レッドバロン
「主様、朝ですよ。起きてください。」
竜崎 赤斗が目を開けると、楼蘭 さくらの顔が目の前にあった。
昨晩のドタバタ劇は丸く収まったが、さすがに疲れた赤斗は添い寝役にさくらを選んで早々に寝たのであった。
「ん、おはよう。昨夜はよく眠れたか?」
「はい、一睡もしておりません。」
普通の間柄なら、たとえあまり眠れなかったとしても「おかげさまでよく眠れました。」と返すのが礼儀だろう。
だが、さくらに限らず、従になった者は主に嘘をつくことが出来なくなるので、さくらは正直に答えた。
嘘をつくという行為は相手を騙すことであり、そんなことがさくらたち従に出来るはずもなかった。
「起きて何をしていたのかね?」
「主様のお顔を眺めたり、ご奉仕させて頂きました。」
「・・。寝なくちゃいい仕事ができんぞ。里奈や紅葉もそうなら、滞在中の添い寝を禁止するからな。」
「ふぇっ、わ、分かりました。二人に言っておきます。」
「それに徹夜は美容に悪いからな。さて、朝食はどうするかね? どこか食べに行くか?」
「朝食でしたら、今紅葉と里奈が作ってますのでもう少しお待ちください。その間ご奉仕とお着替えのお世話をさせて頂きます。」
「着替えくらい自分で出来るが、せっかくの申し出だから肩を揉んでくれないか。」
「はい!」
すぐにさくらは赤斗の背後に回り、両手で鎖骨の上付近をモミモミし始めた。
(ん? 背中に当たっているのは胸かな?)
赤斗の予想通り95のHカップが赤斗の背中をバインバインと叩いていた。
「バインバインって、お前もしかしてノーブラかね?」
「あっ、分かりますぅ? さすが主様。」
「ブラしてたら『バイン』だものな、分かるさ。」
「そういうものなんですねぇ。」
なぜノーブラなのかはあえて訊かなかった。95のHカップを夜中どう使ったかくらいは容易に想像出来た。
しばらくモミモミとバインバインの二重奏を聴いていたが、里奈が朝食が出来たことを知らせに来たので、朝の奉仕をそこで切り上げさせた。
バインバインを目の当たりにして膨れっ面のペタンコ里奈とさくらを外に追い出し、赤斗は一人で着替えを済まし食堂へ向かった。
食堂に入ると、さくらたち三人の他にスタッフが何人か食事をしていた。
「主様、おはようございます!」
「おはようございます、会長。」
元気よく挨拶をしてきた紅葉の隣で、昨晩赤斗に絡んだ三人が恐縮しながら挨拶した。
「おはよう、みんな。ここに君たちもいるってことは、まさか徹夜仕事じゃないだろうね?」
「いいえ。私たちあれからここで反省会を開いて、そのまま泊まったんです。」
「反省会と称した二次会だろう? ん、三次会かな? この部屋は酒の匂いがプンプンする。」
赤斗が笑いながら言った。
「ですよねー。」
スタッフの三人は笑って返したが、その中の一人が昨晩のことを赤斗に謝ろうとした。
「昨晩はひどいこと──」
「おっと、その先は言いっこなしだ。きのうのことはきのうでお仕舞いだよ。なぁお前たち。」
「はい!」
紅葉たちが元気に返事した。
「さぁこの話はこれで終わりだ。みんな、メシを喰おう。腹が減っては何とやらだからな。」
テーブルには、トーストやカリカリベーコンに目玉焼き、スクランブルエッグ、ポテトサラダなどがところ狭しと並んでいる。
料理のほとんどを作った紅葉が、赤斗の食べる分を皿に盛り付けて渡した。
「うん、これは美味い。ただのポテトサラダじゃないな。塩コショウとマヨネーズの加減が絶妙だ。」
「ありがとうございます!」
紅葉が満面の笑みを浮かべる。
「紅葉が作ったのか? 縫製職人は料理も得意とみえる。いい嫁さんになるぞ。」
「えーっ、結婚なんて考えられません。主様の下でみんなとワイワイやってる方が幸せです。」
「アハハ、今はな。まぁこの先は分からんがな。」
「紅葉ちゃん、会長のお嫁さんなんかどう?」
スタッフの一人が何気なく言った。
「主様のお嫁さん!? そんなこと考えたこと無いなぁ。てかあり得えないね。」
「結婚は恋愛と同じで、お互い対等じゃないと上手くいかないものだ。だが、この三人は私と対等になるなど微塵も思ってないからね。それに一夫多妻でなければ『R.U 』は崩壊してしまう。」
「一夫多妻だとやきもちとか凄そうじゃないですか?」
「それはないよ。私たちやきもちとは無縁だからさ。」
「そうそう。主従ってそういうものなのよねー。」
「ふぅ、腹一杯になった、ご馳走さん。さて、私は食後の散歩がてらビル内を見て回るよ。」
「あっ、それなら私たちがご案内します。」
さくらが案内を申し出たが、赤斗は断った。
「いや、お前たちは後片付けをしろ。一時間ほどしたらさくらのオフィスへ行く。」
「はい、お待ちしております。」
「ではみんな、今日も一日しっかりな。」
「はい! 主様!」
赤斗がビル内を散策していると、ちょうど出社してきた黄 路魅とばったり出くわした。
「おはようございます! 会長。」
「おはよう、確か君は黄君だったね? もしかして中国系かな?」
「はい、そうです。父方が中国人です。」
「なるほどね、で、君は日本語の他に何か話せるかい?」
「広東語はネイティブで、それと英語が少々です。」
すると赤斗はおもむろに英語で話し始めた。
『これから各国のセレブたちのクレーム対応をするので、よかったら手伝ってくれるかね?』
『はい、私でよければ喜んで。』
『それは助かる。それで私の英語は聞いた通り怪しいものだから隣でフォローして欲しいんだ。』
『承知しました。』
『なんだ、少々と言いながら普通に話せるじゃないか。英語を話せるスタッフがいないと言うから私がここまで来たのに。』
『申し訳ありません。私がセレブのクレーム対応をして、もしさらにセレブたちを怒らせたらご迷惑掛けると思い、英語を話せることを隠してました。』
『なるほど、その判断は間違っていないが、正しくもないね。君はチャンスを自ら逃したことになる。チャンスというものは最大限活かすものだ。』
『エリザベス女王との謁見のときの様に、ですね?』
『その通り。君は失敗を恐れてはいけない。もし失敗しても私が何とかするよ。』
(この方が言うと不安がなくなるわ、とても不思議だわ。)
『イエス、サー・レッドバロン。』
『では、後ほどさくらのオフィスへ来て私の手伝いをしてくれ。』
適度に散策を終えた赤斗はさくらのオフィスに入った。
「
ではさくら、セレブたちの資料を見せてくれるかい。」
「はい、こちらです。」
手渡された資料には、LOVE.REDに問い合わせしてきたセレブの連絡先や、依頼してきた仕事内容などのデータが記載されていた。
一通り目を通し優先順位を決めたあと、早速一人のセレブへ連絡するため路魅を待っていたら10分ほどで路魅が現れた。
「ご苦労様。さて、さくらよ。事情があってこの黄君は隠していたようだが、実は彼女は英語を話せる。」
「そうなんですか!? それは知りませんでした。」
「中国系で日本語を話せる人間はだいたい英語もいけるものさ。まぁ黄君を怒らないでくれ。」
「承知しました。」
「では早速だが、いいかね黄君。電話はお手伝いさんが最初取ると思うから、そうしたらセレブに替わってもらってくれ。それから先は私が替わろう。」
「かしこまりました、会長。」
「頼むよ。ではまずこの一番厄介そうなセレブからだ。」
渡された資料に載っている電話番号に路魅は電話したが、予想通り電話に出たのは使用人らしき人間だった。
「ハロー、こちらは日本のLOVE.REDと申しますが、私どもに仕事を依頼されたマダム クロフォードはいらっしゃいますか?」
LOVE.REDから連絡があるかもしれないことを、予めマダムから聞いていた使用人は、夫人に替わるのでお待ちください、と路魅に告げ通話を保留にする。
路魅が会長に頷くと、赤斗も頷いた了解の意を示し、インカムを頭に装着する。
「ハロー、キャサリンよ。LOVE.REDから連絡してくれるとは嬉しいわ。それで依頼の方はどうかしら?」
「ハロー、マダム。竜崎 赤斗と申します。」
「?? 誰ですって? 竜崎 赤斗?」
マダム クロフォードはすっかりLOVE.REDの人間が連絡してきたと思っていたので、竜崎 赤斗と名乗られても最初誰だか分からずにいた。
「これは失礼、レッドバロンと申し上げた方がよかったかな。」
「レッドバロン? えっ!? えっ!? まぁ、どうしましょう!」
すっかり動揺したマダム クロフォードにLOVE.REDの現状を話し、しばらく依頼を待って欲しいと告げた。
まさか、あのレッドバロンと話せるとは夢にも思わなかったマダム クロフォードは、二つ返事で赤斗の申し出を了承した。
「か、会長、お見事でした。」路魅が興奮気味に赤斗を称賛した。
「ん? 私はただ待って欲しいとお願いしただけだよ。」
「確かにそうですが・・。」
「これもひとえにエリザベス女王の威光の賜物さ。私がバロン(男爵)じゃなかったら、こうはいかなかっただろう。」
「・・・。」
(バロン(男爵)でいらっしゃること自体がセレブたちにどれほどの威光があることか、貴方はそれを知らなすぎる。)
黄 路魅が思ったことは正しかったが、マダム クロフォードがあっさり申し出を受けたのには、他に二つの理由があった。
一つ目は、やはり馬飼 里奈のデザインした女王のドレスが、マダム クロフォードの目にとても魅力的に映ったからだ。里奈のデザインは待つだけの価値が十分ある、そう彼女は考えていたが、一応形式的にクレームを入れていたのだった。
そして、マダム クロフォードが『レッドバロン』こと竜崎 赤斗に魅力を感じていたことも、大きな理由の一つだ。
さしてイケメンでない赤斗だったが、幾人もの従者を従えた赤斗の姿は、東洋の神秘と相まってメスの本能を刺激した。
これだけの理由があれば赤斗の頼みを拒否できるセレブはまずいない。
赤斗はそこまで読み、単身LOVE.REDに乗り込んできた。
「チャンスもそうだが、己の武器の威力も最大限活かさなくてはな。」
会話を終えた赤斗が路魅に言った。
(知っていらしたのね、ご自分の力を。)
黄 路魅も己のメスが疼き出したのを感じていた。
優先順位1位のマダム クロフォードを無難に退けたあとは、単純な流れ作業になった。
赤斗が話せばあらゆる問題は解決し、午前中だけで七人のセレブを処理した。
その様子を近くで見ていたさくらは、路魅と同じく赤斗に感嘆しきりで、あらためて自分の主の偉大さを知った。
(この方がその気になれば、世界中の女を・・。)
午後も順調にクレームを処理し、その日不在のマダムの人数を鑑みた結果、あと二日もあれば赤斗の仕事は完了するという見通しが立った。
それから三日後。竜崎 赤斗は己のやるべき仕事を片づけ、東京行きの新幹線に乗るため駅のホームにいた。
新幹線が発車するまで、さくらたち三人となぜか路魅までメソメソして赤斗を困らせたが「また近いうちにきっと逢えるさ。」という赤斗の言葉を信じ、最後は笑顔で赤斗を見送った。
(また逢おう、私の可愛い宝たち。それまで元気でいろよ。)
今回のLOVE.REDのドタバタで、自分はLOVE.REDの現状を知ることができ、里奈たちはスタッフたちに主従をカミングアウトすることが出来た。
ドタバタはあったが、楽しくて有意義だったな今回の単身出張は。
また機会があれば一人で色んなところへ行ってみたいものだ。
そう思いながら、赤斗は羽根川 律たちの待つ東京へ向かっていた。




