「波紋流し螺鈿飾り・無銘」その2
間隔が空きましたが、毎度深夜に投稿いたします。
「よっ、ほっ、はぁ。」
アホな掛け声が裏路地に響く。
何のことはない、シュリが描いた魔方陣でケンケンパーをしているからだ。
うん、実に良い眺めである。
形の良いお尻をフリフリしながら、スカートの裾をチョイと摘まみ、発育絶頂期の足を晒け出してのケンケンパー。
時々路地裏の先を歩く人の中に、声を聞いて一瞬此方を見て、通り過ぎる瞬間に振り向きガン見してる奴もいる。特に若い男はそうだ。
「で、そりゃ何のおまじないなんだ?」
「おりゃ、はぁ?これかぁ?魔導召喚の一種だぞ。巡り巡って元に戻るっ、てな感じでハイ終わりっと。」
ブゥン……と鈍い地響きが上がり、魔方陣が一瞬赤く輝く。
さて、準備完了。
シュリの描いた魔方陣に、仕方ないから言われるままに血を一滴垂らして待つこと暫く。
路地裏の突き当たりに、急に扉が現れる。
そこに現れた真っ赤な扉には御丁寧に「魔界入口・関係者以外立ち入り禁止」と書いてある。
いやはや実に歓迎されてるじゃないか?
「……シュリ、魔界の住人ってのは随分と社交的なんじゃないか?」
「えーっ、前とは違うだけだよー、気にしなくていいよー。」
あからさまに棒読みだな、お前……。
ま、気にしても仕方ないか。
覗き穴のある扉を丁重にノックしてみる。
コンコンコン。
入ってますかー?
「……ここは魔族と同類以外は立ち入り禁止だ、立ち去れ人間よ。」
ギョロリとした血走った眼が見え、中から低い唸り声が響く。
ま、そりゃそーだ。合い言葉を言え!みたいなことを期待してたが。
「あんだよご挨拶だな!ウチの新しい主人が面会に来てやったんだよ!早く開けやがれこのウスラトンカチ!!」
「……お前はシュリか。また、こまっしゃくれた格好しやがって……待ってろ。」
ガチャガチャ音を立てて鍵が外され、扉が開く。
「やれやれ……すっかり人間気取りだな、で……何の用だ。」
扉の先は、ゴツゴツとした岩が露出している室内で、簡素な机に椅子、それと身の丈は俺の倍ある牛頭の巨人が居る。
「ガルゴス、久しぶりに会ったのに愛想ないな!こっちはアタシの新しい主人のロイってんだ!」
まるで近所のおっさん相手のように気さくに喋るシュリ。
魔剣と一緒になって、親戚付き合いの始めが魔族だ、なんて……。
「ほらロイ!コイツがガルゴス、例の魔剣の持ち主だぜ!」
魔剣と聞いて、牛頭の眼が妖しく光る。
「おいロイとやら。一体何の冗談で俺の剣に用があるんだ……?」
「冗談でこんなとこ来るか?俺は魔剣の研ぎ師をしてる。アンタの魔剣を見せてほしくて此処まで来たんだぜ?」
「……研ぎ師?それならば、スミレのことを診てくれるってのか?」
表情は全く変わらないから判らんが、どうやらガルゴスに心当たりが有るらしく、口調も改まって聞いてくる。……スミレ?
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「ま、取り敢えず座ってくれや。あと今、お茶を入れるから待ってろ……。」
ガルゴスに勧められて腰掛け、シュリと共に机の前で暫し待つ。
「……勤務中だから酒は無い。これはマンドラゴラの雌花茶だ。ま、飲ってくれ。」
赤茶色のお茶は丁寧に淹れられた物らしく、若干酸味があるが渋味も少なく味わい深い……マンドラゴラ?。
……さて、
「アンタ、研ぎ師なんだってな。この魔剣、実は……斬れないんだ。」
早速打ち明けられたが、まずは見てみなきゃ判らない。
とにかく刀を受け取り、鞘と鍔から観察する。
華麗な鍔と違い、漆だろうか渋めの焦げ茶色の鞘は至る所に傷が付いている。
「ガルゴスさん、これは手元に来てから研いだことはあるのか?」
「いや……お恥ずかしながら一度も……。」
あぁ、そうやっぱりか。
何だかこの仕事、とにかく食いっぱぐれはないようだ。
先入観で魔剣は、切れ味をやたら過大評価されている気がする。
道具で有る限り、切れ味は必ず落ちる。それは仕方ないが、問題はどう解決するか、だ。
少なくとも俺はまともな……いや研ぎ師、としてまともな仕事が出来る(人間性はどうだか)のは、自分以外は三人しか知らない。
それ以外は精々装飾を変える程度か、全く出来ないのにそれらしく宣伝しているぺてん師だけだ。
さて、それはそれ、早速「御対面」といたしますか?
「なぁ、ロイ~、研ぐんだったら、やっぱりあーしたり、こーしたりするんだよなぁ……。」
シュリが聞いてくる。なんだお前……まさか?
「なんだよシュリ、お前まさか、妬いてるのか?」
「ば、違うよバーカ!アタシはただ手伝ったり出来ないかって思ってさ……」
気持ちは有り難い。あと照れてるシュリも可愛くてなかなかいい。
「なぁ、単純にお前、二人っきりで居るときに同性が同席したらどう思う?」
「……恥ずかしい、かなぁ……たぶん。」
お前の素直な気持ちは、大事にしてやるよ。
だから今は仕事(趣味)に専念させてくれ。すまんな。
「……後で二人っきりになったら、な?」
「……うん。」
ちょいとシュリを抱き寄せて耳打ちすると、耳まで赤くしながらモジモジする魔剣。いいね、実に。
ガルゴスの視線が俺を貫いているが、敢えて気にしないことにした。
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「ほほぅ、こりゃなかなか趣のある空間だな。」
魔剣は自分の縄張りを必ず保持する。
それは魔剣がこの世界に現れた瞬間から、絶対にである。
なぜかって?彼らにとって、こうした縄張りの存在が、長い寿命を支える糧となるのだから。
そんな訳で、ここは刀の魔剣らしく、朱塗りの柱を多用した内装の部屋だ。
その部屋の真ん中に、赤黒い衣装を身に纏った女。
と、なれば彼女が魔剣「波紋流し螺鈿飾り・無銘」の、スミレだろう。
しかし、様子がおかしい。
見れば全身傷だらけ、おまけに片目は手酷い刀傷で塞がれて、隻眼だ。
そんな様子で居ながら、部屋の真ん中で膝を抱えて、ブツブツと何か呟いているのだ。
「…………私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない斬れなくなったのは直ぐ直る直ぐ直る直ぐ直る直ぐ直る直ぐ直るでも斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない斬れない……」
あ、こりゃダメだ。
悪い方に流されて自分を見失ってる。
さて!まずはこの辛気臭い雰囲気をぶち壊してみるか!
まずは風呂だな。
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「なぁシュリよ。こいつは毎回こんな風なのか?」
「んー、実はアタシも今回初めて見るんだよコレが。」
細くて長い容器に水を張り、そこに魔剣を浸しながら、布で丁重に汚れを落とすロイ。
その様子を眺めるガルゴスとシュリ。
「ところでさ、ガルゴスって以前はさ、魔界の門番でブイブイ言わせてたのに、今はこんな通用門警備とかしてさ、何かあったの?」
「……そうだな、どこから話したもんかな。」
話す気は満々らしいが、長い話は苦手らしく、少し悩んでからガルゴスは話し始める。
要約すると、最初はゴツいガルゴスと華奢な「波紋流し螺鈿飾り・無銘」のスミレの組み合わせは周囲から「ミスマッチ過ぎて見ていられない」存在だったらしい。
だが、二人は周囲のやっかみなど気にすることもなく、グングンと実績を重ね、遂には一番大きな魔界の門を守る、筆頭守護者となったのだ。が、
そんな日々もスミレが弱り始めてから翳りを見せ、遂には剣の切れ味が極端に落ちて、自分の地位も失墜。
今ではこうして関係者のみが使う通用門の守衛、なんていう日陰の仕事へと降格してしまった。
「まぁ、スミレを使い減りしてしまった俺も悪かった……だが、やはりスミレは日の当たる世界で、伸び伸びと明るく、ヒトや魔物を斬りまくって欲しいんだよ。……名前らしく、日向に咲くスミレのようにな……。」
ガルゴスがシュリに独白する。
それを聞いてシュリは、
「……ガルゴスぅ、アンタ、見た目と違ってぇ、なんかイイ奴なんじゃんなぁ~」
……軽く、泣いていた。
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無表情のまま、虚空を見つめて固まるスミレを抱き上げて、着衣のまま風呂に入れるロイ。
だが、何の反応も示さない彼女だったが、ロイは諦めることなく甲斐甲斐しく背中や足を洗っていく。
だが、やはり刀身を洗わなければ綺麗になることはない。
「なぁ、スミレ、済まんが鞘は外させてもらうからな……?」
言いつつ赤黒い服(鞘)を脱がせて風呂に入れる。
傷だらけながらも、銀色の刀身を顕にすればその美しさは特徴的だった。
流れるような波紋流しの刃先は、独特の不規則な紋様を浮き出させている。
「うーん、何とも言えないね、こりゃホント。」
もはや下腹部だけは下着(鍔)を身に付け、もはや全裸よりもエッチな格好なんだと早く自覚してほしい。
見た目傷だらけ以外、容姿は実に美しいスミレである。
そんな感じで洗った後、拭き上げ磨き清めると、随所に仕上げの美しさが垣間見える。
鍔元から鎬、そして切っ先までの峰の緊張感ある反り、そして折り返して刃側の紋様を……、
だが!だがしかし!
刃がガタガタだ!ガタガタだったらガタガタだ!
これは荒療治しかないな……。
いつもはあまり使わない荒砥を取り出して、先ずは刃の傷を無くす為に研ぐ。
いつもならベット(砥石)に誘い、目眩く扇情的なひとときを過ごすのだが、此処まで酷いとただの作業である(実際も同じ)。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……。
さて、スミレはされるがままであったが、こうしてひとまず手酷い刃零れを修整すると、先程までの妄言も鳴りを潜め、静かである。
で、やっと中砥(荒砥で付いた傷を無くし、刃に適切な角度を付ける)を使い、改めて対話を試みる。
「スミレ、スミレ、どうした?辛いことでもあったか?」
傷を無くす為に鈍角になった刃先から、次第に角度を急にしていくのは刃先に悪いので、様子を見ながら丁寧に続ける。
「堅いものを斬るのも、充分に刃に載せて斬っていかないと、魔剣と言えど刃零れ位するもんだよ、スミレは悪くないさ。」
「……。」
全く反応がなかったスミレだが、一瞬、瞳に感情らしき物が浮かんだ気がする。
この方向付けか。
指先でそれとなくスミレの刀身を確認すると、気のせいではなく、反り(かえり・刃先が薄くなり捲れ上がること)が出てきている。
これは……脈アリだな。
額に汗すら浮かべながら、一心不乱に幾度もスミレをを返しては研ぎ、返しては研ぎを続けていく。
「…………ん、……ん、」
……きた。
「……痛くない、刃先が、痛く、ない。」
そりゃそうだ。もう刃零れは無いからな。
「……あなた、誰?」
「俺か?俺はロイ。研ぎ師のロイだ。」
「……研ぎ師呪い?」
あーそうかい、ここにも耳が悪い魔剣が居ますかそーですか。
「まぁ、いいや。スミレを元通りにしてやる約束をしたんだ。だから、その身を後少しだけ、預けてほしい。」
「……いやです。」
……なんと?
「……スミレは、ガルゴスさんは嫌いではありませんが、ガルゴスさんのお手伝いは、他の魔剣さんにお願いしてもらいたいです……。」
それは、つまり、
「……ガルゴスさんのお仕事は、他の方に手伝って貰って、欲しいんです。」
なるほどね。
「そうか、それは判った。けれど、もう少しスミレを研ぎたいのだが、それは構わないか?」
「…………久しぶりに、感情が、蘇って、上手く、表現できませんが、でも……」
そこで少しだけ、頬を朱に染めながら、
「……その、気持ち良い研ぎを、してくださるなら……」
この瞬間が、いいのだ。
「わたくし、スミレを、研いで、…………ください。」
あぁ、勿論だとも。
「こちらこそ、よろしくな。」
「…………あぁ!!刃先がぁ!こんなに滑らかになるの、久し振りでございます!!……やん……ん、んんぅ~ッ!!」
「…………!……!!」
「…………。はぅ……こんなに、研ぎ汁が……」
そりゃ、研ぎましたからね。
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「……なるほどな、スミレがそこまで思い詰めていたなんて……。」
ガルゴスが、気持ち落ち込み気味に呟く。
魔族とはいえ、中身は純情な生き物なのかもしれない。
「だが、俺とて魔界の門番にガルゴス在り、と云わしめた兵だ。スミレを手離せと言われて、ハイどうぞとは往かないのだ。」
それはそうだ。
「だから、条件を出そう。」
条件、ですか?
「あぁ、スミレ自身が新しい魔剣を見つけて説得し、俺の元に新しい魔剣を携えてきてくれたら、スミレを開放しよう。」
……ん?それって、俺が一緒に行くってことか?
「はて、俺はただ魔剣を研げば終わりじゃないのか?」
「悪いが俺は、魔界の門番としての仕事がある。だから、同行することは出来ない。」
そりゃ当然の話だな。……だが、剣士でもないのに魔剣を携えて歩き回るのは、正直言って遠慮したいのだがな。
「ロイ、なんか困ったことでもあるのか?」
あ、コイツが居たな。
「なぁシュリよ、スミレも人間の姿に化けられたりはしないのか?」
「あぁ?なんだそんなことか~。ニヒヒ♪」
う、その笑い方、まさか……、
「簡単なこった!アタシを誰だと思ってやがるんだい?」
わざわざ背中を向けて三歩歩き、満面の笑顔で振り返りながら、
「願い、叶え、賜え、って言えば、事足りるんじゃね?」
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まただ、また硫黄の匂いだ……クソ。
「何だよ何だよ、またオメーかよ。どーだいシュリの調子はよ?よろしくヤッてんのか?あぁ?」
口の悪い魔神が出てきたが、今回は少しだけ、大きい。
だが、まだ膝下にも満たない背丈なので迫力は薄い。
「んー、しっかし毎回湿気た願いばっかだな、テメーは。魔剣の擬人化なんて、どんだけ日照ってんだよ?全くよー。本気でガッツリ願い事すりゃ、世界の半分位はくれてやんぞ?その位の欲望持てよバカ。」
口汚く罵りながら、俺から親指の爪位の光る珠を吸収する。
「……あ、これは○○○(俺には聞き取れない)様、お久し振りでございます。」
ガルゴスがやたら畏まって挨拶する。あ、そうか、コイツら仲間か。
「おぅ、ガルゴスか。オメー位なら何時までもこんな閑職じゃ勿体無いな。俺様から言っておいてやろーか?」
「いえ、今はまだ……ですが、このガルゴス、然るべき魔剣を手に入れたら、必ず返り咲きますので、それまでお忘れなきように……」
「ん、オメェのそーゆう頭固いとこは嫌いじゃねーが、もー少し世渡り上手になれや。それじゃ、マシな役職に就いたらまた会おうや。」
消え行く魔神の背中を、何時までも頭を垂れて見送るガルゴス。
……早く、新しい魔剣を手に入れるとするか。
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「はぁ~ッ!!久々に日の光を目の当たりにしてます!」
スミレがニコニコしながら傍らを歩く。
少し長めの髪の毛は、よく言われる濡れ羽色ってとこか。
結局また擬人化した魔剣が一振り増えてしまった。
どうしよう、このまま、増え続けたら……。
ま、それもいいか。
「ほら~、ロイにスミレ!遅せーぞ!先に行ってんからな~ッ!!」
先を行くシュリ。
「……本当に有り難うございます。ロイ様が関わって下さったお陰で、こうしてまた……」
「感謝は大切だが、程々にしてくれ。スミレはまだ完全に自由って訳じゃないからな。」
「……ハイ。でも、」
「お前なぁ……、?」
すると、きゅっ、と腕に抱き付きながら、
「いずれ、感謝の気持ちを、受け取っていただきますからね……♪」
……それっ、て、
言いながら、少しだけ背伸びして、目を閉じたスミレの唇が近寄ってくる。
フワリ、と風に舞う髪から、スミレの名らしく美しい薫りが漂う。
「……こらぁ~!!遅いからと思って戻れば何乳繰りあってやがる!アタシのロイを横取りすんじゃねーぞ!!」
「いつから俺はお前の物になったんだよ?」
騒ぐシュリ、それを見て気まずそうに、でも嬉しげに微笑むスミレ。
暫くの間だが、道連れが一人、いや一振り増えたな。
さて、その3ではどんな魔剣に出会うのか?