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R. U ─赤の主従たち─   作者: 幻斗
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南雲 颯と佐々 理子 1

「主様!おはようございます!」


数年前より竜崎 赤斗の一日は、寝起きにはあまり聞きたくないこの元気な声を聞かされることから始まる。


声の主は、『御堂みどう らん


竜崎 赤斗の専属運転手が主な仕事の第三秘書で、言うまでもなく彼の従の一人である。


彼女が『R.U』の一員、つまり竜崎 赤斗の従になるまでは、赤斗は自ら車を運転していたのだが、蘭の、


「私達の敬愛してやまない主様が、自分で運転しているなんて信じらんなーい!」


という一声に秘書たちは賛同し、結果出た答えは『主様運転禁止』だったのだ。


もっとも、蘭の一声の以前から、赤斗が自ら運転する事への不安を他の二人の秘書たちも口に出していたのだが、悲しいことに彼女らは無免許だったので、その訴えは赤斗によって退けられてしまった。


それに対し、彼女らも免許を取って赤斗を説得しようと考えたのだが、初心者マークが主の運転手というのも何だか本末転倒とも思えたので、しぶしぶ諦めたのだった。


だが、免許持ちの蘭が第三秘書として迎えられたことをこれ幸いとし、件の運転禁止願いが本格的に赤斗へ伝えられることとなる。


当然ながら赤斗は異議を唱えた。なぜなら彼は運転が好きだったからだ。「愛馬」ともいえる愛車に乗って、自由に駆け回るのが好きだった。


それに、運転手付きの身分になるにはまだ早いと思えた。そんな身分になるのは文字通りリタイアするときだ。それまでは、大勢の従を引き連れて先頭を駆けていたい、天駆ける大戦士でいたい、と願っていた。


しかし結果はご覧のとおり、赤斗の愛馬は身内である秘書達によって奪われてしまった。


絶対的忠誠を赤斗に捧げる従たちだから、「却下」と一声告げるだけでこの手の話は終わるのだが、赤斗は結局そうしなかった。

理由は単純で、数日前に彼は首都高速道路で50キロオーバーの一発免停を喰らってしまったからだ。要するに自業自得で運転出来ない状況だったのである。


久しぶりにそんなことを思い出しながら、竜崎 赤斗は第三秘書御堂 蘭の運転する愛車に乗り、『R.U』の本部の在る新橋へと向かっていた。




本部の入る森ビルの表玄関に愛車が横付けされると、筆頭秘書の『羽根川 律』と、第二秘書の『佐々 理子さっさ りこ』が両手を前に組み、深々とお辞儀をし、


「おはようございます、主様」


と、声を揃えて赤斗に向かって挨拶をした。


「おはよう。律、理子」


挨拶を返した赤斗は、二人の秘書を従えてエレベーターに乗り込み、先に入った理子が『R.U』本部の所在階である⑳と記されたボタンを押した。

エレベーターは静かに上昇を始め、6秒後に停止してドアが開いたがその先に廊下は無く、赤斗達三人は1フロアーぶち抜きのオフィスに直接入っていった。



フロアーはパーティションでいくつかの部屋に仕切られており、一番奥にある約100㎡の一室が竜崎 赤斗が普段居る『会長室』だ。


室内には見るからに高価な革張りの来客用ソファーが二組と、黒檀のデスクとチェアの一対だけが置かれており、他には左右の壁に数々のモニターが埋め込まれているだけだった。


広さの割にはあまり物がない印象だが、赤斗がする実務はほとんど無いので、必要なものはこれだけで十分なのである。なぜなら雑用や身の回りの世話はすべて三人の秘書がしてくれるからだ。



赤斗がチェアに座ると間もなくして第二秘書の佐々 理子が部屋に入ってきた。


デスクの前までくると、一つ会釈をしてコーヒーカップを載せた皿を置き、赤斗にいつもの伺いを立てた。


「主様、朝の御奉仕をさせて頂いて宜しいでしょうか?」


理子の頬は若干赤らみ、表情は期待に満ち溢れている。


「おう、今朝は首から肩にかけて頼む。」


「ありがとうございます、主様。では失礼致します。」


心の底からの嬉しさを表したとき、きっとこんな微笑みを浮かべるのだろう。

そうして理子はチェアーに座る赤斗の後ろに回り、まず肩周りをほぐしはじめた。


赤斗が喜ぶツボを押しつつ、丹念に首から肩にかけて揉みながら、理子は赤斗との出逢いを思い出していた。




佐々 理子


まだ幼い頃に父親を病気で亡くし、それ以来、母と弟の三人で決して豊かではない暮らしを送ってきた。

夜遅くまで働く母親の代わりに、弟の面倒を見ながらバイトして生活を支え、奨学金のおかげでなんとか大学に入学したその矢先、母親はくも膜下出血で倒れた。

母は救急車で病院に運ばれたが、医師からもう手遅れと言われた。


たとえ手術して命が助かっても、おそらく重度の障害が残る可能性が高いです。それでも手術をしますか?、と医師から言われたとき、私の目の前は真っ暗になり失神してしまった。


どのくらい時間が過ぎたのだろう。

病室のベッドで目覚めたら目の前に弟がいて、笑顔を浮かべなから私に言った


「姉ちゃん、お母さんは助かるって!」


その言葉を聞いたとき、私は植物人間状態の母親の姿が脳裏に浮かんだ。


(果たして、それを助かるって言うのか・・・。)


なお暗い表情の私に弟は戸惑ったようだった。なぜ姉ちゃんは喜ばないのだろう、そんな表情だ。


その時、白衣を着た一人の女医らしき人物が、失神するまで私と話をしていた医師を連れ立って病室に入ってきた。


「初めまして、私は南雲と申します。」


南雲と名乗った女性は、優しさのこもった挨拶を私にしてくれた。


「安心してね。お母様はきっと動けるようになりますよ。」


この人は何を言ってるの?あなたの隣にいる先生は手遅れと言ったのよ?

私は疑問と怒りを感じた。


「嘘です!気休めはよしてください!」


私は思わず叫んだ。


「本当よ。だから私を信じて。」


なおも私は何か言おうとして、ふと女医の名を思い出した。

南雲? 南雲・・・。・・・あっ!

私の脳裏に、ある大きな病院の名前が浮かび上がった。


「もしかして南雲総合医療センターの?」


「ええ、そうです。院長をしています。」


その言葉を聞いて私はすべてを納得した。


あの有名な先生がお母さんの手術をしてくれたなんて! ならお母さんはきっと大丈夫だ!

私は嬉しさのあまり何度も何度も先生にお礼を言った。


「いいのよ、佐々さん。困ってる人がいたら助けるのは当たり前のことよ。それより、お母様の現状とこれからのことを話しましょう。」


植物状態は先生のおかげで避けられけど、やっぱり何にも障害が残らないわけじゃないらしい。

残念だけど右半身のマヒと、言語障害が残ってしまうみたい。でもリハビリ次第ではそれも軽度まで回復すると院長先生は言ってくれた。


手遅れ状態からそこまで回復するかもしれない、なんて言われて私は驚いたけど、もっと驚いたのは治療費と今後のリハビリ費用だわ。はぁ・・治療費だけでも400万円かぁ。ウチにはそんなお金ないよねぇ。やっぱり大学辞めて働かなくちゃ・・・。


家に向かう途中、理子は母親が助かった喜びと、大学を退学しなければならない悲しみがごちゃ混ぜになり、とても複雑な胸中だった。


はぁ・・と、またため息をついたとき、携帯電話の着信音が鳴った。


まさかお母さんの容態が急変しちゃったの!?、と一瞬不安になったけど、表示された番号は病院からのものではなく、かといって登録されたものでもなかった。


少しためらい私は電話に出ることにした。


「はい、佐々です。」


「モシモシ、佐々さん?私です、南雲です。」


「あっ、南雲先生、先ほどはありがとうございました。」


「いいの、いいの。それより今から会えないかしら?あなたにとってとても良いお話があるのよ。」


「えっ?今からですか?」


「そうよ。お疲れでしょうけど、善は急げっていうでしょ。実を言うとね、お母様の治療費のことなんだけど、もしかしたら大学を辞めなくてよくなるかもしれないの。」


今日は何て日だ!というギャグがあったが、ホント私にとって驚きの連続だ。


「すぐ伺います!」


あわてながら待ち合わせ場所や時間を院長先生から聞き、私は急ぎ足で待ち合わせ場所に向かっていった。


待ち合わせ場所は「南雲総合医療センター」の院長室だった。


正面入口の受付係の女性に自分の名前を告げると、係りの女性は、なぜか緊張した面持ちで私を院長室まで案内してくれた。

受付係の緊張した面持ちを見ていたら何だか自分まで緊張してきたので、私は自分から受付係に話し掛けてみた。


「あの~、院長先生の部屋に行くのってやっぱり緊張するんですか?」


何を当たり前のことを言ってるんだ、この娘は。と言わんばかりの顔をして受付の女性は私に言った。


「はい。南雲院長は当院で絶対の人ですから。」「でも、あのお方に比べたら・・・。」


「えっ?あのお方って誰ですか?」


「あっ!今聞いたことはどうか忘れてください。」


彼女は慌てて言ってきた。


私は何か言おうとしたが、『院長室』と書かれたプレートが貼られた部屋の前で立ち止まったので、それ以上口にすることはなかった。




受付はドアをノックし、院長の南雲 りくの在室を確認してから、理子を引き連れて院長室に入った。


「院長、佐々様をお連れしました。」


「ご苦労様、佐伯さん。悪いけど何か飲み物を二つお願いしますね。」


「佐々さん、ようこそいらっしゃいました。飲み物は何がいいかしら?」


理子がコーヒーを頼むと、佐伯はそそくさと部屋から退出した。


南雲 颯はソファーに座るよう理子を促すと、自分も理子の対面に座り、話しを始めた。


「電話でお話ししたお母様の件ですが、佐々さんがお帰りになった後、私どもの『会長』に今回の件を報告しましたところ、会長はいたく興味を持たれまして、ぜひ力になりたいとの申し出がありました。」


「でも、いきなりこんな話をされても訳がわからないでしょうから、今から分かりやすく説明しますね。」


その時、ノックの後に飲み物を持った受け付けの佐伯が入ってきた。

二人の前にコーヒーを置き、部屋を出ようとする佐伯に向かって颯は言った。


「佐伯さん、全職員にこれから竜崎会長がお見えになるかもしれないと、至急通達してください。」


その言葉を聞いた佐伯が「ひうっ」と小さく叫んだのを理子は確かに聞いた。


「もしかしたら・・・よ。佐伯さん、ウフフ。」


どう控え目に見ても怯えてる佐伯とは対象的に、明らかにこの院長はやりとりを楽しんでいるように理子には見えた。

ちなみに、院長の南雲 颯が真性のサディストという事実を、理子は後日知ることになる。



院長から指示を受けた佐伯は、退室の挨拶も無しにスポーツカー並みの早さで部屋を飛び出して行った。

それを見ていた理子は、もう帰りたくなっていた。


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