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研ぎ師と魔剣の物語  作者: 稲村某(@inamurabow)
第五章デフネ今昔他・篇……綺麗なお義姉《ねえ》さんは好きですか?
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「見習い研ぎ師の二人」其の壱

さて、更新いたします。それではどうぞ。



 「今日からロイがお前の義弟おとうとじゃぞ?しっかり面倒を見るんじゃぞ?」


ハインからそう告げられた私は、一見すれば女子のような貧弱な体の男の子を前にして、自分との格の違いをハッキリとさせておかなきゃ、と思った。



二人で広い屋敷の中を進み、ロイの部屋へと案内し、先立って部屋の中へと入った私は素早くロイの腕を引っ張って部屋の中へ引きずり込むと、後ろ手で部屋の扉を閉めて前に立ちはだかり、


「……ロイは本当に男の子なの?そんな華奢な体つきで……さぁ……?」


挑発するように、上目使いで尋ねたのだった。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「な、何なんだよ……急に……ぼ、僕は男の子だよ!」


「言うのは誰にだって出来るわよ?だったら証拠を見せてみなさいよ?」



三日前、急に親戚だと言う老人に紹介されたロイは、その時に孫だという娘、ハイン・デ・デフネと会ったんだ。


年齢はたぶん少し上、だと思うのだけど、それ以上に高飛車な態度がいちいち気に障る嫌な女の子だ、とその時は思ったんだけど……、



「証拠って……僕は男なんだから、見れば判るじゃん……」


「判る~?ぜっんぜん見えないわよ~?ヒゲ生えてる訳じゃないし~、見た目だって女の子みたいだし~!」



ニヤニヤ笑いをしながらそう言うデフネの顔は、熱っぽい興奮に満ちていたのだけど、僕はそのやらしい笑い方の……デフネのことが嫌いにはなれなかったんだ……だって、凄く綺麗だったから……それに、



「じゃ、判るようにさぁ~、ここでさぁ……」


……最初からずーっと、ホントずーっと、潔さと約束を守る所は変わらなかったから、




「……お互いにキチンと男と女だってこと、確認するために……」


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



ハインに義弟だと紹介されたのは、ロイが十二歳の時だった、と思う。


私は、この世界に転生してからまだ少ししか時間が経っていず、生まれ変わった幼い身体にも、やはり上手く馴染んではいなかった。


離れ離れになっていたハインと再会できた時は、彼の時間は既に五十年の月日が流れていた。本来なら別れた時と同じ容姿で居られたのだが、自らを取り巻く環境に対応する為に、彼は魔力を用いて年月に相応しい加齢を偽装して周囲に溶け込んでいた。だがお陰で切羽詰まった私を瀬戸際で確保してもらえたのだし、それを成し遂げるだけの忍耐力と実行力には頭が下がると言うものだ。


それはさておき、当時の私は危うく焚刑に処される寸前でハインに救出され、今も変わらない広大な屋敷に身を置いていた。


その屋敷に住むことになった当初は、過酷な状況下から脱出し、そして漸くの間は自らの縁者と再会出来た安堵感により、実年齢と欠け離れた精神退行をしていた。



それどころか、精神の優位性は肉体との違和感に常に揺らぎ続け、こうして秩序立った論理的な思考が出来るにも関わらず、行動の理念は完全に肉体に優先されていた。


つまり、その時は年相応の見た目と同じ短絡的な思考で、こう考えて実行していたのだ。



「ロイ!あんたと私で見せ合いっこしない!?」


……まぁ、あんまり今とは変わってなかったかも……?



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「い、いやだよ!そんなの恥ずかしいし……それに、ハインお爺さんがいつ来るか判らないじゃん!」


僕はそう訴えたけど、デフネは全然そんなこと気にしなくていい、とまで言ってきたんだ。


「いい?私は耳が良いから階段を上がる音はよく聴こえるし、こうやって扉の前に居れば、いきなり扉を開けられたとしても服を着る時間位は稼げるわよ?」


その言い分は確かにもっともなんだけど、まず何で僕から裸にならなきゃならないんだ?デフネからだって出来ない訳じゃないし……。


でも、そんなこと言っても無駄なような気がしてきたから、諦めて取り合えず上から脱ぐことにしたんだ。



「脱げばいいんだろ……ほら!」


「えー?そんなのじゃ判らないじゃんか!おっぱい無い女の子なんて普通に居るじゃん!」


言われた通りに脱いだのに、デフネは妙に食い下がりながらまだ穿いてるズボンを指差して、


「つ、次はその……ズボンを早く脱いで!ほら!」


「だったら、デフネも脱がないとダメじゃん!」


お互いに、って言われたことを思い出した僕は、何故かむきになってそう言ってしまったんだ。



「わ、判ったわよ……でも!あ、あんたもちゃんと脱ぐんだからねっ!」


そう言うデフネが扉を背にしたまま、ほっそりとした指先で首元から一つ一つ、ぼたんを外してブラウスを脱ぎ始めたんだ……。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「……さぁ、これでいい!?……さ、次はあんたの番よ!」


なんでだろう、むきになってブラウスと胸当てまで外し、腕で前を被いながら真っ赤になったまま、命令口調で話してはいたけれど、


「約束は守るわよ!さ、早くしなさいよ!?」



……なんで、そこまで私はロイにむきになってしまったんだろう?




「……えっ!?……ロイ、そ、それ……何か《隠してる》訳じゃ、ないわよね……?」


「……ば、バカにするなよ……別に何か入れてる訳ないじゃん!」



ただ、今になって判ることは、この時から【義弟おとうと】に固執していた、ということだ。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「キャハハハハハ~ッ!!そうそう!初めて会ったときに、アンタをひん剥いてやったわねぇ~♪」


爆笑しながら酒を煽るデフネに辟易しながら、負けじと強い酒を飲んでいた。



何を思ったか、デフネが屋敷に突然現れて「ロイ!今からいーとこ連れて行ってやる!問答無用!!」と言われたかと思うと馬車に詰め込まれ、あっという間に一軒のバーへと連行されていた。


まだ小さいエルベとシュリを置いて出掛けることに抵抗感があったが、「気にすることないわよ?うちは人手に困らないし、エルベも大人しくてイイ子にしてますから、ご心配なく!」なんて当の本人に言われてしまい、逃げ道は完全に絶たれていた。



そして連れ込まれたバーは、彼女には馴染みの店らしく、派手に扉を開けるなり「よ~よ~やってるぅ~?いつもの奴!二つ!!」と叫ぶと店の奥から、


「も~、デフネさぁ~ん!やかましいのは願い下げですよ……?あ、今日は独りじゃない。……しかも、男ですか……」


と、妙に覇気の無い声と共に現れた主人らしき若者が、失礼しますよ、と言いながら俺の顔を見つめてくる。



「……失礼ですが、前に来たことあります……?なぁ~んか、見たことあるような気がするんですよぅ……」


「アーレヴ!こいつは義弟おとうとのロイ!アンタにゃ初めて会わせる奴だぞ!」


すぐにデフネが横槍を入れてくるが、アーレヴと呼ばれた店主は暫く俺を眺めてから、



「……ま、いーか。モルト二つだね。ちょっと待ってて……」


直ぐに仕度を始め、珍しい純氷を浮かべた杯を差し出してくる。



……からん、と乾いた音を奏でながら酒精を吸収したデフネは、


「くっはぁ~♪やっぱ酒はここに限るかも~!!ま、出してるのが顔以外は《まるでダメ》男なんだけどさ~!」


……と、店主のアーレヴに向かって因縁をつけ始める。


「あのね、デフネさん……俺はあくまで【デフネさんより年下】が好みなだけで、役立たずとか言われるのは心外なんですけどね?」


「うっわ!コイツ、わざわざ私より下がイイとか言いやがった!むっかつくなぁ~!素直じゃないなぁ~!!」


暫くそんなやり取りをしていたデフネだったが、急にこちらに向き直ると、


「昔の……そう!まだうちに来たばっかの頃のロイは、素直で純朴な、可愛らしい女の子みたいな坊やだったよな!?」


「あのなぁ……あの頃は細くて痩せぎすの子供だったからだぞ?今じゃ二人も子供を抱えた立派な親父で……まぁ、いいや……」



……あの頃から、結局何も変わってないな……マイペースで、自己中心で、周りを巻き込むってとこ。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



屋敷に身を寄せて数ヵ月経ったある日、ハイン爺さんに呼び出された二人はいきなりこう訊ねられたのだ。


「お前達二人は、魔剣に関わる生業を目指すとしたら、研ぎ師と魔剣士のどちらを選ぶ?」


当時から魔剣士は戦乱とは程遠い世の中(ムルハグ国は先王も健在で統治も問題なかった)とは言え、子供なら一度は憧れる職業だった。


だが、魔剣の研ぎ師となると、目の前にいつも居るロイ達以外にとっては一体何者なのかすら怪しげな存在で、世間の大半は目の当たりにすることも稀な職業だった。



「ん~、私は難しいこと考えたくないから、魔剣士の方が性に合ってるかな?」


デフネはその場で即答したが、ロイは暫く考えた後、



「……僕は、人を殺すかもしれない魔剣士より、研ぎ師の方がいいかもしれない……」


そう答えた二人だったが、ハイン爺はニコリと笑い、


「じゃろうな……それぞれの思う気持ちは正直で結構。で、そんなお前達にこれからに備えて、ここは一つ日課を与えようと思うのじゃ」


……その時は、軽い気持ちで承諾したけれど、まさかあんな目に遭うとは予想もしていなかった。たぶん、デフネも同じだったろう。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「あ~!!もうやだ!ハインのバカぁ~!!いたいけな乙女に何させてるんだっての~ッ!!」


デフネはいきり立ち、手にした木の枝をブンブン振り回す。


義姉ねえさん、あんまり怒鳴るとまた野犬が寄ってくるよ……?」


僕はそう諭しながら、周りを窺いつつ用心して歩く。



ハイン爺の課した日課は簡単なものだった。ただ、水汲みをしてくる、それだけのこと。


ただし、その水場は屋敷の裏山の更に先、森の中に湧き出す場所だったのだけど、そこは大人の足でも軽く二時間は掛かる険しい道程だった。


水の量は問われなかった為、二人は次第に楽をする為に小さな水筒に入れて帰るようになったのだけど、それでも往復四時間強はかなり過酷な距離には変わらなかった。



しかも、野性動物や野犬が歩き回る環境の為、のんびり歩けば危ない目に遭いかねず、必然的に早足で進むしかなかった。


でも、二人は結局は半年間、その日課を欠かさずに繰り返した。そして、秋の終わり近くのその日に、ハイン爺はとんでもないことを言い出したのだ。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「ロイ、お前は来年から予備役の徴兵になるんだよな?」


「うん、気が進まないけど……この国の男はみんなそうなるからね……」



ムルハグでは当時、十三才になる男子は全員二年間の基礎訓練を受ける決まりになっていた。それは誰でも通る試練、と言えたのだが、女子には義務化されてはいなかった。だが、


「じゃろうな。そこで二人に練習をしてきてほしいのじゃ」


「えぇ?……まぁ、構わないけれど……で、何?」

「何です?練習って……」



それからハイン爺の口から出たのは、十三才目前の僕と少しだけ年上のデフネにとっては猛烈な試練そのものだった。


【お前らのどちらもいずれ過酷な戦場に身を置くだろうから、ここは一つ……行軍訓練をしてもらおうと思ってな……】



それでは次回「見習い研ぎ師の二人」其の弐をお楽しみに。

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