僕は死ぬまでに君を殺したい 1
京都からの新幹線で名古屋駅に着くと、古川と名乗る中年の刑事とともに神崎刑事が車で迎えに来てくれていた。
後部座席に奈美ととともに健一は乗り込む。
「清水さんが真相に気付いてしまった可能性があります。とにかく急いでください」
旧亀沢村で一枚の写真を入手していた。と同時に、健一たちが来る前に清水が二十三年前の事件を調べていたという情報も知ることになったのである。
「健一君、とにかく説明してくれ。確信がないと警察は動けないんだ」
そうは言いつつ、神崎は車を発進してくれる。運転している神崎に代わって、古川に写真を見せる。
「確かに背格好は似ているが、そっくりというわけではないな」
「それでも十分なんです。街灯もない夜の森の中、途中で入れ替わったとしても気付かない」
「う~ん……」
古川は写真を片手にしかめっ面をしている。どうやら、納得していないようだ。
「でも、古川さん。動機もあるし、富田タケル当時の山本猛とは姉弟のように仲が良かったと言うことから考えると、ありえない話ではないと思うのですが……」
神崎が健一のフォローをする。
当時の小学校の集団写真であった。田舎の学校のため、学年混在でも数十名しかいないこの写真の中で、富田タケルの隣に立っていた人物は夏川静香であった。
服装こそ女子のものだが、髪型や体格は富田タケルとそうは変わらない姿である。
彼女の母はシングルマザーで、いまでこそ珍しくもないが、当時しかも田舎のことでもあり、それなりの差別があったとのことだった。特に村の有力者であった山本家はその中心的な存在であり、子供であった静香が殺意を抱くことになったというのが健一の考えであった。
「つまり、こういうことだな。二十三年まえの事件の夜、夏川が山本家に忍び込みタケルの両親を殺害、そのことに気付いた祖父が夏川を殺そうとするが、清水によって助けられる。そして、森の途中でタケルと入れ替わった」
「そうです。しかも、静香さんは再び山本家に戻ってまだ生きていたタケルの祖父にとどめを刺したとも考えています」
古川はやはり、納得がいかないように腕を組んで難しい表情をしている。
「仮に二十三年前の事件の真実がそうだったとして、どうして鶴舞のビジネスホテル爆発事件と知多市民病院殺人事件の犯人も夏川ということになるのだ?」
「はじめは富田タケルが犯人だと思っていました。フリーライターの立石が富田タケルのことを調べていたから殺されたのだと思ったからです。でも、富田タケルが犯人ではないのなら、旧亀沢村殺人事件を調べようとしていたから殺された、あの事件の真犯人の手によってだと考えました」
「だが、そんな昔の事件、いまさら調べたところでどうということはないだろう」
「いえ、静香さんはどうしても知られたくなかったんです。清水さんには、どうしても……」、
「なるほどな……」運転しながら、神崎が頷く。「命の恩人に会いたくて、大人のなってから清水さんと同じ職場に就職し、いまは恋人同士なわけだからな」
「馬鹿! 殺人鬼になに感心している」と古川が怒鳴りつける。
「す、すみません」
「まだ静香さんが犯人だという根拠があります」と健一が続ける。「立石が旧亀沢村殺人事件を調べていることを知っている人物でなければ犯人ではありません。取材対象者である富田タケルと清水さんは知っていますが、二人とも犯人ではありません。他に知っていた可能性のある人物は、やはり静香さんとなります」
「そうか……だから彼女は警察に清水さんと立石が知り合いだったことを隠していたのか」と、神崎が言う。
「そうです。だが彼女は警察関係者でもないただの女子高生である奈美には、ついうっかりそのことをしゃべってしまった。そのミスによって、三つの事件の関連性が浮かび上がる結果となったんです」
「知多市民病院殺人事件はどうなんだ? なぜ広川は殺された?」
「それはわかりません。おそらく、なにか秘密を知られてしまったからではないでしょうか。清水さんに知られたくないような……」
「そこの動機は曖昧なんだな」
古川の物言いに、健一は少しムッとした。そもそもそれは警察の仕事だろうに。
「動機はともかく、静香さんによる犯行は可能でしょう。第一発見者なんですから。そもそも、警察は第一発見者をまず疑うものじゃないんですか? ちゃんと調べたんですか?」
健一も負けじと言い返す。古川も少し頭に血が上ったようで、顔を赤くして睨み返してきた。
「理屈はわかるけど……それでも静香さんが犯人だとは思えない。だって、あんなにお父さんのこと心配していたんだよ」
黙っていた奈美が口を開いた。その気持ちは分かる。健一自身もこの結論に到達するのに、随分迷いがあったのだから。
「水族館で清水さんがいなくなった時のことを言っているのだろ? 確かに静香さんは清水さんの身を案じていたのだろうと思う。俺もあの時はそう思った。だが、あのうろたえかたは別の意味もあったんだ。立石を殺したことで二十三年前の事件を清水さんが知ることはないだろうと思っていたのに、よりによって清水さん自身が立石に代わってあの事件の真相を調べ出すことを恐れたんだと思う」
静香にとっては最悪のシナリオになった。秘密を守るための犯罪が、一番知られたくない人によって暴かれる結果を導いてしまうことになったのだ。
「でも……」
「清水さんの自宅で、俺が初めて旧亀沢村殺人事件を話題に出した時、静香さんは驚きもせず、ただ下を向いていた。あの時は、清水さんにある程度聞かされていて知っているのだと俺は思った。だけど、違った。彼女は当事者だったんだ。俺に説明されるまでもなく、彼女自身が殺人犯として体験したことなのだから知っていて当然なんだ」
奈美は口を尖らせて黙っていた。おそらく、頭では理解できていても感情が付いて行っていないのだろう。
「ところで、健一君。証拠もあるような口ぶりだったけど、それはどうなった? 今の話だけではとても逮捕まではいけないが」と神崎が言う。
「それは……あ、いま来ました」と健一は携帯を取り出す。「兼子がやってくれました。静香さんの契約しているもう一つの住居、爆発物製造部屋らしきものを発見したとのことです」
「よし、確認しだい令状をとって……」という古川の言葉を健一はさえぎった。
「それでは間に合いません。清水さんが真相を掴んだ可能性があります。彼は静香さんを殺すかもしれません。急いで松島水族館へ」
「それは駄目! お父さんが静香さんを殺すなんて、絶対止めなきゃ」
奈美は後ろから、古川の首根っこを掴み、激しくゆする。
それを見た神崎は、慌ててパトライトを点けたのだった。




