失踪のわけ 9
少し落ち着いてきた静香を彼女のマンションまで送り、帰る電車がなかったために、そのまま泊めてもらうことになった。
単身用のワンルームマンションで、ベッドと机、その上のノートパソコンと本棚、小さな冷蔵庫くらいしかないシンプルな部屋だった。小さなキッチンスペースも普段、使われていないようで何もなく、あまり生活感を感じさせない。
健一は念のためにパソコンのメールを確認させてもらったが、やはり清水からのものはなかった。
静香と奈美はベッドで、健一はカーペットの床で寝た。なかなか眠れなかったのは、寝床の悪さではない。
翌日、静香を松島水族館まで見送り、二人は名古屋の県立図書館で『旧亀沢村殺人事件』を調べたが、特に新たな情報は得られなかった。
自宅へと向かう帰り道、健一は自分の無力を感じながら歩いていた。何も得られず、何も進展しないまま今日という日が過ぎていく。
奈美も何かを考えているのか黙ったままでいた。
もうすっかり日が落ちて、そこかしこの家々からはテレビの笑い声や台所で食事の準備をしているであろう生活音がしていた。
結局、警察に任せるしかない。警察が富田タケルを逮捕できれば、清水は姿を現してくれるかもしれない。でも、清水が失踪した理由が別のところにあるのなら……。
小豆あんこのストックは、もうなくなっていた。それすらも忘れてしまうほどに、健一は疲れ切っていたのだった。
「今日の夕食なにかな? お腹すいたね」
わざと明るい声をだしているのがわかる奈美の言葉だった。
「……ごめん、奈美……俺は奈美の助けにはならなかった」
心からの声だった。
「そ、そんなことないよ。健一のおかげでたくさんわかったんだから、後は警察がなんとかしてくれるよ。神崎さんだっけ? 刑事さんも健一の推理に感心してたみたいだし、お父さんもすぐ見つかるよ、きっと」
「……」
自宅の玄関を開け、「ただいま」を言うと母の声で「おかえり」と返ってきた。ずいぶん、久しぶりに聞いたような懐かしさを感じてホッとする。
居間へと続く廊下を歩いていくと家族ではない人の話し声がして、健一は歩を止めた。
聞き覚えのある声……なぜ、あいつが?
「よ、健一。おかえり」
居間のドアを開けると、ダイニングに座っていた金髪の男が振り返った。片手にスプーンを持って。
「か、兼子……お前どうして? しかも、人の家でなにカレー食ってんだ?」
兼子春だった。なぜ、こいつがここにいる?
「へへへへ……来ちゃった」
「来ちゃったじゃねえよ!」
「え? 誰?」
奈美が健一の後ろから顔を出す。
「おお、噂のお姉さん?……健一がブスだからって写真も見せてくれないんでどんなんだろうっておもってたけど、メチャクチャかわいいじゃんか」
兼子は立ち上がって、奈美の手を取る。
「はじめまして、奈美さん。健一の親友の兼子春です」
「ど、どうも……」
健一は兼子の手を払って、キッチンに立つ母に向かって叫ぶ。
「なんでこいつ飯食ってんだよ」
「だって二人とも帰ってくるの遅いから、先に食べてもらおうと思って」
と相変わらずの呑気な声で、母が言う。
「ちょっと健一、私の事ブスだって言ってんの?」
奈美が健一の胸倉をつかんだ。
「ち、違うよ。『かわいいのか?』って聞くから『かわいくはないよ』って答えただけだよ。ブスだなんて一言も……」
「おんなじことでしょうが!」
「同じじゃないだろう……ていうかお腹すかない? 早く着替えて母さんのカレー食おうよ」
「……そうね。お腹すいた」
健一はほっと息を吐いた。
カレーの匂いが健一の窮地を救ってくれたのだった。




