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失踪のわけ 1

 森田学園高校の中庭は、いつもより静かだった。

 昼休みともなれば、校舎の陰になっているこの辺りはなにが楽しいのかバトミントンやバレーに興じる女子たちやサッカーボールで玉転がしをしている男子たち……いろいろな生徒たちが集まる騒がしい場所になる。

 だが、試験期間真っ只中の今では人影も少なく、またそれらは次の試験に向けての勉強中であったりしていた。

 いつもは教室で過ごすことの多い岡本健一だったが、教室の人口密度の高さを避け、中庭のベンチに移動していた。

「あの人誰? 一年生? かっこいいんですけど」

 渡り廊下を進む女子グループから声が聞こえた。おそらく二年か三年の先輩たちであろう。

「馬鹿、知らないの? 今年の新入生代表だよ」

「新入生代表ってことはトップ入学ってことでしょ。頭いいんだ」

 森田学園高校では、入学式のときにその年の成績一位が新入生代表として抱負を述べる決まりになっている。健一は今年の新入生代表として檀上に立たされる羽目になったのであった。

「まあ、成績優秀であれだけの美形男子だから狙ってた女子も多かったみたいだけどね」

「ええ? ミクも狙いたい」

「やめといたほうがいいよ。性格サイアクらしいから」

 人の悪口は聞こえないところでやってほしいものだ。

 健一は読んでいた本を置き、傍らのコンビニ袋から小倉小豆缶を取り出して開けた。

「あれ? 何食べてんの?」

「あんこだよ。あんこを直食べしながら難しい本を読むのが彼の昼休みの過ごし方」

「ええ!?」

 健一は左手に本と小豆缶を器用に持ち直して、いつも持参しているマイスプーンであんこをすくって口の中に運ぶ。

 女子たちが止めていた歩を進めて行くのが分かった。

 それと入れ替わるように近づいてくる人影がある。

「よう、健一。相変わらずだな」

 兼子春だ。最近、妙に付きまとってくる金髪の同級生。他のやつらと同様に無視したり、適当な相槌でやり過ごしていたのだが、こいつだけは馴れ馴れしく話しかけてくるのをやめてこない。変わった男だった。

「さすが天才。テスト期間でも勉強なんかせずに読書ですか……『AIの開発と技術革新への道』ってまた難しそうな本だな」

「……お前こそいいのか? 勉強しなくて」

「テストが終われば夏休みだぜ。遊びの計画立てなきゃいけないから忙しいんだ。健一は夏休み帰省したりしないよな。ケイちゃんたちと海行く約束あるんだけど」

 健一はため息をついた。

 夏休みは東京で過ごすつもりではあったのだが。

「行くわけないだろ」

 兼子もまたため息をついた。

「なんでだよ。ケイちゃんだぞ。巨乳だぞ。水着……たぶんビキニだぞ」

「そもそもなぜ俺を誘う? 他のやつ誘えよ」

「何言ってるんだ。俺は親友と夏を楽しみたいんだよ」

「……いつ親友になった?」

 兼子は健一の背中を何度も叩きながら「照れるなよ」と言う。

 身体が揺れたせいで小豆缶を落としそうになり、スプーンを持つ右手で支える。

「あぶないだろ」

「ごめんごめん……前から思っていたんだが、お前、それわざとだろ」

 兼子は小豆缶を指さして言った。

「なにがだ?」

「あんこだよ。いくら好きでもそんな食い方しないだろ」

「どう食おうと勝手だろ。頭使うときは脳の栄養分となる糖分の摂取が……」

「いや、違うね」と、兼子が真剣な顔つきになった。

「健一は女子の前でも平気でそれをやる。俺には劣るといえどもそこそこのイケメンで秀才。モテ要素があるにも関わらずお前がモテないのはなぜか……ずばりそのあんこ直食いが原因だ。そして、頭のいいお前がそれに気付かないはずがない」

 健一は丸まっていた背中を伸ばした。

 こいつ意外に鋭い。健一には劣るとはいえ、兼子も割と成績上位者であった。チャラチャラした雰囲気のためそれを忘れてしまいがちになるのだが。

「健一が女の子とお喋りしているところを見たことがない。ケイちゃんのビキニ姿に興味を持たない。それらを総合して推理すると……」

「彼女の水着はビキニ決定なのか?」

 とちゃちゃを入れつつも、健一は内心ドキドキしていた。

「お前、ホモだろ?」

「……は?」

「心配するな。俺は親友が性的にマイノリティだとしても態度を変えたり差別したりはしない男だ。秘密だって守るぞ。だから安心してカミングアウトしていいんだ……だが、俺は駄目だぞ。俺は性的にはいたってノーマルだからお前の相手は……」

 前言撤回。

「俺だってノーマルだ。兼子って、頭いいけど馬鹿だよな」

 兼子はきょとんとした顔つきになったが、大きく息を吐いて笑い出した。

「そっかあ、よかった。じゃあ、海決定でいいよな」

「それは行かないって言ってるだろ」

「なんでだよ」と兼子は口を尖らせる。

「それより、なんか用事あったんじゃないのか? その二つ持ってる携帯とか……」

 兼子は両手に一つづつ携帯電話を持っていた。それに関する話があるからわざわざ来たのだろうと見当をつけていたのだが、なかなかその話題に触れない。別に興味があるわけでもなかったが、話題を変えるためには仕方がない。

「おっとそうだった。こっちが俺の携帯電話で、こっちが『携帯電話型携帯電話妨害電波発生装置携帯』だ」

 兼子は機械オタクでアニメオタク。今はスパイアニメにはまっているようで、時々わけのわからない発明を作っては健一に披露してくる。この間は、イヤフォン型盗聴器なるものを作ってきて健一を呆れさせたばかりだった。

「その妨害電波器はどういう時に使うんだ?」

「この『携帯電話型携帯電話妨害電波発生装置携帯』はだな、まず悪い奴らを捕まえて閉じ込めておくだろ。だが、仲間を呼ばれたら形勢逆転の大ピンチになってしまうかもしれない。それでこの『携帯電話型携帯電話妨害電波発生装置携帯』で携帯電話を使えなくしてしまうという優れものだ」

「兼子って頭良くてすごい技術を持っているけど……馬鹿だよな」

「なんでだよ。すごい発明だろ。将来、スパイとして活躍する時に役立つアイテム……」

「捕まえた時に携帯電話取り上げればいいだろ?」

「……そっか……だが、アニメのなかではこういうのが必要な場面があってだな」

「アニメだからだろ?」

「……」

 静かになった兼子をよそに読書を再開しようとした健一だったが、携帯電話のメール着信ランプに気付いて手に取った。

 奈美からのメールだった。

 だが、そのメールを読みながら、健一は眉をひそめる。

「どうした? 姉ちゃんからの定期メールじゃないのか?」

 健一の様子に気付いて、兼子が尋ねる。

「ああ、でも最近メールの内容が変なんだ」

「そうなのか? どれどれ……」

 兼子は了解も取らずに健一の腕ごと携帯電話の画面を自分のほうに向けた。


『健一、元気ですか?

 風邪ひいたりしてないですか?

 夏休みも勉強とか忙しいでしょうが、

 家に帰ってきてくれたらうれしいです。

 連絡もたまにはください。

 

         姉より』


 兼子が怪訝な表情をみせる。

「どこが変なんだ? 弟を心配している姉ちゃんの普通のメールだろ」

「いや、変なんだ。奈美はこんなメールを送らない」

 断言する健一の言葉に兼子は不思議そうな顔を見せる。別に兼子に説明してやる義務もなければ、分かってもらう必要もないのだが、健一は少し考え、メールホルダーで過去のメールを開いて見せた。


『今日、ダンス部の練習が終わった後、

 みんなでかき氷を食べに行きました。

 やっぱり、かき氷はいちごだよ。

 すっごくおいしかった。


 本日の夕食はカレーみたい。

 さっきからいい匂い。

 楽しみ


         姉より』


「これが奈美のメールだ」

 健一の言葉にも兼子は困惑の表情を崩さない。

「わからないか? この違いが?」

「まあ、違うと言えば違うがその日の気分によるものだろ? 別におかしくはないと思うけど」

 健一は大きくため息を吐いて首を横に振った。

「奈美は自分勝手でわがままな性格なんだ。自分のことで精一杯。今日なにがあった。なにに腹が立った。なにが楽しかった。美味しかった……そんなメールしかよこさない。でも、最近は俺を気遣うようなメールばかり……なにかあったに違いない」

「随分な言い草だな。そんなに心配なら、電話してみれば? メールの返信も全然してないんだろ?」

 健一は口をつぐんだ。

 言われてみればそうだ。奈美の異変に気付いたんなら、こちらから連絡すればいい。だが……。

「どうした? 連絡したくないわけでもあるのか?」

「そうじゃないが……やっとの思いで離れたのに……そう簡単に連絡とかするのは……」

「え? なんだって?」

「いや……」

 その時、健一の携帯がメール着信のバイブレーションを起こした。

 手に取って、開く。


『健一、助けて』


 それだけのメールだった。

 健一の心臓がはげしく鼓動する。

 やはり、奈美になにかあったのだ。

「おい、なんか送付ファイルがあるぞ。開けてみろ」

 覗き込んでいた兼子が声を上げる。

 見ると、確かにあった。画像のようだ。開けてみる。

 小倉あん……一キロサイズの粒あんの缶詰の画像であった。

 健一は脇に置いていたあんこの残りを口の中に放り込むようにしたあと、立ち上がった。

 兼子が心配そうに見ている。

「今から帰る。愛知県に」

「まじか? テストどうするんだ?」

「知らん!」

「知らんって……おい!」

 健一は荷物を取りに教室へと向かう。

 歩きながら、東京に来てはじめてとなる奈美への電話番号をコールした。

 

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