「カーシャの災難」其の弐
深夜に更新いたします。それではどうぞ。
地方領主同士の小競り合い。良く有る話である。
秋になると収穫が手に入ることにより安定した収入を得られる。だが、それは春先の種蒔きをきっちり終えられた者のみに与えられるのだ。
つまり……春先に領地を確保して種蒔きを出来るかどうか、その一点に掛かっていると言うこと。毎年懲りずによくもまぁ繰り返すものだ。感心するやら呆れるやら……。
と、言う訳で、春の名物!壱領主対弐領主の恒例小競り合い開催!!
……と、軽いノリで始まるのだけど、実際はかなり泥臭いのだ。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
眼下に広がる広大な荒れ地には幾多もの兵士が集まる駐屯の野営地が設えられ、この場所が小競り合いを繰り返している熱い場所なのだと判る。
まだ始まってはいないようだが、明日には判ること、か。
そんな状況を小高い丘のてっぺんから眺めている私とデフネ。私は荷物を降ろしてから、手にした兜の被り心地を確かめてみる。実は最近新調したばかりで纏めた髪の出し方に不満を感じていたのだ。
対してデフネはいつものように簡素な旅路の軽装のまま、降ろした荷物に腰掛けながら煙管に煙草を詰めていた。
「いやぁ~♪毎回毎回よくやるよなぁ~!聞いた話じゃ今回で三十七回目の《領地計測》だってよ?」
「いやいや……よくやるよなぁ~!じゃないから……。確かに他人目線で見たらそうだけどさ、私ら一応当事者なのよ?」
ここはムルハグの最西端、街よりは小さく村よりは大きな集落。この地域は中堅の領主が治める場所である。ここより西は人が行き交うことの稀な地域となり、更に西には高く険しい山脈が続く。
比較的温暖なムルハグの中では季節の移り変わりは厳しく、寒さが募れば逸早く霜や雪が降りる環境で、遠い昔は囚人の送られる流刑地として名を馳せていた。
だが、時代は移り変わり、刑期は終えたものの、帰る場所も無い者達が肩を寄せ合い暮らすうちに森を切り開き畑を耕し、幾世代も労力を注ぎ込んで土壌改善に努めて来た結果、春から秋にかけて豊かな穀倉地帯を育む土地へと変わっていったのだ。
「しかしあれから二日間も馬車に揺られて進むとはね……騙されて売り飛ばされたんじゃないかとヒヤヒヤしたよ……」
「カーシャと私じゃ幾ら積んだって足りないわよ?……美人でスタイル良くておまけに腕も立つんだから!」
私が兜を外しながら周囲を眺めつつそう漏らすと、デフネはいつものように煙管を燻らせながら混ぜっ返す。
根城の街を出立した後、二人して馬車を乗り継ぎながら到着した場所は僻地も僻地、中央からは【自由統治領土】と呼ばれる所で、《管理するのは自由、支援は皆無、継続は領主の手腕次第》ということになっている為、時と場合に依っては武力衝突が功を奏する物騒な所でもある。
だが、流石に本当の戦争をやらかしてしまうと国家維持の観点から、中央の抑止を受ける訳で、やり過ぎない程度に抑えながらの武力衝突を繰り返して、今に至るようだ。
「さーて!それじゃ早速、うちのパトロンに挨拶するとしましょうか!」
デフネがカンッ!と、雁首を打ち付けてから腰掛けていた荷物から立ち上がり、肩に担ぎながら先に歩き始める。
……さて、私も行きますか……。兜を背中に背負い、荷物を肩に提げて先に行くデフネの姿を追う。
丘から続く道はなだらかな起伏を抜けて里に至り、次第に人々の生活感に満ちた集落へと続いていき、盆地の中央に位置する居住地へと到着した。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
集落の中央にある領主の館へと出向いた私達は、様々な兵隊の寄せ集めになったロビーへと進む。
周囲には独特の空気が漂っている。それは単純に言うと《戦の前の緊張感》、と言った所か。
この界隈の小競り合いは、所属している兵隊の数よりも、突出した強さを誇る腕自慢同士の手合わせも重要なのだ。
何せ凄腕の者ともなれば、実際に剣を振るわなくても人々を畏怖させる。それにより自陣に安堵感を高める……それは、凄く重要なことだ。
私達がロビーに向かって歩いていくと、各地方のギルドから寄せ集められた荒事師共が互いの所属ごとに群れているようだった。なぜ判るかって?
それは何とも形容し難いけれど……独特の雰囲気、とでも言おうか。まぁ、知らない者同士で仲良くなる為に集まった訳じゃないんだから、ねぇ。
「……おいおい、女子供が一体何の用……あっ!?」
「馬鹿野郎……何を色めき立って……げっ!?」
「おいおい……ありゃ、中央の【厄介者】のデフネじゃねーか!」
「……ってことは……隣の若い娘は相方のカーシャかい……噂以上に若いんだな……」
「滅多なこと言うなよ!?デフネに金玉潰された奴も居るって話だぜ……」
一部の勝手を知らない連中が前を塞いだが、私達を知る者が速やかに進路を譲る姿に事情を察し、耳打ちする間を進む。
「おぉ……お待ちしておりました!デフネさん、それにカーシャさん……!」
両手を広げながら初老の男性が椅子から立ち上がり、私達を出迎える。
「遅れて申し訳有りません!デフネ・デ・ロイとカーシャ・デルフォイの両者、只今到着いたしました!」
デフネが片膝を付いて恭しく到着を告げ、私もその姿に習い、
「領主様、ギルドの命により、私カーシャ・デルフォイはデフネ・デ・ロイと共に只今到着いたしました!」
そう告げるとその男性はよいよい、堅苦しい挨拶は抜きにしようぞ?と私達に向かって手の平を挙げる。
このおっさん……じゃない初老の紳士が今回の雇い主。この領地を管轄している庄屋である。なにせ小金持ちである。ちなみにこの地域の大半の土地を所有している大地主様でもある。
さて、庄屋が何故に土地争いをしているのか?と言う話だが、これは簡単。この地域の慣習で種蒔きの時期には、互いの領地がキチンと守られているかを確かめる為の領地検分を行うのだそうだ。
その領地検分をややこしくしているのが、互いの領地を決定する境界線が川だ、と言うことらしい。もし、その川が大水等で違う形になりでもすれば「お前んとこハミ出してない?」「うっさいわお前んとこハミ出してんだろ!」となる。じゃ、川みたいに適当でアバウトな境界線なんて止めれば?と思うだろうが、この波打つ川が氾濫する度に肥沃な土を上流から授けてくれるとなれば、不便も受け入れるしかない訳だな。可哀想に……。
ありゃ、話が脱線したけれど、要約すると、
①川の周りがいい土地。適当な境界線だけど話し合いで何とかしよう。
②……無理じゃない?
③漢なら拳で話し合おうじゃないか。
……らしい。それで、その川の畔で話し合い……じゃなくて互いの領地を確保する為に小競り合いをするようになったとか。
ただ、春の種蒔き前に大事な畑になる場所で死人が出るなんて縁起でもない、と言うことで殺し合いは御法度。互いに百人づつ兵隊を揃えて競わせる習わしになったそうだ。平和が一番。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
庄屋への挨拶を済ませ、与えられた部屋に荷物を運び込んでから小競り合いの場所を下見しに行く。そこはいずれ畑になる土地なのだろうが、灌木が疎らに生えた荒れ地でしかない。
「カーシャ!見てみなよ!向こうの領土の連中、それなりに腕の立ちそうな連中をかき集めて来たようね!」
デフネが荒れ地の端に立ち、反対側に陣取る相手の領主側に付いた兵隊を眺めながら、えーと、あれは……等と言いつつ品定めを始めた。
「……あ、あの赤い肩当ては【西方傭兵団】の連中かな?それと……あれは【マージン戦斗隊】の五人衆ね……あっちは【落陽の塔】で、真ん中は【砂塵の鉄陣】と【剣闘甲殻】ね……」
デフネが口にした連中は、どいつもこいつも屍を踏み越えて敵陣に斬り込むような稼業の、命知らずの常軌を逸した面々……。正直帰りたい。
でも私はそれでも相手方に魔剣士の姿がないことに安堵し「あ、あれは【剣聖の零】ね!初めて見たかも!」……え?
……【剣聖の零】……!?
よりによって魔剣士の中でも一番会いたくない奴じゃないの……私は目の前が真っ暗になりそうだった……。
【剣聖の零】
その名前がギルドに伝わったのは三年前。魔剣士の動静は仕事柄、必ず耳に入るけれど、その魔剣士の噂は風変わりだった。
ある日、偶然《魔剣》に出会った少年は魔剣の力で才能を開花させ、片手に魔剣、もう片手に普通の剣の二刀流で修羅の道を進んでいる、と。
噂では二十歳前の若い男か女らしいけど、金よりも強い相手を探して大陸中を旅しているらしく、仕官の職も容易く蹴っている、らしい。
けれど、魔剣士はその一人だけ、と聞いて安心した……。
……いやいやいやいや!安心出来ない!私は魔剣士……ん?
ボーッとした頭の片隅に、デフネから借り受けた【夜明けの彗星】のことを思い出す。
……そうだった。私も魔剣士、だったんだ……にわかの成り立てですが。
それでは続きは「カーシャの災難」其の参にて……。それではお願い致します。