「風切りのレン」その3
今夜も魔剣とラブラブタイム♪もちろん他人からはただ砥石で研いでいるようにしか見えません。
「あの、一体なにやってんのよ?」
ジルチは、男が無言で(剣との対話中は一切の発言をしません)【風切りのレン】をいじり回すのを見て不安になる。
「ジルチ、邪魔しちゃダメよ……職人って、集中すると、無言なんでしょ?たぶん。」
ジーニアスは慎重派。
見守る中、とうとう男は【風切りのレン】の穂先を外してしまい、そっと持ち上げ、傍らに置かれた砥石へと載せる。
「ほら!ジーニアス、この薄らバカ!レンをぶっ壊しちまったぜ!今なら間に合う!取り返さないと!」
そう言いながらジルチが渾身の力で肩を掴んだが、男の身体はびくとも動かない。
「え……あれ?なんだコイツ!この変態野郎!何をやりやがった!?」
慌てて前に回り込み、覗き込むと、
「な、な、何よコイツ、目ん玉が光ってる……。」
慌てるジルチが叫ぶので、ジーニアスも見てみると、
「嘘ッ!!……この人、魂は結界の中だけど、身体はここにある……こんな人初めて見たよ……。」
二人はどうすることも出来ずに、ただ成り行きを見守ることしか出来なかった。
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「……案外、優しいんだね……。」
レンは、この怪しい男が、魔剣の扱いに慣れていることに驚いた。
大抵はおっかなびっくりか、怖々といじり回す位にしか扱われなかったのだが……、
(コイツは、私を一振りの魔剣として、大切に扱ってくれてる……。)
自らの心境の変化に戸惑いながら、次第に心が動いていくのを自覚していた。
(コイツになら身を委ねても、いいのかな……?)
「ねぇ、あんた。……その、笑ったりしないよな?」
「何が?言ってみなよ。笑ったりなんて、しないからさ。」
「……私、実は………、初めてなんだ。男に、その……研がれるのは。」
「何を言うかと思えば……当たり前だろ?魔剣なんだし。」
男はレンの起伏に富んだ刀身に指を滑らせる。
「……んぅ、待って!まだ、心の準備、ってのが……」
「レン。怖がることはないさ。誰だって、最初に研がれる時は同じなんだぜ?」
緊張するレンの心を解きほぐすように、優しく刀身に沿って掌を滑らせ、峰から裏側まで、優しく愛撫する。
「……はぁ……ん……あんた、本当に……私を、研ぐつもり、なんだね?」
「今更何を言ってるんだ?同じ場所に魔剣が居て、研師が二人きりで、居るんだ。そうしたら、することは一つだろ?
俺は……お前を、研ぎたい。」
言われた瞬間、レンの頭の中は、真っ白になった。
……そうか。私はこの男に、研がれる為に生まれてきたんだ。
「私が魔剣でも、お前は……研いでくれるのか?」
「バカ言え……お前みたいな美しい魔剣なら、俺は絶対に、研ぐ。」
幾度も自分の真核を貫くような、真っ向勝負の台詞を聞かされて、
……少しだけ照れながらも、レンは生まれてきたことを、喜びの中で実感できた。
「判ったよ……あんたになら、私を研いでほしい。全部、ちゃんと研いでくれるよな?」
「任せろ。全身全霊かけて研いでやるから、心配するな。」
「……うん。……おねがい。」
……もう、二人の間に言葉は要らなかった。
既に散々焦らされたレンの刀身は、熱を帯びて火照っていた。
その身がベッド(砥石)の上で優しく動かされ、潤った刀身へと手が伸びた瞬間、レンの中で、何かが弾けた。
「……んぁ!だめ!まるで、私の刀身じゃないみたい!!」
レンは生まれて初めての感覚に、思わず声をあげた。
「……や、はぁ……上手、なのね……あんた、手慣れすぎてて何だか、怖いよ……」
その男の手は、鋭い刃先や切っ先もものともせず、レンの複雑な刃先の谷間や、膨らんだ湾曲部も丁寧に研いでいく。
「……ん、……ん、や!……そこは……、」
そしてついに、一番大切な、接触点へと研ぎが進む。
「あぁ……もう、ダメ!いいわ!研いで!私を……」
「……ん?レン、どうしたんだ?……自分からどうして欲しいか、言ってごらん?」
暫し躊躇したが、ついにレンは……呟いた。
「……お願い!もう我慢できないの!私の……、一番大事なところを、研いでください……!!」
「上手に言えたね……えらいえらい。ご褒美に、ちゃんと研いであげるからね……いい子だ。」
「……っ!!……はぁん!わ、わたし、研がれてるぅ!!……あぁ、んふぅ!!」
とうとう我慢の限界に(何のだ?)達したのか、感極まってレンは叫んでいた。
「お願い!このまま研いで!もっと、研いで!あぁ……んッ!んぅ!」
とうとう切れ味の絶頂に近付いたのか、息も絶え絶えになりながら、
「ねぇ、先に切って………いい?……私だけ先に切っても……はぅ!」
「あぁ、構わんよ?お前が切れなきゃ、俺も研いだ甲斐がないからな。」
そして遂に、レンの限界がやって来た(なんだそりゃ)。
「あ!あ!切っちゃうぅ!私、切っちゃうよぅ……!!あぁん!」
艶やかな声をあげながら、とうとうレンは至福の瞬間を迎えた。
「…………ッ!!…………ふあぁ……んふぅ……。」
しばらくの間。レンはベッド(砥石)の上で、荒い息をしていた。
「……はぁ、はぁ、……ごめん。私だけ先に切れるようになっちゃって。……それに、せっかくのキレイな砥石を、こんなに濡らして……汚しちゃった。」
「気にしなくていいさ。これはな、研げば出るもんだ。それに、汚れじゃなくて、砥石と刀身が重なれば必ず出る物だから、全然心配することないさ。」
「優しいね……あんた。……でも、もう……、」
レンは涙目になりながら、男に抱きついた。
「……哀しいけど、研ぎ終わったから、もうお別れなんだよね……。」
「気にするな。お前が頑張って斬りまくって、また会えれば必ず研いでやる。約束するさ。」
「……本気に、していいの?」
「あぁ、約束だ。お前みたいな魔剣なら、喜んで研がせてもらうさ。」
「…………!」
二人は訪れた別れの瞬間を、忘れぬように強く抱き締め合った。
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「……で、あんた、レンのことちゃんと研いでくれたの?」
一人でぶつぶつ言いながら、黙々と研ぎ続けていた男にジルチは疑いながら尋ねる。
「ま、見てもらえば判るってもんだよ。ほれ!」
元の柄に戻し、カバーをかけた【風切りのレン】を差し出す。
「……自信たっぷりなのはいいけどさ、ダメだった時は承知しないからな?」
ジルチは受け取りながら、穂先のカバーを外す……
……瞬間、一陣の風が刀身から吹き出し、眩い光が刀身から弾け飛ぶッ!!
「なっ!これは一体……本当に、レンなのか!?」
思わず叫びながらジルチは、慌てて酒場から(その場で研がせるとは……)走り出て、表通りに面した空き地の端に、見つけた岩くれを前にして、
「……風切りのレン、あんたの本当の力、見せておくれッ!!」
烈迫の気合いと共に振りかざされた一刀は、硬い岩はおろか、下の地面まで切り裂き、真下に深々と突き刺さり、止まる。
「ひぇ……ジルチ!!これが……風切りのレンの、本当の威力なんだね……。」
ジーニアスは思わず呟いた。
その後、長く語り継がれる二人の英雄譚は、その時から始まったのだが、
……その一振りの魔槍に秘められた、一人の研師との出会いは、二人だけの秘密であった。
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【風切りのレン】
その魔槍は、名前の通り振りかざせば風を切り裂き、敵対する相手を容易く退ける絶大な切れ味を誇る。
代々槍の使い手に伝わってきた秘宝だったが、父親が死去した折りに金に目が眩んだ放蕩息子が売り払おうとした為、武術の心得もなかった長女と次女が持って出奔。
現在は技量も充分蓄えた長女の手により、様々な奇跡を起こして今に至る。
「はぁ……またつまんない物、切っちゃったなぁ……。また、研いでほしいなぁ……あのバカに。」
次回は「聖剣・王殺し」を研がせていただきます。