「三者揃い」其の四
六時に起きて仕事なのに……愛読者の週末を彩る為に更新!
力を振るうことを躊躇しない。私はマーシャ。出来ることは唯一つ。
アイシャみたいに魔導のような手間暇の掛かる遊びはしない。
ダーシャみたいに鋼鉄を弄ぶような物任せの遊びもしない。
私は直接、手足を、そして力強い顎を使って全てを終わらせる。
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「バッカじゃないの!?私の覇邪の剣は……この世界ごと、一振りで廃墟にしちゃうよ?」
異世界の女は牽制するように赤猫の顔面を薙ぎ払いながら後ろに跳び下がり、黒い剣を背後に構え、水平断ちの態勢を取る。
「面白いじゃないの!じゃ、やってもらおーか?その御自慢の棒切れと、なけなしの御力を使ってな!」
対する赤猫は余裕の笑み(多分そんな顔なんだろう)を浮かべながら、両前足を前に差し出して、受けの態勢になる。
(……この前は一年間……今は、そこまでの溜めには程遠いけれど……たかだか化け猫一匹吹き飛ばすなら……余裕じゃん!)
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「バカ共が……街中で始めるとは……思った通りじゃな!」
傍らのゼルダが愚痴りながら、何かの術式を練り始める。額にうっすらと汗を浮かべる様からして、急いでいるのが見てとれる。
「何か手伝うことは……無理そうだなぁ……?」
私が呟いた瞬間、私達と三人の周りに結界が張られ瞬時に浮遊感に包まれる。
……バカ共だけ放り出してやろうとしたのじゃがな、結局は術者も付き合わねば転移はままならないからのぅ……そちらは只の巻き添えじゃがな。……そうじゃ、ヴァルトラは健在か?
ハイ!此方に!ゼルダ様、して……あの者たちは?……それとここは……あ、町外れの荒れ地ですか。
二人のやり取りを遠く聞きながら、長い浮遊感に酔った感覚を徐々に取り戻していく。
「く……やっぱ慣れないや……いや、それよりもあいつらは……?」
双方とも余裕綽々、ということか。女剣士と赤猫はさっきと同じ距離のまま、睨み合っていた。
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「……あの吸血鬼め……余計なことをするなぁ……」
マーシャは目を細めて眩暈を打ち消す。いくら頑丈な肉体といえ、その魂魄共々まで揺さぶられて安泰とはいかなかった。
だがそれは皮肉にも相手も同じだったようで、同じ位置で同じ構えだったにも関わらず、隙を見つけて即座に斬るようなことはしていなかった。
「……っ!?……いつの間に、転移魔法を……?」
見抜けなかった自分も間抜けだが、お互い様といった所だろう。
さて、それでは最初は……一手譲るとしようか。
「まぁいいや!……喰らえ化け猫っ!!」
黒髪の女が、ありきたりの罵倒を口にしながら横一文字に剣を振るう。
(ふーん、退魔の一刀ね……借り物の力にしてはなかなかやるじゃない?)
マーシャは魔導の心得は無くとも、永い刻を姉達と共に生きてきた経験がある。彼女には初見の技ではない。
「自称勇者共がよく持ち込んできた奴だなぁ……」
退屈そうに右前足を差し出すと、人で言う裏拳で見えない筈の斬撃を下から真上に跳ね上げる。
「…………ッ!?」
「残念だけど、殺意が載ってるから丸見えなんだよねぇ~♪」
マーシャにとって、人間の身体は光輝く気を纏った姿であり、その光が動く様を見るだけで次の一手も察知出来た。
(うわ、えげつない丹田圧縮してるわ……よくあんなことして平気な顔してるよ。さっすがお恵み付きの異世界転移者ってとこか?)
振り抜いた剣の切っ先が通り抜けた軌道に併せて放射される一閃は、先刻の退魔の一刀により無化された空間を疾り抜けていく。
だがその速さは露払いの一刀により想像を絶する瞬速となり、振り抜いた右前足で開いた身体が反応出来ないタイミングで到達する。
直撃したマーシャを中心に、周囲の空間は白と黒のみで一切の色彩を失い、一瞬だけ放射された爆発的な覇邪の閃光は一気に集束されていく。
「……やっぱり規模が小さかったわね……でも直撃したんだから無傷って訳は……?」
「……ふぁんねぇんねぇしふぁあ(残念でした)~♪」
そこには耳元まで口を開き、禍々しい牙を光らせながら白い稲光を放つ黒い球体を噛み止めて、仁王立ちするマーシャの姿があった。
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「な、そんな……無茶苦茶にも程があるわよッ!?」
黒髪の女が金切り声をあげるが、当然ながら当事者のマーシャは涼しい顔。
そして次の瞬間、首を捩り真上に振り上げると球体は遥か虚空へと飛んでいき、直ぐに見えなくなった。
ぺっぺっ!!あー不味い……と言いながら、マーシャは首を左右に振って凝りを取る仕種をした後、何故か殺気を纏わぬ弛緩した様子で相手に向き直り、
「なぁ、あんた……名前は何て言うんだい?」
……と、唐突に質問する。
「……?、……ま、麻紀……だよ……」
「ふぅん……まぁいいや。後学の為に教えといてやる。あんたのあの技はな?最初の一撃は確かに退魔の一刀、割りと良く有る類いだ」
「……それで……?」
「……ふん。それで二回目の奴、あれはあんたの丹田で練り上げたものじゃないぞ?」
「……はははっ、な、何を言い出すのかと思えば……!!」
乾いた笑い声をあげた麻紀は、それでも強がるように再度構え直す様子を見せつつ、
「だったら何だってんのよ?別にそんなことは私には関係ないし……」
「お前、後ろに憑いてた奴が何者か知らんのか?」
先刻まで麻紀の真後ろに居た筈の片方の女は、いつの間にか姿を消していた。
「……逃がしたか……アイツは神でも何でもない。只の寄生虫だぞ?」
「き、寄生虫……?」
急に居なくなった女を断ずるマーシャの言葉に狼狽える麻紀。
「あぁそうさ?力を持ちながら脆弱な精神の持ち主に近付き、心に毒を流し込んで……誤解を生じさせて流される血と命を啜る奴さ」
「……誤解……?……そんな……嘘でしょ……!?」
麻紀は手にした剣を取り落とし、両手の平で顔を覆いながら膝から崩れ落ちる。
「嘘なんて言う必要あるか?おおかた向こうの世界ごと仲間を消し飛ばしてきたつもりなんだろうけどさ~、あんたの力じゃそこまで出来っこないぞ?」
「……それじゃ、一体なんで……!?」
混乱の極みの麻紀に危険性を感じなくなったマーシャは、欠伸しながら身体を縮めて女性の姿に戻す。
「ふん……アンタ騙されたんだよ?手妻(※①)の遣り口位は判るだろ?」
無言で見上げる麻紀を憐れに感じたのか、先程よりは優しさを幾分か籠めた声で、
「まぁ、そうだね……目の前に幸せそうな人間を見せつけて、その後で不幸感を煽り立てればさ……その陰でやってることが見えなくなる……って寸法さ……」
因みにその世界を統轄している神を殺せば、その世界を終わらせることも可能らしい。どの段階でそれを知り得たのか、そこに現れる神を狙うことを隠しながら復讐を上塗りし、自らの手を汚さず旨味だけを啜ったようだ。
「……その、神の居なくなった世界って、後はどうなるの……?」
「……何も無い……虚無の空間が拡がるつまらん場所になるさ。きっと……そこでアイツは伸び伸びと、次の犠牲者探しの準備でもしてるかも……ね」
「それじゃ、復讐の黒き女神……って……?」
「……それ、ウチの姉の一人だから……あんな陰気な奴じゃないし!どちらかって言うとアッパー系のイケイケタイプだし!!」
ややキレ気味のマーシャに対し、麻紀は力尽きたように伸びていった。
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(※①)手妻→手品の古い呼び方。手先を巧みに使って硬貨や火の点いた煙草を隠したり出したりする。例えば左手に隠した物を移し変える前にわざと一度取り落として拾う真似をして、靴の裏等に貼り付けて隠し、その間に別の隠し場所から取り出した物をあたかも転移させたが如く見せる方法もある。
麻紀の放った覇邪の一閃は確かに顕現した神を討った。しかしそれだけで世界が崩壊することはなく、彼女の誤解に過ぎない。
え?エッセイなんて書いてる暇が有ったら「三者揃い」其の五を書けって!?仰る通り!