エリック将軍
俺は思わず固まった。
エリック将軍。
王国大一軍の将軍にして王弟。
王弟ゆえに将軍と言ってもお飾りだ。
そもそも陛下には弟が五人いた。
現在の生き残りはエリックだけ。
王位継承時に全員死亡した。
と言うか……親父が全員抹殺した。
と、言われている。
もちろん表向きは病死や事故死。
実際は現在の俺のように毒を盛られたのだろう。
まさに鬼畜の如き所業だ。
もちろん証拠もなければ証人もいないので真実は闇の中だ。
エリックの派閥は正妃派。
と言ってもそれを表には出していない。
あくまで王弟だから伝統を重んじると思われているだけだ。
腹の中では何を考えているかわからない。
親父の身内はそんなのばかりだ。
こうやってなじっているところからもわかるとおり、俺は心の底からエリックに護衛されるのが嫌だった。
俺にはエリックに護衛をして欲しくない理由があった。
それは簡単な理由だ。
俺が死んだら一番得をするのはエリックだ。
王と俺と弟の三人を排除すれば王になるのはエリックだ。
いや殺すのは托卵された雛である俺だけでいい。
王には毒でも盛って動けなくして、正当な血筋であるランスロットを傀儡にさえすればいい。
だが俺の存在だけは許せないだろう。
なのでいらない子は闇に葬る……
俺は自分の想像力の最低っぷりに反吐を吐きそうになる。
もっと家族を信じようぜ!
……無理。
だってあやしいもん。
密かに葛藤する俺が固まっているとドアがこんこんっとノックされた。
嫌な予感がする。
「レオン。エリックが来ましたよ」
シェリルが最悪の事態を予告するとメイドがドアを開け男が入って来た。
外見は映画俳優のような美中年。
「お、叔父上……」
「レオン殿、このエリックが来たからもう安心ですぞ」
中身は体育会系ゴリラ。
俺は思わずあの有名なクソゲー『たけしの挑戦状』のゲームオーバー画面を思い出した。
あの葬式のやつ。
タワーマンション型死亡フラグ内覧会のお知らせ。
高層階は王子様の死でございます。
「さあ王子の護衛を紹介しましょう。入ってこい」
そう言うと若い男が二人入ってきた。
俺はどうしても値踏みするかのように彼らを注意深く観察してしまう。
一人は刈り込んだ短い黒髪にぼっこりとした僧帽筋、筋肉質の大男だ。
大きい体のわりにその目は知性を宿している。
耳が肉で潰れている。
ぎょうざ耳というやつだ。
レスリングや柔道みたいな組技の使い手は頭や体が耳に激突することで腫れ上がり次第にああいう耳になる。
指も何本か指が曲がっている。
襟をつかもうとして脱臼したり骨折したりしたせいだ。
もしくは折られたか。
指関節を曲げるってのは実戦的だからな。
ということは、バリバリの戦闘員だが、ただの脳筋じゃなくてありとあらゆる戦闘法を身につけたクレバーな戦士だろう。
もう一人は茶色い髪の明るそうな男だ。
中肉中背、顔も普通、明るそうという以外に特に特徴はない。
どこにでもいる普通の兄ちゃんという印象だ。
デカい方の兄ちゃんと比べたら書くことは少ない。
ただ、まぶたの上にうっすらと切った跡があるのが気になる。
「ベンとライリーです。二人とも若輩ですが優秀な士官ですぞ」
叔父貴がオーバーアクションで俺に二人を紹介した。
太い方がベン。
細い方がライリーだ。
優秀な士官にしては「これこれこういう実績を上げました。こんなに優秀なんです」という経歴の説明がない。
売り込むならもっと言うことがあるだろうに。
おそらく叔父貴は二人のことは何も知らないに違いない。
王族ってのは会社で言えば本社の重役だ。
それが現場の班長レベルを知っているはずがない。
本社社員である下級貴族だってあやしいものだ。
確かにそれは仕方がないのかもしれない。
でも俺の護衛をそんな適当に決めやがったのは文句の一つも言ってもいいはずだ!
ふざけんなてめえ!
と、ブチ切れたその刹那、俺の頭に突如として悪魔的考えが浮上した。
こういうときはだいたい嫌がらせのアイデアなんだよな。
ボクちゃん最低♪
俺は名探偵ぶって二人を驚かせることにした。
「それで、具体的にはどなたが私を護ってくれるのですか?」
俺は悪い顔をしながらライリーに近づいた。
「ライリー、手を見せてください」
俺はライリーの手をつかむと手の甲を見る。
「やっぱり拳ダコがあった」
俺はにやあっと笑う。
やはりライリーは打撃系の格闘者だったか。
鼻が曲がってないから自信はなかったんだよね。
打撃系はこの世界では不遇だ。
この世界では俺の調べた範囲では銃はない。
なので戦場の武術は甲冑組み討ちがメインだ。
つまり投げ技と寝技がメインなのだ。
押さえつけて殴った方が早いからな。
打撃系は『お遊び』というレッテルを貼られている。
本当は打撃系って怖いんだけどね。
武器を持ったら攻撃が早いし。
どうだこの推理力!!!
テレビつければ格闘技の中継やらミステリードラマをやってる現代人を舐めるなよ!
「まぶたの傷。それは拳闘でついたものですね」
もうノリノリで俺は言う。
拳闘と言ってもこの世界のは、ボクシングとはだいぶ違う。
まず、厚いグローブはない。
薄い皮の手袋だけだ。
なので素手で戦うのと同じように拳を鍛える必要がある。
それが拳頭にできた拳ダコだ。
拳闘は、まず顔を殴られないようにガードを固めて、すり足でお互いの間合いまで近づくとひたすら胴体へパンチを打ち込む。
ボディへのダメージが溜まってガードが下がったら、がら空きの顔面に拳をねじ込む。
技術やスピードよりも攻撃に耐えるタフさが必要なスポーツだ。
……俺は絶対やらないからな。
「……これは……殿下は恐ろしいお人だ」
なぜかライリーは人のよさそうな顔を少しだけ歪ませた。
やっべぇ。
隠しておきたい情報だったか。
いらん所つついちまったぜ。
俺は慌てて話題を逸らす。
「ベンはレスリングですよね?」
「この腫れ上がった耳ですね。恐れ入りました」
ベンはそういうとにこりと笑った。
人のよさそうな好青年じゃないか!
「気に入ってくれたようだね。では二人とも後は頼む。レオンは中庭に行きなさい」
「ほえっ?」
ちょっと待てコラ。
てめえ今なんて言った?
「二人に護身術を習いなさい。今からでもやらないよりマシだろう」
『生兵法は大怪我のもと』って言葉をクソ叔父貴に教えてやりたい!
ゲイルの訓練だって効果があるかわからないんだぞ!
「では頼んだよ」
「はッ!」
ざけんなああああああああああ!!!
「お、お母様……」
た、助けてママン。
ぼ、ぼくちゃん、ゲイルの練習だけで体中が痛い……
「レオン、耐えるのです。王ともなれば様々な困難が待ち受けるでしょう。今、努力をすれば未来に……王になるその時に繋がるのです」
王になんかなりたくねええええええええええ!
俺は心で叫んだ。
「レオン」
俺を王にしようとするヤツはあとで地獄見せてやるからなー!!!
おぼえとけよ!
「レオン!」
って、なんでしゅかおかーたま。
「ふぁ、ふぁい」
俺が生返事をすると、突然シェリルは俺を抱きしめた。
「レオン。私はあなただけは守ります」
声がうわずっている。
シェリルは泣いていた。
いや泣かしてしまった。
シェリルは演技が出来るタイプではない。
なんたってくそ真面目なのだ。
「は、はい! 死なないようにがんばります!」
なんで俺はこういうときに気が利く台詞の一つも言えないのだろう。
嫌味なら無限にわくのに。
実に残念なキャラだ。
「お願い。死なないで」
俺は頷くしかなかった。
そしてそれを見計らったかのようにベンとライリーと叔父貴は俺を連れ出す。
こうして俺は中庭へ連行されていったのだ。
うおおおおおおおおお!
離せええええええええええッ!
それでも嫌なことは嫌なのだ。
つうかね、ゲイルさん!
陰から守ってるんだからコイツら止めて!
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