「見習い研ぎ師の二人」其の参
今夜もサクッと更新。勿論一週間分……溜めに溜まった奴ですからね……ウフフ♪
夜がくる。
昨日と同じ夜がくる。でも私は夜になるとくるう。
もう一人の私がくる。でも私は夜が好きになる。
昨日と同じ夜がくる。
一人の夜は嫌いだけど、二人なら怖くない。
二人なら怖くないけど、もう一人は誰だ?
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私は歩きながら寝ていたらしい。一瞬の間だったがとても長い夢を見た。昔の、まだ私が人間だった頃の夢を……。そして、人間として生きることに終止符を打たれた時のことを。
私の産まれた国は、吸血鬼が統治する国。
でも、彼らは人間を二種類に分類し、どちらも平等に、蔑むことなく扱っていた。
片側は主に仕える主従の人間。
直接、統治者と接する彼らは、当然ながら高い水準の要求を常に求められる代わりに、その地位は時として統治者に比類する。
もう片側は、国の維持に貢献する住民としての人間。
国を国として維持発展させる為には必要不可欠な存在であり、納税と共に僅かではあるが月に一回の献血を義務化されている。
……そして、その二つに区分されない【放逐者】達は、領地の外に追放された人間。彼らは庇護の扱いから外されている為、どんなことが起きようと領地の内には入れない。
自らの意思で【放逐者】の道を選ぶ者も中には居るが、【放逐者】は時には資源や薬品の原料として捕獲されることもあり、その生き方に自由は有りはしない。
……私の両親は二人とも【放逐者】の親から産まれた、庇護から外れた存在だった。でも、私はそんな両親の生き方を何一つ省みもしないで生きていた……
そして、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、資源調達の狩りに巻き込まれ、捕まったのだ。
それからは紆余曲折あったが、結局は御約束通り、血の儀式から苦痛の洗礼、そして恨悔の転生。
だが私は亜種として生まれ変わった後、熾烈な運命であっても、自分の立場を変える努力は惜しまなかった。
結果、劣等種で在りながら【主従】の頭領へと登り詰めて……まぁ、今となっては過去のことに過ぎない。
今の私は、転生して十年半が経過したうら若き年頃の娘である。
ある程度の年齢までは成長し続けるだろうが、人間で三十才程度の円熟期を迎えた後は……長い人生、いや化物として生きていくだろう。
……果たして、私はどんな結末を迎えることになるのだろうか。
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「……ねぇ!義姉さん!聞いてるの!?」
ロイが私に問いかける。目覚めた後も歩き続けながら昔のことを思い出していた為に、どうやら無視をされていたと勘違いしたらしい。
「んー、ゴメン……考え事してた!」
「もぅ……こんな時に考え事とか……信じられないよ……」
言われて何事かと思ったが、周囲の状況に変化はない。相変わらず暗闇の中、先を進むアルドバの姿が……あれ?
「ん?ロイ、アルドバは?」
「だから何回も言ったでしょ!!アルドバ、居なくなっちゃったって!」
それはおかしい。アルドバは魔剣なのだ。いくら何でもいきなり居なくなるようなことは有り得ないし、そもそも彼女は……
《……あの~、大変申し難いんですが……捕まっちゃいました……》
私に直接語り掛けてくるアルドバ……そんな芸当出来るなら最初からやればいいのに……。
傍らに居るロイを見たが、どうやら彼には一切伝わってはいないようだ。心配そうにこちらの様子を伺っている。
「ロイ、まだ遠くに行った訳じゃなさそうだから、早く探して合流しよう!」
《アルドバ!遠くに行った訳じゃないなら、さっさと場所を教えろっての!》
ロイには安心させる為に笑顔で話し、アルドバへは剥き出しの憎悪を込めて思念を流し込んでやる。
「そうだね!義姉さんの言う通りだね!」
《ひいぃ~!デフネさんの言う通りにしますぅ~!!》
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(拐われたって言ったって……相手が何者かも判らないし……)
こんな夜更けに、見た目は幼女に見えなくもないアルドバが歩き回っていれば、それは悪目立ちもするだろう。だが、それは人が沢山居るような場所での話だ。
(馬車の中で……目を付けられた?時間も遅かったから、乗り合わせた人数も多くはないし……)
しかし、相手が判っても対応策は限られている。相手が何人居ても、こちらは非力な体と脆弱な精神のロイと、か弱い私だけなのだ。
……か弱い体の私、か。
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【あの、私を拐った相手なんですけど、人間じゃないよーなんです……】
アルドバの思念に軽く呆れる。魔剣が人外に拐われて吸血鬼が救う?何なんだそれは……。
【何か、気配がないというか……幽霊みたいに存在感が稀薄だし、何だかよく判らないんです】
アルドバの情報のほうがよく判らない。だが、少なくとも物に触れられる相手なら、何とかなるかしら。
「とりあえず~、あ、ホイッと!」
「あぇっ!?ぐ、うぅ……」
ロイには悪いけど、足手まといとまでは言わないけど、私が《本気》になってる時の姿は、見せたくない……。
不意討ちで当て身を喰らわせて、崩れるロイを抱えてみる。少しだけ重みに体が前に傾き、首元に私の顔が近付く…………、
白い首筋……うっすらと見える血管が目に見えて脈打ち、あぁ……甘くてしょっぱくて、それでいて……、
……いやいやいやいや!いかんいかん!!
ブンブンと首を振り、横になったロイから慌てて身を離す。そしてロイを手近な木の下まで引き摺り、手にした小刀で少しだけ、指先から血を流させて……、
意を決して、チロリ、と舐める……。
はあああああああああぁぁぁあぁぁ~~~ッ!!!!
限界まで広がった瞳孔に、夜闇の稀薄な月明かりがくっきりハッキリと射し込み、今まで見ていた景色が一変していくのが手に取るように判る。
全身の細胞が沸騰し、鳥肌が立ち……五感いや全ての感覚が華開く実感。
久しく感じることのなかった、吸血鬼の私が全身を支配していく。
そのまましゃぶり尽くしたい欲求を抑えて身を離しても、すぐ側に横たわるロイの気配、匂い、微弱な魔力の欠片まで手に取るように判り、どれ程離れていたとしても、瞬時に居場所は判ることだろう。
少しだけ未練を感じはしたが、吸血の快感に酔いしれてる暇は無い。
……さて、さて……先ずは夜の散歩がてら、うちの道案内を拐かす不埒者に挨拶しに行くとしようか。
闇に溶けるように歩を進めると、瞬時に周りの景色は流れるように動いていく。ぬら……ぬら……と、滑るように……。
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【……早っ!?もう近くまで来たんですか!?】
アルドバの言葉も然り。確かに最後に彼女の言葉を感じてからまだ僅かの時間しか経ってはいないだろう。それなりに急いで来たのだから当たり前だけど。
とりあえず相手の姿を確認しよう……と、あれ?……化物だと聞いていたけど、見たところ普通の人間にしか見えないや。
聞いていた印象と違い、しっかりとした足取りで闇の中を黙々と進む曲者だが、今は少しだけ様子を見ることにした。
髪の毛のない男、と言った程度で見た目には特に不審な点も見当たらない。……まさか、毛がないことと気配がないこととかは関係あるのか?
有る筈無いことにして、厄介の蕾は早めに摘み取ることにしよう。無用心に歩く不審者は……勢いに任せて捻り殺す、としようか。
私は全速力で走り込み、相手の頭部目掛けて跳躍。耳を掴みながらその勢いを殺すことなく後頭部へ膝蹴りをする。しながら両手で掴んだ耳ごと相手の首をありったけの力を籠めて、荒々しく左右に捻る。
手の中でミジッ、と断裂音がしたので耳の付け根が切れたかもしれない。だが体格差があるのだから、情け無用。
素早く耳から手を離すと、後頭部へ膝を宛がい、全体重を掛けて相手の重心を前へと傾ける。
すると気を失っているのか前のめりになる男だが、私は追撃の手を緩めることは決してしない。そのまま倒れる相手の勁部に膝を宛がい、頭の上部を掴みながら全体重を喉へと掛けてやる。
大地に胸部が衝突した瞬間、ぐちん、と柔らかな物に包まれた骨格が軟骨ごと引き離される感触が手に伝わる…………筈!?
……ぷちん。
本来伝わるべき、鈍い中に弾けるような、くぐもった破断音ではなく、薄い膜が千切れるような弱めの破裂音に違和感を覚えたその時、
倒れ伏す男の首筋から……さらららぁ……っ、と白い粉が溢れ出し、地面へと流れていく。
身動き一つしない男に警戒しつつ、粉を手に取ると……独特の湿めっぽい感触。ざらざらとした触り心地から予測して、意を決して舐めてみる……。
「うぇ……やっぱり塩っぱぁ……コイツ、塩詰め人形かよ……!!」
……昔、人間を模した様々な人形(ひとがた・この場合はゴーレムの意)の中に、人の皮に塩を詰めて作る方法があると聞いたことがある。
と、言うことは……術者が居ての狼藉と言うことだ。ならば気配の無い理由も納得がいく。
「おい、アルドバ!ちゃんと起きてるのか?」
多少は心配したが、どうせ魔剣である。死んでいることは間違いなく、無い。
《はいはい……起きてます起きてますって……あっ!?デフネさん、何かその……凄く強そうになってませんか……?》
言われて何事かが我が身に起きているのか、と見回せば……あ、
《背中!背中から羽根生えてますって!!蝙蝠みたいな黒い翼が!》
……あぁ、これか……。確か【翼手】とか言ってたわね……ははは……正真正銘の純血種の証……か。って、ヤバい!背中、服破けてるかも……!?
私はいそいそと塩男から衣服を剥ぎ取ると、大きめの服を羽織ながらアルドバを掴み取りその場を立ち去った。
その後、しっかりアルドバに口止めをし、ロイの元へと帰って何食わぬ顔で合流した。勿論ロイからは猛烈な抗議を受けたが軽く受け流し、夜間行軍を再開。
明くる日の昼間に屋敷へと到着して、つつがなく終了……したけれど、
ハインには色々と小言を言われたが、状況説明と自分の変化を伝えると、それ以上は何も言わなかった。
「……でも、ロイにはお互い吸血鬼の血筋がある、と口裏を合わせておくことにせぬか?その方が却って怪しまれずに済むと思うがな……」
「うん……それもそうだね……じゃ、弱く遺伝していて、長生き程度しか特徴は無いってことにしておこうか……」
「じゃな……おぉ、そうそう……もし、余りに魔力と吸血の発作が高まり過ぎた時は、この薬が効くかもしれんぞ?」
そう言って差し出した手の中には、紙袋に詰まった縮れた葉っぱと煙管。
「……何これ……タバコ?」
「うむ……魔除けの呪いの類いじゃが、効き目は保証する。ただし、あんたがそれなりの年齢にならんと、周りからやいやいと言われるじゃろうがな……」
「確かに……今の私じゃ、大人に成りたがってる背伸びにしか見えないよね……」
それにしても、あの塩男、なぜ魔剣を盗もうとしたのか?それにその後の呆気なさが却って不気味だし……。ハインも詳細については調べておく、と言ってはいたが……。
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「……俺を気絶させておいて、そんなことしてたのかよ……はぁ……全く昔も今もたいして変わらないな?」
呆れたロイが杯を上げながら、溜め息混じりに嘆く。
「ま、若気の至りってとこよ!それにどっちにしてもあんたは帰り道で夢精してたんでしょ~ッ!?」
「してね~よっ!」
「ウッソだぁ~♪だってず~っと私のお尻ばっかり見てたでしょ~が!!溜まってたんでしょ~?」
「……もししてたにしても、何で判るんだよ……あんたの背中に目が生えてたってんなら話は別だけど……」
(……うぅ、匂いで、とか言ったらまるっきり変人じゃん!?)
今の今になって、そんなことなの気付いても、もう遅かったけど、こうやって馬鹿言いながら飲んでると……あの頃に戻ったみたいな、そんな錯覚に陥るなぁ……。
「……それで、その塩人間って、結局は何だったんだよ?」
話題を変えるつもりか、ロイが尋ねてくる。
「あぁ、あいつか……それも結局は《魔剣と魔剣士》が絡むことだったんだけど……それが判ったのはここ最近だったのよ……」
私はお代わりを頼みながら、新しい杯を手にして一口つけてから、
「……ケフッ♪…………そう……つい、最近だったわね……」
それでは次回「見習い研ぎ師の二人」其の四で!ちょっと最近はバイオレンス薄めだったので……お楽しみに……。