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残酷で、けれど美しい、くそったれの世界で希う  作者: 粟崎ヒロ
第一章 自覚しない悪魔は嗤い、大森林に住まう災厄は哭く
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第8話 猛追する黒狼、取り戻す感覚

 無数に蠢く黒狼が雪崩の如く押し寄せてくる。


 涎に濡れた犬歯は妖しく光り噛みつかれれば食いちぎられるのは目に見えている。赤い眼光はカインだけを捉えそれ以外のことはもはや気にもとめていない。

 例え餌となりうる生物が現れたとしてもカイン以外は襲わない、そんな刺々しい雰囲気すら感じられる。

 カインを囲んだ黒狼たちは獰猛な牙をのぞかせ、強靭な脚力で跳びかかる。


 その数八。


 先陣を切った黒狼の突貫を躱し無防備な胴体を斬り裂き、続けざまに襲い来る二頭の黒狼に視線を移す。

 前方から仲良く突貫してくる黒狼は体毛を揺らしながら牙をむく。カインは懐からクナイ型の石製の投擲武器に魔力を流し込み、投げ放つ。放たれた投擲武器は片方に突き刺さり怯ませる。そしてその隙に怯んでいない黒狼の攻撃を身を屈んで躱し顎に掌底を打ち込み脳を揺さぶる。


 怯みから回復した黒狼が肉を貪らんと再び大地を蹴る。カインも同様に大地を蹴り迎え撃つ。このままでは黒狼の鋭い牙がカインの肉に突き刺さるだろう。だが、避けることなく衝突し――そのまま脳天にククリナイフを突き立て、後方に跳躍しすぐさま離脱する。するとカインが立っていた場所から虚空を噛み砕く無骨な声が鳴り響く。


 そこには地面から獰猛な顔だけが出た黒狼の姿があった。ラインの脚を噛んだ地面を移動する黒狼である。


 カインはラインが噛まれる際、地面が少し盛り上がるのを目撃していたのだ。今回もその兆候があったため避けることが出来た。

 カインは手にしているククリナイフを考えることなく投げつけると、ぐさっと鈍い音をたて地面から顔だけが出た黒狼へ突き刺さる。


 首だけ出た黒狼はだらしなく首が折れ曲がり霧散することはない。こいつは本体だったのようだ。気付けば襲い掛かってきた八頭のうちの残り四頭が消えていた。大本である本体を殺せば分かれた個体は消滅するらしい。


 だが、未だにカインを狙う黒狼たちは健在だ。新たに現れた黒狼の群れもいる。

 

 「くそっ。やっぱ数が多い」


 カインは手薄になった包囲網の一角から逃げることにした。このままでは埒が明かない。走りながら考えるしかない。幸い、体力には自信がある。


 ククリナイフを回収し黒狼に背を向け、一心不乱に駆ける。カインが駆けた後には風がおこり木の葉を巻き上げていく。

 その速さは人間離れしていた。光速と呼ぶのにふさわしいそんな速さだった。


 尋常じゃない速さで駆けるカインだが実のところ件の光速は魔力に頼ったものだ。魔力を使わずに走った場合、多少鍛えられているためか同年の男子より少し早い程度でしかない。まして光速など夢のまた夢である。

 カインは自身の脚力を底上げすため魔力を起爆剤替わりにしていた。

 そもそも魔力とは魔法を発動させるために必要不可欠な高次エネルギーのことである。体外魔力(マナ)体内魔力(オド)に分かれているが、カインが扱っているのは後者の体内魔力(オド)である。体内魔力とは元から備わっている魔力で睡眠や食事で回復できるものだ。


 カインはその体内魔力を魔法として消化するのではなくエネルギーとして消化した。効果は強化魔法に近いがカインがしている方法では圧倒的に燃費が悪くすぐに体内魔力(オド)不足に陥ってしまうため使用するものも少ない。


 体内魔力(オド)不足に陥ると、吐き気や手足のしびれ、呼吸困難などを引き起こし戦闘の継続は不可能に近くなる。

だが、今の所カインにその兆候はなくむしろ絶好調と言わんばかりの馬力を生み出している。


 通常の獣なら追いすがることはできないだろうが、今カインを追いかけているのは魔獣と呼ばれる言わば魔力を自在に操る化け物だ。

 知能も普通の獣よりも高く、身体能力も高い。


 分かっていることは優越種たる魔獣は潜在魔力が高い人間を優先的に襲う傾向にあるということだ。これは十年前の魔獣大侵攻の際、真っ先に滅ぼされたのが高い体内魔力を持つ魔法使いが集まる魔法都市であったことと、これまでの犠牲者傾向から鑑みて王都の研究所が発表したものである。


 出鱈目な魔力の使い方をしても魔力不足を引き起こさないあたりカインは莫大な潜在魔力の持ち主なのだろう。

 それは魔獣たる黒狼にとっては高級食材であり是が非でも食らいたい餌であるという事を示していた。


 血なまぐさい吐息をまき散らしながら黒狼は追随する。

 カインとの距離は一メートル弱。黒狼の脚力ならば跳躍すれば簡単に牙を突き立てることが可能な距離だった。

 現に群れから飛び出した一頭がまさに芳醇な肉を食らおうと大地を蹴り跳びかかる。


 そんな黒狼の気配を察知したカインは左足を軸足にして右足を弧を描くように蹴り回す。放たれた足のつま先が黒狼の首元を捉え肉を抉り、その威力が全身に伝わり回転しながら吹き飛びそのまま霧散した。


 「またハズレか。分裂し過ぎだろ……」


 黒狼の厄介な所は分裂した個体も実態を伴うことにある。実態を伴うということは噛まれれば痛いという事だ。

 そうなってくると偽物だからと言って無視することはできず、相手をしなければならなくなる。

 つまり殺しても死なない相手を殺さなければならない。


 悪態をつきながらもカインは足と頭を動かすのも止めない。足を止めれば瞬く間に囲まれて肉塊となり果てるだろうし考えるのを止めれば限界がくればその時点で終わりだ。

 カインはひたすら考える。

 この最悪な状況を打開するためにはどうすればいい。

 この森にいる限り魔獣は死ぬまで追いかけてくるだろう。

 だったら全滅させるしか手段はないが数が多すぎる。そんな実力はないし、できたとしても自分も無事じゃ済まないだろう。


 そこまで考えてカインは詰まる。

 打開策がない。決定的に実力と運が足りていない。


 「クソっ!せめて結界が張れたらな……」


 無意識に呟いたその言葉にカインは引っかかりを覚えた。

 結界とは宮廷魔導師のライクネスの手によってアカルディア大森林を覆うように張られた魔獣を外に出さないための檻の事である。

 結界つながりで思い出したことだが、確かライクネスは魔獣と出会ったら奥地へ向へと言っていた気がする。

 奥地に何があるのか分からない上に具体的な場所を教えられていなかったが今はそれ以上考えている暇はない。

 それに他に策があるかと問われても何もない。どっちみち賭けにでるしかないのだ。ならば潔く腹をくくるしかないだろう。


 そう考えを纏めると来た道から奥地の方角を計算し方向修正をする。

 いつの間にか黒狼が並走している。さっき迎撃した際に距離を詰めたらしく、襲い掛かるタイミングを窺っているようだった。

 しつこいにも程がある。いい加減諦めてくれないかなと思ってみたが、粘っこい涎をまき散らしているから期待できそうにない。


 一々相手にしていたらきりがないので極力無視をし大森林を突き進む。

 剥き出しの枝に服が裂かれ、身体はボロボロになっていたが気にしていられない。服は後で買えばいいし、切り傷はほっとけば治る。

 だが黒狼の牙だけはそうはいかない。噛まれれば麻痺毒が全身の自由を奪うのだ。そうなれば生還は絶望的だ。

 一撃もくらわずにこの黒狼の群れから生還するなど正気じゃないにも程がある。普通なら心が折れていてもおかしくない。

 だが、カインは取り乱すことなく生きるという一点だけを見つめている。生き残るためにはどうすればいいのか、それが手に取るように分かるのだ。

 生まれてからのほとんどの記憶はないカインだが、もしかしたら常日頃から似たような状況に身を置いていたのではないのか、そんな気がしていた。


 いつまでも生殺しの状況に痺れを切らしたのか並走していた黒狼が身体を捻り大きく開口し跳びかかる。

 目端でそれを確認したカインは懐からクナイ型の投擲武器を取り出し投げつける。投擲されたそれは吸い込まれるように眼球に突き刺さりカインの所在を見失わせた。深々と突き刺さった投擲武器は完全に目を潰していた。

 そして大きく開かれた口腔が虚空を噛み砕き、がちんと歯が噛み合う嫌な音が鳴り響いた。

 だが、いくら視力を失ったからといっても黒狼。その嗅覚は的確に高濃度の魔力を持つカインの居場所を突き止める。

 しかしカインは止めを刺すことなく大地を踏む足に力を籠める。視力を潰した以上追撃速度は必ず落ちるからだ。今ここで優先すべきは殲滅ではなく、逃亡だ。これ以上黒狼を近づける訳にはいかない。


 奥地を目指し、がむしゃらに大地を蹴りつけていると唐突に高密度の魔力が流れてきた。

 明らかにカインより巨大な魔力だったが、どういう訳か黒狼は興味を示すことなくカインを標的に定めている。

 初めて感じる魔力のはずなのにどこか懐かしく、切なくなるものだった。そして、根拠はないけど懐かしい魔力の発生地点がライクネスの言っていた奥地だと確信する。

 カインは希望を抱きありったけの魔力を回す。


 だが、そんなカインを嘲笑うかのような黒狼たちの荒い吐息が至る所から聞こえてくる。

 そこでようやく気付く。

 数が増えていることに。そして囲まれているという事に。


 ――瞬間。前方から黒狼が不意をつく形で現れる。カインが撃退していた隙に先回りしていたらしい。

 大きく開かれた口に尖った歯が目に入る。気付くのが一秒遅かった。間に合わない。身体が動かない――

 はずだった。

 気が付いた時には右手に握っていたククリナイフが黒狼の顎から脳天めがけて刺し貫いていた。自分でもどうやったか分からない稲妻のような剣捌きだった。刺し貫かれた黒狼はどうやら本体だったらしく霧散することなく鮮血をまき散らしながら絶命した。

 本体が死んだことで囲んでいた黒狼の群れは半数に減っていた。だが、黒狼は今が好機と見たのか次々と飛び出してくる。

 もはや逃げることは不可能だ。絶滅させるしかない。運よく本体の黒狼を腰止める事が出来れば何とかなるだろう。

 そう思い覚悟を決めククリナイフを構え直した時、その声は聴こえた。陽だまりを思い出させる温かい声だった。


 「吹き荒べ。嘆きの暴風(ストーム・グリーフ)


 そう言った直後、カインの眼前まで迫っていた黒狼が吹き飛んだ。木々が軋む音がして木の葉が舞い踊る。それは風の魔法だった。

 いわゆる衝撃波に近いそれはいとも簡単に黒狼を霧に帰していく。次々と打ち込まれる嵐の数々。事が終わるのに一分もかからなかった。

 突然の事で理解できず茫然としていると魔法の使い手が話しかけてきた。


 「あ、あの大丈夫……でしたか……?」


 魔法を詠唱した時とは違って今にも消え入りそうな声だった。

 カインは茫然としていた意識を取り戻し、お礼を言おうと声のする方へ振り返った。

 そこには薄紅色の長髪の少女がいた。目は髪で隠れているが可憐な印象の少女だ。そして、少女の耳は鋭く尖っている。

 窮地に陥ったカインを助けたのはアーカス村では見かけることのなかったエルフの少女だった。

 

 



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