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研ぎ師と魔剣の物語  作者: 稲村某(@inamurabow)
第五章デフネ今昔他・篇……綺麗なお義姉《ねえ》さんは好きですか?
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「鋼鉄の覇者」その四

ルートの自分語り。



 淡く切ない思い出は、大抵の人間にはあるものだ。



俺の場合は《鮮明で身を切るような》思い出だが。


……スミレと名乗る名刀は、やはり即座に俺の泣き所を突いてきた。その切れ味はもう魔剣ではない。その推察力は切れ込み突き刺さる三角刃の矢じりの如くだ。



彼女の案内に敬意を表する為に、俺は自らの身を切ることに決めた。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



案内された先は、(院長執務室・騒がず慌てず(みだ)らな行為を禁ず)と、眼を疑うような注意書が追加された板が張り付いていた。……一体どこの誰がここで淫らなことを良くしているのか?



「……さぁ、お入りになってくださいな?……でないと私が淹れるお茶が飲めませんからね?」


スミレさんにそう言われると何故か長閑(のどか)な気持ちになり、不要な抵抗は止めにした。



部屋の片隅に置かれた台の上に、いつの間にか熱いお湯が用意されていて、それを用いて茶器と器の両方をスミレは温め始める。


「……この御茶の葉は、酸味よりも苦味の強い味なんですよ?……昔は嫌いだったのですが、今はこうして気に入っていますので……、」


カチャカチャ、と器同士が触れ合う音を聞きながら、湯気の向こう側に浮かぶスミレの横顔を見ていると……、



「お待たせ致しました……さ、冷めないうちにどうぞ」



濃い茶色と対比を成す白い器。その味と香りは……?


「…………っ?…………、……。」


無言で口に含み、鼻で息を吸ってから止め、暫く香りを鼻腔に溜めてから嚥下する。


「……美味しいですね……高いのでは?」


「さぁ……?私には御茶の値段は判りません。貰い物ですから……王様からの。」


値段は……の所で自分でも判る程、膝に載せていた肘を滑らせる。……スミレさん……アンタって人は本当に……変わった魔剣だよ?



そんな俺の姿を見ながら一(しき)り笑った後、「……ルートさんの姿を見ていると飽きませんね?……どことなくロイ様を思い出します……。」


……ロイ?…………さて、()()()の響きだが……?ま、俺の知り合いでもない人物ならば、言うことは別に無い。



さてそろそろ……スミレさんに白状するとしようか……。


「……正直言えば、俺は孤児院の出身、だった……あぁ、ここよりも少し小さかったかな?教会に併設されていた施設だった、から……」


遠い昔の思い出は、色褪せず今でも鮮明に……俺の脳裏から消えたりはしない。


全て消えて欲しいと願ったことはある。当たり前だ……、



「……何せ、高貴な身分の方々(・・・・・・・・)に、希望する種類の……召使いを供給する為の設備を……兼ねていたんでね……食うには困らなかった。」



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



その孤児院に俺が寄越されたのは、まだほんの小さな時だった。


両親が火事で命を落とし、幼い兄と二人で焼け出されていた時に拾われた。その事は感謝している。……あの糞坊主には……な。



その孤児院がかなり【特殊な性癖や目的】を持つ、やんごとなき人種の為の養成所だと気付いたのは、俺の兄が糞坊主の餌食(・・)になった時だ。……まぁ、何時かは俺もそうなるんだろう、とその時は思っていた。


……妙だと思ってはいた……決して資金も潤沢には見えないその教会には、見知らぬ荷物が毎朝届き、俺達は常に飢えとは無縁だった。昼下がりには茶の時間すら有った位だ。



しかしそれは、目的に応じて……目当ての子供が痩せ細ったりしないよう、キチンと管理育成させる為に、後ろ楯となっている連中が投資をしていた為だったんだろう。


その代わり、その孤児院は《苗をさっさと刈り取り納品する場所》だったようで、兄は体型がしっかりと肉付き始めると、間髪入れずに【仕込み】を始められたようだ。



当時の俺にはさっぱり判らなかったが、兄は神父の部屋から無言で帰ってきては、俺に向かって「諦めてせいぜい旨い物を食べておこう」とだけ言っていた。それはそうだ、とそんな風に俺は聞き流していたっけ。


……その施設には十人の男児と、二人の女児が囲われていた。男女問わず仕込みは十歳から始められるらしい。それが顧客によって前後する事はなく、皆同じだったようだ。


……俺も十歳の時に、まぁ何度か神父の手で【仕込み】をされたな……ただ、俺は最後まで染まらなかった。そして……暫くした後、



俺は……兵隊に売られた。貴族相手の慰み物ではなくて、ただの使い回しの道具扱いで、ポーン、と軽く……。


その軍隊は……まぁマシな所らしかった。もし……男好きな連中ばかりの所だったら俺はたぶん、じきに死んでいただろうな……そんな話も後に聞いたが。



その軍隊は、男に尻を使わせるようなガキをタダで飼っておける程に暇な場所ではなかった。つまり……どんな奴でも構わないから役に立て、そんな場所だった。


……非力なガキが人を殺す方法?……簡単さ。罠に掛けて矢で狙う、さ。


俺はまず弓矢の使い方を仕込まれた。次は頑丈な足絡めの使い方。そして、木や茂み、時には(むじな)の類いの巣穴に隠れたまま、相手を射殺す術まで……を、徹底的に。繰り返し繰り返し、何回も、……何度も。



厳しく指導はされたが、教えてくれた連中も俺と似たような境遇だったんだろう。逃げ出したくなるような意地悪なことはされなかった。しかし、その教え方は徹底的に、尚且つ実践主義で……だったが。


俺に付いた教官は、ほっそりとした髪の短い男のような娘だった。……ただ、それは軍隊では不要だったから、女らしさって奴を投げていただけのようで、時折は街に出向くようなことがあると口紅位は指して行ったのだから、誰かと会ったりはしていたようだ。



「……レーベだ。お前に教えることは単純だぞ?鬼ごっこしながらかくれんぼして、弓矢で射る、それだけだ。ただし、捕まったら死ぬ。……な?簡単だろ?」



レーベ、が名前だと気付いたのは暫く後、他の連中に名を呼ばれて振り向いたから、だった。ひたすらに自分語りをしない女だった。


でも、腕と技術は確かだった。元は狩人の娘だったらしく、暇な時は俺に勢子(獣を追い立てて猟場に追い詰める役)をやらせて獣を狩る時もあった。俺に小さい頃から馴染んだことを教える時の彼女は、優しくて誇らしげだった。勿論、解体も自分達でやらなければならなかったが、苦痛ではなかったな。


後ろ足に縄を掛けて吊し上げて首の付け根から血を抜き、そのまま皮を剥がして肉にする。言うのは簡単だか、知らないと胆嚢を潰して肉を台無しにしちまうからな……ま、レーベは小刀一本で器用に関節も外したし、上手なものだった。



そんな日々も、唐突に終わりを迎えた。部隊の再編と、技量選定。つまり、俺は別の部隊へと異動になった。以前から年齢に釣り合わない技量の持ち主をかき集めた部隊の編成の噂があった。そこに投げ込まれた。





……そこは正に、毒虫の坩堝(るつぼ)だったよ。



次回「鋼鉄の覇者」其の五に続きます。

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