「鋼鉄の覇者」其の壱
間が開きましたが更新致します。新しいお話になります。
剣は力の象徴。強さは武力、武力は力の証。
剣の才に恵まれた者がその才に自信を失った時、果たして代わりに何がその者の心を埋めていくのだろうか?
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その登用試験は自分にとって、最大の見せ場になる筈だった。
元ヴァルノの国軍に属し、長きに渡り剣の道を歩んできたルートにとって、年齢的にも決して時間的に余裕がある訳ではなく、今を逃して次の機会が有るかは保証はなかった。
試験は二日間に渡り、一日目は知力の試験。地図の読み方や数字の意味、それらを組み合わせての道筋を考慮する等、慣れた事ばかりだった。
二日目は本題とも言える模擬試合であり、これこそが本命の試験と言って良かった。聞いた噂ではヴァルノと違い、才能才覚があれば飛び級扱いで徴用されることもあり、コネのない壱冒険者でも近衛兵団に所属した者も居るらしい。しかもそれは若い女性で魔剣士だとか。魔剣も魔剣士も管理監視されていたヴァルノとは大違いだ。
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模擬試合の会場には正ムルハグ国の若き王、そして妃候補と目される女性が数人後ろに控えて試合を見守っていた。
だが、俺はそこから少し離れた場所に、一人の見慣れぬ姿の女性を見つけた。
年の頃は二十歳前、頭から紫色の頭巾を被り、目許と口許だけを出していた。その顔立ちは異国情緒に富み、大陸生まれで無いことが見てとれた。
若く美しい見た目に暫し目を奪われたが、それは参加者も同様で口々に彼女の話をする者も居た。
「……おい、見ろよ……スミレ様だぜ?」
「こんな模擬試合に立ち会うなんて珍しいな……誰か目星の付けた者が居るのか?……まさかな……」
「……悪いが、あの女性は何者なんだ?」
俺は近くに居た正ムルハグ国の人間とおぼしき参加者につい質問していた。
「……ん?あんた、スミレ様を知らんのか?あのお人は孤児院の院長さんでな?この国で知らん者は居ない有名人だぜ?」
「そうそう!なんせ自分がそうしたい!って決めて、独力で孤児院の立ち上げから運営まで成し遂げた偉いお人さ!若く見えて立派だよなぁ~!」
……そこまで聞いて、俺は急速に落胆した。なんだ、貴族の妾か何かが、慈善事業で名を馳せただけではないか。それがこんな武の場所に身を置くなんて……何が目的だと言うんだ?
俺の中で最早その女性は存在すらしなくなっていた。早く試合に集中しよう、ヴァルノの先遣部隊を率いた手腕を見せつけてやるのだ、そう息巻いていた。
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……結果は三回戦を三勝し、無事に試験は終了した。結果の告知まで暫く時間が空いたので、することがなかった俺は集合場所に早めに行き、結果を待つことにした。
「ルート!お前まさかこんな所に来ていたのか!?」
後ろから声を掛けられて振り向くと、部隊で共に剣を振るった仲間の一人、アクティが驚いた表情で立っていた。
「何を言ってるんだ?お前だって試験を受けに来たんだろう?」
俺は彼の姿を試験の中で見なかったことを不思議に思いながらも、再会出来た同僚に話し掛けた。
「それで、お前は試合の結果はどうだったんだ?」
「……ん、俺は……試合には出ていない……兵士からは足を洗ったんだ……」
俺は耳を疑った。アクティは俺には劣るが、それなりに腕の立つ奴だった。それが……国が傾いた時に新たな道へと身を投じたのなら、何故に剣を捨てるような選択をしたのだ?
「アクティ、冗談は止せよ……お前位の奴なら他の国でも十分に通用するに決まってるだろう?」
「……あぁ、普通の国だったらな……」
やや沈んだ表情で、アクティは呟くように話し始めた。
「俺もそう思って、少し前にここで試験を受けた。だが、確かに合格は出来たが、一兵卒としてしか徴用されない、と言われてな……寡兵として若者と共にやるしかない、と言い渡されては余りに情けなくて……そんな折に、城下で警備の仕事に就ける者を探している、と言われて直ぐに手を挙げたのさ……」
「警備……近衛兵団ではなく?」
「あぁ……魔剣士以外では難しいらしい……お前もここで一旗揚げようと思っているなら、魔剣の一つも持っていないんじゃ話にならないと思うぜ……?」
やや卑下した言い方が気に食わなかったが、ヴァルノとは逆に魔剣士が多い、と言うことは俺達みたいな一般兵では難しいのか……?夢をへし折られたような気がして、心の中が急速に冷えていった。
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……案の定、と言うか……アクティの預言通り、俺は一般兵として徴用予定なのだと聴かされた。俺は思わず声に出し、
「……結果は三回戦って、三勝だったんだろ!?だったら……一体何のために模擬試合なんてやったんだ!!」
周囲に居並ぶ他の被試験者達は静まり返り、俺は自らの声の残響を遠く聞いていた。
言ってしまえば此方の物だ……もう怖いものなんて無かった。
「俺が……昔は敵対したヴァルノの元兵隊だと知って、こんな扱いを受けていると言うなら……俺は……」
「そこまでになさい、その者!」
俺の声を遮ったのは、あろうことかあの頭巾の女性、スミレとか言う若い女だった。
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「……気持ちは察します。しかし、この試験はあくまで各々の技量を見極めるのみであり、一般兵として徴用されて、そこから頭角を現せば必ずや昇進するものだと伺っています。で、あるならば、貴方も然るべき実績を積めば直ぐにでも……」「御解説痛み入ります……なれど俺は、いや……もういいです……」
自信過剰だったのか?歳に追われて勇み足だったのか?
試験の場でこんな目に逢うなら来なければ良かったのかもしれない……。俺は踵を返して会場を去ろうとした。……が、
「其程に自信がおありなら……私が試験致しましょう。異存は御座いませんね?」
再度耳を疑った……まさかどこぞのご令嬢だか妾だかが、兵士の試験に手を出すとは……正気か!?
「では、只今から始めましょう。暫しお待ちくださいませ……」
言うや否や、頭巾を取ると見物台の縁に手を掛け、一瞬で身を投げ出し、決して低くはない高さを軽々と飛び降りる。
その服装は見物台の縁で見えていなかったが、明らかに動きやすさを考慮した裁縫と仕立てで、世に言う【野外活動服】に近かった。
その姿に暫し茫然としたが、改めて見るスミレの容姿は低い背丈、細い身体と肉付き、そして長く艶やかな黒髪と異国の子女を彷彿とさせる。
だが、その小さな蕾のような可愛らしい口許から発せられた言葉は、俺の度肝を抜いた。
「さて、貴方の得意な武器を使いますか?それとも、お互いに無手で遣り合いますか?」
「……全くもぅ……スミレさん!少しは落ち着いてくださいよ!!いきなり【魔剣】のあなたが相手するとか無茶もいいとこでしょうに!!」
驚くことに、正ムルハグ国の若い王の取り巻きの一人の女性が、やや興奮気味に立ち上がりながらスミレに向かって怒鳴ったのだ……いやいや、そうじゃない!!……【魔剣】のスミレ……?
「……申し遅れました、私は元、焔の国の【護国の魔剣】壱の太刀……将軍直々の天下御免状拝命のスミレ、と言う者で御座います……今は皆様からの支援を受けながら、此方で孤児院の院長を務めております」
…………なんだと?……【護国の魔剣】…………壱の太刀……!?
……何故!?何故にそんな強者共が裸足で逃げ出すような化け物が……孤児院なぞ……!?
「ま、こんな状況で御座いますし、王の手前です。無手にて御相手致します。さ、ご遠慮なく……」
両腕は緩やかに手前に抱えるようにし、指先は両手の親指と四指で輪を作るように合わせながら、独特な構えを取り、
「……鋼は熱いうちに打て、と申します。貴方が強い思いを持って立ち向かうならば、私を通してこの場に居合わせる御仁にも必ずや伝わることでしょう……先程の熱意が冷めぬ内に……参られい……ッ!!」
「……ッ!!元ヴァルノ先遣部隊、ルート・ビヤスキ、参るッ!!」
俺は渾身の力を籠めて地を蹴り、無手のままスミレに一歩踏み出す。
そう、武器を持たない者に武器を持って挑みかかるような卑劣な奴なら、きっと試験でなくても断られて然るべき、だ。
しかし、確かに俺の心意気は彼女に伝わったのだろうが、その奇妙な構えが力の受け流しを目的とする武術の一つなのだ、と気付いた時には遅かった。
彼女の肘の脇の衣服を掴んだ瞬間、華奢な反対側の手が一瞬で俺の手首を掴みそのまま回転、俺は身体の外側に向かって足払いを掛けられて勢いよく振られていた。
……そのままなら体勢を崩して頭から着地していただろうが、有る意味予想内だったので自ら側方跳びする為に肘を引き付け身体を丸め、掴まれた手首をしっかりと逆に掴み返してスミレを投げ返す体勢を作る。
だがやはり相手も強か、投げられると見るや素早く俺の衿元に手を伸ばして【かいな取り】を狙い、投げられる勢いを利用して首を締める手段を選ぶ。
悪いが、俺は出された物を黙ってそのまま着る性分ではない。首を竦めて衿元を掴ませたまま、素早く腹の前の紐を引きちぎるとそのまま前に転がって逃れた。
「……驚きました……まさか、この服に仕掛けを施しているなんて……侮った私に落ち度がありましたね」
手に残った服を投げ捨てながら、感心したように佇むスミレに、
「こんなこと、普通じゃ教わらないぜ?先生が魔剣で本当に良かったと思ってるさ……」
「……宜しければ、そのお方の御名前を伺っても?」
「……イワン、とか言う変わった魔剣だったよ……顔を引き剥かれた可哀想な奴だったが……な」
「……成る程……どことなく……そういうことでしたか……」
彼女の纏う気、と言う奴が、その瞬間変わったのを肌で感じ取る。……殺気、に近いそれは、俺が今まで感じた何よりも冷たく、そして射し込むように俺を射抜いた。
「……それでは、此方も本気で御相手つかまつります」
それでは次回「鋼鉄の覇者」其の弐をお楽しみに!※※一身上の都合により、更新速度が若干遅くなります。しかし決して止めるつもりは御座いませんので、御支援お願い致します※※