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残酷で、けれど美しい、くそったれの世界で希う  作者: 粟崎ヒロ
第一章 自覚しない悪魔は嗤い、大森林に住まう災厄は哭く
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第2話 日常と宮廷魔導師

 村の外れにはアカルディア大森林と呼ばれる大きな森がある。ミストラル王国一の面積を誇るこの森には多くの動植物が群生しているだけでなく、清らかな泉が点在している。豊かな土地は良質な葉を作り、それを食べた草食動物の肉もまた極上のものとなる。故にこの森は楽園と呼ばれ多くの狩人、商人が(かて)を得る為に足を運んだ。


 しかし、それも十年前の話で、今ではアカルディア大森林は魔獣(まじゅう)の群生地帯と化してしまっている。何が原因で魔獣なんて化け物が現れ、住みつくようになったのかは王都の学者にも分からずじまいだった。

 何度か有志の傭兵ギルドが魔獣を駆逐(くちく)しようと森へ赴いたが敢え無く全滅。誰一人として帰って来なかった。結果、この村の領主であるアルヘルトの要請で宮廷魔導師が森全体に結界を張り巡らせ森から外に魔獣が出られないようにすることでひとまずこの問題は落ち着いた。


 そういうことがあってから楽園と呼ばれたこの森は地獄へ堕ち、わざわざ訪れるものは次第にいなくなり、今では近くに住む村の住人が糧を得るために入り口付近で採集や狩りをするだけの場所と化してしまっている。

 そんな危険な場所での仕事にこれから取り掛かろうとしているカインを顎で使うミーシャは悪魔ではないかと錯覚してしまう。もちろんそんなことはないということは知っているし、誰よりも村人の事を考えていることも皆が理解していることだ。

 多少強引な所があるが彼女の笑顔は日輪よりも輝かしく、慈愛(じあい)の心は氷をも溶かす。ミーシャがいればどんなに辛くても明日を笑って生きていける、そう思わせる聖母のような温かみのある強い女性だ。

 

 カインは愚痴を零しながらロッシュを探して村中を捜索する。道行く人々に聞いて回ったけれど誰一人として見た者はいなかった。常日頃、ミーシャから逃げていたせいか逃げること、隠れることに関しては右に出るものはない位上達してしまった。最後にはいつも見つかり泣くほど叱られているので余り意味のない特技であるが。


 ミーシャの営む宿屋をから村の中心部にある広場へ向かうと収穫祭で猪を焼くために木々が長方形状に組まれている最中だった。

 五、六人の壮年の男たちがせっせと組みやすいように整えられた材木を運んでいる。着ている服はみな泥や汗で薄汚く変色してしまっているが、男たちの鍛えられた筋肉と相まって不潔な感じはしない。

 ロッシュの事を見ていないか聞こうと思い近づいて見ると明らかに浮いた格好をした男が作業をしている男の一人と話していた。浮いた男は白いローブで全身を覆っていて体のラインは分からないが、深く被ったフードから見事に蓄えた無精髭(ぶしょうひげ)がチラついている。

 フードを被っているせいで顔は良く見えないが、誰がどう見ても魔導師であると分かるような出で立ちだ。纏っている白のローブはシンプルであるものの上質な素材で編み上げられたものだと分かる。

 余りの特異な光景に目を奪われていると作業をしている男の内の一人が気さくに話しかけてくる。


 「おーい。カインじゃないか。狩りはどうした?ラインさんなら入り口の方へ歩いて行ったぞ。極上の猪肉を期待しているぞー」


 壮年の男は距離を無視した大声で話す。鼓膜(こまく)が裂けるかと思ったが、もう慣れてしまった。


 「おはようございます、ぺデロさん。狩りに行きたいのは山々なんすけどミーシャさんにロッシュを連れて来いと脅されてしまったんすよ…」


 気まずそうに目を伏せ、頭を掻きながらことのあらましを説明するとぺデロは快活に笑い飛ばし、カインの肩をバンバンと叩く。


 「何だ、ロッシュのやつまた逃げたのか。あいつの危機察知能力は野生動物並みだな」


 まさしくその通りだとカインも思う。ロッシュの危機察知能力の半分でもカインに備わっていれば今の面倒な状況に陥っていないのだが。

 二人で話していると白のローブを纏った男が気さくな口調で唐突に話しかけてくる。


 「ちょっといいかな。ぺデロ。そちらの御仁とは初めて会う気がするんだけど・・・良かったら紹介してくれないかい?」


 ひどく落ち着いた男性とも女性ともとれる中性的な声で、まるで十年来の友人に話しかけるような気さくな口調にカインはどこか不思議な感じがした。カインはローブで隠れた顔が気になり覗き込むと目が合った。

 ぶつかった視線の先にあるのは全てを見通してしまうかのような透き通った綺麗な真紅(しんく)の瞳。


 「あー、こいつはカイン・アミカルだ。この村には二年前にやって来た新しい家族だ」


 ぺデロが簡潔に紹介するとローブの中の紅い目が大きく見開いたような気がした。


 「二年前……そうか。じゃあ、僕が知らないのはしょうがないね。僕はライクネス。ただのライクネスさ。宮廷魔導師をやっているけれど堅苦しいのは見てのとおり苦手でね。気安く話し掛けてくれると嬉しいな」


 ライクネスがフードを脱ぎながらそう言うのを聞いてカインは驚きの余り息が詰まるのを感じた。魔導師とは思っていたがまさか宮廷魔導師だとは……。

 整った顔は美青年と呼ぶに相応しく、蓄えられた顎鬚が(おとこ)らしさを(かも)し出している。

 本来なら話すことが出来ないほど身分が違うのだが本人が気さくに話しかけて良いと言っているので甘えることにしよう。


 「じゃあ、ライクネスと呼ばせてもらう」


 「うん。カインはいいね。とても素直だ。ぺデロなんていくら言ってもさん付けをやめないんだよ。宮廷魔導師が取っ付きにくいのは分かるけど、本人が良いって言っているんだからもっと気さくにしてくれればいいのに、カインはどう思う?」


 「まあ、そーゆーのは人それぞれじゃないのか」


 出会って数分であるがライクネスが話好きであるということは明白でカインにとって珍しいタイプの人間だった。ロッシュを探さなければならないが、彼の放つ胡散臭い雰囲気が妙に気になってしまいつい質問をしてしまった。後にその行為を後悔することとなるのだがもちろんカインにその事を知る術はない。


 「ところで、ライクネスは何をしにこんな辺鄙な村に来たんだ?旅人でもないんだったらここに立ち寄る必要はないと思うが」


 正直に思っていたことを言葉にする。

 というのもカインたちが住むアーレイ村は王都と城塞都市を結ぶ唯一の街道の傍に位置している。そのため王都に集まった品を城塞都市に運ぶ商人や、その逆の商人が頻繁に往来する。その他にも治安維持に努める警邏隊(けいらたい)や大陸をフラフラとしている旅人たちが疲れを癒すために立ち寄るのである。小さな村だというのに宿屋や酒屋があるのはそのためである。

 しかしライクネスは宮廷魔導師。王城に住む王の相談役である。わざわざこんな小汚い村に足を運ぶ理由も目的もないはずだ。


 「いや、実はあるんだな、これが。村の人から聞いてないかい?」


 ライクネスはまるで自分以外の村人は全員知っているような口ぶりで飄々(ひょうひょう)と答えた。首を傾げ記憶を辿ってみる。しかし宮廷魔導師がこの貧相な村を訪れる理由があるなど聞いたことはなかった。


 「いや、そんな話は一度も聞いたことがない」


 「そうか。うん、まあ別段言っておかなければならない程の重要な事じゃないからね。それじゃあ、僕の口から直接言うことにしよう」


 愉快そうにライクネスは休むことなく口を動かす。本当に話すことが楽しくてしょうがない、そんな風だった。


 「まずこのアーカス村から西に二キロ進んだ所にあるアカルディア大森林は知っているかい?」


 カインは以前ラインと共に薬草を取りに行ったことを思い出す。


 「昼間になら何度か行ったことがある」


 「そうか。なら、話が早いね。森に入る時何か言われたことがあったんじゃないかい?」


 カインはその問いの真意が分からないまま記憶を辿る。


 「確か……魔獣が出るから日が落ち始める一時間前には森から出ろって言ってたような」


 「うん。そうだね。あの森は魔獣の群生地なんだ。放っておけば人間を喰らいに森から出て来る。だから僕が結界を張ってそれを防いでいるんだ。前に張ったのが二年前だからそろそろ新しくしなくちゃならないけどね」


 ライクネス曰く、結界は一度展開すればいいものではないらしい。定期的に新しくしなければならないのは、魔法を奇跡を起こすものと捉えていたカインに衝撃を与えた。


 「結界も壊れてしまうのか?」


 「そうだね。結界というのは要するに人間が生み出した異界だからね。人間が創ったものである以上完璧なものじゃない。いずれ内側から(ほころ)び壊れてしまう。だから僕が定期的に綻んだ結界の修繕をしているんだ。他の魔導師に任せるにはあの結界は大きすぎるしね」


 カインは思っていた以上に丁寧に説明してくれるマーリンの顔をくいるように見つめ、紡がれる言葉に耳を傾けている。カインにとって未知を既知に変えることは何物にも変えられない幸福であり、その知識欲は留まるころを知らない。そして魔法という概念の知識を()っていくほどいつも抱えている空虚さがかき消えていく気がする。


 「なるほど。だからこの村は安全なのか」


 「最近は魔獣の動きが活発化しているから絶対にとはいかないんだけどね……」


 魔獣の動きが活発化という言葉が耳に残る。不意に行商人のおじさんが言っていた外地の村が魔獣の軍勢に襲われ壊滅したということが頭をよぎる。

 まさか結界で守られていたはずの村が襲われたのも魔獣が活性化したためなのだろうか。

 あれこれ考え込んでいるとライクネスから唐突に質問が投げ掛けられる。


 「ところでカイン。君の腰に下げられているその短刀、ここらへんじゃ見かけないけどメイガズム領の出身なのかい?」


 思いもよらない質問にカインは目を丸くする。ライクネスが問うてきた短刀は腰にぶら下がっており刃は歪に曲がっている。いわゆるククリナイフと呼ばれている短刀は真紅で彩られた鞘に納められている。

 元騎士のラインでさえ野盗から奪った安物の剣を何度も手入れをしてごまかしながら使っているくらいだ。戦場でも滅多に見ることができない短刀を決して裕福とは言えない村の人間が持っているのは可笑しかったのだろう。

 しかしカインにライクネスの問いに答えることはできない。そのことが悲しく得体の知れない痛みが胸を穿つ。いくら知識を詰め込んでも記憶は埋まらないという事実はゆっくりと全身を蝕む呪いのようだ。


 「あー……」


 果たしてありのままの事実を言っていいものかとカインは悩み、口ごもる。このククリナイフは倒れていたカインが握りしめていたものであって、どこで手に入れたとかどこ出身なのかは分からない。

 だが、このまま無言を貫くのも違うと思い意を決して口を開く。


 「実は俺、十六歳までの記憶がなくて、だからこのナイフもいつ手に入れたか覚えていないんだ。だから俺がどこで生まれたのかは分からない」


 カインは目を伏せ、どもりながら言葉を紡いだ。ライクネスは静かにそれを受け止める。


 「なるほど……。そういうことか」


 ライクネスから発された言葉はカインに不可解であったが、どういう訳か一人で納得していた。何が聞きたかったのか結局分からなかったけれど少しだけ安心した。

 答えを得たライクネスは蓄えた無精髭を大事そうに撫でながらしばらく何やら考えていたが、再びカインに向かい合う。


 「ありがとう。カイン。少しの時間だったけど楽しかった。そろそろ僕も仕事に取り掛かろうと思うんだけど、その前に君の探している子を見つけてあげよう」


 思いもよらない言葉にカインは思わず微笑を零す。本当にこの宮廷魔導師は底が見えない。そもそも貴族と同等の宮廷魔導師が庶民と雑談するだけでも珍しいことなのに、ましてや雑用の手伝いなど普通はすることではないので相当の変わり者と言えるだろう。と言っても魔導師という生き物が変わり者なのか、ライクネスが変わり者なだけなのか。それは、魔導師という生き物を知らないカインには見当もつかないことではあるが。


ローブから覗く整った顔は優しく微笑んでいた。そよ風で無精髭が揺れる。


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