

 ぶつぶつと、独り言まで口にしてしまう僕。

 顔に当たる風のおかげで、自分の頬が上気しているのを感じることが出来た。


 その翌日の深夜。

 友人宅での飲み会から帰る僕は、ほろ酔い気分で、暗い夜道を歩いていた。

 一応は住宅街なのだが、一軒家ではなく学生向けのアパートが多い区域だ。僕が住んでいるのも、そうしたアパートの一つ。大きな通りからは少し奥まった場所に位置しており、この辺りまで来ると街灯も少なくて、夜ともなれば物騒に感じる時もあるのだが……。

 今、この時。

 ふと、背後に人の気配を感じた。

「いやいや、気のせいだよな……」

 後ろを振り返ることもなく、自分に言い聞かせる僕。立ち止まるのも、かえって意識しているようで嫌だったので、同じペースを保ったまま歩き続ける。

 しかし。

 背中に感じる『気配』は、全く変わらなかった。僕を追うような足音だって、何も聞こえているわけではないのに。

 さすがにゾッとして、振り向いてみると……。

 僕のすぐ後ろに立っていたのは、昨日の赤いワンピースの女性。今夜は最初から、ニタァッという感じの笑顔を浮かべている。

「こ、こんばんは……」

 今度は勇気を出して、僕の方から挨拶してみた。

 幽霊とか不審者とかではなく、知り合いだったことに、まずはホッとしたのだ。いや、まだ『知り合い』というのは馴れ馴れしいかもしれないが、少なくとも見たことある女性なわけだし、それに、これから親しくなるのだという予感もあった。

「ふふふ……。今日は逃がさないわよ」

 それが、僕の挨拶に対する彼女の返事。

 そういえば。

 彼女は灯りに照らされているわけではなく、むしろかげの部分に立っているはずなのに、その姿はハッキリと認識できる。

 なぜだろう? 運命の赤い糸で結ばれた相手だから?

 そんな考えが頭に浮かんだところで、

「さあ、私と一つになりましょう」

 彼女は、ガバッと大きく、両手を広げた。僕を抱きしめようとするかのように。

「えっ、こんなところで? それなら僕の家で……。いや、そもそも、会ったばかりで、まだ気が早いような……」

 期待と驚きを胸に、口数が多くなる僕。

 そんな僕の体に、彼女の両腕が巻きついた瞬間、僕は気が付いた。

 なぜ昨日、あれほど彼女のことが気になったのか。

 なぜ今、暗い中でもハッキリと彼女の姿が見えるのか。

「ああ、そうか。左目でしか見えない部分でも、右目と同じような見え方だったから……。だから雑踏の中で、特に目立っていたのか。それに今だって、本当に『目』で見ているならば、暗くて見えないはずだから……」

   

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