「カーシャの災難」其の六
早朝では御座いますが、更新致します。……内容は後半は久々に……♪では、どうぞ。
「……なっ!?」
「あぁあ~!!」
ジルチとデフネは互いに、唐突に訪れた終演に落胆の声を上げた。
デフネの剣が柄元から折れて飛び、金属音を立てて地に落ちる。丁度そこらに居た連中が慌てて跳び退き難を逃れるが、
「こうなっては……この勝負、両者の「いや、まだだ!」」
ジルチが領主の言葉を遮る中、やや離れていたデフネの周辺から不穏な微動が起き、遠巻きに見ていた人間に不安な表情が拡がる。
【……今更だが、あの娘、今から不味いことを始めるつもりだな……】
イワンが私に伝えた瞬間、甲高い音が鳴り響き、耳を塞ぎたくなる!
「~ッ!?な、何これ……」
【魔剣の共振……か。久々に聴いたな……】
「共振……!?」
【あぁ……急激に魔力を流入させたり、複数の魔剣を一ヶ所に剥き身のまま集めたりすると発生することが稀に有る……厄介なのは、前者だと……一気に擬人化し、魔力に伴い一時的に魔剣と魔剣士の両者が……融合する】
「……それって、つまり……」
【……意図的な暴走に等しいな……】
(デフネ……あんた、何やらかそうってのよ……!)
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……楽しい時間に終わりは付き物、宴の後はお片付け……
……綺麗にしなきゃ次からは、同じ場所には集えない……
……掃除の時間となりました、皆様宜しくお手を拝借……
……さぁ、始めましょう……
デフネの肩に背負われていた魔剣から、不思議な歌が流れ始める。それはあの甲高い音を消す程には大きくなかったが、その優しいソプラノの声は誰の耳にも届く。それは若く美しい女性の声だった。
唐突に音が止むと、歌も同時に途絶えたが、不思議な歌の続きは更に不可解なものだった。
いつの間にかデフネの身体の周囲に、透明な液体が足元から伝い登りまとわり憑き、着衣も肌に密着してしまっていた。濡れて肌に張り付いている為に、身体の起伏と共にやや透けて見える箇所もあり、その姿は扇情的であったが、それも束の間。
《……んん……あ、なるほど……ね。……これが【蒼妖の水月】の本気、って訳ね……》
ふわふわと水の中を漂うように儚く頼り無げに、デフネの姿まで透けて見える。それは正に海月のよう。
だが、背中から極限まで魔力を吸引した水月が、デフネの足元へと生まれたての生き物のように滑り落ちる。
青白い肌と長く白い髪の毛、そして瞬きする眼は真っ赤な瞳。デフネ同様に濡れててらてらと妖しく光るその姿は幼い少女の形ではあったが、どこか生理的な嫌悪感を引き起こす……そして、最も面妖なのは、その身体の各所から青白い光を発していたのだ。
「……ぷはぁ……久々の現世……ってとこだけどぉ……何、この状況ぉ……。デフネぇ……あんた、何をやらかしたのよぉ……?」
ぐにゃり……、とまるで萎れた海草が吊り上げられるように、手も着かず立ち上がる水月。そして、周囲を見回した後そのままデフネの傍らに戻り、
「……まぁ、いいわぁ……暫くは……私、剣の格好してればいーのねぇ……?じゃ、そういうことでぇ…………んんぅ?」
手を振りながら身を縮めて魔剣の姿に戻ろうとした刹那、視界に入ったジルチの姿に一瞬だけ目を止め、再度身体を丸めようとし、バッ!振り返りジルチを凝視してから、
「んんん?……ちょい待ちぃ、ちょい待ちぃ……。……なぁ、デフネちゃあん、あんた、まさか……あの、おにいちゃんとぉ……一発やらかそうとして……るでしょお?」
今までの緩慢な弛い動きは消え去り、すぅー、とデフネの目の前まで回り込むと、にゅ、と伸びるように背伸びまでして顔を近付けながら、
「……デフネ、いいことぉ……?……イ・ケ・メ・ン……は、世界共通のぉ……財産……でしょお……?」
唖然とする周囲の状況に一切の配慮も見せず、水月は腕組みしながらデフネの前で人差し指をゆっくりと立てて、ふい、ふい、ふい、と左右に揺らしながら、
「斬らないことがぁ……お・や・く・そ・く……デフネちゃん……オッケーぇ?」
そしてニンマリと、小さかった口を限界まで吊り上げる悪趣味な微笑みを浮かべた後、
「……それじゃあ、そーゆーことでぇ……宜しくぅねェ……♪」
ぐにゃぐにゃと身体を縮めると、その姿は元の魔剣へと戻り、デフネの背中へと這い登るように律動しながら這い進み、
《……はぁ~、久々の現世……イケメン……見れてよかったよかったぁ……あ、この借りはぁ……今度返すからぁ……許してねぇ……♪》
一声掛けた後、周囲の水気を一気に吸収して後片付けをし、沈黙した。
「……ち、ちょっと!!水月ぃ!!アンタ何堂々と食い逃げしてんのよ!?」
デフネは背中の魔剣を鷲掴みにすると、ガンガンと容赦なく拳で叩き起こそうとしたが、全く反応しなかった。
「……何か興を削がれたねぇ……お姉ぇさんもそうじゃない?」
両刀を仕舞いながら、ジルチはやる気の無さげな様子で首を廻しつつ、
「……はぁ、そうね……これ、絶対私に合わない!!」
デフネは怒りを叩きつけるように荒々しく、地面に鞘ごと魔剣を突き刺してから、両手を空に差し上げる【参ったなぁ】のポーズの後、
「それにしても……お互い惜しかったよねぇ……ほら、ここ!危なかったわよ……?」
身に付けた衣服の胸下辺りに、横一文字に切り裂かれた痕。それは丁度鳩尾と白い双丘の境界線辺りだったので、気付いた不埒な連中が歓喜の雄叫びを上げていたとか、いなかったとか……?
ジルチは見た目には何一つ変化はなかったが、使っていた片手剣はボロボロに刃零れし、全く使い物になりそうもない。
「あーあ、結構気に入っていたのに……まぁ、魔剣じゃないから仕方ない……か」
彼は彼なりに愛着があったようで、暫く残念そうにしていたが、やがて諦めがついたのか、うぅ……ん、と一つ伸びをしてから、
「さて、それではまたな!お姉ぇさん。」
「楽しかったわよ!……ジルチ、さん?」
デフネの言葉に苦笑いを浮かべながら、
「……俺の名前は、タケ。ジルチはコイツの名前!」
腰に携えた魔剣をポン、と叩きながら、ジルチ……もといタケはそう言うと、軽く手を振り荒れ地を後にした。
「さて……私らも戻るとするか!カーシャ、帰るよ!!」
彼女は私から煙草入れを受け取ると、暫く振りに見る紫煙を立ち昇らせたデフネは、いつもの一息をふううぅ……っ、と心持ち長めに吹き出した後、
「……タケ、ねぇ……どこかで聞いたこと有るような、無いような……」
ぼそり、と呟いた後、二人で荒れ地から立ち去った。
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……それから暫くの間は付いたり離れたり。お互いに見つけた目的の為に、疎遠になったけど、今も時折アイツは義理堅いから顔を出す。
表には出ないけど、イワンは戻ってから宿屋の手伝いを色々としてくれて、近頃めっきり力の出なくなったじーちゃんの喜び様と言ったら……!涙を流しながら倅と孫が一緒に来た!みたいなことをしょっちゅう言ってるな。
イワンも満更ではないみたいだけど、流石にあの訛りだけは上手く理解出来ないみたいだ。時々曖昧に笑いながら「カーシャ、今のは?」って聞いてくる。
……ねぇ…………私みたいな女は、嫌いにならない?
……フム…………君こそ、私みたいな傷物の魔剣なんて、何も価値は無いと思うが?
……質問に質問するのは紳士的じゃないわよ?……私にとって、魔剣も人間も関係ないわ……目の前に居るイワンが好きなのよ……♪
……酒は飲まず堅苦しく、愛想笑いも堅くておまけに……子供も授けられないのに……
……人間って、理知だけで考える生き物じゃないわよ?……月や草花、時には季節や水面に映る景色にだって恋しちゃうんだから…………それに、私を大切にしてくれて、星や星座に詳しくて……何時でも優しくて穏やかなイワンが……好きよ……
……そうかもしれないし、違うかもしれないが……私は、カーシャのことを愛しているさ……主従関係なく、ね。
……そう、そろそろロイが来る時期よね。……あの子、最近はお伴の魔剣、毎回違うみたいなのよ。あの《お化け屋敷》には何振り魔剣があるんだろうね……?
……一度だけお邪魔したが……戦術……いや戦略規格の魔剣までゴロゴロ居て、時には下着姿で廊下を歩き回って居たな……ロイ氏も判らないみたいだし……
……フフフ♪……血は繋がってないのに、あの義姉弟は似てるとこあるのよ?片付けか苦手だったり、恋愛に奥手だったりね……!
……カーシャとは正反対だな……二人とも……
……じゃ、私は理想的な伴侶ってこったね!!片付け上手の床上手!…………でしょ……♪
(運営さんからのご指摘を受けて、多分ここらと思った如才ない作者により、近日中に改訂して再度、この箇所に文章を当てたいと思います。読者の皆様には歯がゆい思いをさせてしまいますが、ご了承ください。そして関係者の皆様にはお手数をお掛けしたことをお詫び致します・作者)
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それから暫く経った後、イワンの研ぎ直しにロイが訪れて、イワンの仮面は必要無くなった。
……そして、その後また暫くして、ロイが夫婦で私達を訪ねて来た。初めてカレラちゃんの母親を見たけど……二人が似てたことよりも……何と言うか、凄みがある綺麗さって感じ、だった……。流石は、魔剣、ってとこか……。
それからまた、暫くして…………、
…………私は、私は………………、
…………母親に、なったんだ…!
ふふ…………おかあさん、か……ずーっと前に父さんと、二人とも一度に死んだから、久しくそんな言葉、使って……なかったなぁ…………
……え?妊娠したら、何年間か禁酒!?
え~ッ!?えええぇ~ッ!!?
……災難だ……不幸だ…………でも、赤ちゃんの為かぁ……
……ま、イワンは飲まないから、いーか……!
……あ、うち、酒出す店だ……はああああぁ~ッ!!誘惑大いに有りか!!
……ま、イワンに給使は頼もう……安定期までが大変か……。
でも、いっか!
カーシャさんも久々だった……みたいでした♪ではまた次回、「三者揃い」其の壱を研がせて頂きます。