「カーシャの災難」其の五
剣に始まり剣に終わる。そんな出会いと別れがカーシャにどんな運命の変化をもたらすのか……?
見た目は私達より遥かに若く、十代やっとこ後半、といったところか。
でも、半袖の上着から突き出た両腕は、まるで不要な贅肉はおろか、必要のない筋肉も全く存在しない、剣を効率良く振る為にはこれが一番なのだ、と言いたげな適度な太さだった。
見様によっては美形とも言える顔立ちだが、その眼光は相手を貫き背後まで見抜いているように鋭く容赦ない。
デフネの相手だという【剣聖の零】、と呼ばれる魔剣士の少年は、興味無さげに、
「お姐ぇさんが相手なのかい?……こちら方の領主に色々言われているけれど、俺は気にしていないね。ただ、何と言うか……」
言葉を探すように流れる朝の空の雲を眺めながら、暫くして、
「……お互い、本気でやっちゃあ、いけないもんですかね……?」
……それはまるで、新しい悪戯を見つけたような子供のような表情で、けれど聞く人が聞けば卒倒しかねないことを言い出したのだが、
「いいんじゃない?とどめだけ刺さなきゃ……とか……でさ?」
私は思わず周りを見回して二人の会話に聞き耳を立てている者がどれだけ居るか、確認してしまう。
でもそれは杞憂だったようで、双方の領主同士はこの奉納試合の結果を勝ち星に入れるか否かで口論中(一応こちら側が僅差で勝っていた)の様子だし、周りも口裏合わせて八百長でもしない限り何も言う気はなさそうだった。
ジルチは笑いながら踵を返し、デフネも一瞬だけ口角を上げ、満足げな笑みをみせてから真顔になり、
「カーシャ、あいつ……やっぱり私と【同類】かもね……♪」
と、だけ言って待機場所へと歩き出し、私は慌てて彼女の後を追った。
……【同類】……?
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「あのさ、実は私、この前は向こうの領主側に付いてたんだけど……」
奉納試合の前の僅かな時間、私とデフネは折り畳み式の椅子に腰掛けながら御茶を飲みつつ雑談していたのだが、
「その領主の倅に口説かれてさ……面倒臭くなって張り倒しちゃったのよね~」
へらへらと笑いながら、最低の振り方を淀みなく話すデフネに、私はただただ呆れていた。……おめでたい奴だな、こいつ。
普通にあしらえばいいものを、わざわざ面倒を三倍増しにするとか正気の沙汰じゃないね。
「それが元で逆恨みされてるのかなぁ……どこから拾ってきたのか、ジルチなんて引っ張り出してくるなんてさ~」
「あのねぇ……普通に恋人が居るから無理です、とか言い逃れしなかったの?」
「うん。しなかったよ?だって居ないし」
まぁ、デフネらしいわ……で、怒った領主が腕のたつ魔剣士をぶつけてきた、ってとこか。あ~私だったら速攻で逃げてたわ。
……それにしても、デフネは見た目だけは確かに素晴らしい、とは思うけど……反して中身が《化け物》だからね……。
一応、私は彼女の真の姿を知っている。残念な位に簡単な理由で知ってしまったけど、彼女は凄む訳でも蔑む訳でもなく、単純に「義弟には秘密だよ?」としか言わなかった。
デフネと義弟の間に何が有るかは私は知らないけど、私が知る限りの最強の魔剣士の弱点が義弟とか……可愛らしくていいな、って思った私の方が変なのか?
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「……これより両陣営から最も秀でた者を闘わせる《奉納試合》を行う!」
恭しく宣言するこちら側の領主。その横には苦々しい顔の相手側の領主が並び立っている。
正直に言ってしまえば、皮肉にも私が(にわか)魔剣士である、と言うことを公表せずに勝ち抜いた分で、僅差の勝負を分ける結果となったのだけど、何と言うか……余計なことは言わずが華、ってとこなんだろうな。
退屈な演説の最中なのに……デフネとジルチは既に抜刀し……って!!!
下から切り上げたデフネの片手剣は十字受けしたジルチに阻まれて……ちょっとあんたら何やってるの!?
「飽きた!!でしょ?お姐ぇさん!」
「うん!さ、おっぱじめよーか!!」
目の前で剣バカ二人がそのまま剣を交えた後、跳び退きながら瞬時に攻守を入れ換える。
一瞬の沈黙の後は、お互いの周囲に火花を撒き散らしながら剣と剣をぶつけ合い、激しい攻防を繰り広げていく。
「カーシャ!とりあえず周りの連中を退けて!邪魔だから!!」
「そっちのお姐ぇさん!危ないから下がってて!!」
デフネとジルチは一緒に私の方を向きながら、戦いの場を確保しようと言ってくるってどんだけ意気投合してやがる!そのまま結婚しちまいなっての!!
《カーシャ、君は少し冷静になって、両者の戦い方を学んだ方がいい。その方が君にとっても有意義なものとなるぞ?》
唐突に私の思考に割り込んできたイワン。お陰様で軽く浮いたわ。
「な、何よ急に私の頭の中を覗かないでよ!?じゃなくてイワン!いきなり何よ!?」
《フム……これは失敬。カーシャはちゃんと覚えている筈だと思い込んでいたようだな……》
……お、覚えている……はて?
《私は直接会話型のリアルタイム解析型支援……ま、つまり《直ぐに考え教えて諭す》って魔剣だな、さしずめ……》
頭の中に響くイワンの声、そして目の前で繰り広げられる死闘……ギャップが……激し過ぎ……あれ?二人が止まって見える……良く見ると微妙に動いてる位の遅さみたいだけど……?
《そうそう、私と会話している時は、周囲の速度が著しく遅く感じるだろうが心配には及ばんぞ?》
それじゃ、二人がゆっくりなんじゃなくて、私達が速く動いてる感じ?
《動いていやしないさ。ただ我々がこうして内なる状態で状況分析をしている間は、周囲の時間が過ぎる速度がとてつもなく細かくされている……で、判るかい?》
……たぶん判った。
《……まぁ、詳細は追々確認してもらうとして、今は二人の行動を検討してみよう。いいかな?》
……私、面倒なことは苦手なんだけどなぁ……。
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俺は目の前のデフネ、とか言うお姐ぇさんの剣舞に見とれていた。
正直言って、この世界にやって来てから退屈の連続で、迂闊な己の浅はかさに落胆の日々だった。
故あって永眠する筈の俺の枕元に現れた何者かに導かれるまま、気付けば老い衰えた身体は年端もいかぬ少年程度に変わり、周囲は見慣れぬ異人に囲まれていたのだが、
自分も同じ境遇であり、それどころか黒い筈の髪の毛まで金髪であることに気付き、どうやら状況が判るまでは成り行きに身を任せた方が得策だと思い今に至るのだった。
それから暫くは自らが口にする異国の言葉を他人事のように感じつつ、百姓の小倅を演じながら当たり障りのないように機会を窺っていた。
転機が訪れたのは、この地に来て四年後。
俺の元に一振りの《魔剣》とか言う不可思議な刀が転がり込んできたことで、ただ無駄に時間を食い潰すことは終演を迎え、やっと俺は……本当の俺として動き出したのだ。
押し入ってきた賊に立ち向かうべく、いつも触るなと言って秘蔵してきた家宝の魔剣を取り出す前に斬り殺されたこの世界での養父。
義父に駆け寄った瞬間、串刺しにされて絶命した義母。
俺の手元に転がった魔剣に、その男はゆっくりと近付いて手に取ろうとしたのだが、
……まぁ、そのなんとも鈍い動きに欠伸を噛み殺しながら、俺は久々に感じる修羅の所業の予感に浸っていた。
「坊主……悪ぃこた言わねぇ……そのだんびらをこっちに寄越せや……そしたら痛い目に逢わずに済むぜ……?」
賊の頭領だろう、如何にも悪そうな下衆が言うことに思わずほくそ笑みながら、
「……あぁ?おめぇ、バカか?愚鈍な木偶が抜かすな!」
俺は当たり前のようにその魔剣を鞘から抜きながら、男の両手首を斬り落とし両膝を割り、無様に自らの血溜まりへと突っ伏す奴の背中に、とどめとばかりに魔剣を突き立てつつ、
「俺はな……お前らがマスかくのを覚える前から、切った張ったの剣客商売で名を挙げて来たんだぜ?」
ガキに似合わぬ血振りの一振りをかましながら、たじろぐ面々に睨みを利かせ、ピクリとも動かない屍に向かって引き抜いた魔剣を突き付けながら、
「……こんなのは遊び半分おままごと、お前らが束になって掛かってきたとしても……まぁ、その先を言うのは愚の骨頂ってもんだが……」
パチン、と魔剣を鞘に納め、戸口へと悠々と歩き出しながら外に出る直前に後ろを振り返り、
「……次に会う時は、皆殺しにするぞ?」
と吐き捨てて、俺はその村を出ていった。
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それから二年間、ただひたすらにこの世界の様々な場所に赴き、請われれば剣を抜き、挑まれれば拒まぬ日々を過ごしていたのだが、
……なんとも底の浅いおざなり剣法に辟易とする日々が続いていた。
特に酷いのは魔剣士の連中で、大半が自らの実力とかけ離れた付与の能力に溺れた哀れな阿呆ばかり。時々それでも多少は出来る奴も居るには居たが、結局は敵ではなかった。
そうして俺が相手を斬り殺す度に、【剣聖の零】と名乗る魔剣からは、
《あぁあ……また私が力を貸す前に相手を捻り潰しちゃったの……?》
と、溜め息混じりの残念そうな御言葉を頂き、
「あぁ、残念だったか?ジルチ……」
《いいけどね……貰える物は貰える訳なんだしさ》
どうやら俺が斬り倒すことにより、こいつはこいつで何か得られる物はあるようだ。命を吸い取る魔剣に捕り憑かれているのか……難儀なことだ。
しかし、そんな退屈もようやく……、
……終わりを迎えそうだ……なッ!!
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「ジルチ……こうして踊るのは……初めて?」
デフネの誘いは、まるで舞踏会でダンスに誘うように……。
鍔迫り合いの一瞬後から、上段受けを誘う振り上げと見せて近距離からの柄撃ちを放つデフネ。
それを左の片手剣の柄で受け止めたジルチは、右からの振り下ろしで合わせるが速度が乗る前に鍔への突きを繰り出されて反らされる。
(この距離と速さで合わせるか……!)
その正確さと速度に舌を巻くジルチだが、それはデフネも同じ。
(悪くないわね……いや、それ以上かも……)
内心ここまで受けに廻りながらも、常に隙を突いて反撃の機会を窺い続けている精神的な強さ、そしてそれを成し遂げるだけの実力を、その見た目だけは少年より少し上程度のジルチが持ち合わせている……、つまり、
(アハハ……初めてかな?私みたいな同類との噛み合いって……)
彼は自分と同じ境遇の化け物の存在に、やっと巡り会えたのだろう。
その眼には愉悦の光が宿り、その全身からは久しく感じたことのない、殺戮の歓喜に震える獣の臭気すら発せられているように錯覚する。
更に加速する攻防は瞬きすら禁じる程になり、お互いの眼からは気付かぬうちに涙が流れ、それはまるで出逢えぬ筈の想い人と遭遇出来た感涙にも見えるのだが……、その事実を判り合えるのは戦う二人のみだった。
頸動脈を狙う撫で斬りを鍔で跳ね上げて飛ばし、身体の芯をずらさずに小首を傾けて耳を削がれるのを防ぐデフネ。
体勢が流れるままに身を捻りながら左手の剣で胴払いを狙うものの、いつの間に手にしていた鞘で打ち落とされ、両手の剣が開き空いた胴体への返しを避けて後ろへ下がるジルチ。
周囲で見守る人間の大半は、二人の剣舞のほとんどを理解することさえ許されぬ、そんな戦いに頭が追い付いてすらいなかったのだが、だからこそ……、
その一部始終を見逃すまい、一時でも見離すまい、その一念で凝視し続けていた。
だが、その過剰とさえ言える剣と剣の打ち合いは、
「……なっ!?」
「……あぁ~あ……」
二人の落胆と、そして意外な結末で終わりを迎えることとなった。
それでは次回「カーシャの災難」其の六、を宜しくお願い致します。