三股槍(トライデント)
何だかサクサク書けるのは、慣れた作品だから?それともエロチックだからかな?
その武器が典型的な水属性の物として認知されているのは、単純にイメージだけの物であり、本来ならば一本の返し付き若しくは返しの無い複数の刺突部が並んだヤスの方が魚の狩猟には適している。
ただ、間違いなく言えることは【魔剣】という存在が、象徴的な姿をしているのみ、ということも稀に有る、つまりそういうことである。
ロイは未だに弓矢の組み合わせの魔剣は見たことは無いが、極めて稀に弩の魔剣も存在している、と言う噂は聞いたことがあった。
ただし、その大半が男性の魔剣らしく、同性の魔剣を研ぎたがらないロイにとっては限り無く縁遠い代物だということは間違いなかった。
今は只、目の前に在る三股槍の魔剣【オルカ】を研ぎ、その錆を落としてやること、そして出来るならば、研ぎ直してより強い魔剣に……なるのかは判らないが、やるべきことをするだけである。
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「……何というか……色々と御馳走様です……」
「フフフ♪……御疲れ様。流石は研ぎ師ね……手慣れている、と言うかよく判ってる、と言うか……」
心底疲れきり、息も絶え絶えに近いロイと、相反し艶やかさを増幅させ全身から滴らんばかりの色香を放つオルカは、嬉しそうに労いながら小屋に幾つか仕舞われていた衣服を身に付けつつ、ロイの傍らに立った。
簡素な白い貫頭衣と紅珊瑚の髪留めを着けたオルカは、やや苦労しながらも器用に魚類の下半身と腕を使い、ロイに近付くとそれでは改めて……、と言いながら研ぎ易いように貫頭衣を捲り上げながら刃先を露にすると、
「疲れて居る所、悪いとは思うけど……この機会を逃したらきっと、錆を落とすことが出来なくなりそうだから……お願い出来る?」
耳元に懸かった髪の毛を指先で掻き上げながら、オルカはロイに懇願する。その姿には、最早最初の頃の幼さや未熟さは片鱗も無く、一振りの立派な魔剣としての自信と気品を兼ね備えていた。
内心、ここまで彼女が変貌するとは思っていなかったロイは、別の方法で命の糧を送り込む方法に、一抹の不安と罪の意識を感じてしまった。そして、幾多の夜を共に過ごしてきた二振りの魔剣がそうした変化の片鱗も見せないことに、(どんだけ底無しなんだよ……)と呆れもしていたのだが。
さて……それはともかく、ロイはすっかり中断していた研ぎの作業を再開することにした。表面の錆は荒目の研ぎ粉を混ぜた軟膏(勿論人間に使うような代物ではない)を擦り込んでから麻布で磨き、うっすらと地金が見えて来たら次の中目、そして細目と細かさを変えながら丁寧に磨き、手間と時間を掛けながら錆を綺麗に落としていく。
そうした作業を続けながら気がついたのだが、彼女の錆は……どうやら内面的な【抗う為の力】が欠如していたことに原因が有りそうだった。何故ならば、こうして魔力を補充された状態のオルカは、驚く程に刃先の艶が甦り、作業に没頭していた彼の汗がそこに落ちると、球のように即座に弾かれてしまうのだ。
しつこい筈の錆びもまるで自分から退場するべきだ、と言わんばかりに簡単に取り除かれ消え去り、見る間に輝く刃先を取り戻していくのである。
すっかり綺麗になったオルカは、作業の手を止めたロイの額にうっすらと光る汗を微笑みながら拭うと、
「ありがとう……お陰様で身体の調子もすっかり良くなって……ねぇ、ロイ。是非ともお礼をしたいんだけど、一つ頼まれても……いいかしら?」
彼の首に腕を回しながら抱き着き、自分を抱えるようにお願いしながら、耳元で囁くようにそう告げると、そのまま二人とも【魔剣の領域】から現世へと戻っていった。
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時間を経て朝焼けに近い陽の光りに包まれながら、ロイとオルカの二人は波打ち際の船上へと戻って来た。
「それで、お礼をしたいってそれは……どうやって?」
「そう焦らないで♪……実は私もどうすればいいかは……良く判らないんだけど、もしかしたら……って位なの。だから、余り期待はしないでね?」
そう言うと二本の足で立ち上がり、先立って船縁から砂浜に降り立ったオルカは、ロイが降りるのを見届けると彼の手を引き、そのまま波打ち際から海中へと進み、ロイを驚かせる。
「いやっ!?ちょちょちょっと待ってくれ!……こんな朝早くから海水浴だなんて……っんぐ?」
慌てる彼が波打ち際へと足を向けようとしたその時、オルカは身を挺して彼を停めるや否や、唇を重ねて口を塞ぐ。そのままロイの身体を海中に引き込み彼を慌てさせたが、不意に感じる違和感が更に彼を混乱させる。
《……おっ!?重い……いや、重いなんてもんじゃないっ!!》
首に掴まったままのオルカはその身の重さを倍加させ、グングンとロイの身体を海中へと引き込んでいく。息が切れかかり閉じたままの瞼にチカチカと光が瞬き出した瞬間、首にぶら下がるオルカが再度唇を重ねた時、その唇から予想だにしない物が溢れ返り、それにより彼は彼女の能力を確信した。
……それは、空気だった。彼が海中で最も欲し、最も必要としていた空気が、彼女の唇から噴き出して彼の肺を満たし、即座に酸欠を解消する。
ロイは信じられぬまま、固く閉じていた瞼を開けると、何らかの能力的な付与が働いているのかくっきりと歪みなく海中が見通せ、そしてオルカの姿を目の当たりにして嘆息する。
彼女は海中で姿を変え、魚体の下半身になっていた。そして艶やかな黒髪は緑がかった色に変わり、海草のように柔らかく波に揺れている。その髪の毛には細かい気泡がまとわり付き、キラキラと真珠のように輝いて光っていた。
海中で言葉が交わせたなら、ロイは彼女に感謝の意、そして彼女の美しさを素直に伝えたかったのだが、それは出来ないことである。そう思った瞬間、彼女の顔が近付いて彼の額に自分の額をそっと、圧し当てると……、
(……驚かせて、ゴメンね……私もこうすればどうなる、ってハッキリは判らなかったから……でも、見せたかったの……こんな海の中を……)
彼女の思考が直接伝わるのか、頭の中に響く彼女の意思がロイにも判った。そして彼女が指差すその先の光景に、彼は文字通り釘付けとなった。
……波間から降り注ぐ朝陽の光が射し込み、海底は淡いオレンジ色に染まりながら、深く陽の光りが届かない深さは濃い水色とも菫色とも言える色彩に塗り分けられていた。
そして頭上で弾ける波は白い気泡を纏いながら岸に向かって流れ続け、様々に形を変えながら動き続けている。
そんな幻想的な真下から見上げる海面と朝焼けの色彩に、白い頬を朱に染めながらゆったりと泳いでロイを導く、美しいオルガの後ろ姿。その全てが彼の心を揺り動かした。
朝早い時間帯の為、色鮮やかな魚達の姿は見えないけれど、早起きの鯨達が遠くの沖へと向かって優雅に泳いで行く。
その泳ぐ姿は一種の神々しささえ感じられ、ロイは誘われて初めて海の内側から朝焼けに染まる景色を見たけれど、その光景全てが彼に深い感銘を与えたのだった。
その視界の隅に、先程まで泳いでいた鯨とは明らかに違う生き物がゆったりと全身をくねらせる様にしながら、二人に向かって泳ぎながら近づいてくる。
それは恐ろしい程の巨体を誇る海竜だった。ゆらり……ゆらり、と尻尾を振りながら泳ぎ近付く姿は在る意味ユーモラスではあるが、その全身からは強壮な生物特有の強烈な圧迫感を放出していた。
ゴツゴツとした頭部には二本の角が背中に向かって伸び、身体に沿わせて棚引かせる手足には太く黒い爪も、黒曜石のような冷たい光沢を放っている。その巨体なみるみるうちに眼前に迫って来て、ロイは死すら意識したのだが、傍らに寄り添うオルカを見つけた瞬間、まるで見えない壁に阻まれたかのように動きを止めて、回れ右して逃げるように離れていった。
(……恐がらせてゴメン……あいつ、一度縄張り争いでやり合った仲でね……ああ見えて結構人懐こいから、いつか機会があったら……って、やっぱり恐いよね?)
そう伝えながら彼女はロイに息を口移しで与えると、岸に向かってロイの手を引きながら泳ぎ始めた。
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海中から波打ち際へと海底を歩きながら進むと、先の陸地に二人の人影を見つけ、ロイはやがてそれがシュリとスミレだと気付いた時、オルカは彼に手を振りながら、
「あらら……もてる男は大変ね……でも、また機会があったら色々お願いするわね?……気前の良い研ぎ師さん♪」
と声を掛けながらロイから離れると、静かに波間に姿を紛れさせ、そのまま海へと消えていった。
「……おいこらロイッ!!夜更け過ぎに居なくなったと思ったら、何時までほっつき歩いてたんだよ!?」
「ロイ様、御無事でしたか?……海がどうかしたのですか?」
シュリとスミレに出迎えられながら、ロイはオルカの消えた海を暫く眺めていたが、ふと気付いて二人に問い掛けた。
「なぁ、二人とも……魔剣って、泳げるのか?」
「……はぁ?魔剣なんて鋼の塊みたいなモンだぞ?泳げないに決まってるじゃん!!」
「……残念ながら、湯船より深い水に浸かったことは有りません。それが掟、みたいにきつく言い付けられて来ましたから……」
……そっか、そりゃ残念。そう思いながら、どうにかして二人にあの美しい海底の景色を見せてやりたい気持ちと、またあの不思議な魅力を備えたオルカに会えたら良いな、と思う気持ちが攻めぎ合い、波に浮かぶ笹船のように揺れ動き浮き沈みしていた。
まぁなろう小説ですからね……ちなみに現在進行中の新作は、エロイヒロイン(たぶん違うが……)が出るので楽しく書けそうです(笑)
って研ぎ師のあとがきになってない!?
それじゃ、次回も研ぎますのでお楽しみに!!