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研ぎ師と魔剣の物語  作者: 稲村某(@inamurabow)
第五章デフネ今昔他・篇……綺麗なお義姉《ねえ》さんは好きですか?
122/153

目標数突破記念幕間・弐「ふんわりと柔らかく、時には鋼のように強く」

増減するブクマ数に負けない更新を。



 

  「……柔らかい……」


産まれて間もない赤子。その頬をふにふにと触ってみる。


ふにふに、ふにふにふに……いかんいかん、癖になります。


中毒性の高い餅肌にうっとりと心奪われていると、時間の過ぎるのもあっという間。



新しくやって来た孤児の赤子。小さな手をぎゅっ、と握り締め、時折もにゅもにゅ、と口許を動かしながら寝入っています。


この子が安心して暮らせる環境をしっかりと整える。そして、安心して成長出来る環境を維持していく。それが今の私の務めです。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「あぁ~院長ズルい!!まぁ~た、赤ちゃんいじってるぅ~!!」


ツバキに指摘されるまで、気付かずに赤子いじりを続けていた……ふぅ、何と危険な……これぞ正しく《時間泥棒》と呼ぶに相応しい魔物。


「弄っているのではありません。これは体調管理と触れ合いによる相互理解の為……必要不可欠なのです!」


私は思い付くままに並べ立ててみたが、自分でも流石に言い訳じみて「……ですよね!やっぱり館長は思慮深い!!」



……効果覿(てき)面とは……少しだけツバキに申し訳ないと思ったが、気にしても仕方ない。暫くこの手でいきましょう。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「それにしても館長、保育室が少しだけ手狭になってきたと思いませんか?」


「……ん?……そうですね、言われてみれば……」


ツバキに指摘されてみれば、確かにそうかもしれない。保育室は寝台を並べる手前、どうしても間取りを有効活用するとしても、手狭に成らざるを得ません。



この問題を解決するには……部屋を移設するか、部屋の大きさを……、


「……ッ!!閃いた!!」


私は手袋を外して義手を露にすると、気合いを籠め……「あの、館長……まさか、部屋の壁をぶち壊すつもりですか?」



「……驚きました。ツバキ、君はいつから読心術を嗜むように……?」

「読まなくても判りますッ!!館長の殺気が半端無いですからッ!!」



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……本当に冗談はその辺にして、真面目に考えて下さいよ?」


年端もいかないツバキに止められた事実に、私は暫し心を無にした。





「まぁ、行き過ぎた自覚はございます。それでは違う方法を考えることに致しましょう」


「そうしてください!だって寝ている赤ちゃんの枕元で壁抜きするなんて無茶ですから!」


……名案だと思いましたが。



見張りをするつもりのツバキを残し、私は部屋から退去することにしました。でも見張り、って……。


……ちなみに隣の部屋はツバキの居室でした。



さてさて……困ったことになりました。私は剣を振るって敵を倒すのは得意ですが、昔から細かい交渉事には疎いのです。それなのに、部屋の増改築……と来ましたか。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「……それでスミレさん、何で俺のとこに相談に来たの?」


手近に居て、気軽に相談できる男性として選んだディンゴさんは、不機嫌そうな顔で私を見ます。でも不機嫌そうなのは何時ものことですが。


「何で……?それは決まっています。貴方が女性からの頼み事に弱いからです」


「はぁ?何なんだよそれ……まるで俺が女日照りみたいじゃんか……」


若干、落胆した表情を見せたものの、溜め息一つ吐いた後、



「ま、今は《お仕事》もお休みだから付き合えますがね……」


何だかんだ言いながらもよっこいしょ、と立ち上がり、私の手を眺めながら、


「……その代わり、これが終わったら久々に【稽古】つけてくれます?たまには、非日常……って奴を味わいたいんでね?」


いつもは気の抜けたことばかり言っていますが、時には凄みのあることで……やはり、私の眼に狂いはなかったのでしょう。



「よいですよ?ただし授乳の時間の後になると思いますが」


「じ、じにゅ!?……あ、あぁ……そっか、孤児院のね……いや、まぁ……判りましたよ……」


眼を白黒させながら、暫く私の言葉を反芻した後、納得したように返答するディンゴさん。シュリが可愛がるのも納得出来ますね。面白味のある青年です。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「ここが保育室ね……で、隣の部屋は……ん?あぁ、こっちは個室か……」


ツバキさんお手製《ツバキの部屋・何人なんぴともノック願います!》と書かれた札の下がる部屋の前で納得したように踵を返し、反対側の部屋へと歩くディンゴさん。


「お、こっちは……し、食堂かぁ……これは難題だぜ……」


そう、隣は見たままの食堂。今は昼食の準備に追われてニックとアマルが独楽鼠のように動き回っています。


「あ、館長!お帰りなさい!そこのジャガイモ取ってもらえますか!?」


アマルがエプロン一杯にニンジンを持ちながら私に頼み事。


「お帰りなさい館長!いーところに来なさった!そこのナスの皮をササッと軽く剥いてもらえませんか!?」


ジャガイモを手渡した瞬間にニックが手を合わせて私に頼み事。


「……スミレさん、いつもこんな感じなんですか?」


見かねてディンゴさんが、包丁庫から小刀を手にしてナスから三方の皮を剥きながら質問してくる。



「えぇ、概ねこんな感じです……でも、今日は私とディンゴさんが居るだけ楽勝か、と……」


タマネギの皮を剥きながら、私は答える。


……すげぇなぁ……孤児院……侮れねぇ、とか言いながら、真顔で肉の筋切りを始めるディンゴさん。


きっとロイとシュリに鍛えられたのでしょう。根菜を刻み終わる度にまな板を洗う辺りにキチンと教育された気配を感じます。



「さぁ!仕上げに入ります!皆さん、衛生的に急ぎますよ!」


「「「ハイッ!!」」」




ディンゴさんもしっかりと馴染んだようで、頼もしい限りです。


「……あ、あれ……?確か……俺、部屋の増築の相談で来た筈なんだが……」



……さて?


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……今日の食材は、市場に並べられなかった不揃いの野菜を提供してくれた農家さんと、優しい市場の皆様の厚意に拠って実り豊かな物になりました。……それでは……」



「「「「いただきます!!」」」」



私の手短な挨拶の後、食堂に会した院の皆さんとお昼ご飯です。


……ディンゴさんはしきりに首を傾げながらも、席を共にしてくださってます。



「ねぇ院長!隣のヒトにお代わり盛っていっていいですか?」


ツバキさんが珍しく、自分から気遣ってくれたので、てっきり客人だからかと聞き流しかけましたが、


「ツバキさん、若い男のヒトが珍しいのですか?《お代わり女王クィーン》の貴女にしては珍しいことですよ?」


「……ッ!?も、もー!!院長ったら!」


顔を赤くしながらツバキさんはしかし、お鍋を手にしつつディンゴさんに近づき、


「……あの、えっと……お腹、空いてませんか!?」


「……ん、俺、魔剣だから、そんなに気にすることねーぜ?」


「ひ、ひゃい!?」


なかなかの良い反応を示したツバキさん。……うむ、実に芳ばしい。


「気にすることはありません。想いの丈をありのままぶちまけなさい」


「す、スミレさん!?」


「い、院長!!……ハイッ!!判りましたッ!!」



どっばぁ~。


「……食えるかなぁ……こんなに……」


「……あ。あの、えと……すいません!」



ツバキさんの想いが詰まった熱々のシチューを前にして、見事に固まるディンゴさん。


……どちらも実に微笑ましく芳ばしいです。


アマルさんは二人の間を気にすることなく通り抜け、お玉でシチューをお代わりし、横に座る子供たちに黙々と配る。こちらも素晴らしいです。


私は暖かな気持ちになりながら、シチューを堪能いたしました。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「だから、最初からこうしてりゃよかったんじゃないの?」


ディンゴさんが呆れながら、私の隣でその様子を眺めています。



結局、拡張は簡単な方法で解決出来ました。


単純に空いてる部屋を二部屋用意して、そこを育児室①②とすることにしました。


そこはツバキさんの部屋の隣。つまり二つ隣の空き部屋を利用することにし、家具を移動させてそこに赤子を寝かせるようにしました。



「だぅ……しゅみり!あい!!」

「あぶぅ……ぶぶぅ!!」


手すり付きの寝台にもたれながら私とディンゴさんを交互に見つつ、二人の赤子は気分上々で愛想を振り撒いてます。


……なんで、こんなに愛らしく微笑ましい存在を、容易く手放すのでしょうか。子供を産めない私には判りません。



「……ほいほい……っと。こ、ん、な、簡単な指の、う、ご、き、で……ニコニコと……笑うんだから……なっと!!」


手の開閉とくすぐりを繰り返しながら二人をあやしていたディンゴさんは、まだ言葉を上手く喋れない方を抱き上げる。



……この赤子は、溢れ出す魔力に邪魔されて、身体の大きさに似合わぬ発育の遅れが目立つからか、それが不服な親に捨てられた……のでしょうか。焦らなくてもこの子はいつか必ず……「……ぱっぱぁ!」


思わず二人で顔を見合せて、「今、喋りましたよね?」「……ぱぱ、だと!?」


二人の微妙なすれ違いを感じることなく、その子は立て続けに私の顔を見ながら、「ぱっぱ。ぱっぱ!!」と繰り返す。



「……パパ、じゃなかったのでしょうか?」


少しだけ落胆した私に向かって、ディンゴさんは慰めるように、


「言葉にゃ、言い易い奴があって、それがぱぱ、らしいぜ?過度な期待はこの子の成長に不必要ってもんさ……」と仰います。



「……それもそうですね。それに……」「まっま。……まっま?」


再び顔を見合せる。まっま。私の方を見ながら、指を指して……。



私はディンゴさんから優しく譲り渡されたその子を、そっと抱き締める。


私がママ、だとは肯定なぞ致しませんが……それでも嬉しくて、



答える代わりに、優しく抱き締めながら、柔らかな頬に顔を付け……ふしゅしゅ、と頬擦りしてみる。


「きゃっきゃっ!!まっま!!まっま!!」


嬉しそうに繰り返すその子は、私にとって大切な、大切な預かり物……。


この子が大きくなって、自分の人生を考えられる年になるまで……大切にしなければならない、大事な預かり物。



そんな私とこの子を、眩しそうに眺めるディンゴ。


……ご心配なく、ちゃんと貴方のお相手をする約束、忘れていませんよ?



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「さて……【天下御免状】様の腕前、御教授願いますよ?」


「フフ……♪そこは《現役の》、を付けなくてはいけませんからね?」


お互いに木刀を手にした私とディンゴさんは、庭に出て手合わせすることにしました。



ヒラヒラと洗濯物達がはためいて、真っ白な声援を送っています。


孤児院の窓には、院の人々や子供達が鈴なりになって口々に声援を送ってくれてます。


「いんちょー!!がんばってぇーー!!」

「院長~!負けたらおかず減らしますよぉ~!!」

「スミレさぁ~ん!!今夜はお肉ですよぉ~!!」


……何か、雑念が沸き上がるような声援ですが。


「ははっ!!人気者はツラいねぇ~!ま、負ければ楽になれますよ?俺みたいにさ!」


ニヤリ、と笑いながら憎まれ口を挟むディンゴでしたが、


「……ディンゴさぁ~ん!!院長強いけど、ガンバってぇ~~♪」


……の、ツバキさんの声に、複雑そうな苦笑い。



「モテる男はおツラいですね?ディンゴさん♪」


「さ、さぁ始めようぜ!?夕飯の飯炊き手伝わなきゃならんからさ!」


その顔のまま、肩に担いだ木刀を握り直し、



とん、と前に踏み込むと同時に、身体を半身傾けて陰に木刀を隠したまま近付く。


その位置からでは切り上げか、凪ぎ払いの二択です……が、彼とて数々の修羅場を【生き抜いて】きた魔剣。そんな簡単なことは有り得ませんね。


握りを回して突きを放ったディンゴさん。それを鼻先で見切る私に、奇手が容易く見切られたことで一瞬だけ表情を変えたものの、一瞬だけ。


「すげぇ……見えてない上に、手と木刀の長さと踏み込みまで見切らないと出来ない芸当じゃんか……」


言いながらも左手を前に出し、牽制と木刀を隠す目眩ましをする余裕はあるようです。



魔剣にとって死は人間と同じではありません。ですが、こうして黙々と研鑽を重ね、努力と工夫を怠らぬディンゴさんを見ていると、結局は同じなのだと気付かされます。


死ねばこの経験も、積み重ねた努力も、消したくない想いや希望も、容易く無くなってしまうのです。


なかには目標も希望も無くし、暴走して獲り憑き魔人を産み出す魔剣も居ますが、彼等の何と勿体無いことか!!



「ディンゴさん!貴方もお強いですよ?ただ、ほんの少しだけ、私の経験が多いだけ……なんです!」


全く同じ型で踏み込む私。ディンゴさんの表情が変わるのが、手に取るように判ります。


身体を捻りながら木刀を隠し、やや見上げる位の低位置からの振りかぶり……を意識させた一瞬、踏み込みに力を籠めて蹴り出しを強め、



「……っ!つ、爪先!?」


……そう、足先を踏みつけながら肩を相手に押し付ける。私の体重では、ディンゴさんを押し倒すことは出来ないけれど、それは相手を釘付けにする為の布石です。


木刀を振るえない距離に、止む無く徒手を振るうディンゴさん。けれど、それは悪手。私は木刀を両手で端持ちにすると、左右から早い回転で突きを打ち込む。


例え木刀と言えど、急所に捩じ込まれれば身体は痛みに反応し、瞬間的な隙が生まれる為、ディンゴさんも同様の持ち方をしながら防御の一手。やはり、やる時は違って良い動きをします。



「……えげつねぇなぁ……でも……流石はスミレさん、ってとこだぜ?」


「ディンゴさんも良く見ていますね?並の腕なら今頃は其処で伸びていますよ?」


足踏みの縛り手から逃れたディンゴさんは、半身を反らした構えで木刀を隠したまま、


私は片手に木刀をげ、両手両足を有るがままの脱力した構えで、軽口を言い合います。



「……相変わらず強いや……それに、可愛いし!」

「…………ッ!?」


その一言に反応した私の前に、今まで三味線を弾いていたディンゴさんが圧倒的な速度で迫り、お返しとばかりに木刀をこんに見立てた打撃の連続。


速い回転を軸とし、素早く左右の体を入れ換えながら、時には片手持ちで距離を伸ばし、時には先程のように両端持ちからの連打。


足先に軽く体重を預け、舞うように速さ重視の攻め方ですが、掠める一撃一撃には木刀なのに殺意が満ちています。肋骨の付け根、脇の下、背下部、そして、眼……。



「ディンゴさん?さっきから私を殺す気で満々なのでは?」


「……言うねぇ……そーいうスミレさんだって……ッ!!」


額、眼の間、顎先、喉、左右鎖骨の間、肋骨の真下、そして鳩尾に突きの連撃を打ち込まれ、それを木刀の腹で防ぐディンゴさん。


「稽古ですからね……相手の錬度に合わせないと意味がありませんから……」


お互いに怪我一つ負ってはいないけれど、全ての合わせが急所狙いの連続に冷や汗が出ます。……まぁ、それでも負けるつもりはありませんが。



「では、そろそろ終わりにいたしましょう。ディンゴさん、死なないようにしてください」


「……すげぇ我儘なお願いだなぁ……」



私は今までと同じ速さで踏み込み、最後の一歩の手前で手にした木刀を投げる。それを木刀の腹で受け止めたディンゴさんに、


「申し訳ありませんが……」と詫びながら、左足を相手の膝裏に絡めながら寸勁すんけいの掌底で相手の木刀を裁ち折り、勢いを殺さぬように体当たり。体勢を崩したディンゴさんの上へ舞った木刀を掴み取り、


「……これで、詰めで御座います!」


眉間に突き立てた木刀を止め、勝負を決する。



「……はぁあああ~!またかよ~ッ!!」


地に尻餅を着きながら妙に清々しく、でも悔しげに……しかし、心底楽しそうな顔で、敗けを認めるディンゴさん。


貴方も充分お強いですよ?……ただ、私がほんのちょっと、長生きしているだけです。



「さぁ!立って立って!夕飯の仕度を致しましょう!!奢りますよ?」


にっこり笑いながら手を伸ばす私に、いつもの苦笑いを浮かべながら、


「奢るって言ったって、手伝いしたらタダ飯になるんじゃないの?」


と混ぜ返すディンゴさん。



どちらにしても、皆で食べるご飯は美味しいものですよ?

さ、手を洗って支度致しましょう。


しっかり食べて、しっかり働きましょう!



あの子達の為に……!

最近は微エロ指数低めですって?だって下ネタ満載のセクサロイドに吸収されてますから。そのうちに……ね。では次回もお楽しみに。

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