悪夢ー1ピエロ
午後七時半。外は蒸し暑い夏の頃。
少年はリビングでゆったりとくつろぎテレビを見ていた。家の中には他の誰の気配もなく、家族は先程買い物に出かけたばかりだ。
「正解したのは○○さんです~。拍手‼️」
少年が今見ているのは、クイズ番組だ。特にこれといった理由などない。たまたまテレビをつけたらそれが写っていただけ。やることがないから見ているのだ。ただの習慣である。
そんな惰性でテレビを見続けていると、
「ドンドンドン‼️ドンドンドン‼️」
――外からの轟音だ。
少年は驚く。
テレビの音量を下げ室内は静寂に包まれる。
「なんだ?なんの音だ?」
そう呟き、耳をすましていると、
「ドンドンドン‼️ドンドンドン‼️」
先程よりも更に大きな音が鳴り響き、少年はその轟音に驚き畏縮する。そしてその轟音は玄関のドアを叩く音であることを理解する。
「買い物から帰ってきたのか?だけど鍵をかけたのは俺じゃないし……なら鍵を持っている筈だよな?」
「ドンドンドン!!ドンドンドン!!」
「うるさい……。なんなんだよ…。」
少年は耳を塞ぎ呟く。
「強盗?まさかね…。」
その思考に至った瞬間、少年の背筋は凍る。
「ドンドンドン‼️ドンドンドン‼️」
鳴り響く音に対して少年の緊張はより高まる。
「警察を呼ぶべきか…?」
それとも、今すぐにでもこの場から逃げるか少年は悩む。自分の家が見ず知らずの誰かに荒らされるのは嫌だ。そんな考えが少年の決断を遅らせる。
その間にも玄関からはドアを叩く音が鳴り響く。
「夜中だぞ…」
玄関から聞こえてくる音は段々と強くなっている。轟音は少年を恐怖させ、思考を鈍らせ、決断を迫らせる。そして少年は選択を誤る…。
「やはり警察を呼ぼう…!」
誰かに助けを求めたい。
そんな思いを募らせ、受話器に手を伸ばす。
――その瞬間、鳴り響く音は止み静寂をもたらす。
聴こえてくるのは自分の高鳴る鼓動と荒い吐息のみ。
「なんだ?諦めたのか?」
少年は混乱する。ありもしない希望を募らせ息を潜める。
15秒程だろうか?静寂の後に時は動き始めた。
「ドガンッッ‼️‼️。」
――今までの比ではない爆音だ。
少年は思わず耳を塞ぎ身を屈める。
電話をかけている暇などない。
今すぐにでも逃げなければならない。
――そして足音が聴こえてくる。
(逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ)
少年はリビングのガラスでできた窓を蹴破り、外へ逃げようとする。
――その瞬間リビングの玄関へと通ずるドアが開く。
少年は思わず振り返る。
目が合った……。 そこにいたのはピエロだ。
赤い髪にパーマをかけ、青い口紅に白い肌赤い鼻。目の回りには黒のシャドウ。赤と黒を基調とした服を着ている。身長は180はありそうだ。
ピエロはこちらを見て嗤う。
―――少年は外へと駆ける。
外は夏の夜とは思えない程にとても暗い。まるで冬のようだ。
足の裏には窓のガラス片が突き刺さり、駆けた跡には血の跡が続き、コンクリートの大地は熱を帯びており血の焼ける臭いがする。膝は震え、途中幾度となく転び、膝、肘、掌、手の甲、更には額にも擦り傷を帯び、それでも走る。
しかし、そんな痛みも臭いも違和感も何もかもが気にならない。
いや、それら全てが1つの感情を加速させ、そして全てを塗りつぶしていく。
――それは恐怖だ。
死にたくない。怖い。恐い。助けて。嫌だ。逃げなきゃ。速く‼️早く‼️嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。逃げる。全力で。
――後ろから笑い声がする。付いてくる足跡が聞こえてくる。
少年は考える。どうしたら助かるか。どうしてこの理不尽に遭わなければならないのか。
分からない。思考がまとまらない。だからこそ理不尽なのだ。だから今はただただ逃げる。この理不尽から。あのピエロから。この恐怖から。
逃げて逃げて全力で逃げ続けると笑い声が止む。さらに逃げると今度は付いてくる足音が止んだ。
後ろを振り返るとピエロはこちらを睨み付け佇んでいる。
すぐに走り、曲がり角を曲がり、ピエロが見つけられなくなるであろう場所まで走り続ける。
そこまで来て少年は気づく。
息が苦しい…。汗が凄い。足をつんざく激痛。血の匂い。今にも倒れそうな疲労感。
それでも止まるわけにはいかない。
更に走り続けた。
しばらくすると灯りが見えた。
アパートの一階から漏れる光。すぐさまに助けを求めた。灯りの漏れる窓を叩く。
「助けてくれっ!助けてくださいっ!ここを開けてっ!襲われているんだ‼️お願いだ‼️」
しばらくすると、カーテンが開きその人と目が合う。
女の人だ。20代後半から30代前半くらいだろうか。
窓を開けてくれた。すぐさまに中に倒れ転がるように入る。
「ありがとうございます…。」
「ど、どうしたんですか…?大丈夫ですか?」
女の人は赤子を抱え不安そうに質問をする。
「家にピエロがっ…やってきて、追われてて逃げててっゲホッゲホッゲボッ」
疲労感と興奮で吐いてしまう。
その様子をみて彼女は少々不快そうに、そして更に不安そうにする。
「大丈夫ですか?ピエロに…追われておたんですか……?」
「そうなんです。早く警察を呼んで下さい‼️助けて‼️ゲホッさっきまで追われてて……」
そういって後ろを振り向き指を指す。そこには、先程までいなかった筈のピエロがいた。
ピエロは笑っていた。
彼女はそれを見て硬直し赤子を更に強く抱き締める。その目はやはり恐怖に染まっている。
少年はそんなことは気にもかけず、すぐに玄関へ駆けドアを開ける。
――そこにいたのは絶望だった。
ピエロだ。先程まで自分を追っていたピエロとは違う。
髪は青く、編まれたツインテールは角のようになっている。メイクや服は色ちがいで服の模様は反転している。
そのピエロをみた瞬間逃げられないと悟る。しかし止まらない。止まれない。止まるわけにはいかない。すぐに振り返り色ちがいピエロから逃げようとする。すると目の前にはあのピエロがいて……。
「バイバーイ」
「バイハーイ」
ピエロは嗤い、少年の腹から何かが溢れる。そして、目の前が暗くなり何も見えなくなる。
少年は全てを諦めた。
その眼に最後に写るのはピエロの嗤う姿と赤子を抱きしめ離さない母の姿。
少年は激しく後悔する。
(ああ、どうかあの二人は助かりますように…)
少年は自分の罪を償うように叶いもしない願いを思い眠る。
夢の続きがあればまた書くかもしれません。




