「ロイと二人の弟子」其の弐
三日もかかった!出来上がりましたので更新いたします。
「ロイだ!やっぱりロイだったのか!また会えて嬉しいぞ!!」
俺の手を握り締め、ぷんぶんと振り回すカノン。
カレラとキュティの視線を感じて気まずくなり、とりあえず説明することにした。
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……まだシュリと夫婦になる前に、偶然森でカノンを発見し、研ぎ師としての本能に従って研ぎ上げたのだが、その後はカノンの判断に任せてその場を立ち去った。その後は……会っていない。
そこまで説明したのだが、カノン自身が後を継ぎ自らのその後を語り出した。
「……ロイと別れて暫くの間は、森で様々な生き物の命を糧にして生きていたのだけど……、一度、人と触れ合ってしまうと森の生活に満足出来なくなってな……」
「それから、魔剣のままでは出来ることも限られるので、ロイが連れて居た魔剣のように擬人化……っていうのか?その状態になれるよう、真似をする日々が続いてたのだが……やはり、人と接したくなってね……」
「……とうとう森を出て、人間の里まで降りていったのさ。その里には魔剣は居なかったけれど、偶然出会った年寄りの家に身を寄せることになって……」
「その家にはお婆さんが一人だったんだけど、嫁に行った孫が早くに亡くなったらしくて。私にその孫の姿を重ね合わせていたみたいだったな」
「そこで色々と人間の喋り方や接し方を習ったよ。おかげで余程のことがない限り、以前みたいな【地の性格】は出なくなったさ……けど、」
「まぁ、たまにはこんな感じになることも……あるよ?」
ぴこぴこ……と耳を動かしながら、ロイの胸元に頭を寄せて、ゴロゴロ……♪と喉を鳴らして幸せそうに膝枕になるカノン。
席が後ろだったから良かったものの、もし自分が乗り合わせた馬車の用心棒が、こんなどら猫紛いだったら……不安で仕方がないと言うものだろう……。
「フニィ……♪……やっぱりお前は安心できる……また研いで貰わないと……ッ!?」
そこまで言って不意にガバッ、と身を起こし、後方の幕の隙間から外を窺う素振りをみせるカノンだったが、そのまま立ち上がると前方に小走りに進み、馭者席のロッテさんに近付きながら乗客に向かって、
「……驚かずに落ち着いて欲しい。今、後方から騎馬の近付く気配が複数やって来る。今は大人しく静かにしていてくれ……」
何やらきな臭い雰囲気になってきた……と、うちの非常用奥の手、ことキュティの調子を窺うと……、
「…………や、んむぅ……カレラぁ……それは、私のぉ……肉団子さんだぉ……むにゃ」
……どうやら全く我関せず、のようだ。……役立たずめ。
「カレラ!魔剣は持って来てないから仕方ない……キュティから離れるな!」
「父さんはどうするの!?」
心配げなカレラと他の乗客、あとキュティの安全を確保する為に……
「……ロイ、私はこの馬車の用心棒なんだぞ?ここは任せて貰いたいものだな?」
カノンは俺の考えなどお見通しのようだ……いや、この状況ではこちらが足手まといか?
「ロッテ、馬車の速度を少しだけ落としてくれ。その代わり、前方に異常が有ったら必ず停止するんだ。間違ってもそのまま進んだりはするなよ?」
そう念押しすると、コートを脱ぎ落とし、身軽な格好に…………
……いや、身軽な格好、じゃない……完全に《戦闘準備》完了じゃないか!
手にはナックルガードの付いた指抜きの革手袋、手首から肘、そして二の腕まで随所を補強材で覆った護手付きの肩当て、胸当ては鉄の鱗付き革鎧、腰回りも分厚い蝋革製の被服……軽装ながら随所に補修痕が残り、歴戦の証となっている……か。
「ん?カノン、得物は無いのか?……まさか、素手で……?」
「ロイよ、人間はもう少し、身体の使い方について学ぶべきだと思うがな」
そう一言言い残し、カノンは走る馬車の外へと身を躍らせて、いつの間にか近くまで来ていた騎馬の先頭へと肉薄していった。
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「父さん!あの魔剣さん、強いの!?」
野次馬気質の乗客に肩を並べるロイに向かって、カレラは思わず聞いてしまう。
たとえカノンが魔剣といえど、徒手空拳で立ち向かえる程に騎馬の兵士は弱くない。いや、歩兵相手ならば、訓練された軍馬なら踏み殺してしまうから瞬殺かもしれないのだ。
「いや……俺が出会った時は一度も戦う姿を見ていない……果たして強いのかどうかなど……おぉっ!!」
どうやらカノンが単身で三騎に挑んだのは、ただの蛮勇等ではなかったようだ。いや、確信犯と言うべきか……?
まず先頭の一騎が押し寄せるまでは不動のカノンだったが、騎馬が目前まで近付いた瞬間、
「疾走する馬は……横からの力に、弱いッ!!」
土煙を被らん距離まで引き付けたカノンが半身を反らして横に回り、軍馬の脇腹に揃えた掌底を叩き込むと、あろうことか騎馬は一頭分、真横に吹き飛びそのまま膝から地面に倒れ込んでしまう。
当然、騎乗していた兵士も勢いよく飛ばされて、大地を転がり動かなくなる。
「次の二頭は……面倒だから……ッ」
カノンが次にやって来るであろう後方の二頭に向かって両手を地に着くや否や、
「ァオオオオォ~~ゥォオオッ!!!!」
カノンは……吼えた。比類ない程、力強く。
……でもそれは効果覿面だった。かなりの距離まで近付いていた二頭の騎馬は驚くと同時に竿立ちになり、片方の兵士はバランスを崩して落馬してしまう。
だがもう一頭を御しようと必死になっていた片割れに気付かれないまま、騎馬に踏まれて致命傷を受けたのかこちらも動かなくなった。
「やるなぁ~!……でも、あの最後の生き残り、《魔剣士》だよね……たぶん」
ロイと並んだカレラが看過するまでもなく、その兵士の腰には美麗な
……かしゅっ。
カノンの無慈悲な跳び蹴りは、その魔剣士のこめかみに突き刺さり、在らぬ方にネジ曲がった首が力無く垂れる。
「わーっ!わーっ!半端じゃないじゃんあの人!!一撃で魔剣士葬っちゃったよ……!?」
騒ぐカレラの視線の先では、折れ曲がった首を片手でごきり、と直し、こきこきと動かした魔剣士がカノンをぎろりと睨み付けながら、
「……やるじゃねぇか、あんた。危うく死ぬところだったよ……!?」
立て直す間を与える気はないようで、至近距離からの猛打を浴びせるカノン。
掌底が相手の脇腹に捩じ込まれ、直ぐ様喉を貫く手刀が伸びて気道を潰しつつ左右からの殴打を同時に耳へと当てて、直後に真下からの連打へと繋げて相手が浮く程の集中打へと発展させたのだが……、
「変わらねぇっての!全くぅ……」
その魔剣士は防ぐこともせず、されるがままであったのだが、前蹴りを丹田辺りに入れられたにも関わらず、動じることのない姿にカノンの猛打の勢いが弱まった。
「……相性が悪いにも程があるのよ……見てらんないわ!」
そう言い残すとカレラが馬車を降りて、カノンの傍らに走り寄る。
「……なんだなんだ?一人じゃ敵わないって助っ人が来たからって……しかも娘ッ子だと……」
「カノンさんッ!!私、魔剣士だから【委ね】させて!!」
(……魔剣の研ぎ師の娘……らしいわね、いや、《ロイ》の娘だからか?)
状況を変える為にも、それにあの魔剣士の打たれ強さは相性以前に何かある。そう感じたからこそ、カレラの助太刀に乗ってみることにした。
カレラの手を握り締めた瞬間、カノンの身体は一振りの長剣へと変化する。だが、ロイの眼には同じ《獣の剣》の筈なのに、何か……何処かが違うような気がした。
「前見た時は不規則に並ぶ牙や爪だったのに……随分と洗練されたみたいに見えるな……魔剣は変化するものなのか?……いや、そうじゃない!カレラは大丈夫なのか……?」
思わず口に出してしまうロイだったが、それよりもカレラの方が心配になる。なにせロイ自身はカレラが戦う姿を見たことがなかったのだから……。
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…………歳旧き獣の剣、若き娘に携えられ戦場に入る
然らば生きて出んと欲すれば に入りて
纏まりし を得て に す。
誰の声だったんだろう……カノンさんじゃない。若いような年寄りのような……。聞き覚えの無い声……それに飛び飛びで意味も判らないし……ま、今は聞こえないからいいや。
カノンさんに委ねた身体は滑らかに動き、全くの不安感もない。いやそれよりも感じたことのない身の軽さ……そして、沸き上がる高揚感に包まれてボーッとしてしまう。流石は獣の剣さん!野性的ってこと?
相手の魔剣士は打たれ強さには自信があったのだろうけど、剣の腕はどうだろうか?まぁ戦えば判るか……。
久々の戦いで、緊張感に包まれる……手を握り、緩め……確かめながら、獣の剣と一体になろう………………
「……ようこそ♪カレラさん……私の【野獣の寝床】へ……!」
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「「あおおおオオオオォおおぉーーーーッ!!」」
耳をつんざく強烈な咆哮……まるで巨大な太鼓を目の前でぶっ叩かれたような衝撃で思わずロイは眼を瞑ってしまった。
「あれは……カレラとカノンの……二人の声なんだよな?」
視線の先には魔剣を肩に担いだカレラ、そして耳を塞いで狼狽している魔剣士の姿が見えているのだが、先程から見える景色と異なる【何か】の存在が重なって感じていた。
そして遂に、ロイはその正体を垣間見る。カレラが担ぐ魔剣……それは常に緩やかな八の字を描いて動き続けているのだが、それは正に「巨大な肉食哺乳類」の揺れ動く尻尾そのものに見えてきた瞬間、
それまで動きのなかったカレラが身を低くすると、その低さを維持したまま突進し、激しい一撃を魔剣士へと浴びせたのだ。
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(……っこれッ!すっごいじゃん!!身体中が軽いのに、地に着いた脚はビッとくっついて離れない感じ!!おまけに……剣が軽い軽~い!)
魔剣と一体になったカレラは、その猛烈な変化に酔いしれていた。それはまるで、今までの身体が重い荷物を持ち、粘りけの強い液体の中を掻き分けながら進んでいたとするなら、今の状況はそれら全てを無しにして、自由闊達に動き回るのだから。
「あははははぁ~!遊んであ~げるぅ!」
獣の剣を振り上げるや否や、まるで水車のごとき間断ない連撃に魔剣士は思わずたじろぐ。
「くっ、なんだこいつ……乱れ打ちどころじゃねぇ……それに女の膂力と思えねぇ……ッ!!」
ぎぎぎぎぎぎぎぎっ、と、激しく火花を散らしながら防御に徹し、カレラの猛打に耐えるのが精一杯の状況を変える為に、魔剣士は渾身の力を振り絞り、殴打を繰り出して剣ごとカレラを跳ね退ける。
「つあぁっ!!ったく!何て馬鹿力だ……手が痺れて力が抜けちまうぜ……」
距離を取って仕切り直しを試みる魔剣士の視界からカレラが消え失せ、思わず大木を背にして周囲を見回してみるが、
「何なんだあいつ……一体どこに……?」
「……バーカ。上だよ、上ぇ!!」
見上げる魔剣士の頭上から、見失った筈のカレラが舞い落ちながら獣の剣の切っ先を突き降ろす。
……ぎぃんっ!!
振り上げた魔剣の腹に切っ先が当たり、一瞬だけ双方の動きが凍りつき、時間が止まったかのような錯覚に陥る。
「……当たったね……じゃ、この距離は……私の【間合い】!」
カレラはそのまま先程と変わらぬ連撃を開始したのだが、下に居る魔剣士は堪らない。何せ真上を見上げながらの防御になってしまい、やり難いにも程があるのだ。
何故、空中に居る筈の相手がここまで重く、そして速い連打を繰り出せるのか判らなかったのだが、その真相を知るや絶句してしまった。
連打を繰り出すカレラは、いつの間にか靴を脱ぎ捨て、素足で幹から張り出す枝を足の指を駆使して掴んだ状態でぶら下がり、そのままの姿勢で攻撃をしているのだ。
「蝙蝠みたいな真似しやがって……ふざけるなっ!」
下の魔剣士は、最後の手段を行使しようと考えていた。強靭な肉体を与える魔剣の附与を最大値まで上げて、剣の間合いの中での肉弾戦を狙うのだ。
だが、それは危険な賭けだった。戦いが長引けば附与が消え失せ一切の強化が無くなる。魔剣を振り上げることも困難になる。無論長引き続ければ、現状でもいつかそうなるのだが。
……一瞬の迷いは戦いの勝敗を分ける。カレラ、そしてカノンはその一瞬を見逃さなかった。
「「ゴアあああああぁぁァオオオオーーーーッ!!」」
「!!」
今までで最も近い距離での強烈な咆哮は、予想を上回る結果を産み出した。
音圧による空気の振動は直接脳を揺さぶり、軽い脳震盪を引き起こし、打たれ強い筈の魔剣士に手痛い決定打となった。
立ち尽くす彼に向かって落下しながら獣の剣を振り下ろすカレラ。だが彼女の一太刀は手の中で回転し、急所を外した打撃に変化させ幕を下ろした。
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「あー、すごかった!何か力の沸き上がり感っての?全然違うんだもん!……って、足の裏痛い……って何で私裸足なの!?いやいや痛いの足裏だけじゃないし!何これ!」
揺り戻しの筋肉痛にもがき苦しむカレラの脇で、昏倒していた魔剣士が意識を取り戻す。
「あらお早いお目覚めだこと……《生身》も随分とタフじゃん?」
「……こんな娘ッ子にしてやられるとはな……俺も焼きが回ったか?」
言葉とは裏腹に胡座をかいて膝をぱん!と叩いた彼は、
「……戦場で何度も死線を掻い潜って来たが、今回は最初から負け戦だったって訳か。その魔剣、ただもんじゃないな?」
「そう?カノンって言うけど私は初めて会った魔剣なんだけど?」
用心の為に足で魔剣を蹴り飛ばしていたカレラは、正対する相手の言葉に素直に答える。
「終わったみたいだな……ま、心配はしてなかったが」
ロイが近付くと、魔剣から人の姿になるカノン。彼女はカレラに身を寄せて、
「さすがはロイ、あんたの娘ねぇ!この子、いい魔剣士になるわよ?……あなたに似て馴染みやすくて……良い依り代になれるよ?」
言われるカレラは力無くあはは、と薄笑いしつつ、派手にやったから疲れちゃったわ……と言いながら、脱ぎ捨てた靴を探すためにひょこひょこと足元を気にしながら歩く。
「はいはい依り代様!只今参りますわよ?」
そう言うカノンがカレラに近寄りひょい、と軽々彼女を抱え持ち、すんすんと鼻を利かせると下草の生い茂った箇所へと歩み寄り、ロイを呼んで靴を拾わせるのだった。
(…………恥ずかしいなぁ……)
次回もよろしくお願いいたします。明日までのお盆前の二連休を副業に費やすので疲れます……。