「鋼鉄の覇者」其の弐
お久し振りの更新です。新キャラ?
風を切る音が耳元を掠めていく。避けたとはいえ、その蹴りには殺意が籠っている。俺の背後の壁がズシン、と揺らぎ、土壁からパラパラと破片が落ちる。
「避けないでくださいませ?そうすれば一瞬でこの試合も終わりますから」
スミレの冗談は全く笑えなかった。終わるのは試合じゃなくて俺の人生そのものだろう……。
その小さな身体から信じられない程の破壊力を発揮しながら、スミレは度々俺を死地へと追い込むのだが、
「……あなた、本当に一介の兵隊さんなんですか?どうにも腑に落ちません……」
当の本人は、俺が未だに有効打を一度も貰っていないことを不審がっていた。ま、それを受けたらこっちは一撃で沈むだろうけど。
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俺は膠着した状況下で、この凶悪な破壊力がどこから生み出されているのか分析していた。
【……君はいつでも冷静さを欠かないな。それは武器にもなるし、弱点にもなる。自覚することが大切だ】
軍人になって月日が流れたある日、俺の部隊に欠員補助の穴埋めとしてやって来たイワン。彼は魔剣、だった。
その醜悪な見た目と裏腹に、話してみれば多少皮肉っぽい所もあったが結構な好人物だった。ヴァルノ国の人間の大半は、国策としての魔剣隔離管理のせいで魔剣に対して寄り付かなかったが、俺はイワンとよく話し、そして時には教えを乞うことも多かった。結論から言うと、イワンは強かった。
「君は力み過ぎだな。呼吸を増やして力を抜きたまえ。その方が強く打てる」
彼の細い手足から繰り出される打撃は、信じられない程重く、そして強かった。鞭のようにしなり、砂袋のように芯に堪えた。
「前に動くんだ。打撃を匂わせたら前、そして直ぐに左右に動く。有効打を無効にする基本中の基本だ」
痛みを想像して硬直する身体を脱力させ、意識のみで身体を管理する。魔剣だから出来るのだろう、そう当初は思っていたが、自分も次第に理解できるようになると、彼の言っていたことは間違いではなかったと確信できた。
「狙うのは関節だけじゃない、反射を生み出す筋肉を支える筋、そこも有効打を引き出す鍵になるぞ」
骨を打って折るのは不可能に近いが、筋を叩けば反射により動きをコントロールすることも出来る。……もっとも、されていた方が多かったのだが。
一見して荒事ては無縁の学者気取りに見えた彼だったが、その理論と動きは俺の意識改革に一役買ってくれた、と今でも思っている。
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スミレの打撃は全身の動きを直線的な波として連動させ、無駄がなかった。
拳だけではなく、指の第二関節や掌底も巧みに使っての打撃だったが、手から一滴の血も流さずに壁のレンガをも砕く威力を見せつけられると、やはり魔剣といったところか……まさに鋼鉄並みだ。しかし、いくら強靭な拳でも、質量が軽ければ当たり負けする筈なのに、スミレにはそれがほぼなかった。
(……踏み込みの際に身体の軸を回転させている……?器用なことで……)
足首を前方から瞬時に回転させて踏み変え、更に一瞬踵を浮かせる程の荷重移動の連続に、身体の表面のみ魔剣の補正で信じられない程の頑丈さを誇る。
その小さな身体から打ち出す打撃の破壊力は、そんな一つ一つの集約で完成しているようだ。……それを理解できるまで、結構な打ち込みを頂いたのたが。
「……あなたは人間の割りに、随分と丈夫ですね?普通の方ならもう倒れていますよ?」
確かに数発の打撃により、額と鼻から血を流し、目の上等目立つ場所も腫れているようだ。しかし、俺は倒れてはいない。
……意地ではない。ただ、イワンの教えを反芻しながら実践しているだけなのだ。それが延命に繋がり……、
「そろそろお茶の時間です。院に戻らなければなりませんので、終わりに致しましょう」
スミレの言葉を切っ掛けに、俺は一つの賭けに出る。
……小さな身体で倒れない相手を一撃で沈めるなら……内臓への直接的な打撃による反射反応……つまり、身体の中心……!
半身になったスミレは、今までとは全く違う速さで動き、下から捻り上げるような突き上げを俺の腹部へと見舞う……そのまま打たれていれば昏倒は必至……だが!
俺は敢えてそれを身体で受け止める為に、スミレ同様に身体を捻って側面を晒し、脇腹で受け止める……。
ミリッ、と嫌な衝撃が響き、肋骨にヒビが入るのを感じたが……、
驚愕し眼を見開くスミレを抱き抱えるように右腕を彼女の身体へと絡めて「そこまでだ。……君は強い。認めよう」
目の前にいた筈のスミレの姿が消え、背中から掛けられた声を聞きながら俺は、気がつくと膝から地面に着地して意識を失っていった……。
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「済まない……思わず禁じ手を使ってしまった……悪く思わないでくれ」
背中から身体の中心を打ち抜くような強烈な一撃で……俺は文字通り、一瞬の内に意識を刈り獲られていた。
「……頭やアゴを殴られて意識が飛ぶ、ってのは経験済みだが……まさか、【心臓】を殴るなんて……死にやしないのか?」
多少手荒な蘇生術(彼女が似たような打撃を手加減して叩き込んだ)で息を吹き返した俺に、スミレは済まなそうに詫びてきた。
「気にしなくて構わないさ……それより天下無双の魔剣様に、模擬試合とは言え人間くんだりが本気を出させて……あ、いや皮肉のつもりではなかったんだが……」
目の前に立つスミレは、あろうことか俯き加減で心底悔しそうに、
「……全く天下御免状等と浮かれてしまって……これでは申し訳ないことこの上ないばかりで……」
試験は俺の方から保留にしてもらった。確かに士官の道の魅力は不動なのだが……今は少しだけ気になることが出来たのだ。何せ、実際に体験してみないことには答えが出るとは思えない。
「……姑息かもしれないが、その申し訳ない気持ちを理解した上で、スミレ殿にお願いがあるんだが……」
「……お、お願い……ですか?」
さっきまでの内省に満ちた表情から一転し、俺の仰々しい物言いに聞き返す顔色は、先刻まで俺を滅多撃ちにしていた同人物には思えない、若い女性らしい不安と疑問が立ち交ざる表情だった。
……俺は正直、見とれていたらしい……。スミレが少しだけ表情を変化させたことに気付き、それが「……はい?」と言わんばかりだったので、俺は慌てながら、
「……あ、えぇと、唐突で不躾だが、その……スミレ殿が運営していると言う……孤児院を訪ねてみたいのだが……ご迷惑ではないだろうか……?」
「……勿論構いませんとも!!……で、あの……その……」
「如何なさいました?……何かご都合の悪いことでもありましたか?」
口ごもるスミレの態度に俺は、断られるのかと一瞬落ち込みそうになったのだが……、
「申し訳ありませんっ!!お名前を失念してしまって……その、もう一度伺っても……宜しいですか?」
恥ずかしそうにモジモジしている様は、本当に彼女が何百年も生き抜いてきた魔剣……それも、一国の主人が【品位、強さ、そして義に欠けぬ者として認めた証】を授けた者……の筈なのだが……こうして見ていると、ただの娘さんにしか見えなくて、こちらは思わず微笑んでしまう。
「お気に為さらずとも……私は元は厳めしい軍人でしたが、今は無職の身……ルート・ビヤスキと名乗る、一介の根無し草に過ぎませぬ……!」
皮肉抜きに言いながら、照れ隠しで芝居の演技宜しく地に膝を付けて首を垂れる。そんな姿が可笑しかったのか、見上げた俺の眼には、嬉しそうに笑みを浮かべた傷だらけの娘が一人立っていた。
「こちらこそ失礼いたしました!私はスミレ……故あって孤児院を設けた……変わり種の魔剣でございます!」
差し出された手を掴む。細くてしなやか、けれど見れば細かく色濃い傷が至るところに散見できた。
模擬試合の最中から疑問に思っていたが、彼女は左手に長い手袋を付け、一度も左手を使わずに戦っていた。
「気を悪くしたら済まない……その、左手は何故、手袋をしているですか?」
「……これですか?……これは……義手に御座います」
白い手袋を引き抜くと、そこには黒光りする鉄の義手が付いていた。面妖なことに、まるで生きた腕のように滑らかに動き、指先まで右腕と変わらぬ動きを見せていた。
「私の到らぬ腕により、この左手を失うことが御座いましてね……この義手は私の【恩人】がその後に着けてくださったのです……」
恩人、と言うスミレはしかし、何処と無く愁いを帯びた表情を見せたので、おれは一先ず詮索することを止めにした。
「それじゃスミレ殿、御案内していただけませんか?」
「畏まりました、……ルー、ルーズさんでしたっけ?」
「あ、……ルーズです、さぁ!行きましょう!」
……ま、細かい相違だ気にすることはないさ……ハハハァ……。
たまには男も主人公します。……ロイ?誰それ?(嘘です)それでは其の参をお楽しみに。