「カーシャの災難」其の四
デフネとカーシャは地方領主同士の小競り合いに加勢することに。その仕事は身に及ぶ危険こそ少なかったが、何やらきな臭い予感が……。
風が温み始める春先。農夫は種蒔きの準備の為に貯めておいた種籾を選定する。中身は詰まっているか?悪いカビは湧いていないか?敷物の上に平たく撒き、一粒一粒目で見て手に取り確かめる。
彼等が一心不乱に選別をしているその種が芽吹く時は、里は本格的な春の訪れとなるだろう。
一人の農夫が作業に没頭していると、庭先に隣の倅の若い農夫がやって来る。
「エリコフさん!今年の【領地検分】は随分と若い女が来てるって噂になっとるぞ?見物に行かんのか?」
「ん……うちのかかぁに聞かれたら、耳削がれるかもしれんが……なぁ?」
「なぁ?って聞くのは止めてくれや……で、行くのかい、行かないのかい?」
「……行くに決まっとるだろう……これが終わったら、おめさんとこ、【手伝い】に行くからなぁ?」
「んだな、手伝いはありがたいから……な?……んだな!」
話が纏まった二人は、小競り合いの場になる河近くの荒れ地に集合することに決めた。
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「ねぇ、デフネ……ここ、毎年こんな感じなの?」
カーシャは初めて訪れた小競り合いが、驚く程の衆人環視の中で行われることに慌ててしまう。
「ん……まぁ、そうね~。春の祭りみたいなものと思えばいいんじゃない?」
デフネは毎年こんなもんよ?と気にも留めていない。
広い荒れ地を見下ろす丘の上には近隣在郷の様々な人々が、敷物や椅子、果ては仕立てた馬車の上に陣取って酒やら何やらを酌み交わしながら、楽しげに始まるのを待ちかねているようだ。
「あ、うちんとこと相手方の領主が出て来たね。じきに始まるわ……!」
互いの領主が双方の陣営から進み出て、真ん中に一筋の線を描く。その線は真っ直ぐにも関わらず、曲がっているぞ否真っ直ぐだそっちこそ何を言うか云々……どうやらこれは儀式のようなものか。
線引きは見事に破綻し、二人は互いに手勢を打ち合わせて勝敗を決めようと結論し、引き下がっていく。
「……で、これからどうするの……って、あんたまさか……!?」
「なーに言ってんの!こんな【面白い】こと、指をくわえて眺めてろっての?」
デフネは魔剣をよいしょ、と肩へ斜めにたすき掛けにすると、ありきたりな片手剣を腰へと提げ、
「そーだそーだ!当たり前だけど、魔剣を使っちゃダメだよ?……と言うか、【魔剣の技】を繰り出したら、ってとこかな?」
とカーシャに念押しする。
「で、でもアンタ、魔剣無しで連中とやり合うつもり?」
「そうに決まってるでしょ!ここでは魔剣士が魔剣を振るうのは、相手が魔剣士の時だけって、そう決まってるのよ?」
デフネはポンポン、と背中の魔剣を叩きながら具合を確かめつつ、
「……あ、そうだ。言い忘れてたけど、ここの報酬は【十人抜け】だから気合い入れて頑張ってね!」
そう言い残して颯爽と、荒れ地の真ん中へと進んでいった。
「【十人抜け】って、何よそれ……」
カーシャは首を捻りながらもデフネの後に続く。
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【十人抜け】とは、互いが手持ちの掛け金(一定額)を場に賭けて、勝った方が取る。そして十人を負かせて勝ち抜いた者は領主から報償金を受け取れる。しかし、途中で負けると相手に今までの勝ち分を取られる為、命の取り合いこそ御法度なれど、真剣勝負そのもの。
ちなみに誰もが一定の契約金で呼び集められている為、骨折り損にはならない。しかし初戦で敗退した者と勝ち抜けした者とでは、総収支に雲泥の差が生まれる訳で、そう旨い話とは限らなくもない。
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「さぁ!私に勝とうってやる気のある奴は居ないかい?」
片手剣を振り上げて不敵な笑みを浮かべるデフネ。味方すらも唖然とする程の切り出しの良さに、相手側は一瞬気勢を削がれたが、
「……あぁ!?魔剣士が魔剣抜きでサシでやるのかよ?面白ぇじゃねぇか!!」
集団から一人の剣士が進み出る。明らかに武芸自慢の類いなのだろう、部分鎧の至る所に地金が露出し、銀色の鈍い光が輝いている。彼の手には重く分厚い両手剣が握り締められ、臨戦態勢でこの場に臨んでいることが判った。
「あらお強そうなこと……でも名前は聞かないわよ?だって……」
一枚の羽根が舞い上がり、音もなく地に落ちたように……、
デフネは全ての重さを感じさせない身のこなしで跳躍し、何一つ無駄のない動作で抜刀し、相手が構える暇も与えることもなく、喉仏に片手剣の切っ先を突き付けていた。
「これで貴方の負けなんだからさ!」
うおおおぉ……、と挙がる双方のどよめきを身に受けながら、デフネは元の位置へと歩み戻り、
「さ、お次は誰でしょうか?」
片手剣を地に突き刺して片手を載せ、真っ直ぐ伸ばした脚を緩く開きながら、余裕の笑みを浮かべたまま、次の【犠牲者】が名乗りを挙げるのを待ち構えた。
「アンタがデフネかい?噂よりも華奢な身体してんな……ちゃんと肉食ってるのかい?」
次にその場に現れたのは蟷螂を連想させるような、長身の痩せた男だった。
その男の両腕には湾曲したシャムシール(柄の先からカーブした曲刀)を携えていたのだが、その切っ先は微動だにせず油断の一片も感じられない。
「御心配なく!こー見えて結構な健啖な方で、相方と二人で子羊まるごと一匹を頂いたことも有るわよ?」
気の抜けるような返答をしながらも、真面目に答えるデフネに、
「怖いねぇ……裏で人間食ってても俺は驚かんよ?」
男のおどけたような返事は……瞬時に切り返す体捌きの発端。両手の得物を畳むように身体に密着させたまま、そいつはぬらり、と前のめりになりながら加速して、
「……速いね……私の【間合い】にここまで踏み込めるのは、そう居ないわよ?」
両側からの斬撃を、半歩前に進むことで一刀で止めて相対する形にしたデフネ。
瞠目した男の表情から、建前では生き死に為らぬと言えど手加減などしていなかったのは明白だが、
……私の知ってるデフネは、こんな程度の【速さ】でも、【軽さ】でもないんだよね……。
私は嫉妬してるのかもしれない……彼女の人間離れした戦い方に。
「さて……力比べじゃ負けちゃうから……一段階【上げて】いくわよ?」
そう宣言したデフネは身体をすっ、と真下に沈め、剣を肩に担いだ格好で相手の側方へ、そして「はい、終わり」
両手から僅かに血を流しながらシャムシールを取り落とした男は、信じられないといった表情のまま硬直していたが、
「……突きで腱を外して肉だけ刺したのか?……噂通りだな……」
そのまま両手を挙げて降参した。
その後、無謀で欲の皮の突っ張った連中を手玉に取り、さっさと十人抜けを果たしたデフネは、
「ん~、やっぱり退屈だね……とりあえず喉渇いたから先に休んでるわよ?」
まるで野良仕事を終えた農夫さながらの気楽さで、しっかりと懐に報償金を捩じ込みながら場を後にした……って、私はどーすりゃいいの!?
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……結論から言うと、私は《成りたての魔剣士》だから、周囲からはただの【おねーちゃん剣士】にしか見えないらしく、なめて掛かって来てくれたお陰で終始楽なものだった……。
でも、今までモーニングスターの使い方なんて考えたこともなかったけれど、これは遣り様によっては攻守のどちらでもいける良い武器だと判った。
まず、先端と持ち手の重量はバランスを考えて配慮されているようで、振り回しても余り疲れない。
そして棒状の軸は中心近くに手を添えて構えると、相手の斬撃に軽く対処出来るし、おまけに先端のスパイクも剣を滑らせて外から切り返しする狙いを止める役割にも一役買っていたり、侮れない実力に充ち溢れていたのだ。
相手の剣を何回もへし折って勝ち抜き、最後に相手した剣士の突きは、私の右上段からの強烈な斬り落としによって剣を叩き折って無にしちゃいました……スパイクの分だけ当たり易いのかなぁ。
意外に早く終わってしまったので疲れも感じぬまま、私は領主の元へと足早に向かって行った。
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「え~っ!私と向こうの魔剣士で奉納試合するの~!?」
到着した私を出迎えたのは、疲れを労う温かい言葉でも激励の拍手でもなく、不機嫌そうに脚を投げ出したデフネの嘆きだった。
「ねぇねぇ!向こうの領主が私と《剣聖の零》で一勝負してほしいってお願いしに来たらしいわ!」
【剣聖の零】とデフネの勝負の行方は?次回こそその全貌が明らかに……!