「思考体主体観察日記」其の四
さぁ、今夜も更新しますよ~!……皆さん、久々に研ぎますよ……?
「女子力?何だろう……そうねぇ……、きっと共感力と共鳴感じゃない?」
エマルの言葉は字面としては似ているが、意味の違うものだ。似て非なる物。
翌朝、全く影響の無かった私とは正反対に、エムニはまだ起きてこない。当たり前だが、私にはアセドアルデヒドの影響は無い。
朝食を並べるエマルに、女子力について尋ねてみたのだが、それはかえって混迷の度合いを増しただけだった。そもそも女子力とは何ぞや?
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「ふあああぁ……おはようござい……ますぅ」
カレラが欠伸をしながら目を覚ます。傍らに寝ていたキュティは起きたのか姿は無い。
その寝床の向こう側にはジャム、そしてジェリーが並んでねているのだが、ジャムの寝姿は流石のカレラでも、見るに耐えないものだった。
エマルから借りた少し大きめの寝着は、乱れに乱れ太股ははみ出し襟元もはだけて危うく先端付近まで見えかけ、寝返りを打つ背中の下へと視線を這わせると捲れた裾が腰まで跳ね上がり、一対のえくぼから谷間が垣間見え……「こら!ジャム!あんたほぼ裸じゃない!なんで下着着てないのよ!?」
「んふ?おねえちゃん……だれ?」
もにょもにょと口許を蠢かせながら、ジャムが眠たげに誰何する。
「カレラよカレラ!!あなた何で裸みたいな格好なのよ!」
カレラが指差す先には、脱け殻のようになった着衣と小さな下着が、残念そうにしわしわと脱ぎ散らかされていた。
「えぇ……?あぁ、だぁってぇ……私達、いつも裸で寝てるんだもぉん……」
「……わ、私達……!?」
そう、気付いてしまったのだ……起き上がりぺたんと座り込むジャムの向こう側には、更に折り目正しく一糸纏わぬジェリーの姿。ちなみに彼はジャムと違い、キチンと全ての衣服を折り畳み枕元に積み上げていた。
ジェリーが寝返りを打ち、欠伸しながら伸びをするジャムの身体により、上手く下腹部は隠れて見えなかった……。
「~ッ!?ジェリ~ッ!!早く服着なさいっ!!せめてパンツだけでも!!」
「……あい?あ……おはようございますカレラさん……」
ジェリーはキチンと立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をする。
勿論肝心な場所はジャムで隠れていたので露呈はしていないが、カレラは何故か慌てて寝室から飛び出して行った。
「……へんなおねえちゃん、ですぅ……」
「……ぉゃぅぃぁゃぃ……」
二人は結局、二度寝した。
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「……それで慌てて降りてきたの?ジェリー君はまだ子供じゃない?別に何ともないでしょうに……」
「でもでも裸よ!そりゃまだ年端もいかない若さだけどさ……ほら!火事とか泥棒騒ぎとかあったら大変よ!?だからぁ……むむむ……」
エマルの言葉に憮然とするカレラだったが、そこでふと、顔を上げ、
「……あ、折角だから、二人を研いでみようかな?あと、柄が傷んでたからそこも修繕してみようかな?」
「……うああぁあぁ……頭痛いぃ……おはようお二方……ん?……研ぐって、あ、あの二人、か……?」
寝起きのエムニが頭を掻きながらやって来たので、カレラが思い付いたことを話すと、
「お?柄が傷んでた?ならうちに幾らでも素材はあるな……何ならやってみれば?」
そんな軽い調子で請け合ってくれた。彼も研ぎ師の仕事を直接見たことは無かったらしく、興味を持ってくれたようだ。
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「カレラさんどうかしましたか?もう帰るんですか?」
暫くして降りてきたジェリーは寝起きとは違い、キチンと衣服を着ている。ジャムは髪の毛を纏めているのかそこには居ない。
「ううん、違うよ?これからあなた達二人を研いで柄も修繕してみようと思うの。どうかな?」
「えええぇ!?そんないきなり唐突に~!?ぼ、僕にも心の準備ってものが……」
狼狽えるジェリーの態度は、カレラには自分の腕を信じて貰えなかったのか、と勘違いをさせたようだ。
「な、何を心配してるのよ!?私も父さん程じゃないけど立派な研ぎ師よ!あなたも男なら何でも挑戦するものよ!!ほら!!」
腕捲りをしながら近付くカレラ、そして部屋の隅に追い詰められ、私の方に助けを求めるような視線を向けるジェリー。
そんな彼に、エムニとエマルの手前だから、安心するよう優しい言葉を掛ける私。
「ジェリー、君も恥ずかしがることもないわよ?別にアレをナニしてどーする訳じゃないんだから!!ほらほら~♪」
今にも泣き出しそうなジェリーに近付きながら、遂に私とカレラは彼を掴まえて研ぎやすくなるよう準備を……
「お待たせ~ジェリー。……って、みんな何してるの?も、もしかして……大胆に他人の屋敷でこんな朝から……!?あああああぁ~!!いたいけなジェリーの操の危機なの!?……ま、まさか……同性の私まで……!?」
長い髪を両分けにして束ねてきたジャムは、やっぱり妄想の囚われ人だった。とりあえずジェリーを確保できたので、ここの作業場を借りてカレラは研ぐつもりらしい。ジャムは放置しておくことにした。身悶えしつつ何やら独りで楽しそうだったが。
ちなみにエムニとエマルは、別に慌てる素振りも見せず、「工房なら出て左側だよ?」「準備できたら呼んでね!」と口々に教えてくれた。心の広い家主である。実に素晴らしい。
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「あ、あの……何というか、何故に彼は半裸なんだい?」
エムニの言うことも一理ある。確かに私も前から不思議に思っていたのだ。何故に鞘は上半身担当なのか?下だけ裸に何故ならないのか?靴下はどうなるのか?
「そうですよ!僕なんていきなりお二人に服脱がされて……いや、うんと……」
不安げに自らの肩を抱くように胸元を手で覆っていたジェリーだったが、何やら考えを纏め始めたのか、思案を始める。少し遅めの朝日に照らされて、肩周りの柔らかな薄毛が透けて見える。ま、乱暴に言えば半裸の男子が立っているだけなのだが。
「あ、これ?単純に擬人化したまま鞘を外してるだけだよ?だから剣の姿なら剥き身の刀身ってとこね。普通なら【魔剣の領域】で行うから……あ、そっか!」
どうやら久方振りに研ぎ師の仕事をするカレラが、軽い勇み足をしたのだろう。済まないが私はまだ見習いなのでフォロー出来ない。
「……ま、いいか!そんじゃ行くよ!」
まるで近所に御使いにでも行くかのような気軽さで、【魔剣の領域】へと踏み込むカレラ。
いつも思うのだが、魔剣とは独立した自我を持つ存在、つまり限りなく人に準えた者だ。その縄張りに踏み込む、と言うのは人の心の中に入り込むのと同意義だ。つまり千の顔を持つ何者かの待つ檻に、しかもそれは四方を布で覆われたような状態の中に踏み込むようなものだ。狂気の沙汰としか思えない。
だが、我とて無能な若輩ではない。研ぎ師としては姉弟子のカレラに遅れを取っているが……す、少しだけオネーチャンなんだから、ヤル時はヤルんだからねー!!(棒読み)
……と、傍観者を貫くつもりだったのだが、カレラの手はしっかりと私の腕を握り締め、
「ほら!キュティも行くよ?こーいうことは積極的に参加しないと身に付かないわよ?」
と、言いながら私を強引に引きずり込む。まぁ、いずれ体験するのだから、ここは委ねてみることにしよう。
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……?
私はその馴染みのない感覚に、暫し違和感を覚えていた。
だが、それは決して不快などではなく、ただ漠然と理由付け出来ずに戸惑っていたからである。
【……キュティ、怖がることないよ?ここは境界線……現実世界と《魔剣の領域》を別つ、水面の場所……ってとこかな……】
さっきと同様に、私の腕を掴んだカレラが傍らに佇む。別に怖くはない。ジェリーの縄張りなら、特に危険もなかろう。
【ここから下に潜れば直ぐにジェリーのテリトリーよ。ま、彼のことだから面倒なことにはならないと思うけどね……】
そう言うカレラだったが、その言葉とは裏腹に緊張した表情だ。だかしかし、今の私は女子力強化月間なので、それとなく彼女を励ますことにした。
《カレラ!相手は年端もいかないジェリー君だよ!二人がかりでメロメロにしちゃいましょ!!》
【……いや、別に誘惑しに行く訳じゃないんだけど……】
真意は伝わらなかったようだが、緊張感は無くなった気がした。うん、たぶん励ますことは成功した筈だ。よくやった自分。
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私の今までの体験に準えて比較すると、《魔剣の領域》に踏み込むということは、疑似体験で現状確認をするプロセスに限り無く近い、と言えるだろう。肉体感覚はジェリーの前でカレラと二人で手を取り合いながら座っているのだが、精神活動の主軸はジェリーの生み出した《魔剣の領域》の中に存在している、という感じである。聞いた話では慣れない人間が不用意に踏み込めば、精神の同期に失敗した瞬間に即、廃人と化すらしい。誠に物騒な話である。
「ふぅ~ん、これがジェリーの心象風景、ってとこなのかねぇ……」
私の客観的視点で感想を述べるなら、【荒れ野】である。
人の気配はなく、ただ殺風景な景色が広がるだけである。師匠に聞いたジャムの領域は、子供らしい雑多な大量の玩具の中に、針鼠の如く釘が打ち込まれた人形が打ち捨てられていたりと、なかなか個性的な感じだったらしいが、双子なのにここまで違うのは、偏に男女の性差によるものなのだろうか。
「うわぁ……これはなかなか手強そうな感じがするねぇ……」
カレラの感想もまた然り。まずは標的、じゃなくてジェリーを探すことにしよう。
二人で並んで暫く歩いていくと、一軒の建物が現れた。どうやらジェリーに拒絶はされていないようである。噂では完全に拒まれていると散々歩き回った挙げ句に何も見つけられないこともあるらしい。外交的なジェリーに感謝せねば。
「さ、早速ジェリーの……あれ?この建物、入り口が無いんだけど……」
カレラと一周廻って見回してみたが、確かにそれらしき扉も窓も存在していない。前言撤回。ジェリーよオネーチャンを舐めたら火傷するよ?
「よーし、カレラ!ここはひとつ私の《やれば出来る優秀な義姉っ振り》を見せつけてあげましょう!……ちょっと待っててね……!」
私はこうした環境に於いても、様々な方策が選択できる有能な単独思考型自律行動ユニットである。ナメたらイカンのだ。
少し前に駆動体に直撃した核爆発も、なかなか刺激的ではあったがやはり放射拡散するエネルギーは無駄が多い。ならばこの方がスマート且つ省力的で理想的だ。
私の側方に魔導因式による現象の固形化を発現させ、この精神世界でも有効性の高い空間占有率を極大化させる。例えるなら夢の中に直接何かを持ち込むようなことを行う。そしてそこに駆動体に収納してある対宙物狙撃電磁砲を具現化し、魔力充填を開始。
「ジェリー!良い子だからそこで待っててね~♪動き回ると建物ごと貫通させちゃうからさ~!!」
甲高い集束音を奏でる、凶悪な漆黒の魔槍……以前これを使った時は余りの威力に封印は必至だなぁ~、と思ったんだよな。まぁ、ここは現実世界じゃないから、ジェリーの意識にちょっとした不具合が散見されるだけ……だと思う。たぶん。
「もう!カレラさんもキュティさんも止めてよぉ~!そんなの当てられたらいくら魔剣でも必滅だよ!?」
慌てた様子で建物の陰からジェリーがやって来る。あれ?中じゃなかったのか?
「仕方ないなぁ……立ち話もなんだから、早くこっちにおいでよ!」
ジェリーが手招きするそこには、建物の下に何かあるらしくスタスタと先に歩いていく。
「行ってみようよキュティ!!」
カレラはそう言いながら先に進むが、言われなくても追いかけますって。私は折角の活躍する機会をへし折られようとも気にしないのだ。
……無言で【とっておき】は片付けたけど。
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周りを見て回った時には気付かなかったけれど、建物の前に開閉する扉が埋め込まれていたようだ。
「……よい、っしょ……。内側から開ける時は軽いんだけどね……」
先を歩くジェリーに付いていくと、地下へと続く小通路の先は案の定地下室へと続いていた。
「ここにジャム以外を入れたのは初めてだよ……」
ジェリーの言葉は悪戯を見つけられた子供のようだ。子供だけど。魔剣だけど。
「殺風景な部屋ね……ま、いいわ!早速【研いで修繕】するわよ!」
そうである。目的はジェリーの秘密基地潜入……ではなく、研ぎ師の仕事である。
「それじゃ……もう抜き身だから早速、研ぐわよ……!」
言うや否や、準備してあった砥石と……よく考えたら、現物の砥石とかをこの場所に持ち込めた訳じゃないのに、なんで研ぐ道具が必要なのか?
カレラに尋ねると、師匠曰く、傍らにでも在ればそれだけでこうやって精神世界でも具現化出来るらしい。存在に精神世界も現実世界も違いはない、そういうことのようだ。
「あの……そんなに見られると……、恥ずかしいですよ……」
モジモジするジェリー。
「は、恥ずかしがらないでよ!逆にこっちがやりにくいのよ!」
カレラの言葉も一理ある。柔らかそうな金髪の髪の毛を震わせながら上目使いのジェリー。端から見れば(こいつら……意味深なことしてんのか?)と疑りたくなるような光景だ。実に素晴らしい。
片や職人気質を垣間見せながらも、探るように一研ぎを進めるカレラ。
片や彼女に身を委ねながらも、異性に触れられることに戸惑いを隠せないジェリー。
時おり「……あぁっ、す、少し強過ぎます……くっ……うぅ!」とか言いながらも、研ぎ澄まされていく心地好さに、次第と陶酔の表情を浮かべる。ジェリーは過去に一度だけ師匠に研がれたことはあるらしい。
「ほら!反対側も研がないと反りが取れないよ!もぅ……早くこっちにゴロンってなんなさい!」
「……カレラさんったら……判ったよぅ……」
二人はギクシャクしながらも、それでも目的を共有する者同士の結束を深めながら、研ぎを進めていく。
「……ん、ううぅ……まだ、なの……?ぼ、僕……我慢出来なく……なっちゃう……」
うっすらと頬を紅潮させたジェリーが、切なそうに懇願する。
「ば、バカ!男の子ならもう少し我慢しなさい!あと……少し……なんだから!」
同じ動作を繰り返してきたカレラだったが、柄の巻き布を交換する所まで進んできたその時、とうとうジェリーの方が限界に近付いてきたようだ。……何に対する限界なのやら?
「はぁ……はぁ……っ!!カ、カレラさぁん……だ、ダメだよ……もう、我慢出来ない……!!」
「仕方ないわね……今、換え終わったから、もう平気だよ……?ジェリー、もう、好きなだけ……切っちゃっていいからね……?」
「あ、あああぁ……だ、め……もう……くぅっ!!」
刀身を反らしながら、ジェリーが終点を迎える。ま、カレラなりに頑張った成果により、色々と切れ味の鋭さが蘇ったようだ。ただ、元々がどれ程なのかは判らないが……。
……そうだ、あと一振り残っていたな、研ぎ残した魔剣が。
♀の魔剣に期待していた貴方、残念でしたね……。でも、次回こそ久々に……?