第113話 破天荒な看病
今日は珍しく燐が家に来ていなかった。いつもなら起きた時には俺の部屋かリビングのどちらかにいるのだが、何かあったのか?
そう考えると少し心配になって来たな。もしかして、今日は休んだりするのかもな。
しかし、玄関から出ると燐は玲狐と二人で俺を待っていた。
「あれ、燐。体調大丈夫なのか?」
「何のことですか?」
「いや、いつもなら家に居るのに今日はいなかったもんだから・・・」
「あら、もしかして優さんは私を心配してくれていたのですか?」
「そ、そうだけど。何だよ、悪いか?」
「・・・いえ、何でもありません。ご心配しなくても大丈夫ですよ、ちょっと風邪気味なくらいですから」
「もしかして、俺に移らないようにするために来なかったのか?」
「えぇ、その通りです」
「まぁ、最近温度差が激しいからな。気をつけてくれよ」
「・・・あのー、私のこと忘れてない!?」
「あら、いたのですね」
「なんだ、いたのか。気が付かなかったぞ」
「うわー!!二人にいじめられたぁ!!」
「じ、冗談だからそんな騒ぐなって」
「早く行かないと遅れますよ」
「そうだな、おい玲狐早くしないと置いてくぞ」
「え、ちょっと!私の事も心配してよ!!」
その日、燐は生徒会を休んだ。みんなに移ったら大変だからと言って帰宅した。
その時の燐の顔色は朝よりも悪くなっていた。次の日、家の前には玲狐だけが立っていた。
「あれ、燐はどうした?」
「風邪が悪化しちゃったんだって。だから今日はお休み」
「そうか・・・なぁ」
「燐ちゃんの看病、してあげるんでしょ?」
「・・・よく分かったな」
「私だって幼馴染みなんだからね、優くんの考えてることくらい分かるよ。先生には私が上手く言っておくから」
「ありがとう、助かる!」
「・・・燐ちゃん、羨ましいなぁ」
俺は鞄を玄関に置き、近くのコンビニまで走って行った。
そしてあらかた必要なものを買った後、燐の家に向かった。思えば、自分から行くのは随分久しぶりかもしれない。
でも、今はそんなことを考えてる場合じゃない。俺は思い切ってチャイムを鳴らした。
・・・あれ、反応がない。まさか、誰もいない?そう思って居ると、突然扉が開いた。
開けてくれたのは燐だった。
「お、おい!お前どうして」
「その、姉さんが今寝ていて、私しか、行けなかったので」
「あぁ、もういい喋るな。とりあえず部屋どこだ。そこまで運ぶから」
「い、いえそんな優さんに負担をかけさせるわけには」
「今日くらいは俺に任せてくれよ、燐が心配なんだよ」
「優さん・・・」
俺は燐を抱えて燐の部屋に入って行った。
この前来た時とは内装があまり変わっていないが、ぬいぐるみは増えていた。
燐をそっとベッドに降ろし、布団を掛けた。
「あの、優さん、学校は」
「あぁ、今日は休んだよ」
「だ、ダメですよ。ちゃんと行かないと」
「でも、このままだとお前もっとこじらせるだろ?奏蘭さん寝てるっぽいし全部自分でやるのは流石に無理がある」
「で、ですが・・・」
「とりあえず今は寝とけ、治るものも治らないぞ」
「・・・そうさせてもらいます」
ふぅ、やっと寝てくれたか。中々寝てくれないから大変だったな。さて、俺も頑張らないと。まずは奏蘭さんを起こして、それから・・・
昼過ぎ、リビングで遅めの昼食を優が作っている時、燐が起きて来た。
「おはようございます、優さん」
「おう、気分はどうだ?」
「朝よりは少し楽になりました」
「そうか。ところで、腹は減ってるか?食べれそうならお前の分も用意するけど」
「あ、ではお願いしてもいいですか?」
「おう、任せろ!」
優が燐の昼食を用意している間に奏蘭さんも部屋に戻って来た。しかし、何故か出かける準備をしていた。
「あの、奏蘭さん?どこか行くんですか?」
「うん、璃亜ちゃんととちょっとね」
「いや、燐とかこの家の事どうするんですか!?」
「あー・・・優くん、君に任せた!」
「え」
「それじゃ、行ってきまーす」
「あ、ちょっと!・・・行っちまった」
「私の姉が本当にすみません」
「いや、いいよ。まだしばらくは居ないといけないな。っと、出来たみたいだな」
小鍋で作っていたおかゆが完成していた。それをお椀に取り分け燐の元へ運ぶ。
「熱いから気をつけて食べてくれよ」
「・・・」
「どうした、食べないのか?」
「・・・せてください」
「た、食べさせて、ください・・・」
「・・・今日だけ、この一回だけだからな!」
あぁ、くそっ!何でこんなこと引き受けちまったんだ。落ち着け、落ち着け。
そう、これは何の問題もない。ただ、看病のためにしてるのであって決してやましい気持ちなんて・・・
「ほ、ほら。あ、あー」
「あー、んむっ・・・美味しいです、優さん」
「そうだろそうだろ。ほら、もっと食べな」
「あ、あの」
「ん、どうした?」
「そ、そのまた食べさせてくれるんですか?」
「え?・・・っは!い、いやこれはその」
「はむっ。ち、ちょっと恥ずかしいですけど、やっぱり美味しいです」
結局、自分の気持ちには抗えず全て食べさせてしまった。
い、一回で終わろうと思ってたのに・・・で、でも全部食べられるところまでは回復したってことだよな!
後はまた部屋まで運んで、寝てもらおう。そしてその間に気持ちの整理も・・・
燐を部屋に運び、リビングに戻ろうとした時、燐に服の裾を掴まれた。
「ん、どうした。何かあったか?」
「そ、その、寝汗が」
「あぁ、すまん!今準備するから待っててくれ」
お風呂場から桶とタオルを借り、桶にお湯を溜めて燐の部屋に戻った。
「お待たせ、すまんな気付かなくて」
「いえ、大丈夫です。でも、一つだけお願いが」
「何だ?何でも言ってくれ」
「か、体を拭いて頂けませんか?」
「そ、それは流石に・・・」
「で、でも、何でもしてくれると先程」
「・・・分かったよ」
「じ、じゃあちょっとだけ後ろ向いててください」
衣服の擦れ合う音が聞こえる。れ、冷静を保てよ。平常心平常心・・・
タオルの準備をすると、燐からOKの合図が出た。俺は何も考えないよう気をつけながら燐の方に振り向いた。
そこには前部分をパジャマで隠してこちらを待っている燐の姿があった。
「お、お願いします・・・」
「お、おう」
俺は優しく撫でる様に燐の背中を拭いていく。拭いていくたびに燐から漏れ出す声に必死に抵抗しながら自分の仕事をこなしていく。
背中を拭き終える頃には精神が既にボロボロになっていた。
「あ、後は自分でやりますので」
「そ、そうしてくれ・・・俺はちょっと部屋の前で待ってるから。着替え終わったら声かけてくれ。回収するから」
「は、はい」
そう言い残して俺は燐の部屋から出た。
・・・はぁ、本当に大変だった。今日は違う意味で色々やばいな。奏蘭さん、早く帰ってきてくれよ・・・
数分後、燐から終わったとの声があったので部屋に入ってタオルと桶を回収し、片付けた。
片付け終わり、水を持って再び燐の部屋に戻った。
「後はまた寝れば体調は戻るだろ」
「優さん、今日は本当にありがとうございました」
「これくらい構わんさ」
「優さんがいてくれて、本当に助かりました」
「・・・おう。さ、そろそろ寝とけよ」
「あ、あの!」
「何だ?」
「わ、私が寝るまで側に、いて、ください・・・」
「・・・分かったよ」
「あ、後、手も繋いでくれると、嬉しい、です」
その後、燐が寝るまで手を繋ぎ側にいた優だったが、看病の疲れが出たのか気付かぬ間に寝落ちしてしまった。
二人は寝ている時も繋いでいた手を離していなかった。
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