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失踪のわけ 6

 松島水族館から徒歩十分程度のところに、清水の住宅があった。

 古くて小さな一軒家だが、独身男性が一人で住むには不釣り合いに感じる。小さな庭には夏の雑草が多少生えてきているものの、松の木の枝は剪定されているし、ひまわりの花が並んで生えているところを見ると、普段から手入れをしているのだろうと岡本健一は考えていた。

 朝からの強い雨風も弱まり、夜を迎えるこの時間では小雨になっていて、頭を垂れていた小さめのひまわりたちが軽く会釈をするように揺れている。

「私の家……」と奈美がつぶやく。「まだここに住んでいたんだ、お父さん……」

 奈美の感情が伝わってくる。どうやら、離婚前に親子三人で暮らしていた家のようだ。

「昔の事ばかり思い出して辛くなるから、いい加減に引っ越したらって言ってたんだけどね。ここを離れる気はないみたい」

 夏川静香が奈美の肩にそっと手をのせた。


 静香から警察の家宅捜査が入ったことを聞いていたが、家内の様子はそれを感じさせないものだった。玄関前、居間、キッチンと進んで仕事部屋らしきところに入る。刑事たちが散らかした後もないし、多少の生活感が漂うくらいで、綺麗に片付けられていた。

「警察が入ったっていうから、もっとぐちゃぐちゃになっていると思ったけど、綺麗なのね。静香さんが片付けてくれたの?」

 奈美の疑問ももっともだと健一は思っていた。ドラマの刑事たちは引き出しをひっくり返したり、本棚の本を全部床に出したりとかなり部屋中かき回す。多少の演出が入っているとはいえ、それに近いことはするだろうと。

「私じゃないわ。警察の捜査が終わるまで外で待っていたんだけど、中に入ったら普段と変わらないからびっくりしちゃって……最近の警察は優しいのね」

 静香の言葉に健一は苦笑していた。まるで昔は優しくされなかったことがあるみたい。ずいぶん年上の女性ではあるが、少し不思議ちゃんなところがあるのかもしれないと感じていた。

「普段から綺麗にしているの? 静香さんが時々来て掃除とかしてくれるんじゃなくて?」

「そう。こういうところはキッチリしてるの、正雄さん。女としては『もう、こんなに散らかして……』とか言いながら世話を焼きたいところなんだけどね」

「わかる~」

 奈美が笑顔で静香に同意する。

 健一は静かに首を振っていた。

 分かるはずがない。自分の部屋もまともに片付けられず、いつも母に叱られている奈美が男の部屋の掃除したがるわけがない。

 清水と奈美がよく似ていると思っていたのだが、こういう部分では全然似てないのだなと思う。

 改めて部屋を見回す。

 水産関係の本、魚類海獣の本などに並んで料理の本や庭木の手入れ本などが分類されている。本棚を順番に眺めていた健一は、ある部分で目を止めた。本棚の傾向から言っても、持ち主の年齢性別から言っても不釣り合いなそれを取り出す。

「富田タケルの写真集……」

 健一はまだ真新しいそれの裏表紙からめくって発行の日付けを確認した。昨年の発行日である。

 ズボンのポケットから小豆チューブを取り出して机に向かった。

 右手で口にあんこを絞り出しながら、写真集の最初からページをめくっていく。

 爽やかさと親しみやすさを前面にだした前半から始まって、後半には男臭さやセクシーショットが並んでくる。俳優という仕事への想いを綴った文章やファンへの感謝の言葉も所々に挿入されていた。

 健一はこの写真集をながめている清水を想像する。

 どういう経緯で二十三年前の少年が俳優として活躍していることを知ったのかは、今のところわからない。母が知っていたくらいだから、ずっと親交があったとも考えられる。とにかく、清水は陰ながら富田タケルのことを応援していたのだ。本屋で見つけ、こんな風にページをめくりながら、俳優として世間から認知されるほどの成功をみせた彼を喜んでいたに違いない。

「へえ~富田タケルじゃん。お父さん、富田タケルのファンだったんだね」

 奈美が健一の背中越しで、うれしそうな声を上げる。

 健一は胸が締め付けれられる思いだった。

 奈美に話さなければならない。清水が二十三年前に何をしたか、そして、清水の失踪に富田タケルが大きく関わっていることを。

 写真集の最後のページを見終わり閉じると、机の上にコードの端が置かれていることに気付いた健一は、静香のほうを振り向く。

「この机にパソコンがあったのですか? 警察に押収された?」

「ええ。行方を捜すために必要だからといって持っていきました」

「なるほど……」

 やはり警察は清水を殺人犯の容疑者として追っている。行方を捜すというのは方便で、殺人犯としての証拠を集める目的でパソコンを調べていると考えるべきだ。

「警察が入ったのは……事件のあった翌日の午後。その前に静香さんが来たのはいつですか?」

「正雄さんが入院する前かな。入院準備を手伝った時だと思う」

「その後は警察の家宅捜査が終わるまで入ってない……なにか変わったことは? 例えば無くなったものとかは?」

「警察にも聞かれたんだけど、旅行鞄くらいしか気が付かなくて……」

「旅行鞄……やはり、一度自宅に立ち寄ったのか……」

 健一はパソコンに繋がれていたであろうコードに目を向けた。警察としてパソコンを押収するのは当然である。仕方がない。だが、パソコンがあれば、清水の人となりを知ることができ、この事件の真相に近づくこともできたかもしれない。

 健一が思いを巡らせていると、チャイムがなった。

 三人は玄関の方を向いたあと、互いに目を合わせる。

「お父さん?」と奈美が言う。

「そんなわけないだろう。家主がチャイムなんか鳴らすかよ」と健一が答える。

「とにかく、出てみましょう」という静香を先頭に玄関先へ。

 ドアを開けるとそこに立っていたのは、紺色のスーツを上下に揺らして荒い息をしている若い大人の男だった。

「愛知県警の神崎守です。明かりが付いていたのでもしやと思ったのですが、清水正雄さんは?」

 そう言うと神崎は額の汗なのか雨なのかを手で拭った。 

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