ドタバタLOVE.RED 2
『R.U』の会長にして、男爵の爵位を持つ竜崎 赤斗が来社する。しかも今日中に。
この報せを受けた『LOVE.RED』のスタッフ一同は当然の如くパニックになった。
馬飼 里奈や楼蘭 さくらなどは赤斗と面識があるからよいが、ほとんどのスタッフは赤斗を生で見たことがない。例の番組やネットなどで見たことがある、という程度だ。
だが、里奈たちからその人物像を日頃から聞いている。
いわく、エリザベス女王とマブダチ。
いわく、一人で暴力団を壊滅した剣と空手の達人。
いわく、日本経済をその手に握る裏の権力者。
まぁ大部分は里奈たちの妄想や願望が入っているのだが、赤斗が女王から爵位を与えられたことは事実なので、あながち女王とマブダチというのは嘘ではない。
より効果的に嘘をつくためには、真実を散りばめるのが鉄則であるが、この場合女王とマブダチという真実っぽい要素が効果となり、LOVE.REDのスタッフたちは暴力団云々も信じてしまっていた。
要するに竜崎 赤斗はスタッフたちにとって、とても恐ろしい人物とイメージされているのである。
その会長が突然来社する。
急遽スタッフ全員を集め、楼蘭 さくらが告げた。
「皆さん、LOVE.REDにとって大変な名誉が訪れました。竜崎会長がこちらにお見えになります。でも、普段通りに作業してもらえれば問題ありません。ただ、挨拶だけはしっかりとお願いします。」
普段はタメ口で話すさくらがいつもと違う口調になってる時点で(アナタが普段じゃないよ)とツッコミたいところだが、さすがにそれを口に出す者はいなかった。
「では、これより各部署の長に集まってもらいミーティングを行います。では皆さん、よろしくお願いします。」
各部署と言っても二つしかないじゃない、と流川 紅葉あたりはツッコミたくてしょうがなかったが、久しぶりに見るさくらの真面目な顔を見たら、遠慮するしかなかった。
LOVE.REDの実質の責任者は楼蘭 さくらだ。
チーフデザイナーは馬飼 里奈だが、里奈に会社を回す能力がまったくないため、やむなくさくらが取り仕切っている。
しかし、その方面でおそらく才能が有ったのだろう。さくらの運営能力は非常に優れており、三人でスタートしたちっぽけなデザイン事務所が、今ではアパレル業界で一目置かれる存在となっている。
赤斗の力を借りずとも、いずれLOVE.REDは女王に認められるほどの立派なメーカーブランドになっていたかもしれない。
そのLOVE.REDは、専門学校で知り合った里奈、さくら、紅葉の三人で立ち上げた、小さな工房から始まった。
マンガやイラストの個人投稿サイトに自分らのデザインした作品を載せ、仕事の依頼があれば請け負う、そんなスタイルで瞬く間にランキングの上位になるまでの人気を得ていた。
馬飼 里奈のデザインセンスはこの頃から発揮されており、そして流川 紅葉の縫製もまた、LOVE.REDの人気を確かなものにした。
里奈のデザインとコスプレ衣装の制作はLOVE.REDの貴重な収入源であり、その仕立ては紅葉の担当だった。
紅葉の縫製能力も優れており、セレブから洋服の仕立て依頼を受けることもあったくらいだ。
LOVE.REDの名前が業界で知られるようになり、工房も軌道に乗ってきたのだが、企業の宿命として資金繰りにいつも頭を悩まさせていた。
そんなLOVE.REDの状況とは別に、楼蘭 さくらは失意の中にいた。
自分には里奈のような天才的センスは無い、かといって紅葉のような職人技も無い。出来ることといえば事務的な作業でしかなく、果たして自分はここにいていいのか、そんなことを考える毎日だった。
そんな時、楼蘭 さくらは竜崎 赤斗と出会った。
さくらと赤斗の出会いは、まだ赤斗の従に飛田 瑠璃子しかいなかった頃だ。
赤斗には「女が泣かなくてよい世界を創る。」という理想はあったが、具体的な方針はまだ何も無かった。
とにかく頑張ってる女たちに接触して、自分に協力してくれる仲間を探す毎日であり、そんなある日、飛田 瑠璃子は赤斗に言った。
「名古屋に女性三人で頑張ってるデザイン工房があるけど、一度会ってみない?」
「そうか、どんな連中だね? 君がそういうからには訳がありそうだね。」
「何でも『ドラゴンレッド』というオリジナルカラーが人気のようですよ。」
「ドラゴンレッド? なんだか私の色みたいだね。分かった、早速名古屋に行ってみようかね。」
こうして赤斗と瑠璃子は名古屋に行くことになったのだが、その道中で偶然、羽根川 律に出会ったのだから世の中面白い。
羽根川 律に名刺を渡し、赤斗と瑠璃子は名古屋市に在るLOVE.REDの工房へと向かった。
アポの時間通りに瑠璃子がインターホンを押すと、中からさくらが出てきて赤斗たちを招き入れた。
色んな物が散財した(汚)部屋で、出されたコーヒーを飲みながら瑠璃子がまず口を開いた。
「お忙しい中、お時間を作って頂きありがとうございます。」
「とんでもありません!リオオリンピック金メダルの飛田さんにお会い出来るなんて光栄です。私大ファンなんです。」さくらが嬉しそうに言う。
「光栄なんて大袈裟ですよ。楼蘭さん。」
飛田 瑠璃子は三年前のリオオリンピック水泳女子の100m、200m自由型のゴールドメダリストだ。
リオオリンピックでの日本選手はまったくいいところがなく、男子柔道と女子レスリングでかろうじて数個の銀メダルを獲得したに過ぎず、下手すると日本オリンピックの黒歴史になりかけたのだが、飛田 瑠璃子の活躍によってその汚名は何とか免れた。
しかし、瑠璃子のピークはリオで迎えてしまっていた。
「もう昔のことで、今はこうやって地道に活動している身です。」
「そうですか・・。それでお話しというのは何でしょうか?」
(瑠璃子の現在の境遇に敢えて突っ込まなかったな。この楼蘭という娘、私好みだ。)
「それは私から申し上げましょう。貴女方LOVE.REDをスカウトしに参りました。」と赤斗が言った。
「スカウトとはどういうことでしょう? スポンサーになってくださるということですか?」
「スポンサー、と言えれば格好いいのですが、あいにくそんな資金はありません。むしろ逆でして、単刀直入に言いましょう、私の理想を実現するために助けて、いや力を貸して頂きたい。」
「??全然意味が分かりません。LOVE.REDが竜崎さんの力になって、私たちにどんなメリットがあるのでしょう? そもそも竜崎さんの理想って何ですか?。」
「残念ながら今のところメリットは無いでしょうね。理想は・・いや、突然こんな突拍子の無い話をして申し訳なかったです。では、今日のところはこれで失礼するとしましょう。」
こうして赤斗たちは、拍子抜けするくらいあっさりとLOVE.REDを後にした。
赤斗が去ると、隣の部屋に潜んでいた里奈と紅葉がさくらの元へやって来た。
「なんか変な人だったねー、さくら。」
「そうね、新手の詐欺かしら。でも飛田 瑠璃子は本物だったね。」
「そこなのよ。なぜ飛田 瑠璃子が一緒にいたのかな。」
「まぁいっか。それでさくら、例の話なんだけど、さくらも事務スタッフとして残っていいって。良かったね!」
「うん、でも私・・やっぱりデザインやりたいの。」
資金繰りに苦しいLOVE.REDの元に、大手IT企業から融資の話が来ていたのだが、その条件としてデザイナーとして才能の無いさくらの解雇を要求してきた。
だが、そんなことは出来ない、と里奈と紅葉が猛反発して一時は融資の話を断った。
それならばとIT企業は、さくらが事務スタッフとして残るならそれでもいいと言ってきたのだった。
自分は里奈と紅葉の足手まといになってる、と分かってはいたが、さくらはデザイナーの夢が捨てられなかった。
ならばさくらの選ぶ道は一つしかない。
「里奈、私LOVE.REDを辞める。」
「何言ってんの!あんたがいなきゃLOVE.REDじゃないよ。やっぱりこの話断る。」
「そうよ!」紅葉が同意した。
「みんなありがとう。でも今のLOVE.REDにはお金が必要でしょ・・。」
「大丈夫だよ、何とかなるって!」
「ありがとう、でも少し考えさせて。」
考えると言った里奈だが、その心はもう決まっていた。
里奈は赤斗と会った次の日からLOVE.REDに姿を現すことは無かった。




