「三者揃い」其の壱
台風ですよ!外に出ちゃダメですよ!そんな最中に更新致します。
そこは異世界同士の境界線。離れた世界の狭間の地。
……異世界を渡り歩く力の有るもの、……または偶然その身を滑り込ませたもの、……そして意図して侵入するもの、各々に等しくその場は開かれる。
そんな場所に有る、毎度お馴染みのあの店に、偶然が積み重なり縁深い者達が居合わせたその時、
……混沌の神々が歓喜するような混乱が訪れるのは、必至だろう。
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「……いらっしゃい、って、珍しいねぇ!お久し振りじゃないですか!?」
店の奥の定位置に設えた椅子へと腰掛けていた旦那は、来客を見るなり立ち上がってそのまま入り口へと近寄っていく。
「……何を仰々しい……妾は隣に住んでいるのじゃから、来店するも何も珍しくはなかろうて?」
その少女は厳めしい言葉を口にしながら、腕組みをしつつ入り口の扉の前で店内を見回し、
「……フム、相変わらずの品揃えじゃな?それに……ほほぅ……これは懐かしいのぅ……我が祖国の魔獣革か?」
「……貴女にかかったら、うちの仕入れ先なんて全部お見通しってとこですね……やれやれ……」
降参の仕草をする旦那に、その少女は勝ち誇った笑みを浮かべながら、
「無理もないことじゃ。何せ妾は千の世界を渡り歩く……ん?」
話の途中でスンスン、と鼻を利かせた少女は、突然入り口の外へと視線を向けて、
「…………!?……おい旦那!!……確か、この店は……【繋がる入り口は決まっている】筈じゃったな!?」
「……えぇ、確かに……その通り……ですが?」
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……簡単に説明すると、二本の筒を用意して、中央部で交差させるとしよう。これで【繋がる入り口と出口】の出来上がり。
その中央部に小さな穴を開けて、中空の玉を用意して其処に嵌め込めば……毎度お馴染みの不思議な武器屋の完成となりまする。その筒の中を通って店に行くことは可能ですが、店内を通過して各世界を往き来出来るのは店主のみ。そう言う決まり事になっている、……のですが、
……時たま、何かの間違いがあったりしても、不思議ではないのです。
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「おりょ?……ここ何処だぁ……?」
ほろ酔い加減でフラフラと歩き出そうとしていたデフネだったが、周囲の景色に覚えがなく一瞬立ち止まり、振り返って建物の入り口を見る。
そこは見慣れた何時もの「世界堂皮革防具店」だ。巨大な大木の歪みを正さずに建材として利用したような、いつ見ても潔い作りの風変わりな見た目。
馴染みのバーにふらりと寄って、何時ものインキュバスのバーテンダーに絡みながら何杯か飲み、隣の旦那も来たので森羅万象の様々なことについて語り合い(実際は中身のない話だが)、店を出てからどうしても小用を済ませたくなり旦那に断ってトイレを借りた。
「…………はああぁ……飲んだ後だと長いわぁ……ん……ふぅぅ……んふ♪」
しゃっくりをしながら、ぶる……っ、と身震いし、手を洗って店の中を抜けて……あれ?そー言えば、気まぐれ起こして勝手口から軒先を通って……通りに出たような気がするぞ?
いつぞや忘れたが似たようなことをした時には、旦那に見つかって厳しく指導されたっけ……確か……、
【この店……いや、この建物は、《生きている》から、無闇矢鱈と出入りするのも厳禁だし、無断で増改築なんてしたら大変なことになるんだぞ?】
って言ってたか……。お陰で釘一本打つのだって【大家さん】に相談しなきゃいけないらしい。面倒臭いなそれって……おまけに大家さんって誰なんだ?
まだ酒の抜け切らない頭でそんなことをつらつらと考えながら、あ、そー言えば旦那の店の中の棚に、瓶が何本か仕舞ってあったな?あれってもしかして……イヒヒ♪
「……旦那ぁ!!気が変わった!!ここで飲み直すっ!!………………ん?」
……表の扉を開けて再度やって来た店に入るや否や、私の目の前に金髪の背の低い女性が立っていた。私の鳩尾より少し上に頭の天辺が来る程度だったが、肌は透き通るように白く、陶磁器のような冷たさを感じさせる位の透明感。
だが、何よりも特徴的だったのは……美しく長い睫毛が縁取る形のよい眼の中心にある瞳の色が……誰でも一度見たら決して忘れることのない……金色の縦長の瞳は、獰猛な猫科の猛獣の其れである。
だが、何よりも……全ての事柄は、この二つに掻き消されてしまう……。
その真っ赤な唇がゆっくりと開かれた瞬間、純白の綺麗な歯並びに二ヶ所だけ飛び出した箇所……そこは間違いなく【犬歯】の生えるべき場所。
そしてその口から発せられた言葉……あぁ、それさえなければ!……それさえなければ……私の見間違いだった、と自分を納得させられたものの……、
「……おぉ!久しいな!《ディー・フォンデ・ネィートリッツ》!!幾百年振りかのぅ!」
……そう、私の真名、私の【血族に序列された時に授かった名前】を知っていて尚、不遜な物言いをしてくる唯一無二の存在は…………、
「…………常闇の国の【幼王】……ゼルダ…………っ!!」
不妊の吸血鬼が後継者を造り出す為に編み出した《血の洗礼》に依って、先王の皇女として産まれ当代きっての魔術の才能を持った、人間の母の全能を受け継いだ唯一の成功例……。
そして、先王側として覇権争いの先陣を切る私のいく先々に立ち塞がり、遂に先王を蹴落とした張本人……【親殺し】にして千年王国最後の大帝。
「……お久し振りで御座いますゼルダ様。ヴァルトラは相変わらず側付きですか?」
何分にも昔々の思い出しかなく、取り敢えず最後の城下での戦いで恭順したと伝え聞いた、先王の近衛隊長の名前を出してみると、
「おぉ!!今でも妾の元で立派に務めておるぞ!じゃが……最近は庭いじりに精を出し過ぎて鎧を脱ぎたいとか言って、妾を困らせておるがな!」
……ん?……聞き違いか?……元近衛隊長が、庭いじり……?
「……どうした?浮かぬ顔じゃな……ん、そうじゃな……積もる話もあることじゃ。妾の屋敷で一献傾けながら、と言うのはどうじゃ?」
「……んぅ、まぁ、お付き合い致します……あ、あと今はデフネ、と名乗っているので、そうお呼びを……」
「ほほぅ!デフネ、と名を改めたのか!なかなかすっきりして良い名前じゃ!!さて、それでは行くとするか!あー、旦那よ、また来るぞ!」
私達のやり取りを呆気に取られながら眺めていた旦那は、そう言われて金縛りが解けたように、
「お、おぁい!ゼルダさんも今度一緒に飲みましょうや!」
と言いつつ入り口の外まで出て、私達を見送ってくれる。
……ただ、私が手を振りつつ振り返ったその時、旦那の後ろに今さっきまで居なかった髪の長い女性が立っていたのだが、
「……うむ、デフネよ……勘の良いそなたなら気付くのも無理はないが、今は知らぬ振りをしておけ。屋敷に着いたら詳細を話すからな」
と言うゼルダに促されて屋敷への道程を……「着いたぞ?ここが妾の別邸……巷では【幽霊屋敷】と揶揄されておる住まいじゃ!」
……確かにそんな趣きのある屋敷なんだけど……すぐ隣じゃん!!今まで一回も見たことない……筈……?
そこで私は重要な事実に気がついた。
「……こ、ここは何処の街だ?」
いやー、すごい風ですな。では次回「三者揃い」其の弐をお楽しみに!