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R. U ─赤の主従たち─   作者: 幻斗
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竜崎 赤斗の双璧

羽根川 律と諸角もろずみ 亮子りょうこは『R.U』本部の近くにある喫茶店で会うことになった。

先に着いた律がミルクティーを飲みながら諸角 亮子を待っていると、サングラスをしてキャップを被った一人の男が店内に入ってきた。

お目当ての諸角 亮子ではなかったので、律は読んでいた資料に再び目を落とすと、ふとその男が律の席に近づいてくるのを感じた。

当然のことながら自分の横を通り過ぎるものと思った男は、おもむろに律に向かって女の声で言った。


「羽根川 律さんですね? 諸角 亮子です。」

「え!? 諸角さん?」

「はい、諸角です。座ってもよろしいでしょうか?」

「は、はい。ごめんなさい、どうぞ。」


律は失礼を承知でまじまじと諸角 亮子を見た。

店内に入ってきたとき、身長や肩幅からして、律は完全に諸角 亮子を男と思っていた。確かにサングラスにキャップ姿ではあったが、明らかに男の体型と服装だった。

だが、声と椅子に座る仕草は女のそれであり、サングラスを外した顔とキャップを脱いだ後に現れた髪は、まさに女のものであった。


「初めまして、諸角さん。私が羽根川 律です。」

そこで律は諸角 亮子の両目の色が違うことに気付いた。

「あなた、もしかしてヘテロクロミア?」

「そうです、ヘテロクロミアでアンドロギュノス(両性具有者)です。・・・やはり気になりますか?」


律の表情が少し曇ったのを見た諸角 亮子は、率直に律に訊いた。

「いえ、全然気にしないわ。ただアンドロギュノスに会ったのは初めてだから、少し驚いただけよ。」

律自身がハーフだからか、目の前にいる人間がヘテロクロミアや両性具有であっても、実際のところさして気にならなかった。

だが、たとえ律がそうであっても、果たして赤斗はどうだろうか。それを考えたから表情が少し曇ったのだった。


「あなたの思考は男?女?」

「そうですね・・・、男と女の思考の違いが今一つ分かりませんが、自分としては女寄りだと感じています。参考までに戸籍は女で、今までの恋愛対象は男でしたが、セックスは両方と抵抗なく出来ます。」


律はほんの一瞬だが、赤斗がこの諸角 亮子に組伏せられる場面を思い浮かべ、下半身がキュンとなった。


「率直に訊くわね。あなたが今回『R.U』に応募した理由は何かしら? 防衛大学の卒業生は、入学時にすでに進路が決まっているはずよ。」

「はい、理由はいくつかあります。一番の理由は竜崎会長の全身が紫色に見えたからです。私の黒い方の瞳では初めてのことでした。」

「えっ? 黒い方の目?」

「はい。ご覧のように私の眼の瞳は黒とみどりのヘテロクロミアですが、極まれに碧の方の目が不思議な映し方をするんです。」


「・・どんな?」

律は思わず身を乗り出した。


「動物や植物、それだけではなく、無機質な建物や鉱物までもモノクロに見えることがあるのです。」

「それは不思議ね。それで、最後にその碧の目でモノクロに見えたものは何かしら?」


「最後にモノクロに見えたものは・・・羽根川 律さん、貴女です。」

「───! 何ですって?」

律は、かつて竜崎 赤斗が赤く見えたとき以来の衝撃を受けた。


(誰かをモノクロに見るなんて、主様と女王だけのことではないの? この娘は一体何者?)


律は少し身構えた。この諸角 亮子は赤斗の、いや、もしかしたら自分にとっても敵に成りうるかもしれないと考えたからだ。自分の敵ならまだよいが、赤斗の敵になる可能性がある人間を『R.U』の一員にするわけにはいかない。

それは主の従として、赤斗の筆頭秘書として看過できることではなかった。


「諸角さん、あなたは自分に起こっている現象をどのように考えていて?」

律はとりあえず最後まで諸角 亮子の話を聞くことにした。


「申し訳ありませんが、なぜ私にこのような現象が起こるのか、その理屈や原理は解りませんが、色を見た者がどうなるかは分かっているつもりです。」

「どうなるというの?」

「羽根川さんのように色を見た者は、その人間の従者になるということです。違いますか?」

「───! どうして私が色を見たと言えるの?」

「竜崎会長が番組で募集されたのは、会長に違和感を感じた女性でした。私が感じた違和感は色を見たことですので、そこから『違和感=色を見ること』と推測しました。それならば『R.U』の皆さんも同じく会長に色を見ているはず、と。」

「それと、以前拝見した会長と女王の番組の中で見た皆さんの会長を見る目や接し方は、まさに従者のそれでしたから。」

律は素直に驚いた。だが、諸角 亮子の推測は完全でないことに律は気付いた。


「ご明察ね。でも、会長のお見立てはあなたの推測と少し違うの。」

「よかったらお聞かせ頂けますか?」

「会長はこう考えておいでです。会長に色を見た者が従になるのではなく、従になる者が色を見る、と。」


「───!」

今度は諸角 亮子が驚いた。


「なるほど・・、会長お見立ての方が理に敵ってます。ということは、会長に色を見た私にも、会長を主と仰ぐ資格があるのですね。」

「あるわ。ただ会長があなたをどう判断されるかわからないけど。」


「・・・」

自分がどういう女かを知る諸角 亮子は、律の言葉の意味を理解し黙ってしまった。


キツいことを言ってしまったと律は少し反省したが、事実は事実として伝えなければならなかった。

それより、律にはもっと知りたいことがあった。


「ゴメンね。それで話を戻すけど、モノクロに関してあなたはどう考えているの?」

「それは私にも想像がつきませんでしたが、羽根川さんの反応を見たら何となく想像がつきました。」

「ぜひ教えて欲しいわ。」


この娘の前で表情を変えるのは今後やめようと、律は思った。


「竜崎会長とエリザベス女王はどちらか、またはお互いをモノクロに見ていると推測します。違いますか?」

「近からず遠からずってとこね。」

律は咄嗟にウソをついた。何もかも見透かされてしまいそうで怖かったのだ。


「モノクロに関してはここで話しても仕方ないわね。それで『R.U』に応募した他の理由は何かしら?」

「はい。実は大学の講義も卒業後の進路にも、会長に色を見てから全く興味を持てなくなったからです。」

「それよく分かるわ。私もハーバードに在学中にもし会長とお逢いしてたら、あなたと同じ気持ちになっていたわね。」

「やっぱり羽根川さんなら分かって頂けると思ってました。」


律と逢ってから初めて諸角 亮子が笑った。


「フフ、従は従の気持ちが分かるのよ。それはいいとして、卒業後に入官を拒否したら返納金などいろいろ大変でしょ?」

「はい、それは働いて返します。私、両親を早くに亡くしてまして、お金が無いので学費免除の防衛大に入ったんです。もちろんそれだけではないですけど。」

諸角 亮子は寂しそうな顔をした。


「他の理由があるのなら聞かせて。」

「私、戦略とか戦術を立てるのが好きなんです。自慢じゃないですけど、シミュレーションで全校中はおろか、教官にも負けたことがありません。」


シミュレーションとは机上の模擬戦のことである。

自分は司令官や指揮官となり、実際の兵器は使用せずコンピューター上で戦闘を行い、勝敗を決めるのである。

学生同士のシミュレーションでトップを取ることはそこまで難しくない。なぜなら必ず一人は残るのだから、最後まで生き残れば当然のことながらトップになれる。だが教官相手に負け知らずとなると話は違う。

あまり知られていないが、防衛大学は国防の将来を担う者を養成するだけあって、教育レベルが一般大学のそれより遥かに高いのである。

もし、防衛大学の学生が自由に就職活動出来たなら、間違いなく世界ランク10位以内に入る大学だ。


そこの教官にシミュレーションで勝つ諸角 亮子は、すでに世で言う『軍師』クラスのスキルを持つ超逸材であった。

それだけに、羽根川 律はこの諸角 亮子を是が非でも赤斗の従にしたかった。


「返納金のことは心配しなくていいわ。会長から肩代わりするよう言われてるの。」

「本当ですか!? 羽根川さん、会長って羽根川さんから見てどんな方ですか?」

「一言で言うなら『大徳』よ。あのお方の為ならいつ死んでも構わないわ。」

「私・・・。ヘテロクロミアでアンドロギュノスの自分を呪いました。いえ、今も呪っています。でもこんな身体に生まれてきたのには、必ず何か意味があると信じています。私には分かるんです。私がこの身を活かすには、日本という国に仕えることではなく、一個人に仕えてこそ活かせると。」


律はこの娘にかつての自分を見たような気がした。

国も企業もきれいごとを言うけど、結局自分たちのために人をいいように使い、用済みになれば無慈悲に捨てる。

女となればさらにいいように扱われ、挙げ句に男たちの性欲処理の餌食にされて泣かされる。

だが竜崎 赤斗は言ってくれた。


『女たちが泣かなくて済む世界を創ろう。』


そんなことを言ってくれる男がいるなど微塵も思わなかった。


「ねぇ、これから会長とお逢いしない?」

律は少し考え諸角 亮子に言った。


「え!? いきなり逢って頂けるものですか?」

「たぶん大丈夫よ。会長はそういうの気にされない方だから。」

「それでしたら、ぜひお願いします。」

律は赤斗の承諾を得てから、諸角 亮子を連れて『R.U』本部へと向かった。






本部の会長室には、赤斗の他に理子と蘭の二人がいた。


「律が秘書候補を連れて来るから、お前たちも会っておけ。」

「わぁ、四人目ですね。楽しみです。」

「どんな娘だろうね、主様。」

「律がやたら推している娘だから、有能なのは間違いないな。」


他愛のない話をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「おっ、来たな。蘭、開けてやれ。」

蘭がドアを開けると律と諸角 亮子が並んで会長室に入ってきた。


(ん? 男か? まさかニューハーフ?)

赤斗が左右に立つ理子と蘭を見ると、二人とも不思議なものを見るような顔をしていた。


「よく来てくれた、諸角 亮子君。私が『R.U 』会長の竜崎 赤斗だ。」

「はじめまして、諸角 亮子と申します。」

(声は女か。しかし全体のシルエットは男に近いな。)

「まぁ、掛けたまえ。」


律は無言のまま赤斗の後ろに立った。どうやら赤斗にすべて委ねるつもりらしかった。

赤斗と諸角 亮子は向かい合って座った。


「どうだね? そのヘテロクロミアの碧眼は今何を映しているかね?」

「我が君を映しております。」

「単刀直入に言おう。私のために力を貸して欲しい。」

「欲しい、などと仰らず、一言『力を貸せ』とご命令を。」


「律、理子、蘭。お前たちの妹が、また一人増えたな。」

赤斗が三人の秘書に向けて言った。それは諸角 亮子を『R.U』の一員に迎え入れるという、赤斗の意思であった。


「はい! 嬉しいです。」

三人が嬉しそうに返事をしたが、その中でも律は特に嬉しそうだった。


赤斗に指摘されるまでもなく、律は自分に足らないものを知っていた。その足らないものを亮子は持っている。ならば、これで心置きなく自分の得意分野で主に尽くせる、と律は喜んだのだった。


この日、竜崎 赤斗の『双璧』が誕生した。


「あ、ありがとうございます! 誠心誠意を以て、我が君にお仕えさせて頂きます。」

座っていた椅子から降り、片膝をついて臣下の礼を取りながら亮子は言った。

「そんな時代がかった礼を取らないでくれ。私たちは主従というより家族に近いから集まりだからね。」

防衛大学はこんなこと教えているのかと、赤斗は日本の将来が少し不安になった。


「申し訳ありません、一度してみたかったのです。もちろん、この礼を取ったのは我が君が初めてです。」

「なるほど、ちょっと安心した。いや、こちらの話だ。しかし、実に様になってたぞ。まるで昔からしてるみたいに。」

そういえば、イギリスでパフォーマンスとして従たちにやらせたな、と赤斗は思い出した。


「ありがとうございます!」

何回も密かに練習した甲斐があったと亮子は喜んだ。


「ところで、君は見たところ両性具有のようだが、素はどちらかな?」

「自分の中では女として生きてきました。ですが、普段は男の体裁でいた方が何かと都合がよいので、今のように男の格好をすることが多いです。・・やっぱり我が君は気になされますか?」

世間は女装より男装の方がまだ許せるらしい。


「気にならないと言えば嘘になる。すまんが、好奇心というものは中々抑えられんものだ。だが、心が女なら『R.U 』にとって支障はないよ。」

赤斗は自称『凡人』だ。アンドロギュノス(両性具有者)がまったく気にならないほど人間ができていない。

「いえ、我が君。私が心配するのは、その・・・ご奉仕マッサージの際です。」

「ん、どういうことかね?」

「はい、私の身体はご覧のように男寄りで、筋力が女より強いため、ご奉仕したら痛いかもしれません。」

「ハハ、そんなこと気にしなくていい。律たちじゃ物足りないと思っていたところだ。」

心なしか律たちの方に寒気を感じた。


「それで卒業は来年だったね?」

「はい、我が君。そのことで少し思うところがあります。」

「何かな?」

「はい、実は明日にでも大学を自主退学して、すぐにでも我が君にお仕えさせて頂こうと思っております。」

ヘテロクロミアの碧眼をキラキラ輝かせて、諸角 亮子は言った。


その言葉に理子と蘭は呆気に取られていたが、赤斗だけは微笑みを浮かべ、亮子に言った。

「防衛大で学ぶことはもう何も無いということかね?」

「さすが我が君、ご明察です。」

「だが、それだけではあるまい。君を見る人間たちの視線から、早く逃げたいのだろう?」


「───!」

見開かれた碧眼から涙がとめどなく落ちた。


律がなぜこんなにも早く自分と亮子を引き合わせたのか、諸角 亮子を見てすぐに赤斗はその理由が分かった。

律は一刻も早く諸角 亮子を救ってあげたかったからだ。

何から? ヘテロクロミアとアンドロギュノスの亮子を見る、欲望と好奇心に満ちた視線からだ。

律はかつての自分と同じような境遇にいる亮子を救ってあげたかった。かつて自分が赤斗に救われたように。


ふと律に目をやると、律も涙を流していた。

(だから私の前で泣くなっていうの。)


「諸角君、君に頼みたいことがある。断るのも有りだ。」

「何なりとご命令を、我が君。」

亮子は涙を拭いもせず答えた。


「アメリカへ飛び、しばらく彼の国を見てきてくれ。」

「アメリカ───もしかして下院議員の『マイケル インデュライン』に関したことでしょうか?」

亮子はサラッと重大なことを言った。


「ほぉ、なぜそう思った?」

「数ヶ月前のことですが、私はその男が薄く見えましたので。」


亮子はCNNに出ていたインデュラインを偶々見た時、その姿が周りの景色に溶け込むように見えたのだった。それは赤斗に色を見たのと同様に初めてのことだったので鮮明に覚えていたのだった。

これにはさすがの赤斗も驚き、なおさら亮子をアメリカに行かせたくなった。


「マイケル某は確かにマークしてる男だが、今回はその男に極力近づかないようにしてくれ。君は日本にいては見えないものを、君なりに見てくれればいい。」

「君名承りました。この諸角 亮子、必ずや我が君のお役に立つことをお約束致します。」

亮子の中ですでに防衛大学のことは過去のものとなり、心は遠くアメリカに飛んでいた。そして赤斗からこんなにも早く役に立つ機会を与えられたことに、心は嬉しさに満たされた。


「では、出発前に一ヶ月ほど付き合ってもらおう。」

「はい、我が君。どこへでもお伴致します。」

「律、分かっているな?」

「はい、主様。『R.U』の姉妹たちと諸角さんの顔合わせですね。」

律は即答した。やはり優秀な従である。


「そうだ。私の新しい『軍師』のお披露目といこうじゃないか。」

「はい!」

みんな元気に返事をした。


ヘテロクロミアとアンドロギュノスに哭いた諸角 亮子の心は、竜崎 赤斗や『R.U』の姉妹たちと出逢ったことで、ようやく浄化された。




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