俺は小動物に弱いのだ
ガクガクと震える膝。
踏むたびに痙攣をする足。
気の早い脇腹はすでに筋肉痛を起こし、腰と背中は自分の物ではないかのように重い。
腕も痙攣をする。
手と指は何倍にも腫れたようにじんじんとしている。
要するに俺はズタボロだった。
「殿下……大丈夫ですか?」
フィーナが俺の顔をのぞき込む。
ちゃんと人の世話ができるようになっているではないか。
うむ、ちゃんと借りは利子をつけて返してやろう
「一酸化炭素中毒やヒ素の驚異と対峙しながらの消耗戦よりはいくらかマシです」
「どういう意味ですか?」
「常にゲイルが側にいるので死なないですみます」
「なるほど……殿下を殺そうとしているのはいったい誰なんですか?」
確かにそいつは問題だ。
俺は生前の記憶から熟考する。
殺人は憤怒、つまり衝動的に暴力をふるった結果によるものが圧倒的に多い。
簡単に言うと「ついかっとした」という理由が多い。
人を殺す理由としては実にばかげたものだ。
だが俺への暗殺は断じて違う。
実に手間がかかり、巧妙でコストがかかる。
そこには憤怒のような激情はない。
非常に理性的で冷たい。
つまり計画殺人だ。
計画殺人には必ず理由がある。
衝動的な殺人のように「ついかっとした」なんてクソみたいな理由ではないはずだ。
一番有力な容疑者は母である正妃シェリルと正妃派の有力貴族だろう。
俺が死ねば実の子であるランスロットを王にできる。
だができればシェリルが犯人であって欲しくはない。
何だかんだと言いながら俺の母はシェリルなのだ。
それに性格的にシェリルは融通が利かない委員長タイプだ。
性格的に子どもを暗殺するような卑怯者ではない。
その次の容疑者は寵姫派の有力貴族だ。
シェリルを罠に嵌めて俺を王にするつもりだ。
だがそれは理由としては弱い。
俺は書類上、正妃の息子だ。
黙っていても次代の王は俺なのだ。
余計なことをするメリットはない。
そういう意味では王も容疑者の一人だ。
俺が死ねば正妃の血を継ぐ息子が王位を継承する。
正妃派の有力貴族の溜飲を下げることができる。
だが王が犯人なら、俺の廃嫡を断る理由はないし、適当な罪をでっち上げて合法的に抹殺すればいい。
王が俺を闇に葬る理由はない。
一見すると継承権をめぐる利益の衝突だ。
だが俺にはどうも個人的理由があるような気がする。
金や名誉ではない。
もっと冷たく陰惨なもの。
人間という生き物特有のなんとも言えない薄汚さ、卑屈で自虐的で自己中心的ななにか……があるような気がしてならない。
本来なら10歳のガキであるフィーナが見るべき世界じゃないだろう。
だから俺は、
「今のところはわからない」
とはぐらかした。
「探さないんですか?」
そうフィーナが言った。
「相手の意図がわからないから探すのはリスクが高いですね。向こうから出てくるのを待った方がいいかと」
「そう……ですか……でもその間も毒に気をつけないといけないんですよね?」
フィーナは残念そうな顔をした。
なんだその捨てられた子犬みたいな目は!
俺は小動物に弱い。
あの無垢な目で見つめられると自分の薄汚い部分を自覚させられるようで嫌なのだ。
そう言えばフィーナも犬みたいだ。
俺はモフモフには弱いのだ。
フィーナの顔はまるで遊んでもらえないときのトイプードルのような……
頼むからそんな目で見るな……
「……」
や、やめてくれ!
そんな目で見るな!
「……わ、わかったよ! 犯人を捜す! 真面目に探します!」
「はい♪」
あー……クッソ。
「とりあえず母に会ってきます! それでいいですね!」
最悪だ。
でも逃げることはできない。
いつかは俺への暗殺は母の耳に入るのだ。
だったら子どもっぽく俺から直接言った方がいい。
子どもであることを最大限利用するのだ。
◇
俺は足取り重く後宮にある母の部屋へ行く。
面倒なのでフィーナは置いてきた。
「母上。レオンです」
生まれ落ちて十と数ヶ月。
まだこの名前には馴れない。
なぜなら、レオンなんてまるで少女の復讐に手を貸す殺し屋みたいなこの名前。
実にマッチョじゃないか!
それに引き替え俺は名前に負けている。
せめてケツアゴマッチョであればいいが、俺の体型は細い。
顔も女顔だ。
じっと手を見る。
細くて長い指。
むだ毛がなくつるつるしている。
そんな外見で生身はオッサン。
なんの嫌がらせだ。
「お入りなさい」
母の声がしドアが開く。
メイドが無言で頭を下げるのを見て、声をかけたいという衝動を意図的に抑えて母の前に出る。
貴人は自分ではなにもしない。
それはこの世界でも同じらしい。
「レオン、何用ですか?」
用がなければ会うこともできない。
貴人とはなんたる窮屈な世界だろうか。
ぼやいていても仕方がない。
本題に入ろう。
「毒を盛られました」
ぴくりとシェリルが震えた。
その顔は心配しているように見える。
確かに俺は実の息子ではないし、乳母がいるので子育て経験はほとんどない。
だが家族としての情はあると信じたい。
「陛下はなんと?」
なるほど。
「心あたりは?」とは聞かないわけか。
つまりシェリルは犯人の心あたりがある。
誰かを疑っている。
もしくはシェリルが犯人だ。
なるほどな。
俺は納得すると話を続けた。
「廃嫡を申し出たら断られました」
「当たり前です! なにを愚かなことを!」
予想通り雷を落とされた。
俺は安堵した。
やはりシェリルは犯人ではない。
犯人だったら俺の廃嫡に賛同するはずだ。
シェリルが犯人だとしたら、俺が廃嫡を主張することは少なくともシェリルの損にはならない。
このまま俺を本当に廃嫡にしてもいいし、心が疲れているとか適当なことを言って追放すればいい。
あとは弟を王にすればいい。
俺を騙す必要すらない。
つまりシェリルは俺の毒殺未遂には関与してないだろう。
「レオン! な、なんですその顔は!」
おっと、安心しすぎてにやけてた。
言っておくが、俺は断じてマザコンではない! 違うからな!
「レオン。私は怒ってます」
「はい……」
お説教タイム発動。
でも心配してくれているのはわかるので苦ではない。
「なぜすぐに来なかったのですか?」
「はい?」
「我らは親子なのですよ! それで陛下はどのように対処すると仰っているのですか?」
言えない。
……絶対に言えない。
道化師を護衛につけたなんて。
元暗殺者の道化師に暗殺者の訓練を受けているなんて!
「ええ。陛下の一番信頼するものを護衛につけて頂きました」
焦った俺からサラサラと流れるように嘘が出てくる。
本当のことは怒られるので言えないのだ。
「陛下は誰も信用しません。……つまり対策は立てていないと言うことですね」
さすが夫婦。
微妙に内容は違うが行動パターンは読んでいる。
そのせいで息子の俺が割を食う。
オイコラふざけんな。
俺は笑顔を保ちながらキレていた。
するとシェリルが呆れた様子で言った。
シェリルは生来のツンデレなので呆れた態度は「心から心配しています」という意味だ。
「わかりました。私の方でも護衛をつけましょう」
「ふぁ?」
間抜けな声が出た。
おいおいおいおいおい。
ちょっと待て。
護衛が増えるだと!
人間関係がさらにややこしくなるだろが。
っていうか誰よ!?
「変な声を出すものではありません。護衛の指揮をして頂くのは義兄上……第三軍将軍のエリック卿です」
またややこしくなって来やがったぜ……
俺はまたもや自分自身の死亡フラグが増えるのを感じていた。