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R. U ─赤の主従たち─   作者: 幻斗
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面接と孫一族

面接は午後2時からだった。

LOVE.REDへの応募は全部で26名で、当然ながら全員が赤斗に色を見た女性たちだ。

応募者は一次選考としてオリジナル作品を提出しており、今回面接に残った人間は、全員が理奈たちから合格点を与えられた者たちである。

従って本来ならすでに合格なのだが、敢えて面接を設けたのには理由があった。

赤斗は映像や画像で自分に色を見た者は、直に自分見た時に『従』に目覚めると考えていた。

そこで、面接と称して応募者に赤斗を会わせ、反応を見る狙いがあった。

もし、赤斗の考えが正しければ、この先赤斗と『R.U』は理想の実現に向けて、大きな一歩を踏み出すことになるだろう。


そして面接の開始時間が来た。

面接方法はいたってシンプルで、会場に応募者全員を集め、赤斗が『R.U』の理念を説明した後、質疑応答という流れだった。


会場にはすでにさくら達と26名の応募者が待機し、赤斗の登場を静かに待っていた。

普通なら隣の人間と他愛ない話をしながら緊張をほぐすものだが、集まった女たちは物音一つ立てず、『R.U』の会長である赤斗の登場をただじっと待つのみであった。


そして、定刻きっかりに赤斗は現れた。

「皆さんよく集まってくれた。私が『R.U』会長の竜崎 赤斗だ。」

赤斗が挨拶すると一斉に全員が立ち上がり、赤斗に向かって深々とお辞儀をした。

その姿はまさに神に祈りを捧げる敬虔な巫女のそれと同じだった。


「まぁ座りなさい。」

自身は立ったまま赤斗は着席を勧めたが、誰一人着席する者はいなかった。

(そういうことか。さくら達は何を吹き込んだことやら。)

赤斗が座らないと絶対に座らない南雲 颯を思い出し、赤斗は椅子に座り再度着席を勧め、ようやく皆が着席した。

赤斗は、さくらが予めそうするように応募者に指示していたものと思っていたが、さくらは実は何も指示しておらず、応募者の自発的な行為であったことが後で分かった。

着席した赤斗は自分と『R.U』の理想を語り、さらに予定には無かった『色』と『主従』のことを話して質疑応答に移った。


「それでは質問のある方は遠慮なく挙手をお願いします。」

司会役のさくらが応募者達に向かって言った。

「よろしいでしょうか?」

一人が挙手して発言の許可を求め、さくらは了承した。

「会長にお訊き致します。今しがた主従のお話しがありましたが、会長は合格者に主従関係をお求めになられるのでしょうか?」

のっけから核心に触れる質問だった。

「お答えする。意外かもしれんが、今まで私から従達に主従を求めたことは一度も無い。従って今後も無いと約束しよう。」

赤斗が答えた。

「会長の仰る通りです。私達は自発的に会長にお仕えする従者になることを決めました。」

さくらがフォローした。

「お答え頂きありがとうございます。もう一つだけお願い致します。『R.U』の幹部の方々は全員が従者という認識を持っておりますが、『R.U』で出世を望む場合、やはり主従関係を結ぶ方が有利となるのでしょうか?」

「あなたは中々鋭い質問をする。まず、幹部連中が全員従者というあなたの認識は正しい。だが、それは小規模グループゆえの偶然に過ぎない。何せ従しかいなかったからね。だが、今後『R.U』が発展していけば従でない者が幹部になることは当然あり得ることだ。」

「だが、幹部になるためには、そこにいる三人のように、それ相応の実力がなくてはなれんよ。それはどこの企業も同じことであり『R.U』が特別ではない。」

「ありがとうございました。大変参考になりました。」


「よろしいでしょうか?」

また一人の応募者が質問に立った。

「会長様にお仕えしたいという気持ちがすでにございますが、私にはお付き合いしている恋人がおります。その様な者が従者になれるものでしょうか?」

質問を受け、赤斗は少しだけ感慨深くなった。今のところ律たちに恋人がいるという話は聞いていないが、これから彼女らに相応しい男が現れた時、彼女たちはどうするのだろうか。

(蘭と新一君なんかいいカップルだと思うのだがな。)


「会長、私が代わりにお答えしてもよろしいでしょうか?」

さくらが申し出た。

「そうだな、従のことは従が良く分かっていると思うので頼むよ。」

「ありがとうございます。」

「私たち従は会長に身も心も捧げております。つまり私たちは会長の『モノ』です。ですので、従になった時から他の男性との性行為は全く考えられなくなりました。それどころか、会長以外の男には指一本触られたくありません。」

「それは私だけでなく、会長の従になった者は例外なくそうなっておりますが、そのような状況で果たして恋人と上手くいくのか私は疑問です。」

(うーん、やはりそうなるのか。)

赤斗は予期していたとはいえ、少なからずショックを受けた。果たして従はそれで幸せなのか?それでいいのか?

「楼蘭さんの仰ることが本当なら、恋人と付き合っていくためには御社に入社しない方がいいとなりますが?」

「はい、普通の幸せを掴みたいという女性には、正直なところ主従も『R.U』もお勧め出来ません。」

(むぅ、さくらは正直過ぎるなぁ。これでは誰も入社しないではないか。)

「よく分かりました。ありがとうございました。」

質問をした女性が礼を言った。


「さくら、話していいかな? あくまで私見ですが、私は恋愛感情って永遠に続くものではないと思っています。」

「だけど、『主従愛』という愛は永遠だと私たちは思っています。」

流川 紅葉が何を言わんとしたのか応募者たちには分かった様だ。


「あぁ、ちょっといいかな。今彼女が言ったことは私見であって、恋愛感情を否定するものではないので、どうか誤解しないで頂きたい。」

どこかのグループの様に『恋愛禁止』の会社と思われたくなかった赤斗はすかさずフォローした。

「今会長が仰ったように私は恋愛を否定する為に発言したのではありません。混乱させたのなら謝ります。」

紅葉が慌てたように応募者たちに言った。


「それでは他に質問はありますか? ───無いようですのでこれで面接を終わりたいと思います。それでは会長、最後に一言お願い致します。」

さくらが赤斗に締めを促した。

「では皆さんに申し上げよう。本日この場にいる皆さんは全員合格だ。」

ほんの一瞬だが会場がざわめいた。

「それは私に色を見たからではなく、皆さんは『LOVE.RED』の戦力になると楼蘭たちが判断したからだ。従って入社するかしないかを十分に検討してもらい、数日中に結論をお聞かせ頂きたい。」

「本日はご苦労様でした。」


すると、さくらの元に応募者が殺到した。

「入社を希望しますので手続きをお願い致します。」

「私もお願いします。」

「私も───」

入社希望を告げる為にさくらの周りに人だかりが出来た。

「あ、慌てないでください、今すぐでなくていいんですよ。」

さくらはまさかの展開に慌てふためきながら応対した。

赤斗も呆気にとられていたが、それは恋人云々の質問をした女がさくらを囲む集団の中にいたからだった。

(うーん、色恋沙汰にならなければいいが・・。)


結局応募者全員がその日の内に入社の意向を示し、LOVE.REDは一気に大所帯となったのだった。




LOVE.REDの次は南雲総合医療センター、その次は∞(インフィニティ)の順で赤斗は面接に立ち会った。

医療やスポーツに関しての知識をほとんど持たない赤斗が面接に立ち会ったところで役に立たない。しかし、この度の人材募集の主旨は『R.U』の事業拡大の他に、応募者と赤斗を直接会わせて赤斗の仮説を検証することにあったのだから、赤斗が面接で役に立たなくてもまったく問題はなかった。

赤斗がいても役に立たないが、赤斗がいなければ成り立たない、それが主従と『R.U』の原点だった。



赤斗と律は蘭の運転する車に乗って、最後に残ったSynchronicityシンクロニシティの面接会場に向かっていた。

「瑠璃子のところで紹介された三人の選手は有望らしいな。このままいけば来年の東京オリンピックは確実だと瑠璃子は言ってたぞ。」

赤斗が律に言った。

「はい、私も会ったことがありますが、三人とも実力もさることながら魅力的な仔でしたね。」

律が応えた。

「仮に三人がメダルを獲れば、瑠璃子の∞(インフィニティ)は世界的なスポーツクラブになるな。」

「どうだ? RUPの最初の仕事は三人をプロデュースするというのは。」

「それは素晴らしいアイデアですわ、主様。」

「そう言えば蘭。お前も『血塗れ(ちまみれ)蘭』とか言われてちょっとした人気者らしいじゃないか。」

赤斗が運転中の蘭に話を振った。

「人が血塗れになって喜んでるような連中なんか知りませんよ。」

蘭がぶっきらぼうに言った。

「アハハ、そう言うな。発端はどうあれ自分を慕ってくれる人間は貴重だから大事にしろ。」

「主様のように?」

「そうだ、何度も言ってるが『人』は一番の財産であり宝だ。人の心は金で買えないってよく言うだろ。」

「そうかぁ、確かにレディース時代のダチは宝物だもんね。」

蘭がしみじみ言った。


「主様、もうすぐ会場です。」

車は横浜にある面接会場に到着した。





赤斗は無事に面接の立ち会いを終え部屋で休んでいたが、そこへ孫 麗華がやって来て凶報?をもたらした。

「主様、たった今大叔母様より連絡がありまして、一週間後の月曜日に来日するとのことです。二日間ほど私と打ち合わせをした後、主様とお会いさせて頂きたいと申しておりました。」

「とうとう孫婆さんと会う時が来たか。了解したと伝えてくれ。で、まさか一人で来るわけじゃないだろうな?」

赤斗が観念したように言った。

「大叔母様のお話ですと護衛と世話係が数名ずつ、そして『ウーフェイ』の副社長が同行します。」

「ウーフェイ? 律、知ってるか?」

赤斗は麗華ではなく律に訊いた。

「ウーフェイは中国最大の通信機器メーカーで、今やあのiPhoneの次ぐシェアを誇っています。」

律は淀み無く答えた。

「それは凄いな。その副社長が何で孫婆さんと?」

「はい、主様。実はウーフェイを経営しているのが孫一族の者なのです。」

「なるほど・・・って、孫一族って私が思っているよりずっと強大なんだな。それで来日目的は?」

「私も未だ目的を知らされていないのですが、ウーフェイのNo.2である孫 麗舟がわざわざ来日するのは異例のことですので、よほどの理由があるのではと思います。」

「ん?ちょっとまて、『レイシュウ』と言ったな。もしかしてお前の麗と同じ字かね?」

「はい、同じ字です。と申しますのも・・麗舟は私の母なのです。」

「まぁ!」

なぜか赤斗より律の方が驚いた。

「あなたウーフェイの人間だったの? 履歴では確か中国共産党の技術官だったはず。」

律が訊いた。

「はい、履歴書に書いた通りで私はウーフェイとは無関係です。中国という国はいろいろ複雑ですので・・・。」

麗華が伏し目がちに答えた。

「人には事情というものがあるもんさ。過去や背景など私は気にしない。私たちの為に頑張ってくれている今の麗華がすべてだ。そうだろ?麗華。」

「あ、ありがとうございます。今の私は主にお仕えする従以外の何者でもありません。」

麗華は片膝を着き臣下の礼を取った。

「麗華よ、私はそういうモノを望んでいない。だから立て。」


「さて、こちらも歓迎の準備でもするか、律。」

「はい、主様。それでは久兵衛に連絡致します。」

「うん、あそこなら誰にも邪魔されず静かに話せる。頼むぞ。」

理子と麗華に別れを告げ、赤斗たちは『R.U』本部に戻った。





内閣官房長官室───


「それは本当かね? ウーフェイの副社長がお忍びで日本に来るというのは。」

官房長官の小菅が秘書官に確認した。

「中国大使館より打診されましたので事実かと。さらに───孫 楊貴が同行します。」

「何?あの妖怪が来るだと!? 一体どういうことだ・・・。」

「大使館によると、あくまで観光ということです。」


(この日本で何をする気だ? まさかあの竜崎が絡んでいるのか───)

さすがに官房長官だけのことはあって、小菅の勘は鋭かった。





中国四川省 孫 楊貴邸───


「お前も麗華に逢えて嬉しかろう?」

孫 楊貴が四十代とおぼしき妖艶な女に向けて言った。

「あの子を大君にお仕えさせてからはもう私の娘と思っておりませんが、そうは言ってもやはり麗華と逢うのは嬉しいものです、大叔母様。」

妖艶な女、孫 麗舟が楊貴婆に言った。

「それより、私たちの貢ぎ物を大君がお気に召して頂けるか、そのことで頭は一杯です。」

「大君は私利私欲の少ないお方じゃから、もしかしたらお受け取りにならんかもしれんのぉ。」

「それでは我がウーフェイの創立者である、父の面目が立ちませんね。」

麗舟はやや不満げに楊貴婆に向かって言った。


『今なんと言った小娘。それでも我が子孫か?』

一瞬で白目を剥いた楊貴婆が、壮年男性の声色で麗舟に問うた。

『大恩ある大君のご不興を買うことより、己の身内の面目が大事か? 万死に値する愚かな不忠者め。せめてもの情け、その場で即刻自害せよ。』


「あ、あ、あ、あ・・・」

麗舟は自分がとてつもないミスを犯したことを知り怯えた。たとえこの場で自害しても、麗華の身内が一族から除名されることは避けようがない。一族を追われた者はここ中国では生きていけず、すべてを失う哀れな末路しかない。

「お、おまち、くださいまし、ご、ごせんぞさま。このものにはわ、わたしめが、よ、よくいってきかせま、すゆえ、ど、どう、か」

先ほどまで白目を剥いていた楊貴婆が、必死な形相で目に見えない誰かに向かって哀願した。

『良かろう、此度はうぬの大君に対する先だっての功績に免じ赦そう。だが、次は無いと知れ。』

声の主はそれから一言も発しなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ、この大馬鹿者め・・。」

楊貴婆は呼吸を乱しながら不貞の身内を叱った。

「ははぁっ どうかお許しを!」

「お前の言葉がもしも大将軍さまや大先生のお耳に入ったら、我ら孫家など地獄にすら行けぬわ。愚か者めが。」

麗舟は完全に血の気を失っていた。

麗舟からすれば大君にではなく、あくまで竜崎なる日本人に対する軽口だったのだが、孫家にとってその竜崎 赤斗なる男は、すでに忠誠を尽くさねばならぬ存在になっていることを、麗舟は思い知らさせたのだった。



「クシュン!」

羽根川 律がくしゃみをした。

「おっ風邪か?律」

「いえ、主様。誰かが噂でもしたのでしょう。」

どちらかと言えば冷たい印象を与える律のくしゃみは意外に可愛かった。あえぎ声とくしゃみは見掛けによらないことが多い。


「そうか。それでお前はどう考える?」

楊貴婆の来日理由について律の意見を訊いた。

「まず間違いなく主様とお会いするためでしょう。そこにウーフェイのNo.2も一緒となると・・・Synchronicityとの業務提携を持ち出してくる可能性があります。」

「それは『R.U』にとってプラスになる話なのか? そのウーフェイに吸収されたらたまらんぞ。」

赤斗はちょっぴり不安になった。

「楊貴さんの今までの行動や言動を鑑みると、主様にとってマイナスになる行為は絶対にしないと思われます。」

「なぜそう言い切れる?」

「同じ主に仕える者同士には分かるのです。あの方の忠義は私や瑠璃子姉さんたちのそれと違い、自発的なものではありません。」

「ん?どういうことだ?」

「たとえば、絶対に逆らうことの出来ない者から主様に忠義を尽くすよう言われている場合、主様への忠誠は自発的とは言えません。」

「あの婆さんより上の人間がいるかもしれないのか?」

大叔母様は孫一族の当主で誰も逆らえない、と麗華は話していた。その楊貴婆より上の者とは───

「います、主様。ご先祖です。」

「ちょっと待て! 私はあの婆さんの先祖から恩返しされる覚えはないぞ。」

赤斗の言うことはもっともだった。しかし、律の言うこともまた・・。

「つまり、楊貴婆さんはご先祖さんから私に忠義を尽くすように命令されていて、孫家の人間もまた婆さんから同じことを命令されている可能性があるということか・・・。待てよ、そうなると孫一族全員が私の従ということか?」

あまりにもスケールが大きくなりすぎて、赤斗は少し慌てた。

「いえ、主様。忠義を尽くすのはおそらく一族の幹部クラスまででしょう。隅々までとなるとさすがに難しいと思います。」

「なるほど、麗華がいい例だな。」

孫 麗華は叔父に命令されて渋々日本に来たのだった。

「だがな、律。誰かに強制された忠義は当てにならんよ。お前がさっき言った、婆さんは私のマイナスになることはしない、という言葉の根拠としては乏しいんじゃないか?」

「お言葉ですが、主様は孫家のことを知らなさすぎます。孫家は一説によると、あの『孫 悟空』の末裔と言われている大変な名家で、今なお中国で絶大な影響力を持っている一族なのです。」

「ほぉ、あの悟空の末裔か。そうなると私は差し詰めカメ仙人ってとこかな?」

悟空の恩人と言えば師匠のカメ仙人に他ならない。

「ちょっと何を仰っているのか分かりませんが、それほどの名家ともなれば、先祖の言い付けは鉄の掟として代々伝わっているはずです。」

日本で例えるなら、徳川家において神君家康公の遺言は絶対というのと同じだ。


「お前の言う通りなら、私は孫家の先祖とやらに恩を売ってることになるよな? カメハメ波でも教えたか。」

「本当に何を仰っているのか分かりませんが、おそらく主様と孫家のご先祖との間に某かの因縁がおありになったのかと。」

「お前こそ何を言ってるのか分からんよ。お前の話しだと私は数百、いや数千歳ということになるじゃないか。」

「仰いますように、それこそ仙人でもなければあり得ないことです。なので、主様のご先祖様と孫家のご先祖の間で何かあったのかもしれません。」

「なるほど。その線は大いにあるな。しかし、そんな昔の恩だか何だか知らんが、もうとっくに時効なんだからほっとけばいいのに律儀なことだ。」

赤斗は呆れた。自分は恩を返してもらう側だからまだ良いが、先祖が受けた恩を何代にも渡って返さなければならない子孫が憐れに思えた。

「これが絶対に主様にマイナスになるような行為を孫家はしないと言った理由です。」

「なるほどね、納得したよ。」

(麗華の奉仕は先祖とやらの命令か・・・。可哀想なことをしたな。)

「ですが主様、ご先祖の言い付けだけとは限りません。と申しますのは楊貴さんや麗華が主様に色を見ている可能性があります。それならば、自発的に主様に忠誠を誓うはずですので、なおのこと絶対と言い切れます。」

「私たち従は主様のお役に立つことしか考えておりませんし、致しません。」

律が熱く言った。


(私は理想の実現のために力を貸してくれと言ったが、それは役に立ってくれという意味じゃなかったのだがな。何だか少しずつ───)

赤斗は自分の考えと律たちの考えがズレていくような気がしてならなかった。

役に立つということはとても難しいことだ。その想いは重いプレッシャーとなり徐々に心を蝕んでいく。自分を慕ってくれるものにそんなプレッシャーなど与えてよいものか。

(お前自身が女を泣かすことになっていないか?)

赤斗は自分に問い掛けた。

(私たちは一体どこへ行こうとしているのか・・・)






成田国際空港───


中国から一機のチャーター機が着陸した。

乗客は孫 楊貴とその一党で、入国審査と手続きを終え、到着ロビーに出たところで大勢の報道陣に囲まれた。

「副社長!この度の来日目的は何ですか?」

「観光と少しのビジネスですわ。」

「ビジネスとはどちらの企業とでしょうか?」

「それは申し上げられません。相手にご迷惑になりますから。では失礼します。」

中国最大の通信機器メーカー『ウーフェイ』の副社長来日は、その日のニュースのトップで報じられた。

5Gでアメリカと覇権争いを繰り広げるウーフェイのNo.2がビジネス目的で来日したとなれば、どこの日本企業が相手なのかが重要となる。孫 麗舟の来日に、日本のみならずアメリカも最大の関心を寄せていた。

しかし、日本のマスコミの目は節穴としか言いようがない。麗舟ばかりに気を取られて、同行していた孫 楊貴の存在に誰一人として関心を寄せようとしなかったのだから。




孫 楊貴一行はリムジンに乗って中国系の高級ホテルに向かっていたが、当たり前の様にリムジンの後ろからマスコミが追いかけていた。

ウーフェイの真の来日目的が分かれば大スクープとなるのは間違いない。マスコミ各社は必死だった。


「金魚の糞とはまさにこのことだのう。」

楊貴婆が面白くなさそうに言った。

「まったく・・『報道の自由』とやらで正当化して他人のプライバシーを嗅ぎ回る輩どもにお似合いの言葉ですね。」

麗舟が楊貴婆に同意した。

「そんなことよりホテルの方は抜かりなかろうな?」

「ご安心を。大君にご迷惑掛けるようなヘマは致しません。」


リムジンがホテルに到着し、楊貴婆たちは総支配人に出迎えられ最上階のスイートに案内された。

マスコミは当然ロビーでシャットアウトされエレベーターに乗ることさえ許されなかったので、やむなくホテルの外でそれらしき人物の出入りをチェックするしかなかった。


楊貴婆と麗舟がスイートに入ると麗華が出迎えた。

「これは大叔母様、ご無沙汰しております。長旅お疲れ様でした。お母さんも。」

「おぉ麗華よ、久しぶりじゃの。ワシはこの通りピンピンしとるぞ。」

「麗華、久しぶりね。元気そうでよかったわ。」

三人は久しぶりの再会を喜んだが、楊貴婆はすぐに真顔になり麗華に言った。

「時間はダイヤモンドより貴重じゃて。麗華よ、早速じゃがワシらが来た目的を話すとしようかね。」


孫家の三人は深夜まで話が尽きることがなかった。翌日も朝から三人は何やら話し合い、結局その日もホテルから出ることは無かった。

ホテルの周辺で来日からずっと麗舟をマークしていたマスコミが痺れを切らした三日目の昼時、ホテルの屋上からヘリコプターが突然離陸して北の方角へ飛び去って行った。

「しまった! おそらくあのヘリに乗っているぞ!」

マスコミの一人が叫んだ。

「おかしい、このホテルにヘリポートは無かったはず───そうか! 来日に合わせて作ったのか。やられた・・・。」

ヘリポートの存在に気付いていれば対抗手段もあったのだろうが、マスコミは残念ながらそこまで頭が回らなかったようだ。



ヘリは同じく中国系の高層ホテルの屋上に着陸し、楊貴婆ら三人は正面エントランスで待機していた御堂 蘭の運転する車に乗り込み、赤斗の待つ『久兵衛』へと向かった。無論、楊貴婆たちの後を追ってくるマスコミの姿は影も形も無かった。


「ヘリコプターだなんて大変だったねぇ、おばあちゃん。」

恐れ多くも孫家の当主に向かって気軽な口調で蘭が言った。それを聞いた麗華が怒った顔をして蘭を咎めようとしたが、楊貴婆は麗華が口を開く前に制した。

「よいよい、麗華。このはあの『血塗れ蘭』じゃろ? 大君をお救いする為に瀕死になったと聞いとる。言葉遣いくらい、どうということはないわい。」

珍しく楊貴婆がニコニコしながら言い、その様子を見ていた孫 麗舟は目を丸くした。今までの大叔母なら自分に対してそんな口の利き方をした者を容赦しなかったのに、と麗舟の目が語っていた。

「ところで蘭とやら、ヌシの傷はもう良いのかの?」

麗舟は目を丸くしたままだった。あの大叔母が他人を心配するとは。

「あぁ頭のことね。もうすっかりいいよ。世界一の名医に治してもらったからね。」

「そうかそうか。じゃがの、ヌシはおなごなんじゃから、あまりムチャして大君を心配させるでないぞ。」

「大君って主様のことだよね。うん、分かってる。でもね、アタシは主様のためならいつ死んでも本望なんだ。」

蘭は胸を張った。

「かぁ! なんという立派な従者じゃ! 日本人にしとくのはもったいないわい。どうじゃ、ワシの養子にならんか?」

麗舟と麗華親子の目が飛び出さんばかりに開いた。楊貴の養子になるということは、孫一族の当主候補になることを意味したからだ。

「それは勘弁だなぁ。だって、おばあちゃんはヘリコプターに乗れるくらい偉いんでしょ? そんな偉い人の子供なんかになったら自由に主様に逢えなくなるじゃん。アタシは主様を絶対に護るって決めてんだからさ。」

「これは・・ますます気に入ったわい。養子は諦めるが、何か困ったことが起きたらワシに言うんじゃぞ。」

楊貴婆の大盤振る舞いだ。

「大丈夫だよおばあちゃん。困ったことがもし起きても、主様が何とかしてくれるからさ。」

「ヌシはよほど大君を信頼しとるんじゃのう。」

「アタシだけじゃないよ。そこの麗華っちも含めて、姉妹みんなが主様を信頼してるんだ。主様はでかくて優しくてみんな大好きだからね。」

「さ、さすがは大徳様じゃ。しかし───そんなお方より身内の面目を気にする者が一族にいるとは情けないのぉ。」

楊貴婆は蘭から視線を逸らし、麗舟をジト目で見た。

蘭を見る暖かい目とは真逆の冷たいジト目で見られた麗舟はその場で凍りつき、恐る恐る楊貴婆に言った。

「申し訳ございません、大叔母様。もう二度とあのような真似は───」

「もうよいわ。ワシや麗華と違い、お前は大君と話したこともない。それでは大君の偉大さが分からんのも無理ないことじゃて。」

それなら今さらジト目で見ないで欲しい、と思う麗舟だった。

「さてと、そろそろ着きますよ。」

蘭の言葉に楊貴婆と麗舟は一気に緊張した。





久兵衛の裏口へ行くとすでに仲居が待っていて、四人を赤斗御用達の部屋へと案内した。

「主様たちは電車で来るから少し遅れるかも。」

蘭の言葉を聞いた楊貴婆は目を剥いた。

「ちょ、ちょっと待て。 まさか大君は歩いて来られるのかえ?」

「歩きじゃないよ、電車だよ?」

「いやいやいやいや、そのような意味じゃなくて、ワシらが車で大君が歩いてとは甚だおかしいじゃろ。」

「だって車が一台しかないからしょうがないじゃん。」

楊貴婆は口をパクパクさせたまま言葉が出なかった。

「竜崎様がご到着です。」

蘭の言葉に混乱した楊貴婆は赤斗の到着にさらに混乱したのか、畳の上で這いつくばりピクリとも動かなくなった。


「いやあ、お待たせして申し訳ない、楊貴殿。」

赤斗が律たちを従えて部屋に入った。

赤斗の他には律、瑠璃子、颯、理子、そして亮子もいた。

「あれ?お前と麗華しかいないじゃないか?」

赤斗の視界には、正座している蘭と麗華しか目に入らなかった。

「いますよー。そこでぺしゃんこになってるじゃないですか。」


赤斗が蘭の指差す方を見ると、確かに人らしいモノがぺしゃんこになっていた。

「そこで潰れているお二方、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫ですじゃ。あ、あなた様と同じ高さにいる我らを、お、お許しくだされ。」

楊貴婆はこれ以上低くなれない自分を謝罪した。

古今東西、王や君主と呼ばれる者は誰よりも高い所に立つものだ。楊貴婆としては畳に穴をあけ、そこに潜って赤斗にまみえたい気持ちでいた。たとえ這いつくばってはいても赤斗と同じ高さにいることに変わりはなく、楊貴婆はその事にとても不敬に感じていたのだった。

「よしてくださいよ、楊貴殿。さ、顔を上げて下さい。お隣の方も。」

赤斗に促された楊貴婆は、やっと顔を上げて赤斗とその周りにいる律たちを見た。


その瞬間、久兵衛の一室は眩い光に包まれた。



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