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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただ、繰り返す

作者: 十名巨登

初投稿です。よろしくお願いします。

 「死ね」




 中学に入学してすぐ、僕はいじめにあった。

 理由などない、ただ、たまたま標的となっただけだ。

 僕、中島ケイは、その不条理に、立ち向かうことができなかった。


 三年が過ぎた。卒業式当日。やっとこの呪縛から解放されると期待していたが、そんなことはなかった。

 やけに埃っぽい臭いと口に蔓延る鉄の味。

 いじめのリーダー格だった男数人に使わなくなった旧校舎へと連れ込まれ、殴られた。三人の男に身体を固定され、ケイは身動きが取れなかった。


「そろそろラストスパート行っちゃいますかあ!」


 一際体格の良い男がそう言うと、彼はナイフを取り出した。


「う、ぅぅぅうううう!!!」


 口を押さえられ、声を発せられない。

 心臓にナイフを突き立てられる。その次は右腕、左足と四肢を切り刻んだ。その度に血は吹き出し、コンクリートの床には血の池が創られてゆく。


「「「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」」」


 男達は笑っていた。それはそれは楽しそうに。

 不思議と、怒りはない。

 ただただ、絶望した。自分がいじめの標的にされたことに意味などないことは知っていたはずなのに。

 本当に、こいつらは、ただ自分等の愉悦のためだけに、俺をいじめ、遊び、殺そうとしている。その事実が悔しくて、惨めで。

 涙をこぼすその前に、意識は消え、暗転した。









 ここは、どこだ?

 暗く、黒い景色が広がっている。あるものと言えば、目の前にある白い椅子くらいだ。


「ここに、座れってことか?」


 ケイがそこに座ると、途端に頭痛が襲う。

 そして、記憶が蘇る。物を隠され、盗まれ、身体を痛め付けられた、あの、忌まわしき記憶。


「……なん、だってんだよ」


 ケイが頭を押さえ、顔を上げると、そこには栗色のふわふわとした髪をしている少女の姿があった。

 天使を思わせるその風貌。

 小学生位の、幼げな少女のことを、ケイはよく知っている。



「久し振り、ケイくん。五年振りくらいかな?」



 桜木美香。五年前、いじめによって命を落とした、ケイのただ一人の幼馴染だった人。


「何で、みっちゃんが? ここは、死後の世界?」

「うーん、その中間あたりかなあ」

「何が何だか……でも、よかった。また、会えるなんて思ってもいなかったから」

「えへへ」


 聞きたいことは山ほどあったけれど、それ以上に嬉しかった。


「ごめん、俺が、あの時……」

「……いいんだよ、ケイくんが悪いわけじゃないから」


 五年前、美香はいじめられていた。だが、ケイは何もできなかった。

 ケイは臆病だった。

 彼女がいくら罵られようと、反論することができなかった。それは違うと、訴えることができなかった。


「……ごめん」

「もう、いいって。それよりも、今は未来の話をしよう」

「未来?」

「そう、君には今、二つの選択肢があるの。一つは、このまま死ぬこと。もうひとつは、願いを一つだけ叶えて、生き返ること」

「願いを一つ? それってどういう」

「神様の気まぐれってやつだよ。それに選ばれたのがケイ君なのさ。何でも叶えてあげるよ。例えば、あのクソ野郎共をぶち殺したりとかね」


 瞬間、美香の目から生気が消える。


「……」

「ああ、もちろん、辛いなら、ここに残ってもいいんだよ。死んでから、私と一緒に暮らそうよ。小さい頃の約束だったでしょ?」













 約束、二人の、大切な約束。

 まだ小学生にもなっていなかった頃の約束。

 中島家と桜木家は仲が良かった。中島家の父と、桜木家の父が親友だったからである。

 夏休み、両家はよく一緒に旅行に出かけていた。

 その夜、二人は親の目を盗んで、こっそりと近場の海岸へと抜け出した。

 頭上には二人を照らす、少しも欠けていない大きな満月があった。


「ケイくんは、どんな大人になりたいの?」


 確かあのとき、僕は少し考える素振りをして、


「僕? 僕はね、みっちゃんと結婚したい!」


 そんなことを言っていた。


「きゃー! うれしー! わたしもケイくんだーいすき!」


 すぐそばにいる彼女に抱きつかれ、子どもの僕はすぐ調子に乗る。



「だから、僕は強くなる。みっちゃんを守れるくらい、強くなる!」



 きっと、何でもできると思っていた。

 世界はもっと単純で、現実はもっと、優しく光るあの満月のような存在だと本気で信じていた。

 彼女の前では、ヒーローでいられると信じて疑わなかった。


「じゃあ指きりしよ?」

「うん!」


 僕は、あの指きりの暖かさを、今でも鮮明に覚えている。

 その数年後、冷たくなった彼女の小指に触れたことも。

 











「僕は、生きるよ。みっちゃん」


 ケイの発言が意外だったのか、呆気にとられる美香。


「あいつ等を殺すの?」

「いいや、違う」


 ケイは思う。その選択は逃げだと。死ぬことも、殺すことも。

 僕には許されない。


「僕は、やり直したい。僕がいじめられる、その前から。そして挑戦したい。何度でも」

「過去に戻って、どうするの?」

「あいつらと友達になる。もう、決していじめなんかさせない」

「無理だと思うよ。人間、そんな簡単に変われるもんじゃない。それはケイ君が一番知っているはずだよ」

「そうかな? 僕は変わったよ。みっちゃんと再会して、逃げちゃいけないって思えたよ」

「無駄だと思うよ」

「無駄でも、無理でも、僕は挑戦したい。もう、見過ごしたくないんだ。みっちゃんみたいに虚しく死んでしまう人がいることを。それを見て、楽しいと感じてしまう人のことを」


 曲げられない信念と、約束を思い出したから。


「僕は、強くなる。無茶で無謀なことかもしれないけど、僕は訴え続けるから。間違っていることは間違っているって、言い続けるから……。もし、全部終わったら、その時は……」


 言って、ケイは自分の小指と美香の小指を重ねる。



「僕と、結婚しよう」



 美香は、本当のことを言うと、ケイに残ってほしかった。

 誰もいないこの世界で、ケイとなら、笑えると思ったから。

 けれど。

 ケイのことを一番知っているのは、美香自身だから。


「ケイくんは言いだすと聞かないからなあ。いいよ、分かった。時間を巻き戻せばいいんだね」


 涙を堪え、美香は手を伸ばす。


「ああ、頼む。それと……」


 たった一つ、言わなければいけないことがある。


「ありがとう。みっちゃんと出会えて、僕は本当に幸せだったよ」


 暗い世界に光が満ちる。ケイはその光に導かれるように、世界から姿を消した。

 もう二度と会えないかもしれない。だけど、不思議と寂しくはない。


 だって、彼女のぬくもりが、まだ、この小指に残っているから。













 春、桜が舞い、暖かな風がケイを包む。

 あのときの決断を忘れることは無い。

 戦い続ける。この不条理に。

 人は、変われるはずだから。

 世界を変えることだってできるはずだから。

 大好きな人が、見守ってくれているはずだから。

 無茶でも、無謀でも、この想いは決して、間違えなんかじゃないはずだから。

 僕は何度でも繰り返す。

 彼女との新たな約束を守るために。

 そのためなら、こんな世界でも、こんな嘘つきでちっぽけだった僕でも、ヒーローになれるかもしれないから。

 ただ、繰り返す。

 何度でも、何度でも、何度でも。

























































「死ね」

 


 


読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品としての長さはちょうど良くすらすらと読めました。 読みきり作品としては中々いい感じだと思います。 [気になる点] 悪い点としては、物語です。大きな謎を一つ入れることによっておもしろさが…
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