通りすがりの殺人者 8
マンションの前で車を降り、そのまま入っていく富田タケルを何度か目撃していた。間違いなく、ここに住んでいる。
住人に怪しまれないように、かなり遠くからだったり、場所を変えたり、服装を変えたり……。だが、一人で出かけるような殺人のチャンスは訪れてこない。
清水は焦っていた。
午前0時を超えていた。今日はまだ帰ってきていない。部屋の明かりはついている。同居人がいることは確認していた。「栗原ゆず」……独身のはずだし、飼い猫でもいるのか?
いくら気を付けても、限界はある。このままでは通報されかねない。思い切って部屋に押し入るか……いや無理だろう。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。やるしかない。
部屋の位置は分かっている。セキュリティのゆるいマンションのため、住人以外でもすんなり入れる。マンション内で待ち伏せして、鍵を開けた瞬間に押し入れば出来るかもしれない。通報されるリスクは高くなるが、殺人ができる可能性も高くなる。
意を決してマンションに向かった。
一台の車が近づいてきて、通り過ぎる。清水はとっさにわき道に入って隠れた。富田タケルをいつも送り迎えしている車だったからだった。
少し決心が遅かった。今からでは間に合わない。
仕方なく、清水は富田タケルの動向を見ることにした。いつものようにマンションの前で車が止まり、後部座席のドアが開いて降りてきた。後はそのまま建物の中に入るだけ……いや、入らなかった。携帯電話を耳にあて、立ち止まっている。車はそのまま去っていった。
チャンスかもしれないと清水は思った。平静を装い、通行人のように富田のほうに歩く。
富田は通話を終え、歩き出した。清水のいる反対方向への道を。その先にはコンビニがある。買い物なのかもしれない。
後をつけた。やはりコンビニだった。
清水はコンビニには入らず、来た道を引き返した。買い物が終われば必ずこの道を通るだろう。これは絶好の機会であった。人影もない深夜、一人で歩くターゲット、待ち伏せできるシチュエーション……もう、この時しかない。
清水は急いで場所を探した。
あった。
角を曲がったところに路駐している車がある。その陰に隠れてターゲットが通り過ぎたところを後ろから襲う……こう関節を決め、こう押さえ込んで動きを封じ、こうナイフを当てて引く……シュミレーションもできた。
人の足音が聞こえてきた。
清水は位置について息をひそめた。ポケットの折りたたみのナイフの刃をおこす。
人影が見えた。間違いなく、富田タケル。ナイフを握る手に力がこもる。
今、横を通り過ぎようとしている。心臓の鼓動が響く。迷いはない、迷いはないと呪文のように心でつぶやく。
角を越え、見えなくなったのを合図に清水は飛び出した……と思った。
どこかで嗅いだシャンプーの匂いがした。柔らかい髪の感触が頬に伝わる。
一瞬何が起こったかわからなかった。
右肩と肘の痛み、背中に回された細い腕の感覚、伝わってくる体温……。
「間に合った……」
ルカだった。ルカに関節を決められ、抱きしめられていると気付いた。
「ルカ……どうして?」
清水はルカを引き離そうと動いたが、ルカは尚も強く身体を寄せた。右手のナイフはすでになくなっていることに気付く。
耳元で囁くようにルカが言う。
「違う……彼じゃない。清水、間違えてる」
こそばゆいような響きに、清水はドキッとした。だが、愛のささやきではない。
「違う? なにが?」
「富田タケルは臭いがしない」
「臭い?」
「悪党の臭いも人殺しの臭いもしない」
清水は思い出していた。確かにルカはそんなことを言っていた。悪党も人殺しも臭いでわかると……。
「そんなはずはない。彼は殺人鬼だ。それしか考えられない」
ルカはゆっくり拘束を解いた。そして、まっすぐ清水の目を見つめてきた。
「残念だが、それは違う。私はプロだ。間違わない。彼は殺人鬼などではない」
意味がわからなかった。ルカの言いたいことは理解している。だから、わざわざ止めに来てくれたのだ。だが、富田タケルが殺人鬼でないなら、立石や広川が殺される理由がなくなる。
「そんな……馬鹿な……」
「清水には間違えてほしくない。だから、止めに来た。殺すべき相手は別のだれかだ」
「別のだれか……」
清水は力なくひざから崩れ落ちたのだった。




