ミーティング
新野 新一が手掛けた、エリザベス女王と『R.U』のドキュメンタリー番組は前後半の二部で構成され、『LOVE.RED』のデザインが女王に選ばれてからドレスの完成までを前半とし、翌週に晩餐会の模様と、突如行われた『R.U』会長竜崎 赤斗の男爵位授与式を後半として放送された。
放送後の反響は予想以上で、番組制作の発表をしたときの五倍を超える問い合わせが局に殺到した。
制作元がその騒ぎなら、主役への反響は言うまでもない。
『R.U』本部と『LOVE.RED』には、電話やメールでの問い合わせが文字通り殺到した。
しかも、反響は日本国内からだけで済むはずもなく、放送後全世界からメールが送られてきて、サーバーが丸1日パンクしてしまったほどだった。
LOVE.REDへの問い合わせで圧倒的に多かったのは、やはりセレブからのオリジナルドレスの作成依頼で、次いでメーカーブランドからの業務提携の打診だった。
さらにはLOVE.REDへの就職希望者からの問い合わせも多数あり、サンプルデザインや自分で仕立てた洋服の画像が送られて来ることもあった。
ちなみに、チーフデザイナー馬飼 里奈とサブチーフデザイナー楼蘭 さくら、そして縫製工場長流川 紅葉は、何よりも就職希望者からの問い合わせに喜んだ。
それは自分たちが楽をしたいからではない。人員が増えれば仕事量の増大に対処でき、今よりLOVE.REDが大きくなる。そうなれば『R.U』も大きくなり、主である赤斗が喜ぶからだ。
自分たちの限界だからと言って仕事を断っては、主の役に立ってないのと同じことであり、それは三人には耐え難いことだ。
従って三人は、仕事依頼や業務提携の問い合わせをほとんど放ってしまい、後で羽根川 律にこっぴどく叱られることになった。
一方の『R.U』本部には、LOVE.REDとは違って、多種多様のメールが来たが、数は思ったほどでもなかったので律一人で難なく処理できた。
もっとも、メールの中で多かったのは赤斗と律へのファンレターやラブレター、特に律宛ての物がほとんどだったので、大部分は削除の憂き目にあったのだが。
そんな中、竜崎 赤斗は待ち望んでいる問い合わせが一向に来ないことを不思議がったが、律の「おそらく局に行ってるのではないかと。」という言葉に一応納得し、しばらく待つことにした。
──ジャパンテレビ編成局
「編成局長、昨日も例の問い合わせがたくさんありましたが、何ですかね一体。」
「あぁ、色がどうとかいう例のやつか。」
「はい、こう件数が多いと、錯覚やテレビの故障ではないような気がしてきました。」
「まぁその内来なくなるだろ。適当にあしらっておけ。」
「ねぇ、本当にあなたのところにも来てないの?」
律が新一に訊いた。
「うん、あれから俺もてんやわんやでね、そこまでチェックしてる暇ないんだよ、律っちゃん。」
「あなたがチェックしなくても部下を使えばいいだしょ。 ねぇ、あなた竜崎会長を敵に回す気?」
「と、とんでもない! 分かったよ、今日中に調べるよ!」
(これだから男って・・・。)
電話を切りながら律は思った。
(新一さんは『色』の重要性を分かってないからしょうがないか・・。)
その夜、律の携帯電話に新野から連絡が入った。
「律っちゃん、ごめん! 律っちゃんの言った通り、編成局におかしな問い合わせがわんさか来ているらしいんだ。なんでも、竜崎会長だけ色が違って見えたとか、透けて見えたとかで。」
律はそれを聞いて絶句した。
「それで編成局はどう対処してるの?」
「見間違いかテレビの故障ってことで片付けてるってさ。」
(まぁ、そう答えるしかないわね。)
「おおよそでいいわ、どれくらい来てるの?」
「およそ700件。」
「分かったわ、ありがとう。会長に代わってお礼を言うわ。じゃあまたね。」
「ちょ、律っちゃん。一体どういうこと?何が起きてんの?」
「新一さん、あなた女だったらよかったのにね。じゃあ、切るわね。」
(700か、その倍はまだいるわね。明日、主様のご判断を仰ぎましょう。)
新野 新一が制作した番組を放送する目的は、極端に言えば世界に『色』を見る者がいることを確認するためだけのものだ。従って、一人でも見た者がいると分かった時点で、とりあえず番組放送は成功と考えていた。
結果はテレビ局に問い合わせがあった数だけでも700人いた。これは期待以上の人数と言える。
あとは、この結果を知った赤斗がどう動くか、その判断を律は早く知りたかった。
翌朝、いつものように御堂 蘭を伴って竜崎 赤斗が『R.U』本部に出社した。
会長室に入った赤斗にコーヒーを出し、律は昨日の件を報告するためデスクの前に立った。蘭は朝の奉仕のため、ちゃっかり赤斗の後ろに立っていた。
「主様、昨晩新一さんから連絡があり、思った通り『色』に関する問い合わせが多数入っているそうです。その数およそ700とのことでした。」
「そうか、お前の言った通り局の方へ入っていたか。まぁ、番組内のことだからそうなるかな。蘭、そんなに強く揉むな。」
律は少しだけ羨ましそうにデ蘭をチラッと見たが、すぐ赤斗に視線を戻し言った。
「はい、主様。それで今後どのようにされるおつもりでしょうか?」
「LOVE.REDの方はどんな状況だ?」
「今のLOVE.REDのキャパではとても処理出来ないほど、仕事の依頼が来ています。早急に対策を考えないとLOVE.REDの信用に関わりかねません。」
「うむ、依頼は順番に無理の無い範囲で受け付ければいい。信用も大事だが、里奈たちの方が私には大事なのだ。」
「私たち従に対するお心遣い感謝致します、主様。」
「主は従あってのものだ。お前たちがいなくなったら私はただの凡人だからな、私の方こそ感謝しているよ。」
「感謝なんてとんでもありません!」
赤斗の後で蘭が言った。
「蘭の言う通りです、主様。それに私たちが主様の元から離れることなど決してございません。」
「お前たちが離れるときは私が死んだ時かね?あっまずい。」
赤斗の言葉を聞いた律は突然震えだし、呼吸が荒くなった。
「いかん。蘭、律の発作が出たので頼む。」
律は過呼吸に陥っていた。
蘭が慌ててしゃがみ込んでいる律の口元に袋を当てた。
「律姉、大きくゆっくり深呼吸して。」
「スー、ハー、スー、ハー・・・。」
何度か繰り返し、やがて律は正常な呼吸に戻った。
「申し訳ありません、主様。お見苦しいところをお見せして・・。」
律は心底すまなそうに赤斗に詫びた。
当時の律は完全に竜崎 赤斗に依存していた。
律の生きる糧は竜崎 赤斗という主の存在に有ったから、赤斗の死は律にとって絶対あってはならないことであった。だが、生物である以上、必ず死は平等に訪れる。そんなことは律も分かっているのだが、律の心がそれを断固拒否した結果、『赤斗の死』という言葉に過剰な反応を示すようになった。
そして、いつしか今みたいな過呼吸に陥るようになっていたのであった。
赤斗をはじめ、従の全員が律の過呼吸を知っているたから、律の前で『赤斗の死』を連想させる発言は禁止だったのだが、迂闊にも赤斗が「私が死んだ時かね。」と言ってしまった為、律の心はパニック状態になった。
「私が軽率だった。すまんな、律。」
「謝らないでください、主様。蘭もありがとうね。」
「いいって、律姉。気にしない、気にしない。」
蘭はそう言ってまたデ赤斗の後ろに回り奉仕していた。
蘭は蘭で、ある意味で奉仕依存症なのだが、本人は気付いていない。
「では、話しを続けよう。それで今後のことだが、その前に理子をここへ呼べ。」
しばらくして、佐々 理子が現れた。
「お呼びでしょうか、主様。」
「ご苦労。蘭、奉仕をやめて出てこい。では三人とも並べ。」
三人の秘書が素早く赤斗の前で横一列に並ぶ。
「律の報告によると、番組内で私に色を見た人間が多数いることが、新一君の協力により確認出来た。そこで私は『R.U 』の拡充を図ろうと考えている。」
「いよいよですのね、主様。」
「あぁ、そうだ。まず、理子。早速だが、例の件をスタートしてくれ。」
「ホームページのことですね、かしこまりました。」
「蘭、お前は律と理子のサポートとして動け。」
「ハイ!主様!」
「そして律。お前のすることは分かっているな?」
「はい。主様に色を見た女性たちを取りまとめ、可能な限りの人間を『R.U』にスカウトすることですね。」
「そうだ。『R.U』幹部たちと連携してあたってくれ。」
「さて、これからお前たち秘書は今までのように私に付きっきりというわけにはいかなくなったが、私のことは気にしないで各々の業務を全うしてくれ。分かったな?」
「・・・ですが主様、付きっきりでなければお世話させて頂いてよろしいのですよね?」
「あぁもちろんだ。そこで今回秘書を増員しようと思ので、秘書向きの優秀な人材がいたら一緒にスカウトしてくれ。」
「かしこまりました。御心のままに。」
「それと、律。そろそろイギリスの状況をマーガレットから聞いておけ。もしかしたら私と同じように、BBC テレビに問い合わせがいっているかもしれん。」
「かしこまりました。」
「よし、では私の話はここまでだ。」
「主様、これから三人でミーティングを行いたいと思いますので、何かご用がありましたらお呼びくださいませ。」
律の秘書室に入った三人は、今後のことを話し合った。
「蘭、主様はあのように仰ってたけど、やっぱりお一人には出来ないので、あなたがなるべくお世話をして差し上げて。」
「うん、喜んで!」
「それで律姉さん、主様は新しい秘書と仰ってらしたけど、従以外の人間が秘書になれるの?主様の秘書は一般人には無理よ。というより、私たちが不安だわ。」
「確かにそうね。色を見た人間から選んだからといって従になるとは限らないものね。それでもやっぱり新しい秘書は必要よ。出来れば私より優秀な人間がね。」
「えー!律姉より優秀な女なんているわけないじゃん。」
「何言ってるの、蘭。そんなのたくさんいるわ。」
「だって律姉、ハーバード10とかいうやつじゃん。」
「それはハーバード大学で歴代10位以内ってだけのことよ。ハーバードは大学世界ランキング6位くらいだから言われるほど大したことないの。ランキング1位のオックスフォード大学を首席で卒業した、あのマーガレット女官の方がもしかしたら上かもね。負ける気は無いけど。」
「それに私は勉強面では優秀かもしれないけど、ただそれだけの人間よ。私が認める本当に優秀な方はただお一人──」
「主様でしょ!」理子と蘭が同時に叫んだ。
「その通りよ。主様こそ真に優秀なお方。ゴールドメダリストの瑠璃子姉さん、世界的脳外科医の颯、エリザベス女王に選ばれた里奈、それにあなたたちや他に大勢の従を心の底から従わせる主様こそ、優秀と呼ばれるべき人間なのよ。」
「でも律姉さん、主様は日頃から自分は凡人だと仰られているでしょ。やっぱり謙遜してらっしゃるのかな?」
「私は思うの。主様の一番のお力は『徳』の大きさじゃないかって。言うなれば『大徳』かな。」
「あーっ、分かるそれ!なんか包み込んでくれるような感じ?」
「そうそう。どんな失敗しても笑って許して下さるような、俺に任せろって言って助けて下さるような。」
「そう。でもね、徳の大きさはご本人に分からないと思うの。だからご自分を凡人などと仰られるのだわ。」
「なるほどねー、さすが律姉。」
「主様の為に優秀な人材がたくさん集まればいいね、律姉さん。特に秘書ね。」
「秘書のことなら一人候補者が見つかったわ。」
「え!?秘書のことはさっき主様が仰ったばかりだよ?」
「番組放送後に私宛てのファンレター、この場合ファンメールって言うのかしら?それが山ほど来たでしょ。その中に面白い娘がいたのでコンタクト取ってみるわ。」
「それでね、理子。これからの作業でもしその娘の名を見掛けたら教えて。」
「分かったわ、それで名前は?」
「諸角亮子、よ。」




