蘇る英雄たち
南雲 颯は、前の座席で主に色目を使うマーガレットの後ろ姿を睨んでいた。
(主様は私たち姉妹が生きていくための糧よ。太陽よ。一人の女が独占していいお方じゃないの。)
マーガレットは後部座席から感じる、よからぬ気配に寒気を感じていた。
(あらぁ、もしかするとミス羽根川より、ある意味手強いかもね。)
見えない火花を車内に散らせながら、赤斗たちを乗せたワゴンは、やがてバッキンガム宮殿に到着した。
(バッキンガム宮殿にこんなに早くまた来るとはな・・。この分じゃ、あと何回来ることになるのやら。)
飛行機嫌いの赤斗は気が重くなっていた。
ワゴンを降りた赤斗たちは、宮殿内の一室に案内される。
「女王陛下は只今公務中ですので、申し訳ありませんが、あと二時間ほどこちらでお待ち頂きます。」
マーガレットが済まなそうに言う。
「気にしないでいいよ、ミス マーガレット。陛下は私と違って忙しいからね。さて、時間があるのなら丁度いい。その間情報交換といかないかね?」
「はい、と言いたいところですが、あいにく例の件に関してこちらはまったく動けていない状況でして、交換出来るほどの情報がほとんど無いのです。サー レッドバロン。」
「そうだろうね。でなければこうして私が手伝いに来たりしないものな。まぁそれを承知で来たのでご心配なく、ミス マーガレット。」
「恐れ入ります。サー レッドバロンだけが頼みですので宜しくお願い致します。」
マーガレットが熱い眼差しを赤斗に送る。
(んまぁ! 露骨な女っ。)
南雲 颯がギリッと歯ぎしりしたが、横に座る飛田 瑠璃子が颯の脚を蹴った。
(ホントに主様バカねぇ。あなたのおかげで主様のご計画が台無しになったらどうするのよ。まだ般若になってないだけマシだけど。)
「お任せを。それではこちらが今まで得た情報の話でもしようか。」
「まぁ、それは有り難いですわ、サー レッドバロン。」
「その前に、そのサー レッドバロンというのはやめないかね? 竜崎でいいよ。」
「それは爵位の方に失礼に当たりますので、ご勘弁を。それでしたら『サー』だけに致します。」
「OK 。では、私はマーガレットと呼ばせてもらうがいいかね?」
「むしろ光栄です、サー。何だか恋人同士みたいで嬉しいですわ。」
ギリッと音が鳴った。
「恋人? それはあり得ないよ。恋人なんて作ったら私を慕ってくれる従たちが可哀想だ。そもそも大勢の従を抱える私と普通の女性が付き合えるわけがない。私に恋人がいちゃいけないんだ。」
(目がうるうるしてるわよ颯ちゃん、ダメじゃないの・・・。)
その瑠璃子はすでに泣いていた。
「コラ、私の前で泣くなとあれほど言ってるのに。」
「申し訳ありません、主様。つい嬉しくて・・。」
「うん? マーガレット、なぜ君まで泣いている?」
「いえ、素敵なご主人様だなって・・。」
(なによ! 二人が先に泣くから泣きそびれちゃったじゃないの!)
手持ちぶさたな颯だった。
「何だかお通夜みたいになったな。さて、話を戻そう。」
「例の番組放送後に、女王陛下と私に違和感、もしくは異変を感じたという人間が続出した。そのことから何が分かるかね? マーガレット。」
「イエス サー。私が考えたのは二つです。まず、お二人がご一緒したことにより、例の現象が発現した。」
「次に、今までも陛下に違和感を感じた人間は大勢いたけど、本人の見間違いで片付けられていた。しかし、サーにも違和感を感じたのでこれは何かあると思い、騒ぎだした。この二点です。」
「さすがだ、マーガレット。その二つは律の考えとまったく同じだよ。そして私もそう考えた。」
「だがね、マーガレット。さらに言うなら、前者の場合、世界にとって非常によろしくないかもしれんのだ。」
「!? そ、それは一体どういうことでしょう?サー。」
「そう難しいことじゃあない。それはこういうことだ。女王陛下と私が一緒、つまり二人が直の出逢いをしたことによって何らかの力が発動した、と考えられる。それは果たして女王陛下と私だけのことだろうか?」
「───分かりました! つまり第三、第四の人間が現れる可能性ですね!」
「その通りだ、マーガレット。そしてそれこそが世界にとっていかんのだよ。」
「支配者は二人も要らない・・・。」
「まさにそれだ。一人や二人なら何とか仲良くやっていけるかもしれないが、三人やそれ以上になると必ず喧嘩になるものだ。それは歴史が証明している。」
「何てことでしょう・・。」
「こうなると、私と女王陛下が逢ったのは偶然ではなく、必然かもしれんな。」
「そ、それでサー レッドバロン、どうすれば?」
「早急にやるべきことをやって、最悪の事態になったときのために早く準備をしなければならない。」
「だが、私たちはともかく、君たちはあまりにも遅れている。」
(うわぁ、主様ったら名演技だわぁ。マーガレットを煽りまくりじゃないの。そこで例のアレが活きてくるわけね。)
瑠璃子がほくそ笑んだ。
「サー レッドバロン。貴方は英国男爵でもいらっしゃいます。どうか陛下をお助けください。」
「承知した。マーガレット、そのためにも君に大いに期待してるよ。」
(こら、颯。そこは般若になっちゃダメよ。)
「さて、この続きは女王陛下とお逢いになってからだ。」
「まっ、もうこんな時間でしたのね。では皆さん、陛下の私室にご案内致します。」
「主様は今頃女王とお話しされているのかしら。」
孫 麗華が律と理子に何気なく訊く。
「そうね、そんな時間ね。主様のことだから何の心配もしていないけど、颯がいるから少し不安ね。」
律がミルクティーを飲みながら答える。
「不安と言えばアレは大丈夫かしら・・・。」
エクレアを頬張りながら理子が呟く。
三人が話している場所は、佐々 理子が社長を勤めるシステム開発会社『Synchronicity』の社長室だった。
理子は普段赤斗の居る『R.U』本部で秘書業に専念しているだが、赤斗がイギリスへ行ってしまったため久しぶりにSynchronicityに戻っていたのだが、それなら私もちょっとお邪魔しようかしらと、洋菓子の詰め合わせを手土産に律が遊びに来ていたのだった。
「麗華のプログラムはいつも完璧じゃない、問題ないわよ、理子。」
「そうだったわね、律姉さん。それにしても主様の発想っていつもすごいよね。」
「ホント、今回のことだって、あんなこと普通誰も思いつかないよね~。私も久々にプログラム頑張っちゃった。チャンスと手持ちの武器は最大限活かさないとな、ってときどき主様は仰るけど、大抵の人間はそれが出来ないんだよね。」
「そういえば麗華はここ(Synchronicity)に入ってどれくらい経つのかしら?」
「一年半くらいよ、律姉さん。」
「そんなに経つのね。でも、あなた入ったときだいぶ不貞腐れてたわよね。」
「わあっ、それを言わないで! 恥ずかしい!」
「アハハ!」
孫 麗華は中国で生まれ、中国で育った生粋の中国人だ。
その麗華が突如『R.U』傘下のSynchronicityに入社したのには理由があった。
孫家は中国でも有数の名家で、その親戚には中国共産党の有力者が幾人もいる。
その孫家で一番力を持つのが『大叔母』と呼ばれる『孫 楊貴』、齢117歳の妖女である。
その孫 楊貴は、ある晩不思議な夢を見た。
『我が子孫たちよ、よく聞くがいい。我が大恩ある大君が、此度において極東の島国にご転生なされた。然らば、我が一族そのすべてを以て大恩に報いよ。汝、蒼く見える者を能く能く探し、そして護り参らせよ。』
孫 楊貴は大君と呼ばれた人物が誰か即座に分かった。
なぜなら、先祖が仕えた人物は一人しかいなかったからだ。
しかし、極東の島国が日本というくらいしか、孫 楊貴には分からなかった。
中国よりはるかに人口が少ないとはいえ、一億はいる人間の中でたった一人の者を探すのはあまりにも困難だった。
何より『蒼く見える者』というのが謎過ぎた。
だが、そう悠長なことは言ってられない。あれから孫 楊貴は頻繁に同じ夢を見るのだが、何となく日増しに先祖の口調が厳しくなっているような気がした。
焦った孫 楊貴は馴染みの知恵者に事情を話して助言を求めた。すると、その知恵者は言った。
「あのお方が本当に転生して現代の日本におわすなら、相当な偉丈夫になっていらっしゃるはず。まずは姓に「リュウ」を持つ者をすべて探し出し、すべての人間を自身の目で確かめなさい。もしその人間の中に蒼色に見えた者がいれば、あのお方が転生した人間に間違いない。」
その助言に基づき、孫 楊貴は一族の工作員に命じて『リュウ』を姓の中に持つ人間総てを、画像や映像に収めさせた。
それは途方もない作業と思われたが、姓に『リュウ』が入る日本人は意外に少なく、さらに明らかに平均以下の生活レベルを送る者は除外した為、その人数は500にも満たなかった。
後日談だが、謀は細心の注意を払って行うことを信条とする孫 楊貴は、『リュウ』を探す為とはいえ大量の中国人工作員を日本に送れば、いかな日本政府とて異変に気付くだろうと懸念した。そうなれば後々面倒だと考え、『中国人の爆買い』という偽わりのブームを喧伝し、大量の中国人が来日する理由を上手くカモフラージュしたのだった。
自室にて『リュウ』を姓の中に持つ人間、男女問わず500人足らずの写真や映像を見ていた孫 楊貴が突然叫ぶ。
「この男じゃあ!」
叫ぶ孫 楊貴の手元には、男女三人が写った写真があった。
女二人に挟まれた男は見るからに偉丈夫だ。
男を挟む女の一人は、明らかに知性を備えたハーフの美女で、もう一人はオリンピックで見覚えのある女だった。
この写真を撮った者は、三人に尋常ならざるものを感じ取り、その素性を詳細に調べていた。
(女の名は羽根川 律、そして飛田 瑠璃子じゃと? そして男の名は竜崎 赤斗とな。大君はもうそこまでに成られておったのか・・。)
孫 楊貴は歓びに涙していた。実に50年振りに流した涙だった。
そして、写真の中の赤斗は、いつの間にか『蒼色』から元に戻っていた。
歓びにうち震えた孫 楊貴は、すぐに一族郎党の主だった面々に非常召集を掛ける。孫 楊貴の命令は絶対で、逆らえる者はいない。
「皆の者よく聞け。お前たちの手元にある写真の人物こそ、我らがご先祖様が大恩を賜った大君の転生されたお姿じゃ。」
「おおっ、このお方が。」
「そうじゃ。そこでお前たちに言っておくことがある。我らが孫家はこれより大恩に報いるために、この御方を秘密裏に護り参らせることにした。よいな、決して大君に我らのことを悟られてはならぬぞ。」
「承知しました、大叔母様。して我らは如何様に?」
「お前たちの身内で若くて才能豊かな娘はおらんかえ?」
「それでしたら私の姪に麗華という者がおります。若くて器量善し。北京大学を卒業して今は我らの中国共産党でサイバーセキュリティの主席技術官をしております。」
「おおっ、それは適任じゃな。ただし、御方に仕えるということは、身も心も御方のものになるということじゃぞ、分かっておるな? 二度と党には復帰出来んぞ。」
「はっ、大叔母様。我が党からすれば大きな損失ですが、孫家にとっては無上の喜び。一片の異存もありません。」
「よくぞ言った。次の中国共産党主席の座は期待してよいぞ。」
「ははっ! 有り難き幸せ。」
「なら早速その姪に日本へ、いや、大君の下へ向かわせるのじゃ。」
こうして孫 麗華は『Synchronicity』に鳴り物入りで入社したのだが、本人にしてみれば到底納得のいくものではなかった。
(大君?大恩? そんなの私の知ったことじゃないわ。嘘か本当か分からないおとぎ話の犠牲になるなんてまっぴらゴメンよ。)
だが、大叔母の命令は孫家の中で絶対であり、麗華は粛々と従うしかなかった。
そんな麗華の入社当初の勤務態度は明らかに悪かったのだが、ある日赤斗が律や瑠璃子を連れ立ってSynchronicityに来社した際、ついに麗華は赤斗が蒼く見え、その瞬間全てを悟る。
(あぁ、大叔母様が言ってらしたのはこのことだったのね。ならば、大君のお隣にいるのは、彼の大将軍お二人が転生したお姿・・。 ご先祖様、ご覧になられてますか? 大君と大将軍のお三方は、現代の日本でまたご一緒でございます。)
それから孫 麗華は竜崎 赤斗の従になり、大いにその才能と忠誠心を発揮することになる。
かつての先祖がそうであったように。




