「花嫁修業娘」其の壱
いいいいいぇ~いゃあ~ッ!!!……それでは宜しくお願い致します。
「……先に言っておくけど、私、猛烈に機嫌悪いから覚悟しておきなさい!」
……月に数回訪れる、所謂(女性の日)のせいで苛ついていた彼女は、完全に切れていた。我慢も、忍耐も……ついでに時の運も……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
……暫し時間を遡りましょう。
それは今から二日前のこと。私の元に王様の親書が届きました。私には理解出来ませんでした。ほーんと!理解できません!
「以前から幾度も登城を願っているにも関わらず……」から始まり、長々と綴られた内容は要約すれば「願わくば御元へ来てほしい」だって!?
ばたばたとリーゼを探すと、何故か普段は使わない納戸の扉の隅から、リーゼの衣服がはみ出しています。これは……余りにも御粗末な……。
「あー、この部屋には居ないみたいダナー。それじゃー、他の部屋に探しにいかなきゃなー」
わざとらしく口にしながら扉の前に立ち、クルリと扉を背にしながら前に出てバタン、と扉を開け閉めし、暫く足踏みをしてからそーっ、と納戸の脇まで足音を忍ばせつつ直ぐ様しゃがんで息を潜めて……、
すーっ、と扉を開けて周囲を窺いながら、ゆーっくりと顔を覗かせるリーゼに向かって……、
「わあああああああああぁ~~~~ッ!!!」
「きぃいいいいいいいいあ~~~~ッ!!?」
目をカッと見開き絶叫する私、そして恐怖の悲鳴をあげるリーゼ。
あー、スッキリした!じゃなぁーい!!
「こらー!リーゼ!!あなた、私にでーっかい隠し事してたでしょー!?」
「あああわたわたわたしは私はしります存じませんことですわよ!!?」
……有罪。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……それで、私がちぃーっとも、淑女らしい嗜みの一つも身に付けてないから、あなたは私宛の親書を全て代筆して送り返してたって訳!?」
「……はい……だって!プリム様ったら全然!!宮廷作法の一つも覚えようとしないし!それどころか未だに荒事師じみた生業を辞めようとしないし!!」
散々問い詰められたリーゼが遂に口を割ったけど、そりゃ私だって好きでやってない訳じゃないよ!?だって自分の仕事は……荒事師……なんだし、急に辞めたら……きっと中途半端な気持ちのまま、後宮に入るわけだし……。
「せめて、一回くらいは【王様の顔を立てる】為にだったら……今のままでもいいのなら、一回くらいは……登城してもいいんだけどさ……」
そう言った瞬間、きゅいーん♪とでも音がしたかのように、光輝く満天の星の如き笑顔のリーゼが、
「でしたら!っでしたら!!ほらほら今までずーっと黙ってきましたこれらの贈り物を今こそ!!活用するべきですよ!!ほらほらほらぁ~!!」
嬉しそうに笑いながら納戸をがらりと開けるとそこには……、
桃色を基調にしたフリル付きのドレスに始まり、帽子や襟巻き、ペチコートやコルセット、果ては水色の絹や赤のベルベット、黒等の様々な布地や色の下着類等々……。
「あぁ……なにこれ……って!!なにこれ!?この納戸、ちょっと前まで只の収納棚しかなかったのに!!いやいやいやいや隣の部屋まで壁抜いて繋がってるし!!!」
「ビックリしましたか?秘密裏にハイン翁さんと交渉いたしまして!結果は大成功!!キッチリ驚かせたうえにこうして立派な空間まで確保いたしました!いやぁ~実にいい仕事っぷりでしょ~?」
リーゼの(褒められて然るべきっ!!)って顔が、実に腹立たしいわぁ~!!
「はぁ……まずこの服の山がいつから来ていたのか、とか、私が部屋に居ない間にどれだけの人間がこの大工仕事に駆り出された、とか、聞きたいこと山積みだけど……もういいわぁ……。」
ガックリと肩を落とす私に向かって、
「まぁまぁプリム様!ここはひとつ、きっちりかっちり極めて!!並み居るお妃候補をギャフン!と言わせてやりましょう!!」
腕捲りをしながらドレスの海を泳ぎ始めるリーゼさん……私にはあの能力はない……。
親書を受け取った際の気楽な部屋着のまま、呆然としながら色彩の洪水を眺め続けるだけの私……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
そこからはあれよあれよと言う間に時が過ぎ、風呂(この家の他にはない数少ない長所)だの着替えだの旅支度だの何だの……とあり、今は御約束の馬車の旅。
途中で宿屋探ししなきゃならないけど、リーゼが付いて行くと五月蝿いので仕方ないし……いや、流石にこの服装じゃあ……野宿は無理かぁ。
多少の自由度はあるコルセットに裾を擦らんばかりの長いスカート、そして縁の広めのヒラヒラした大きな帽子、等々……。
……ついでに言えば、昨日から(御約束のあれ)のせいで、身体が重怠いし、頭とお腹が痛いし……はぁ……。
「あのー、せめて登城前に着替える策は……如何だったでしょうか?」
「却下します!そうやって自分に甘いから何時までも身に付かない!会得できないんです!!判りますか!?」
はぁい……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
そうしてガタガタと馬車の旅……一人なら気楽なんだけど、リーゼさんの監視の元で行く旅路の物悲しいの何の……。
まるで囚人護送車じゃないの!!はー、退屈ぅ……はー、肩が凝るぅ……。
「あ!そうですリーゼさん!!この辺りの宿屋の名物で……」
「プリム様?そうした服装の際には、大きな声でお話しされるのは宜しくありません。宜しいですか?」
「……はい……」
実は運悪くと言うか、馬車には見るからに育ちのよさそうな【品位の高い育ちですが、何か?】と言わんばかりの若い女性が、私と同様に侍女付きで乗り合わせていたのだ。
そう、言わば淑女の御手本のような面子が乗り合わせてる!しかも二組!!
(はあぁ……ツイてない……実にツイてない……かぁ~!!)
内心のガッカリを見透かされたのかリーゼさんに、
「プリム様?この状況は却ってチャンスですよ!!目の前にいらっしゃる皆様の良いところをしっかり吸収するのです!!」とか耳打ちされてしまうし……はああぁ~。
長い長い道中が過酷さを増していきます……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「前で組む際は右手は前ですよプリム様」
「手を後ろに廻してはいけませんよプリム様」
「足は組んではいけませんよプリム様」
「欠伸は隠してくださいませプリム様」
「居眠りははしたないですよプリム様」
「宜しいですか?」
……呪文?
リーゼさんの指導に熱が籠る度、私のスタミナは見事に削られていく……これは予想以上に……辛い……。
一日目の宿がどんなだったか、とか、どんな料理だったのか、なんて全く覚えていない……周囲からの同情の視線を受けながら、味のしない何かを繰り返し噛んでいたことしか記憶していません……。テーブルマナーって、食事を辛く苦しくするダイエット目的のことなの?
寝台に横たわった瞬間から記憶が途切れ、気づけば朝になっていました。ああ、憂鬱……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
次の日の朝、昨日の続きが始まるのか、と暗い気持ちで目覚めて寝台から身を起こし、
「……リーゼさん、おはようござい……あれ?」
傍らの寝台に居る筈のリーゼさんが見当たらない。
……確かに昨夜は寝入る直前まで隣の寝台に居た筈なのに……?
彼女は一応は侍女ですから、私より早く起きて身支度をして、何かと世話焼きをするのは判ります。でも、
寝台が藻抜けの殻なのはともかく、履いていた靴までそのまま……なんて……
……ッ!?
……無言で毛布を跳ね退け枕の下に隠していた魔剣の二振りを掴み、寝着のまま寝台から飛び降りて息を殺し扉に忍び寄り、外の音に耳を側立てる。
……何も聴こえない。いや、それが却っておかしい!
(……ソドム、ゴモラ!何か変だよ!!)
魔剣の二振りに思わず問い掛けてしまう……だって、この宿から感じるのは……戦場の匂い……
睨み合う両陣営が醸し出す沈黙の瞬間に似た、理由なんて無い無言の沈黙、としか思えない緊張感なんだもん!!
【……プリム、よく聴け。我等は何時でも傍に居るぞ?】
《……プリム、よく聴け。汝の力になるのが我等の務め為るぞ?》
ぎゅっ、と握り締める二振りの魔剣から伝わる意思が、私に力を与えてくれる……そうよ、何時だって彼等は幼くて拙い私を導いてくれてきたのだもん……。
扉を背にして呼吸を整える。はぁ、はぁ、はぁ……、すぅ……、はぁ……、すぅ……、
扉をそーっ、と開けると、外には二人の見知らぬ兵士。
前転して距離を瞬時に縮め、縮めると共に交差させた両腕を左右に開く。
「かぁっ!?」
「な、何だと、ぐぅ……!?」
突進の勢いを殺すことなく両刀を振り回すけれど、それらは肉を断つ為に刃を立てるのではなく、剣の側面を用いて両者の側頭部を思い切り殴打する。
防具を身に付けていなかった両者は脳髄をたっぷりと揺らされたからだろう、白眼を剥いて昏倒する。
(……えっ!?こ、この人達、もしかして……?)
どこの不埒者が、と見てみると……胸当て中央部にある紋章は……この国に居ればいつでもどこでも見掛ける、【大樹に立て掛けられた二振りの剣】……正ムルハグ国の紋章……!?
わ、私、もしかしたら……勘違いでとんでもないことしでかしたのかしら!?
でも……習慣って怖いなぁ……無意識に身体が動き、魔剣からの膂力増強により大の男を引き摺りながら部屋の中に引き込み、引き裂いたシーツで手足と口をぐるぐる巻きにして寝台の下に押し込んで隠し、荷物の中から出来るだけ動きやすい服を引っ張り出して着替えちゃうんだもん……。
結果、私の服装は水色のブラウスとくるぶしまでのフレアスカートとパニエにタイツ、そしてはしたないながら特注の帯付き鞘を腰の辺りに固定し、(パニエからほんの少し、はみ出しているが……)部屋の外へと歩み出す。
【プリムよ、お主の連れはこの宿屋から暫し離れた馬車の中に居るな】
《プリムよ、どうやら他にも拐かされた者がその馬車に居るようだな》
ソドムとゴモラは私に周囲の状況と、事態の推移を報せてくれる。
彼等は私の身体を通じて音はおろか、空気や地面を伝わる振動やその変化まで読み取り分析し、私に的確な情報を教えてくれる。
……それなら、ここで私が取るべき行動は……っ!!
……私は、ばーん、と扉を勢い良く蹴破り、とてとて……と普段の動きからは絶対しない位内股でゆっくり走り、その馬車の扉へと大胆に手を掛け引っ張り開き、
「はぁ~、はぁ~、酷いでございますぁ~!私だけおいてけぼりだなんてぇ~!……って、あれぇ~!?」
……馬鹿の娘に成り切ること、だった……。
そんなこんなで次回も「花嫁修業娘」其の弐を宜しくお願いいたします。