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研ぎ師と魔剣の物語  作者: 稲村某(@inamurabow)
第五章デフネ今昔他・篇……綺麗なお義姉《ねえ》さんは好きですか?
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「三者揃い」其の弐

久々に出る人(いや違うか)も居れば、初めて出る種類も居ます。



 私はこの【異世界】が嫌い。大っ嫌い。私を連れ込んだ神も嫌い。大っ嫌い。


救ってやったのに当然と感謝もせず、知らぬ間に男の腰の上で喘いでた……元仲間(・・・)も大っ嫌い。皆んな皆んな呪われろ。



……どうせもう……帰れないのなら……私が生まれた世界に帰れないのなら……


      ……好き勝手にやっても……いいんだよね……?



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



 その気配に気付いたのは、ゼルダとデフネの二人を見送った直後だった。


この店舗の特殊性故、時折見ず知らずの来客が知らぬうちに店の中に居て、肝を冷やすこともある。そのお陰で有る意味鈍感になっているのは否めない。


取り敢えず溜め息を圧し殺し、どんな礼儀知らずでも客は客、今は愛想笑いを浮かべながら怪しまずに接することにしよう、そう思いながら、


「これはこれは気付かなくて申し訳あ……っ?」



振り向いてひとまず自らの非礼を詫びるつもりだったのだが、その文言は途中で掻き消えてしまった。



……なぜなら、相手の風貌が余りにも異質過ぎたのだ……。



この界隈では滅多に目にすることのない長い黒髪は艶やかな濡れ羽色だが、腰まで伸びた毛先は整わず跳ね飛び、前髪も顔が隠れる程に延び放題。


着ている白い衣服は仕立ての良さそうな物だったのだろうが、着たままで長く放置していたのか裾や袖も薄汚れてみすぼらしい。


けれどその細い腰にはまるで釣り合わない武骨で堅牢一途な一振りの剣が提げられていた。それは旦那が一瞥しただけでもかなりの業物……それも魔剣でないにも関わらず、突き抜けた強さを感じさせていたのだが。


……しかし、何より旦那を震え上がらせたのは、その女性と思われる人物の顔だった。


一見すると整った顔立ちで、笑えばきっとほころぶ蕾が花を咲かせたような美しさを見せる筈なのだろうに、その眼は目の前の旦那に焦点を合わせず虚空をさ迷い、全くの無表情。そしてその瞳には一切の感情を浮かばせる気配もなく、まるで硝子細工の人形の眼そのものだった。


感情を読み取れない黒い瞳の眼はまるで、顔にぽっかりと開いた一対の孔のよう。その眼のせいで、自分より少しだけ背の低い女性にも関わらず、その眼から滲み出る負の印象の強さに旦那は気圧されてしまったが、彼とて只の素人ではない。


直ぐに気を取り直し呼吸を整えてから、


「あ……何かお探しでしたか?私はこの店の主人です!……あの、ええっと……?」


自然な体を心掛けながら切り出したものの、やはり彼女は無反応だった。……これは取り敢えず、出ていった二人を呼び戻して何らかの対策を講ずべきなのか?と迷い始めた直後、


「……えぇ、えぇ、存じてますわよ?なかなか趣のある良い店構えですね!それにこの品揃え!」


突然反応し始めたかのように話し始めたので、出鼻を挫かれてしまった。


「それにしても……この【異世界】は楽しそうね♪……私が落とされたあのクソ世界と比べたら……」


そう言ったあと、突然また今さっきまでと同じように虚空を見詰めたまま硬直していたが、次第に口の両端を徐々に吊り上げていき、それが彼女なりの笑い方だと気付いた瞬間、しっかりとした口調で旦那に向かって、


「うん、暫くこちらに居させてもらいましょう!その方が……きっと良くなる筈……そう、良くなる筈……」


と言うと一瞬で真顔になり、それと同時に徐々に身体が透き通っていき、そのまま入り口へと歩きながら姿を消していった。



消える寸前に、その女性はただ一言。


「……私はもう……好きにすることに決めたから……」


とだけ言い残して。



白日夢かと思い、旦那は自らの顔を景気よく叩いてその痛みに顔をしかめつつ、


「……これは良からぬことの前触れでなきゃ、いいんだがな……」


と呟きながら、誰にこのことを知らせるべきか真っ先に考え始めていた。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 デフネは店から離れて歩きながら、街並みをつぶさに眺めてみる。居た筈の地域では城下町の筈なのに、城は無く代わりに白い壁の家や塀が軒を連ねている。しかも見慣れないのは建物だけではない。その道行く人々の多様性といったら……!



ある者は柔らかな金色の短髪から長く毛に覆われた耳を露出させ、丸く大きな眼は猫科特有の細く引き絞られた瞳だったり、


またある者は黄土色の皮膚を持つ巨人で、その肩に器用に乗った小柄な少女は帳簿をめくりつつ、ウムム……と唸りながら、不意に結論を見出だしたらしくポン!と手を打ち早口でまくし立て巨人を促し、巨人は無言ながらその意向を汲んだらしくのっそりと方向転換し、緩やかにまた歩き出したり、


はたまたある者は肩で風切りながら颯爽と歩くのだが、その顔面は細かい鱗に覆われ爬虫類を彷彿とさせる小さく丸い眼とのっぺりとした鼻、そして時折二股に別れた真っ赤な舌をチロリ、と覗かせては歩を緩め、またスタスタと進み始めたり……、と実に多種多様だった。



「……なんなんだ!?なんなんだここは!!」


デフネは周囲の状況が把握出来ずに狼狽えていたが、前を歩くゼルダと言えばその様子を見て、……フフン♪と笑い、


「まぁ、無理も無かろうて。確かに妾もここに初めて足を踏み入れた時は、馴染むまでに時間を要したがな……ま、慣れれば気の良い連中じゃぞ?」


と、慌てるデフネを諭しつつ、まぁ手狭じゃが居心地のよい屋敷じゃ、寛いでいけばよい!と門を開け屋敷の入り口を指差し、この庭に咲く花は全てヴァルトラが育て上げたのじゃぞ?と言った直後、



建物に近い木立の下で、チョキチョキと剪定鋏せんていばさみを握りながら熱心に脇枝の剪定をしている人影を見つけたデフネ。だがその人影は朝早くから甲冑に身を包み、ガチャガチャと耳障りな音をあげていた。


……だがその身の丈はかなりあり、デフネよりも大柄な体型なのは間違いない。しかし……その甲冑には、有るべき場所に有る筈の物がなかった。どのような冥府魔道を歩む所業なのか……兜が、いや首がないのだ。



けれどその甲冑騎士は、まるで首が付いているかの体で一瞬振り向くような間があってから、こちらに向かって手を振りつつ、


「あ!おかえりなさいゼルダ様!見てください此方の花は今朝はまだ蕾だったんですがめっきり朝も冷え込むことが無くなったお陰で綺麗に咲いてくださいましたよ!それにしても今年は開花が全面的に遅くてやきもきしましたがやっぱりキチンと面倒を見ていれば問題はないってことですよね?……と、そう言えばその後ろにたたずむ御方は……?」


「おぉ!!ヴァルトラ!見やれ!……久方振りに会う懐かしき者を連れて参ったぞ!!」


「……はい?……え、えええぇっ!?そ、そんな……まさか!……あの、ネィートリッヒ様ですか!?」



わたおたと手を振り慌てていたのも束の間、直ぐに直立不動から速やかに二人の元に駆け寄ると、


「……即座に馳せ参じぬ非礼を御詫び致します……お久し振りで御座います……!……あの、私……誰か判りますか……?」


不安げな声でデフネに尋ねるヴァルトラだったが、


「……全く、何を言い出すのかと思えば……貴女が作った【鉄の掟】のお陰で何回命を救われたと思ってるの……?」


「……ッ!!」


自らよりも頭一つは上に有ったであろう兜の位置に向かって、デフネは腕組みしたままながら精一杯の優しさを込めた眼差しで見つめながら、



「……それに、ネィートリッヒなんて私のことを呼んでくれる同胞で……生き残れるとしたら、貴女位しか思い浮かばないもの……ね?」


デフネことディー・フォンデ・ネィートリッヒと言う名前は、ネィートリッヒから始まり、一兵卒から昇格して部隊を率いるようになった時にディーの冠が付き、複数の部隊を指揮するようになった時にフォンデ、の名を授けられた。


ネィートリッヒは、血の洗礼を受けた際に付けられた名前。その時に同列してヴァルトラの名を付けられた線の細い狼族(※①)の娘が彼女だった。



……今となっては懐かしき昔々の思い出話だが、あの《親殺し戦争》を経て世界すら移したこの場所に、元を辿れば宿敵と言えるゼルダによって再会を果たすとは……。


デフネの胸中は少しだけ複雑だったが、


「……うわあああぁ~っ♪やっぱりネイは何時だって優しいネイだよねぇ~!!」


真上から力強く抱き締められ、ガシャガシャと鎧の喧しい音を立てながら宙に浮き上がる久々の……本当に久々のヴァルトラ流【大好きな人をハグして振り回す】手荒な友愛表現に、苦笑いを浮かべながら止め時のチョップを振り上げ構えるデフネだった。




「……判った判ったって!いー加減にしなさい!!」

「……あぅ!!……って、痛くない、けど……やっぱりネイだわぁ♪」



(※①)→狼族。この物語世界に於いては人工的に生み出された種族。俊敏且つ頑強な肉体と、他を圧倒する再生能力を併せ持つ。しかし成熟するまでに長い年月を要し、他種族との混血は不可能。月との密接したバイオリズムが特徴で、新月時はかなりの鬱気質との噂も有る。狂戦士(バーサーカー)の二つ名あり。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「……それにしても、二人がそこまで縁深い間柄じゃったとはな……」


屋敷の入り口へと進んだゼルダは、振り返って二人を交互に眺めた後、感慨深そうに言うと、


「まぁ、まだ朝も早いからな。取り敢えず屋敷の妾の部屋で……っと!」


扉に手を掛けようとした刹那、内側から勢いよく開いたので身を引いて避け、そのままヴァルトラの手によって後ろに引き寄せられる。


「うわぁっと!!ごめんなさいっ!って……ゼルダさんヴァルトラさん……と、誰ですこの美人さんは?」


中から飛び出してきた人間の若者は、あたふたと立ち止まりながらも何とか踏みとどまり、三人の顔を見て即座に尋ねる。


「コラッ!!ライルの馬鹿者っ!!ヴァルトラは兎も角、妾を差し置いてディー・フォンデ・ネィートリッヒを褒めるとは……嫁に言いつけてやるぞぃ!?」


「いやあのそのえと……や!今はそれどころじゃないんですって!!」


慌てふためきながらも優先事項を遵守する覚悟は固いらしく、その若者はゼルダの向こうを指差しながら、


「街の自警団の小鬼(インプ)さん達が赤三つの狼煙を上げたんですっ!!」


話を聞いたゼルダは眉をひそめつつ、


「……赤三つ……とは、穏やかではない様じゃな?して、詳細は?」


「判りませんっ!!ただ、今までは赤二つの【はぐれ地竜】が街のすぐ目の前に出たのが最後だったから……それよりヤバいってことみたいです!」



当然ながらデフネは知らないが、丘巨人すら一飲みにしてしまう巨大な化物の地竜、それも最も危険だとされる群れから離れて行動する飢えた地竜が街に向かって来たことがあった。その時は町中の者が様々な方法で地竜の注意を郊外へと逸らし、そこで総力を挙げて撃退したのだ。


「ゼルダ様、これは一体……何が起きているのでしょうか?」


ヴァルトラは緊張した声で呟いたが、ゼルダはフン……と溜め息混じりにデフネを見遣り、



「……事情が変わったようじゃ。済まぬが一献傾けながら、は暫く後にしようかのぅ……」


そう言うとヴァルトラに素早く向き直り、



「……さて、我が屋敷の間近で朝から狼藉を働く愚か者を……眺めに行くとするか?」


身に付けていた白いドレスの上に、ヴァルトラが手にした漆黒のマントを被せるとゼルダの身体は徐々に膨れ上がり、デフネと同じ背丈まで伸び上がる。



「……普段はわざと幼い成りで、魔力の消費を抑えている……か?」


眼を細めたデフネは、血族の中でも特に魔力の血が濃い貴族だけが用いる【魔力節約】の手法を目の当たりにし、ゼルダはそう切り出され丈が短くなったスカートを気にしつつも、


「やや……これはなんとも扇情的な……ま、よいか。取り敢えず今から朝の散歩と洒落込むことにしようぞ?」


……と、そう言うと三人は街から空へと伸びる三本の赤い煙の元に向かうこととなった。





素直に異世界転移ネタはやりません。ねじります。次回「三者揃い」其の参を宜しくお願い致します。

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