ドタバタLOVE.RED 4
『クールジャパン戦略』の恩恵を受けた『LOVE.RED』が、順調にその運営を軌道に乗せた頃、楼蘭 さくらたちは重要な話をするために竜崎 赤斗のオフィスに赴こうと東京に向かっていた。
「本当にいいの?里奈。紅葉。」
「いいと思うよ。LOVE.REDがこれから大きくなっていくなら、経営戦略とやらに疎い私らだけじゃ不安だものね。」馬飼 里奈が言った。
「その代わりLOVE.REDの名前はそのままで、私たちも今まで通りのやり方をさせてもらうのが条件だけどね。」流川 紅葉が加わる。
「うん、竜崎さんなら絶対大丈夫よ。」
「ほーら始まった。さくらの竜崎びいき。」
里奈が笑いながら言う。
この頃のさくらは竜崎 赤斗を絶対的に信頼していた。信用ではなく信頼だ。
それ以上に、自分とLOVE.REDを同時に救ってくれた赤斗は、さくらの中で『神』に近い存在になっていて、その神にさくらはLOVE.REDを捧げようとしていた。
日増しに狂信者の様を呈してくるさくらに里奈と紅葉は不安になったが、竜崎 赤斗に関したこと以外は今までと何ら変わることがなかったので、しばらく様子を見ようということになった。
ある日、「竜崎さんにLOVE.REDの代表になって頂かない?」と突然さくらに言われた二人は、さすがにこれはマズイと考えた。
だが、どんどん膨らんでいくLOVE.REDを維持していくには、やはり赤斗の様な人間にトップになってもらうのが自然のことなのかな、とも思えるようになっていた。
そういえば三人揃って竜崎さんたちに会うのは初めてかな、と思いながら、さくらは久しぶりに赤斗のオフィスの前に立つが、ふと玄関のドアに貼られた『RED.UNION』と書かれたプレートが目に入った。
(レッドユニオン? あれ、部屋を間違えたのかな。)
チャイムを押すことを躊躇していたが、突然中からドアが開いた。
「いらっしゃい、さくらさん。」
ドアの中から顔を出したのは羽根川 律だった。
「あ!羽根川さん、ご無沙汰しています! 見たことなのないプレートが貼ってあったので、ちょっと迷ってました。」
「フフ、詳しいことは後で。さ、皆さん入ってください。」
(うわぁ、さくらに聞いてたけどホント綺麗な女性だぁ。)
里奈と紅葉は律を見て、二人とも似たような感想を漏らした。
「奥で会長がお待ちですよ。」
「会長って誰ですか?」
「『R.U』の会長と言えば未来永劫ただお一人よ。」
??竜崎さんのこと?、と少々不安になりながら、三人と律は応接室に入った。
応接室の中には一人の『黄色』がかった男が立っていた。
その時、隣にいた里奈と紅葉が小さな悲鳴を上げた。
「やだ、何この人。」「えっ、里奈も?」
「さくら・・、竜崎さんだけ黄色い・・。」
「これは驚いた、三人は私が黄色く見えるようだね。なるほど、そういうケースもあるのか・・。 律、『色』について彼女たちに説明してあげてくれ。」
「かしこまりました、会長。三人とも落ち着いて聞いてください。私と瑠璃子さんもあなたたちのように竜崎さんに色を見ています、私と瑠璃子さんは赤でしたが。」
「ど、どういうことですか?」
「それは会長にも私にも分かりませんが、確かなことはあなたたちも今、会長に色を見たということです。そして、私と瑠璃子さんとあなたたちでは異なる点が少なくとも二つあります。」
「それは何ですか?」
「私たちは会長と初めてお逢いした時に色を見ました。でもさくらさん、あなたは初めて会長にお会いした時には色を見なかった。違いますか?」
「はい、あの時は何も感じませんでした。」
「ということは何が考えられる? 律よ。」
「はい、まず考えられることは、初対面でたとえ色を見なくても、後日見る可能性があるということです。」
(なるほど、それなら私にも覚えがある。ならば、女王と私は・・。)
「次に、彼女たちが三人揃って会長にお会いになるのは、確か今日が初めてとお聞きしております。その事実を鑑みますと、三人揃うことで何かしらの力が発動する可能性が考えられます。」
「それは興味深いな。かつて私は『三人で一人』と言った記憶があるしね。」
「三つ目は色の違いです。私と瑠璃子さんは赤色でしたが、こちらの三人は黄色でした。となれば、見た色によって属性のようなものがあるのかもしれません。」
「現時点で私が考えられることは以上です。」
「いや、さすがに律だ。ありがとう。」
「ということだ、お三人さん。いきなり異常現象を見て混乱していると思うが、私に何らかの色を見た人間は君たちが初めてではない。なぜ見るのかは私にも分からないんだ、すまないね。」
「さて、中途半端なままで話題を変えて申し訳ないが、本題である君たちの用件を聞こう。」
「は、はい。実は竜崎さんに私たちLOVE.REDをお任せしたいと思いまして、三人一緒にお願いに上がりました。」
「お断りする。」
「早すぎ!」里奈が呆れたように言った。
「考えるフリして勿体ぶるよりいいかと思ったんだが、ダメだったかな。ハハ。」
「LOVE.REDは君たち三人のものだよ。それに君たちが頑張って大きくした工房を横取りするような真似は出来んよ。」
「横取りなんかじゃありません。」
なぜか、里奈が反論した。
「とにかくそれは出来ない相談だ、すまないね。」
「その代わりと言っては何だが、君たち私の『R.U』に入らないかね? いや、ぜひ入って欲しい。」
「『R.U』って表にあった『RED.UNION』のことですか?」
「その通り。やっと私の中で構想がまとまってね、いろんな分野の企業が集まった『企業連合』を創ることになったんだ。」
「すごーい。私はいいと思うよ、さくら。」
紅葉が少し興奮気味に言った。
「詳しいことは私から説明します。その前に申し遅れましたが、私はこのたび竜崎会長の秘書に就任しましたので宜しくお願い致します。ちなみに瑠璃子さんはご存じのようにクールジャパン戦略の推進委員で忙しく、今はほとんどこちらにはおりません。」
「では『R.U』についてお話しします。『R.U』は竜崎会長ただお一人を頂点とし、大小問わず参加する全企業が平等な位置付けになります。そして参加するには条件があり、女性のみの幹部で組織された企業のみとなります。」
「私たちのような小さな工房は場違いじゃないでしょうか?」
「条件はもう一つあって、この条件こそ一番の要になります。それは、あなたたちのように会長に色を見た女性がその企業のトップであること。つまり、あなたたちはこの二つの条件をきちんと満たしています。企業の大小など会長はまったく問題にしておりません。」
「ということは、竜崎さんと一緒のグループで働けるということでしょうか?」
「その通り。だが、私は参加企業をまとめるだけの役なので経営には一切口出しをしない。そんな私だが、ぜひ君たちの力を貸して欲しい。頼めるかい?」
「はい!!!」
さくら、里奈、紅葉が揃って声を上げた。
「それはありがたい、感謝する。」
「では、これからの話もあるし、三人の歓迎会も兼ねて食事にでも行こうかね? 律。」
「はい、会長。良き日になりましたね。」
表面上澄ましてはいたが、律が一番嬉しそうだった。
律に三人の可愛い妹ができた日だった。
───そして竜崎 赤斗来社の日。
「さくらさん、会長の歓迎会のお店ですが、『居酒屋 呑んだくれ』でいいですか?」
女性スタッフの一人が楼蘭 さくらに伺いを立てた。
「『R.U』の長にして男爵であられる会長の歓迎会を居酒屋で? アナタ私に羞恥プレイさせたいの?」
ジト目でさくらは言った。
「イヤイヤッ、そんなつもりありません! さっき紅葉さんに訊いたら、会長は居酒屋とか好きだよ、て言うから・・。」
「ハァ・・。あのね、会長がお好きだからといって、私らがいつも行く店にお連れしてどうすんのよ。会長を『呑んだくれ』にお連れして、もしそれが律姉さんの耳に入ってごらん、私ら三人は二時間正座でお説教よ。」
「ひぇ~、やっぱり会長って恐ろしい方なんですね。」
「恐ろしい? やっぱり? アナタ何言ってるの、会長ほどお優しい方はこの世にいないわよ。」
「えー、だって二時間正座させるって。」
「それは秘書の律姉さんがそうするってことよ。その律姉さんだって普段はとても優しくて素敵な方よ。それより、やっぱりって何? 正直に言わないとクビよ。」
「うぅ、里奈さんと紅葉さんから会長の武勇伝を聞かされて・・。」
「たとえばどんな?」
「お一人で暴力団を潰した、とか・・。」
(あいつらぁぁ・・。)
「まぁあながちウソじゃないけど・・。」
「えー! やっぱりそうなんですか? ちなみに、見る人によっては七色に輝くというのもホントなんですか!」
(あいつらそんなことまで・・)
「いい? アナタたちが聞いたのはまったくのデタラメじゃないけど、真実でもないの。」
「??」
「まぁ実際にお逢いすれば分かるけど、会長は女に手を上げるようなアホな男と違うわ。女に手を上げるアホな男を許さない、優しくてとても強いお方よ。」
「だいたい── ん、ちょっと待って、モニターが・・。」
さくらのノートパソコンにいきなり律の顔が現れた。
「出たーーっ! り、律姉さん、ど、どうしたの?」
「人を便秘で苦しんでやっと出た○○○みたいに言わないでちょうだい。どお? 汚部屋はちゃんと片付いた?」
「う、うん! 今、里奈と紅葉が一生懸命やってるよ。」
「何よ、まだ終わってないの? どれだけ散らかってるのよ。少し急いでね、主様と蘭が今そちらに向かってご出発されたか── ! 今あなたの視線が違うところに行ったけど、そこに誰かいるわね?」
神妙な顔でさくらが頷く。
「私としたことが・・。仕方ないわ、さくら、あとのフォローは頼むわね。では三時間半後に会長は名古屋駅にご到着されます。それと、分かってるとは思うけど、間違っても会長を居酒屋などにお連れしないように。『呑んだくれ』なんかにお連れしたら説教だからね。じゃあ。」
そそくさと、羽根川 律は通信を切った。
「あの~さくらさん、もしかしてこの部屋は盗聴されてるんじゃ?」
「律姉さんは絶対そんなことしないよ。愛知生まれだから有名チェーンの『呑んだくれ』を知ってるだけ。そんなことより、アナタ今の律姉さんの言ったこと聞いた?」
「えーと、『主様』のことですか?」
(あちゃー、こりゃアウトですよ、律姉さん。)
「え!? 何かマズイんですか? そのことならもうみんな知ってますよ?」
「へっ!? 何でよ!」
「さくらさんも里奈さんも、寝言で『主様ぁ』ってよく言いますから。」
「寝言・・・。他に何か聞いた?」
「『気持ちいいですか』とか──」
「そこまで!」
工房に限らず、企業は納期との戦いなので徹夜仕事がそれなりにある。なのでスタッフの前で寝てしまうことも度々あった。
「それでスタッフの間で会長と私たちの関係はどう見られてるの?」
「ご主人様と性奴隷。」
(アウトどころか終わりだわ・・。)
「でも大丈夫ですよ! 私たちは全然気にしてませんから。LOVE.RED大好きですし。」
「今は時間がないから一言だけ言っとくわ。私たちは性奴隷なんかじゃない、それは会長を侮辱する言葉よ。で、歓迎会のお店だけど『龍宮楼』に大至急予約入れて。」
「あそこは超セレブな店ですよ、大丈夫ですか?」
「アナタたちはホントに会長のこと何も分かってないのね。エリザベス女王のマブダチでいらっしゃる『レッドバロン』をあんまりナメないで、路魅ちゃん。」
「という訳で主従関係ということがスタッフにバレてるらしいの。」
「えーっ、主様に叱られる!」
馬飼 里奈が頭を抱えた。
「主様は叱らないよ、叱るとしたら律姉さんだね。てか、寝言言ってたのね私たち。」
流川 紅葉が気まずそうに言った。
「でもこれでみんながいても遠慮なく、主様!って言えるねー。へへ」
「そうそう。会長ってお呼びするの何だかよそよそしくて嫌だったんだ。」
「まったくアンタたちは気楽でいいわね。でもやっぱ嬉しいよね。」
「うん!」
「さ、主様をお迎えに行きましょ。」




