エリザベス女王と『R.U』 3
「里奈のデザインが採用されれば今日あたり吉報が来そうだな。」
「はい、主様。」
竜崎 赤斗と羽根川 律がそんな会話をしたその日の夜、エリザベス女王の女官マーガレットから『R.U』本部に電話が入った。
深夜の会長室で竜崎 赤斗にマッサージをしているのは、羽根川 律と佐々 理子。
その時、不意に机上の電話のベルが鳴るが、理子は肩のマッサージに夢中でいつものように気付かない。
従は奉仕を始めると主の声以外は耳に入らないが、足の裏をマッサージしていた律は、昼間の赤斗との会話が頭に残っていたのでベルに気付くことが出来た。
それは「吉報」のことだった。
「主様、電話に出てもよろしいでしょうか?」
「・・・。」
マッサージ中の赤斗の無言は肯定を意味していた。
立ち上がった律が電話機のディスプレイを見ると、どうやら国際電話のようだった。
「ハロー、こちらは『R.U』オフィスです。」受話器を取ると、英語で律は言った。
「ハロー、マーガレットです。」予感したとおり相手は女官マーガレットだった。
・・・。
三分ほどの会話を終え、律は再び主へのマッサージを始める。
主の「止め」の合図があるまでマッサージを中断してはいけない。これは従の鉄則だ。
律の会話の内容から、赤斗はデザイン選考の結果報告ということが分かった。それが良い話しだということも。
「今の電話はアレだろ?」
「はい、主様。里奈ちゃんのデザインをエリザベス女王は選びました。」
「よし!よくやってくれた。律、明後日の午後一に幹部全員を集合させろ。」
「畏まりました、主様。」
「これは『R.U』最大のチャンスだ。このチャンスを活かすため、今より私が口にする命令は絶対と知れ。里奈には今すぐに電話連絡を。幹部にはメールで通達しろ。」
「畏まりました。すべては御心のままに。」
翌朝、『R.U』の幹部たちに緊張が走った。それは差出人が『主』のメールが来ていたからだ。
赤斗からの直メールは緊急かつ絶対を意味する。
直メールに書かれた内容は絶対であり、背いた者は赤斗との主従関係を解消される。
従にとってそれは「死」よりも辛いことだ。
南雲 颯は明日のオペに緊急を要するものがないことに安堵し、飛田 瑠璃子はすべての予定をキャンセルするよう、部下に命じた。
そして翌日、『R.U』本部大会議場にて、幹部18名と秘書3名が赤斗の前で整列した。
「皆、忙しい中よく集まってくれた。特に颯、緊急オペがなくて何よりだったな。」
「はい、主様。日頃の行いがよかったかと。」
「ノーコメント。では、律。みんなに説明を。」
律は里奈のデザインが採用されたこと、最終打ち合わせに赤斗と律の同行を求められたこと、この二つを幹部たちに伝えた。
それを聞いた幹部の瑠璃子がまず口を開いた。
「りっちゃん。エリザベス女王のドレスに里奈ちゃんのデザインが採用されたのはとても嬉しいことよ。でもこんなこと言っては主様に失礼だけど、私たち幹部を全員集めたのには、それなりの理由があるからでしょう?」
「もちろんよ、瑠璃姉さん。では、これより主様からご説明があります。全員拝聴しなさい。」
一瞬でその場の空気が変わる。
「まず、結論から言おう。」
「イギリスにはここに居る全員で行く。」
律以外の全員が呆気に取られた数秒後、一斉に歓喜の声が上がった。
蘭と瑠璃子が抱き合ったのを合図に、ハイタッチする者や抱き合う者が続出した。
「みんな静かに!主様のお話しはまだ終わってないのよ。」
「失礼しました!主様!」
全然失礼と思っていない言い方だ。皆、顔がにやけていた。
「ちょっと待て。お前らの今の声で耳の中がキンキンする。」
赤斗は滅多に従を叱らない。叱るとすれば自分の命令に反した行動をして『R.U 』に損害を与えたときだけだろう。
しかし、いまだかつて赤斗の命令に背いた従はいない。
「訪英はは二十日後だ。滞在日程は未定だが、だいたい一週間とみているので各自スケジュールの調整をしろ。詳細はこれから律が説明する───。」
赤斗の話が終わった後、羽根川 律と集まった幹部たちは二時間ほど、訪英に関しての打ち合わせをした。
その間赤斗は会長室に一人籠り、煙草を燻らせていた。
(『R.U』は今よりももっと大きくなる。エリザベス女王の力によって・・・。)
赤斗には未来が見えているようだった。
三人寄れば姦しいと言うが、21人の女が集まるとそれはもう大騒ぎだ。赤斗が別室に避難するのも当然だろう。
詳細な打ち合わせが終わるとフリータイムが始まる。
ペチャクチャ、ペチャクチャ、ペチャクチャ、ペチャクチャ、ピーチクパーチク、うるさいったらない。
そんな中、瑠璃子がふと言った。
「で、りっちゃん。女王の狙いは何だと思う?」
「そこに気が付くとはさすがね、瑠璃姉さん。」
「えっ、狙いって?」蘭が言った。
「それはね、蘭。なぜ女王は主様と私まで招いたのかというとこよ。」
「ふ~ん、ただ単にRUの会長である主様に興味があったからじゃないの?」
「どんな興味?主様はそうだとしても、問題は私よ。なぜ私まで?」
「なるほど、そうかぁ。で、律姉はどう考えてるの?」
「分からないわ。情報があまりにもないもの。」
「あのぅ、そうなると女王は里奈ちゃんのデザインが気に入ったから採用したんじゃ・・・。」理子が口をはさんだ。
「しっ!里奈に聞かれちゃうわ。」
「それで主様はなんて?」颯が訊いた。
「颯は覚えていて? イギリスへ行くとしたら颯も連れて行く、とあなたに主様が仰ったことを。」
「ああっ!確かに仰っていたわ。もしかして主様はこうなることを知ってらしたの!?」
「それはわからないわ。でもね、もし主様が今回のことを予想されていたとしたら、それは結末までも知っていらっしゃるということね。」
───っ!!
颯たちは言葉が出なかった。
日本国内に11店舗を構えるスポーツクラブ『∞(インフィニティ)』の統括支配人である飛田 瑠璃子の支配人室の壁には、大小合わせて15台のモニターが設置されている。
普段はジムやプールの様子が映し出されているが、今モニターに映っているのは、南雲 颯や馬飼 里奈などといった『R.U』の幹部連中ばかりだ。ただし秘書の三人はいない。
いわゆるテレビ会議の最中で、その議題は「訪英中のご奉仕について」だった。
ちなみにその前の会議は「訪英中に着る服について」だった。そして、次は「訪英に持っていく荷物について」とすでに決まっている。
羽根川 律あたりが知ったら激怒ものの会議だが、本人たちはいたって真剣に議論しているのだからどことなく笑える。
「でさぁ、瑠璃姉さん。やっぱり主様へのご奉仕は、朝昼晩の最低三回は必要よね。」と『LOVE.RED』サブチーフデザイナー『楼蘭 さくら』が瑠璃子に言った。
「その通り。あくまでも最低三回ね。本当は五回にしたいところだけど。」
普段から竜崎 赤斗の従たちの会話はタメ口だ。
今の会話のように、サブチーフのさくらが統括支配人の瑠璃子に対してタメ口をきくのは、一般の企業で例えるなら、係長が役員に向かって「あのさぁ」と言うのと同じだ。
しかし、一番の年長者である飛田 瑠璃子はおろか、あの規律に厳しい羽根川 律でさえ、タメ口に関してまったく意に介していない。
それには理由があった。
竜崎 赤斗たち主従の上下関係は単純明快で、赤斗一人を頂点に、その下の従は一列状態となっている。
つまり赤斗だけが超別格の存在であり、あとの従たちは「まとめてなんぼ」の存在なのだ。
そんな主従関係は現代社会で間違いなく「人権無視」だの「ヘイト」だの言われ、批判の的にされてしまうだろう。
しかし現実はどうか。世界中どこを見ても使う者と使われる者に分かれている。
果たしてそれが平等社会と言えるのか。
竜崎 赤斗には『完全なる不平等の中にある、完全なる平等。』という理念があった。
赤斗という主と従たちの間には絶対的な不平等がある。しかし、従たちの間にあるのは絶対的な平等だ。
それでは社会のそれと変わらないじゃないか、と思うかもしれないが、主従の不平等と社会の不平等とは決定的な違いが一つだけある。
それは自ら望んだ不平等か、そうでない不平等かの違いだ。
自ら望んだ不平等は不平等にはならない、ならば従にあるのは完全なる平等だけとなる。
その理念の正しさを証明するためにも、従たちには幸せになってもらわなければ困ってしまうのだ。
万が一不幸にでもなったら、世間は「それ見たことか」と批判するに決まっている。そうなったら、赤斗自身の存在意義さえ失ってしまう可能性がある。
だから赤斗は従たちを平等に扱い、そして、一人の人間として幸せになって欲しいと本気で願っている。それは我が子の幸せを願う父親の感情に似ていた。
ときに赤斗が自分たち主従のことを『家族』に例えたり、従たちを姉妹と呼ぶのにはそんな理由があった。
そして、赤斗の理念を素直に受け入れた従たちは、いつの間にかお互いを本当の姉妹のように想い、接するようになった。
したがって、従たち同士自然とタメ口になってしまうのは仕方ないことであり、兄弟や姉妹の間で敬語を使う方がむしろ不自然なことだ。
「回数はいいとしてさ、問題は誰がいつどこでご奉仕するか、よねー。」
馬飼 里奈が言った瞬間、異様な緊張が走った。平等ゆえに火花が散る。
「あらぁ、それはやっぱり長姉の私が夜の担当かしらね、ウフ。」不気味に瑠璃子が微笑む。
「い~え、瑠璃姉さん。アスリートの瑠璃姉さんに夜のご奉仕は不向きよ。夜の診察も兼ねてそこは主治医の私がご奉仕を。」般若 颯が不適に笑う。
「ダーメ!今回は里奈のお手柄なんだから、夜は里奈よ!」馬飼 里奈がドヤ顔でアピールする。
「それとこれは別よ!だいたいアナタは打ち合わせというお題目でお逢いしてたくさんご奉仕したでしょ!みんな知ってるわよ。」
他の幹部たちも、もちろん黙っていない。主への奉仕は従の存在意義に関わることだから、各々が夜の奉仕を譲る気など微塵もなかった。
なぜ夜奉仕にここまで熱くなるのかと言えば、単純に時間の問題だ。夜の方が長く奉仕出来るし、朝や昼はヘタすると奉仕そのものが出来なくなる可能性だってある。だから夜奉仕の権利獲得に躍起になるのは当然だ。
だが、幹部たちは肝心なことをあえて無視している。それは赤斗の意向と、三人の秘書の存在だ。
もっとも、普段から赤斗と接し、いつでも奉仕可能な位置にいる三人は、幹部たちの間で始めから除外ということで勝手に合意されていた。
問題は赤斗の意向だ。この場でなんとか夜の奉仕担当が決まったとしても、赤斗が違う従を指名したら、せっかくの苦労が水の泡と化してしまう。
だが、何も決めずにいたら夜奉仕出来るかどうかは赤斗次第になってしまう。そうならないために予め既成事実を作り、夜奉仕は誰々にに決まったと赤斗に報告すれば、優しい赤斗はきっとその通りにしてくれるはず。というド甘な考えが幹部たちにあった。
あったのだが、夜の奉仕担当がこの調子では決まるはずもなく、最終的にはアミダくじで決めようかとなったとき、すべてのモニターの画面が赤斗の顔に変わった。
幹部連中の顔は一瞬で青ざめ、反射的に各自モニターの前で正座した。
「お前たち何やってんだ?」
「はい!主様。申し訳ございません!」皆一斉に畏まる。
(どうして主様に会議のことがバレたの?)軽くパニックに陥る懲りない面々。
(そうか、理子ちゃんね。このテレビ会議システムを構築したあの子なら、私たちがどんな話しをしてるかなんて簡単に知ることが出来るものね。)
「瑠璃子、お前まで何をしてるんだ?」
「だって主様・・・ゆっくりご奉仕できる滅多にないチャンスなんだもの。」
「気持ちは分からんでもないが・・。で、話しはまとまったのかね?」
「それが、これからアミダくじで決めようかと・・。」
「?? あれだけ時間掛けて結局くじかね。揉めてる原因は何だ?」
「ええ、誰が夜のご奉仕をするかで揉めてるの。人数多いから中々難しくて。」
「ん?もしかしてマンツーマンを考えていたのか?それじゃ決まるはずないだろ。」
「あっ!」
「バカだなぁ。三人一組でいいじゃないか。昔はお前と律の二人一組でよく奉仕したじゃないか。」
「そうでしたわ!三人一組なら一度は夜のご奉仕が回ってきますわね。」
「なるほどー!」あちこちで幹部の声が聞こえた。
「まったく瑠璃子も他の連中も脳筋だな、アハハ。」
「うぅ、脳筋はひどいです、主様。」
かくして、訪英中の奉仕は三人一組のローテで回すことで落ち着いたのだが、このあと全員律にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
ん~、エロ有り小説をエロ抜きに改変するのはツライ笑 というより本来の主旨がどことなく変わっているような気がしてたまらない
まぁエロ要素を無くしても致命傷にはならないと思うので しばらく続けますが




