竜崎 赤斗VS防衛大学 6
「蘭ちゃん! 颯姉さん!」
楼蘭 さくらたちが駆け付け、血塗れの蘭を見つけた。
「姉さんたちに何すんじゃー!」
普段大人しい流川 紅葉が警備員に体当たりをした。
「蘭をよくもー!」
小学校高学年にしか見えない馬飼 里奈がぐるぐるパンチを繰り出したが、当たるはずもなく、あっさり警備員に取り押さえられてしまった。
「里奈を放せ!」
蘭と同じく空手を習っていた自称『親衛隊名古屋支部長』のさくらの下段蹴りが警備員の金的を抜く寸前、他の警備員に羽交い締めされ、あえなくさくらも取り押さえられた。
薄れ行く意識を奮い立たせた蘭がさくらを救いに向かった時、数人の男たちがロビーに流れ込んできた。
「よし、カメラを回せ! しっかり撮れよ!」
男たちの中心に新野 新一がいた。
「何だ、お前らどこの局だ! カメラを止めろ!」
田崎が叫んだ。
「止めろと言われて止めるヤツがいるか! 絶対にカメラを止めるな!」
新一は好意を持っている蘭の血塗れ姿を見て、怒りに我を忘れた。
(俺の嫁に何てことをしてくれた!よくも、よくも! 許さん、許さんぞ!)
赤斗を大好き過ぎる蘭が新一に振り向くとは思えないが、人には人それぞれの愛し方がある。新野 新一はそういう愛し方だった。
「もう、やめてーー! 蘭が死んじゃう!」
颯が悲痛な叫び声を上げた。
「早く蘭を病院へ!あなたたち一般人を殺す気なの!」
颯の一声でさすがのさくらや田崎たちも我に返った。
救急車が到着した時、颯は田崎に申し出た。
「その辺の病院に搬送したら間違いなくこの娘は死ぬわ。死なせたくなければ私に執刀させなさい。逃げも隠れもしないからオペ後に私を逮捕すればいいわ。」
田崎は赤斗の調査書に有った南雲 颯の経歴を知っていた。脳外科医の権威である颯なら死なさずに済むかもしれない、というより公務執行妨害程度で一般人を死なせでもしたら、いくら国家機関と言えど最悪の場合は解体もあり得る。
そう考えた田崎は颯の申し出を受けた。
ただし、他の三人、さくら、里奈、紅葉はその場で現行犯逮捕となった。
蘭と颯を乗せた救急車は南雲総合医療センターに行き、颯はすぐさま蘭のオペに取り掛かった。
並みの脳外科医なら成功率三割の難しい手術だったが、颯の手に掛かれば成功して当たり前の手術であった。
手術を終えた蘭は集中治療室で一週間過ごした後、一般病棟へ移れるほどに安定したのを機に、颯はセンター内で逮捕された。
公安庁での大乱闘は新野 新一の手によりLIVE放送されていた。
蘭やさくらたちの映像は瞬く間にネット上で拡散され、世界中の女性が『血塗れ蘭』を観ることになる。
すぐに各国の人権団体ら弁護士協会、婦人団体らが声明を発表し、公安庁とその親玉の総務省を一斉に非難した。
それに対し、総務省は公安庁職員の正当性を主張し、自分達の対応に不備は無かったと突っぱねた。
しかし、丸腰の女に警棒を振りかざした事実は明らかであり、反論した総務省はいよいよ窮地に立たされた。
そんな騒ぎの中、そもそもなぜ女たちが公安庁に乱入したのか、それは世間の知りたいところとなり、新一が制作した番組でその真相が明かされることになる。
『竜崎会長不当勾留疑惑に迫る』と銘打たれた二時間の特番に、羽根川 律と飛田 瑠璃子、そして諸角 亮子が出演し、まず律が経緯を説明することから番組は始まった。
村山学長より性交を強要された諸角 亮子が竜崎会長に相談する。
相談を受け、真偽を確かめに防衛大学に行った竜崎会長は、学長との面会に行ったきり行方不明となる。
数日後、公安庁職員の密告により、竜崎会長は公安庁にて弁護士も立てられず勾留されていることが判明。しかも拷問を受けているとの情報を得る。
事実確認のため公安庁を訪れた南雲 颯たち五人は警備員に警棒で殴られ、その中の一人御堂 蘭は頭蓋骨骨折の重傷を負わされた末、全員逮捕となる。
律の話を聞いた新一の息の掛かった司会とコメンテーターは、さもわざとらしく憤慨し、村山学長と公安庁を糾弾した。
無論この番組は律の依頼で制作したのだが、いつもならイヤイヤ引き受けていた律の依頼は、今回に限りむしろ新一の方が積極的だった。
新一は半殺しにされた御堂 蘭の仇を討つことに執念を燃やし、自分の武器であるメディアを最大限に利用したのだ。
『赤斗の奪還』と『蘭の敵討ち』のために満を持して作られた番組は、単に律たちとコメンテーターがやり取りするだけの内容ではなく、番組が後半に差し掛かると視聴者たちに大きな衝撃を与えた。
まず、飛田 瑠璃子が番組内で『国民栄誉賞』の賞状をビリビリに破り捨て、国民栄誉賞返上の意を表明した。
この瑠璃子が取った行動に出演者一同と国民は度肝を抜かれたが、その後に出てきた人物は日本政府の度肝を抜いた。
その人物は『エリザベス女王』その人であった。
当然ながら女王本人がスタジオに来るはずもなく、衛星放送での出演であったが、この異例中の異例とも言える出演にスタジオは騒然となった。
エリザベス女王は、英国男爵である竜崎 赤斗の速やかなる解放と、専属デザイナーの馬飼 里奈の即時釈放を求め、受け入れられない場合は、来年度に開かれる東京オリンピックへの英国選手団のボイコットを宣言した。
女王登場時に瞬間視聴率65%をマークしたこの番組は、かつて無い異様な空気に包まれ、あっという間の二時間を終えた。
「この事態をどうやって収めるつもりだ!」
小菅官房長官が電話口で怒鳴った。
「そう言われましても、女達を殴ったのは公安の奴等ですから私を責められても困ります、ハイ。」
「何を言うか!元はと言えば貴様のスケベ心が招いた種だろう?」
「官房長官閣下ともあろうお方が、あんなテレビの言うことを信じるのですか? 全くの濡れ衣です、ハイ。」
村山学長はヌケヌケと小菅官房長官に言い放った。
「い、いずれにせよ総理もカンカンだ。一刻も早く何とかしろと言っておる。」
「では竜崎を解放したらよろしいですよ、閣下。」
「今さらヤツを解放したら全て真実となる。それだけは避けねばならんのだ。」
総務省と公安庁はこれまで赤斗に関して知らぬ存ぜぬで通してきた。
なのにここで赤斗を解放したら余計に立場が悪くなってしまう、そう小菅は言いたかったのだろう。
「でしたら閣下。あの男には別の場所に現れて貰いましょう、何も語れぬ状態で。」
「死人に口無し、か。」
小菅が声のトーンを落として言った。
「その言い方は露骨過ぎます、閣下。」
村山は電話口でニヤッと笑った。
「言い方なんぞどうでもよいわ。ただし、公安庁内では絶対やるなよ。万が一バレたらそれこそ内閣が吹っ飛ぶからな。」
「承知してます、閣下。しかしこれで閣下と私は一蓮托生ですな、ハイ。」
「貴様! ワシを脅すつもりか?」
小菅は内心しまったと思った。こんなヤツにたかられたら一生の終わりだ。
「そんな気は毛頭ありませんです。それではこの辺で失礼します、閣下。」
村山は電話を切ったあと満面の笑みを浮かべた。
(これで私も晴れて議員の仲間入りが出来そうだな。竜崎様々だ。)
「よし、録音出来たぞ。すぐ楊貴様にご報告だ。」
孫 楊貴の命令で村山に張り付いていた工作員が、ついに小菅との会話を盗聴することに成功した。
「楊貴様、大変でございます。大君のお命が危険です。」
「なんじゃと! 詳細を話せ。」
「はい、奴等の話では───」
「ぬぅぅ、どこまで大君を愚弄する気じゃ。もはや是非も無しじゃの。お前たちに新たに命ずる。」
「よいか───分かったな? よもやしくじるでないぞ。」
「ははぁ! 必ずや大君をお救い致します。」
「よし、ではすぐに動くのじゃ。」
楊貴婆は静かに電話を切った。
(我が大君よ、断りもなく動くこの楊貴をお許し下され。そして、小日本よ。もしも大君に傷の一つでもつけてみよ。尖閣どころじゃ済まさんぞ。)
楊貴は不敵な笑みを浮かべ、召し使いたちに日本へ行く準備を命じた。
「律姉さん、良い知らせと悪い知らせがあります。」
モニター越しに麗華が言った。
「またそれなの。主様が謀殺されそう、というのが悪い知らせで、主様を奪還するために孫家が動き出した、というのが良い知らせね?」
「そ、その通りです。でも、なぜ分かりましたか?」
麗華は律に言い当てられて驚いた。
「そこまでは亮子が予測していたからね。それで楊貴叔母さんは私たちに何をしろと?」
「はい、特に指示はありませんでした。ただ、我々のすることに目を瞑って欲しい、とだけ・・。」
「なるほど、よく分かったわ。私たちは主様さえ無事ならこの世界がどうなろうと構わない。」
律は言い終えてから無表情になった。
「だけど、主様が無事にお帰りにならないときは、この国を決して許しません。覚えておいてね。」
律は通信を切った。
「さて、瑠璃子姉さん、着替えましょう。」
番組終了後そのまま隠し部屋に合流した瑠璃子に言った。
「そうね、律ちゃん。私たちも準備をしましょう。」
するべきことはした、とでもいうような満足感を表情に浮かべ、瑠璃子が言った。
瑠璃子と律が別室に籠ってから数十分後、瑠璃子と律が亮子の前に現れた。
その姿は俗に言う『白装束』であった。
「瑠璃子姉さま、律姉さま、やっぱり私もお伴致します。」
「主様のお世話は私たちで十分よ。あなたはこの世に残って主様のご無念を晴らして差し上げて。」
瑠璃子と律は、赤斗にもしものことが有ったとき自害する気でいた。
赤斗のいないこの世に未練などさらさら無い。赤斗が行くあの世とやらに一緒に行って再び敬愛する主に仕える、そう思うだけで、律と瑠璃子の心は安らいだ。
お前たちまで来ることはないだろう、と赤斗に叱られるかもしれない。だけど、その後赤斗はニッコリ笑ってくれるはず。瑠璃子と律はそう信じて疑わなかった。
深夜の公安庁───
「竜崎さんよぉ、喜べ釈放だ。」
田崎が赤斗に言った。
「ほぉ、こんな夜中にどういう風の吹き回しだ?」
「つべこべ言わず手を出せ。」
言いながら田崎は赤斗に手錠を掛け、さらに目隠しをした。
(そうか、いよいよ私を殺して隠蔽する気だな。)
赤斗は観念したように大人しく従った。
目隠しされた赤斗は、公安庁の裏出口から出て車に乗せられた。
「アンタ家族はいるのかい?」
車に乗ってから一言も喋らなかった赤斗がふいに口を開いた。
「女房と子供がいるが、それがどうした?」
「その昔、戦国時代のことだが、殿様を殺害しようとした者はたとえ未遂であっても死罪になったんだ。」
「そして五親等以内の身内も同罪となり、反逆者より先に本人の目の前で処刑された。」
「五親等だ、その中には我が子もいただろう。我が子が目の前で槍に貫かれる、その一部始終を最後まで見させられたのさ。」
「そして最後にやっと死ねるのだ。」
「何を今さら大昔のことを! お前の女たちもいずれ始末してやる。」
「そんなことは我らがさせん。」
助手席に座っていた男が振り向き、麻酔銃で田崎を撃った。
「な、なぜ?」
田崎は信じられないという顔をして眠りに落ちた。
「ご苦労、楊貴殿の者か?」
「は!大君。」
運転手と助手席に座った男が同時に言った。
「私は何度もこの男に忠告した。私の従たちに手を出したらただじゃおかんぞ、と。」
赤斗は神妙な面持ちで独り言のように呟いた。
「こいつの家族らは?」
「はい、すでに捕らえております。大君。」
「そうか・・・。」
赤斗は車の窓から外を眺めた。
我が子を目の前で殺されて泣き叫ぶ、顔も知らない田崎の妻のことを赤斗は考えていた。
(私に女を泣かせるようなことをさせるなよな、まったく・・・。)
それは田崎に言ったのか、それとも楊貴婆に言ったのか、赤斗以外に知る者はいなかった。
「よーーし!! よくぞやってくれた。大君に怪我は無いの?」
「はい、楊貴様。」
「よしよし。では大君に代われ。」
工作員が持っていた携帯を赤斗に渡した。
「楊貴殿、この度は助かった、礼を言います。」
赤斗はまず礼を述べた。
「おぉ! 大君、よくぞご無事で何より! それに礼など勿体ないですじゃ。」
楊貴婆が心底嬉しそうに言った。
「いや、助けて貰ったら礼を言うのは当たり前のことだ。恩にきます。」
「それで楊貴殿、済まないがこれから私の言う所へ運んでくれないかね? それと一つお願いがあるのだが。」
「おいお前たち、大君の指図に従うんじゃ。大君よ、お願いなんてとんでもないですじゃ。何なりとご命令くだされい。」
赤斗に行き先を指示された工作員は、防衛大学学長の村山の自宅へと車を走らせた。




