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R. U ─赤の主従たち─   作者: 幻斗
27/41

トラップ

赤斗たちはマーガレットに案内された部屋で、エリザベス女王が来るのを待っていた。


「主様、先ほどはさすがのマーガレットも青くなっていましたね。」

颯が何気なく言ったが、赤斗は人差し指を縦にして唇に付け「シーッ」のゼスチャーをした。

颯はさすがにその意味を理解し、話題をそれとなく変えた。


今のところ竜崎 赤斗とエリザベス女王の関係は良好と言ってよいが、将来的にどう変わるか分からない。赤斗がもし女王を招待する側になったら、必ず部屋に盗聴器を仕込むだろう。


三人で当たり障りのない話をしていると、女王とマーガレットが部屋に入ってきた。


「まぁ、レッドバロン! お久しぶりですわね。お元気だったかしら?」

「これは、エリザベス女王陛下。おかげ様で元気に過ごしております。そして、女王陛下にまたお逢い出来たこと、恐悦至極に存じます。」

「フフ、バロンは相変わらずお上手なこと。さっ、お座りになって。ロバート、お茶のお代わりをバロンたちに。」 

女王はバトラー(執事)のロバートに命じ、マーガレットと共に所定の椅子に座った。


「ではマーガレット、話を進めて頂戴。」

「かしこまりました、陛下。ではサー レッドバロン、先ほど話して頂いた内容を、今一度陛下にお話しください。」

「承知した。まず──。」

「──ということですので、女王陛下には早急に動いて頂く必要があると具申致します。」


「なるほどね。バロンの言うことはもっともだわ。だけど、知っての通り私とマーガレットは公務で忙しくて、情報整理もまだほぼ手付かずの状態なのよ。」

「それは当然でしょう。陛下がまさかデスクワークされるとは思えませんから、実質動けるのはミス マーガレット一人ではどうしようもありません。だからといってこのままでは最悪の事態になったとき、対処出来なくて困るのは陛下ご自身です。」

「分かってるわ。そこで相談だけど、バロン、貴方ここにしばらく残って、マーガレットを手伝ってもらえないかしら?」


飛田 瑠璃子と南雲 颯の周りの空気が一瞬揺らぐが、二人の表情は変わらない。


「陛下には遠く及びませんが、私もそれなりに忙しい身ゆえ、それはどうかご容赦願います。その代わりと言っては失礼ですが、この滞在中にある程度のところまでお手伝いさせて頂きます。それとこれを良かったらお使い下さい。」

赤斗はそう言ってマーガレットにUSBを渡した。


「それは何ですの? レッドバロン。」

「私の従者の一人が作成した情報整理のプログラムとフォーマットが、この中に入ってます。そして何かの参考になればと思い、私どもが整理したデータ情報も入れておきました。」

「というのは?サー。」

「中に入っているのはExcelで作成したファイルで、今回反響のあった人間の情報を打ち込むと自動的に分類してグラフなどにしてくれるものだ。」


「それとおまけと言っては失礼ですが、参考になればと思い、私どもが整理した日本における分布データも入れてあります。しかし、これらを使うか使わないかは陛下に委ねます。」

「このような貴重な物を戴いてよろしいの? レッドバロン。」

「ただのデータ整理用ファイルですから大したことありません。無用の長物であれば遠慮なく破棄して頂いて構いませんよ。」


「それでは、今から陛下とマーガレットのお二人にして頂きたいことを説明します。」

「よろしくね、レッドバロン。でも私に出来ることなんてあるのかしら。」

「ありますとも、陛下。まず反響のあった者の中に陛下が信用を置いている者が居れば、それらを10名ほど集めて頂きます。たとえばミス マーガレットの様な陛下に忠実な人間をです。」

「続けて、バロン」

「その者たちに取り敢えず英国内の反響をデータ化させ、取り急ぎ英国だけでも情報を整理して頂きます。」


「そこで今から重要なことを言いますが、必ずその10人は陛下に『色を見た者』だけを集めて下さい。それから、陛下ご自慢のMI6や軍に在籍する者は10人の候補から除外することをお勧めします。」

「それは陛下が薄く見えた者は、陛下の敵になるかもしれないからですか? サー。」

「その通りだ、ミス マーガレット。それと諜報部や軍はダブルスパイの可能性がある。ジェームス・ボンドを完全に信用してはいけないよ。」

「ではサーを薄く見た私が、サーの敵になるとでも?」

「可能性の話だ。少なくとも私の従たちの中に、貴女のように私が薄く見えた者はいないのだよ。」


「色を見た者は味方となる可能性が高いので、集めるなら色を見た人間のみということですね。」

「そうだ、ミス マーガレット。だからと言って、薄く見えた者は女王陛下の敵、という先入観を決して持たないことだ。そのような偏見を持つと危ない。」


「なるほど、よく分かったわ、バロン。それで少しずつ範囲を拡げていくのね。」

「はい、陛下。最初の10人が重要ですが心当たりはありますでしょうか?」

「あるわ。だけど今の所属から動かすには、手間と時間がそれなりに掛かるのよ。たとえ女王の私が命令したとしてもね。」

「でしょうね。なので私たちの滞在中にマーガレットと出来るだけ作業を進めます。」


「バロンが作業に加わるということは、貴方にこちら側のデータを見られることになるわね。」

「その通りです、陛下。それが嫌でしたら私たちのすることは無くなりますので、早々に日本に帰国します。こちらはどちらでも構いません。」

「待って!それは困るわ。だけど我が国の、いわば機密データを他国の人間にそう簡単に見せてしまうのは・・・。」

「この場ですぐにお答えを頂きたいわけではありません。そうですね・・・では一両日中に結論を教えて頂ければ幸いです。」

「ありがとう、感謝するわ。私はこれからマーガレットと今の件を相談するので、貴方たちは晩餐会までゆっくり休むといいわ。レッドバロン。」

「お気遣い感謝致します。ではこれにて失礼します。女王陛下。」





マーガレットに案内された部屋は賓客用の豪華な一室だった。ホテルで言うならロイヤルスウィートのさらに上のグレードだ。

ただし、その部屋は赤斗だけに宛がわれたもので、瑠璃子や颯はそれよりツーランクほど落ちた部屋であった。しかし、それでもスウィートルーム以上のグレードは十分にある部屋だ。


主従である以上、主と同クラスの部屋に従が泊まることは一般的にあり得ない。なので、赤斗たちに異論は無かった。

だが、従者が主の部屋に出入りしていけないという決まりも無いため、瑠璃子と颯はさっさと自室に荷物を置き、いそいそと赤斗の部屋に行くのであった。



瑠璃子と颯が赤斗の部屋に入ると、赤斗はソファーに座りガイドブックらしい本を読んでいた。


「おっ、二人とも来たか。では早速だが奉仕マッサージをしてくれ。瑠璃子は肩で颯は腕だ。」

「はい、主様。失礼します。」


瑠璃子は赤斗の後ろに回わり肩を揉み始めると、赤斗が読んでいるガイドブックに目線だけ落とした。

ガイドブックには一枚のメモが挟んであり、そのメモには「この部屋は覗かれている。」と書かれていた。

赤斗の隣に座り腕を奉仕マッサージしていた颯も、チラッとメモを見て赤斗に目配せをする。


「瑠璃子、ちょっとテレビを点けてくれ。」

「はい、主様。」

「ん? 音がよく聞こえんな。もう少しボリュームを上げろ。」


指示通りにリモコンを操作した瑠璃子は、再び赤斗の肩を揉み始める。


「よし、これなら会話しても聞かれることはないだろう。会話していることを悟られないよう、なるべく口を閉じて話せ。」


「やはり女王は我々を信用していないことが分かった。かといって敵と決めてかかるのもいけない。」

「はい、主様。」

「そして、万が一私に何か有ったら、私に構わずすぐに日本大使館へ逃げ込み帰国しろ。」

「それは嫌です。私たちは主様のお側を離れません。」

「大丈夫だ。私に危害を加える気なら女王はとっくにやってるよ。それに、万が一そうなってもちゃんと対策を考えているから安心しろ。分かったな?」

「はい・・。」



赤斗は最初に逢ったときから女王を信用していなかった。というより、将来敵になるとさえ考えていた。

だから、わざわざ出立の日にちを遅らせ、対女王の準備に時間を掛けた。


ちなみにガイドブックに挟んだメモの件も、出立前に三人で打ち合わせた行動の一つだった。

まず宿泊する部屋が決まったら、日本から持ち込んだ探知機を使用して盗聴器などの有無を調べ、万が一その存在を確認したら、マーガレットたちに悟られないように瑠璃子と颯にメモを見せ、盗撮などの有無を知らせるという段取りだったのだ。


「いいか、今からプランCの行動でいく。私のせいでお前たちを危ない目に遇わせる訳にはいかんからな。」

「それと、もし私に何かあっても、決して私の仇を取ろうなんて考えるな。きつく言っておくぞ。」


「・・・」

「と言っても無駄だろうな。だから、そうならないためにもここで軽率な行動や言動はするなよ。特に颯。てか、お前すごい顔をしてるぞ?」


「主様に害を加えるような真似をしたら、私がそいつらの脳ミソを取り出して犬の餌にしてやります。」

般若の顔をした脳外科医が言った。


「とにかく女王はまだ敵と決まったわけじゃない。そのことを忘れるな。」





女王の私室らしき部屋で、エリザベスとマーガレットはモニターを見ていた。


「テレビの音がうるさくて何も聞こえないわ。口も動いてるように見えないし、赤斗はただテレビを見ているだけじゃないの? マーガレット。」

「そうとも見えますが油断はなりません、陛下。バロンも怖いですが、本当に怖いのは彼に従う従者たちです。」

「我が国が誇る世界最高峰のオックスフォード首席卒業のあなたが、たかがアメリカのハーバードを怖れているの?」

「まさかです、陛下。私が怖れているのは彼女たちの『個』より『集』の力です。」


「なるほどね。なら、やはりレッドバロンとは友好関係を深めた方が良くなくて?」

「あまり関係を深めると、こちらの情報もそれなりに出さなくてはなりません。私が懸念しているのはそこです。」


「分かったわ。バロンのことはあなたに任せるので良しなに。それでUSBの検査結果はまだかしら?」

「もう間もなく諜報部より報告が来るでしょう。ん? ちょうど来たようです。」


ドアがノックされ、一人の女が入ってきた。


「失礼致します、陛下。ご命令のありました、こちらのUSBの検査結果のご報告に上がりました。」

「ご苦労様。それで結果はどうでしたか?」

「ハッ、USBの外部、内部、保存されているExcelデータ、それらすべて異常無しでした。ウィルスも検知されておりません。つまり、問題無しという結果になりました。」

「問題無しね・・・。分かりました、ご苦労様。下がってよろしい。」


報告を終えた女が退出しようとするのを女王が止めた。

「あっ、ちょっと待ちなさい。あなたは私を見て違和感を感じたことがあるかしら?」

「違和感でございますか? そう言えば初めて陛下をテレビで拝見したとき、周囲に比べ全体的に色が薄かったような記憶があります。」

「そう・・。ありがとう、下がっていいわ。」


女が不思議そうな顔をしたまま部屋から退出した。



「マーガレット。USBのことはあなたの思い過ごしだったみたいね。 レッドバロンは本当に好意からこのUSBをくれたのよ。あなたも今見ていたように、部屋の中でもバロンたちに怪しい素振りは無かったじゃない。」

「はい、陛下。仰る通りですが、用心するに越したことはありません。」

「はいはい。本当に心配性なのね。ではバロンがくれたデータを早速見ましょう。」



マーガレットがノートパソコンにUSBを差し込むと、画面に大量のフォルダが現れた。

その中からExcelデータの一つを無作為に選んで開く。

画面にはデータ打ち込み用のフォーマットが展開された。どうやらここに個人データを打ち込んでいくと自動的に分類され、グラフなどで視覚化できるらしい。

それらが入ったフォルダが何十個もUSBに入っていた。


「すごい数ね。どう?あなた一人で一両日中にこれらを使いこなせそう?」

「このフォーマットには一見単純なようで複雑な関数が随所に使われています。同じようなフォーマットがいくつもあるとなると、プログラミングのプロフェッショナルでない私では難しいかも知れません・・・。」

「そう、ではやはりバロンたちに手伝ってもらうしかないわね。データの打ち込みをしながら、あなたはファイルを使いこなせるようになりなさい。不明な点は赤斗を介して作成者に直接訊けばいいわ。」

「はい、仰せのままに。」


(さっきは陛下に『個』より『集』の方が怖いと言ったけど、どうやら『個』だけでも十分に警戒が必要ね。それなら陛下の言われるように、サーと友好関係を深めた方が良さそう─── ハッ! もし、これを作成した人間が、我が国諜報部の誰よりも優れたプログラミングスキルを持っていたとしたら、このUSBに何らかの細工をしたとしても検査にパスする可能性がある!)




『Synchronicity』社長室───


「ノートパソコンに差し込んだらトラップが発動するなんて、ナイスなアイデアだわ。さすが麗華ね。」

「それが違うの、律姉さん。麗華ちゃんのじゃなくて主様のアイデアなの。最初に訪英したとき、女王は私たちを私室に招いてくれたでしょ。その時に主様はノートパソコンが置いてあるのを見ていて、それで今回のアイデアを思い付かれたそうなの。」

理子が申し訳無さそうに律に言った。


「え? 主様はご出立前に麗華のアイデアだって、私に仰ってたわよ?」

「それには訳があるんです。主様は新参者の私に手柄を立てさせたくて、私のアイデアということにしてくださったんです。そうすれば古参の従たちもお前を認めてくれるだろうって。」

麗華が理子の代わり言った。


「そうだったの。でも、みんなとっくに麗華のことを認めてるのに・・・。やっぱり主様はお優しい方ね。」

「私たちもその時、主様はお優しいですってお伝えしたら、主様は───」

『主ならこれくらいのことするの当たり前だよ。私は普通のことをやってるだけで、特別優しくなんかないさ。いいかい? 瑠璃子や律たちには麗華のアイデアってことにしておくんだ、分かったな。』

「───って仰られて・・。」


「よく分かったわ、理子。だから私はさっから麗華のアイデアって言ってるでしょ。理子に麗華、二人ともよく聞いて。この話は他の姉妹に言ってはダメよ。主様のお気持ちを無駄にしないためにもね。」


(従思いのお優しい主様、どうか無事にお帰りくださいませ。)


三人は、誰からともなく、遠く西の方角を見た。

その見る先に、きっと赤斗たちのいるイギリスがあるに違いなかった。





「麗華のアイデアで、USBを『ノートパソコン』に差し込んで一つでもファイルを開くと、ウィルスに感染するよう細工したんだよ。」

「そうだったのですか。麗華ちゃんもやるわねぇ。」

「だろう? 日本に帰ったら麗華を褒めてやれ。」


「今頃女王は、ウィルス感染の危険が無いか、急いで専門部署にUSBを調べさせているだろうよ。」

「相手を本当に信用しているなら普通調べませんがね。」

「そうだな。で、専門部署で調べるとすれば、性能の劣るノートパソコンを使用することはまずあり得ないだろ? だから女王に渡したUSBに仕込んだトラップは、専門部署で調べても見破られる可能性はまず無いのさ。もっともイギリスが貧しくて、ノートパソコンしか所有してないのなら話は別だがね。」

「なるほどー。でもEU離脱もほぼ決定してますし、本当に貧しいのかもしれませんよ。」

「アハハ、そうかもな。」


「専門部署の検査をパスしたUSBなら、女王は必ず自分のノートパソコンでUSBの中身を見る。すると、トラップが発動するってわけだ。 」

「それで主様、どんなウィルスを仕込まれたのですか?」

「それは後のお楽しみだ。万が一、女王が私たちの敵になったときの、いわば保険だよ。だから出来れば使わずに済んで欲しい代物だけどな。」


「私の中では既に大敵ですが。」


「おいおい、颯。物騒なことをあまり言うな。さぁ、そろそろお前たちは着替えろ。一時間後に晩餐会とやらが始まるからな。」


「はい、主様。後で主様のお着替えの手伝いに参ります。」



(やはり謀略に長けた人材が欲しいな。)

二人が部屋を出ると、赤斗はそんなことを考えながら、一人煙草を燻らせていた。





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