セクハラそして……
夜になると俺はフィーナに計画を話した。
火鉢はあるが使えない。
一度失敗しているのだ。
もっとたちの悪いものに入れ替わってる可能性がある。
「き、聞いてませんよ!!!」
フィーナが顔を真っ赤にして抗議した。
「なにが?」
「ど、同衾しろって!」
「おう、伽を申しつける」
フィーナは涙目だ。
この期に及んで往生際の悪い。
「え、えっち!」
このマセガキが!
そんな気はさらさらない。
フィーナはまだストライクゾーンの年齢ではない。
光源氏のように理想の女性を育てようとは……少ししか思わない。
「あのな火鉢が使えないんだから、人間で温めようと思っただけだ」
「わ、私はソファーで寝ます!」
「フィーナも一緒じゃなければ寝られないと思うよ」
部屋は念入りに密閉され、室温を保ち易くなっている。
だが暖房器具が使えないというのは少しキツい。
特に一酸化中毒を避けるため炭製品が使えないのが痛い。
そもそもこの世界には抗生物質も総合感冒薬もない。
風邪を引いただけで死ぬことができる。
暗殺者もそれをわかっているに違いない。
だれが易々と殺されてやるか!
どんな手段も使ってやる!
たとえ恥ずかしかろうと人間としてダメダメだろうともう知るかボケ!
完全に開き直った俺はベッドに横になると手招きをした。
へいへいカモーン!
人間湯たんぽ!
「へ、変なことをしたら許しませんから!」
「しない。家名に誓う」
今は必要ないからな。
今のところ嘘はついていない。
心の底から嫌そうな顔をしながらフィーナは明りを消すと俺の布団に潜り込んだ。
「へ、変な噂も流さないでください!」
「もちろん」
俺は堂々と言った。
こちらはもう遅い。
外にいる宿直の兵士にはフィーナと一緒に寝ると言い渡した。
思いっきり「このマセガキが」という顔をしてくれたので暗殺の隠蔽は完璧だろう。
噂にもなっていない。
一方、すでに王城では俺がフィーナと親しいという噂で持ちきりだろう。
まあ、俺が積極的に噂を流したわけではない。
必要な報告をしただけだ。
うむ。嘘はついていない。
それにこれは俺の生存計画の一手なのだ。
フィーナはそこそこの名家だ。
その後ろ盾全てを頂く。
ぐはははは!
犯人よ! 俺を殺せると思うなよ!
◇
朝早く俺は城の中庭に来た。
騎士たちはもまだ来ていない。
吐く息が白くなる。
今日も寒くなるだろう。
「殿下、来られましたか。来られなかったら攫ってこようと思っていました」
ゲイルが俺の姿を見て笑いながら声をかけた。
さりげなく台詞が物騒だ。
ゲイルは俺よりも先に来ていた。
当たり前だがメイクも奇抜な衣装も着ていない。
「一日に二度殺されかけてさすがに危機感を感じましたもので」
俺は素っ気なく答える。
「なるほど。では早速、レッスンに入りましょう」
そう言うとゲイルは懐から小さな陶器製の置物を出した。
金魚によく似た魚の置物だ。
「それは?」
「初心者用の目つぶし用の笛です。中には目つぶし用の灰と毒キノコの粉を混ぜたものを入れてあります。襲われたら吹いてください。今もっと強力な物を作ってます。できたらお渡しします」
「粉を吸い込んだらどうなる?」
「痺れてむせます」
「大丈夫なのか?」
「屋内戦なら風向きは関係ないでしょうから大丈夫でしょう。それに馴れたらこれほど効果的なものはありません。使い方を学んだらもっと強力なものも覚えて頂きます。……というわけで、殿下には暗殺用の武器、暗器の使い方を徹底的に覚えていただだこうと思います」
「賊を捕まえる訓練ですか?」
暗器。なんだろう? この胸のときめきは……
暗器使いってなんと言うか……かっこいい。
長い針とか鋼糸とか手に収まるサイズの弓とか、カッコイイナイフとか。
胸がドキドキする。
俺の中二心が激しく刺激されたのだ。
「いいえ。はっきり言いますと、これから教える内容は賊を捕まえる訓練ではなく、初撃を避けていただく練習です。初撃さえ避ければあとは私や兵士がどうにかするでしょう」
……暗殺者を華麗に倒す俺カッコイイを全否定だと!!!
王子様は暗器使い……
かなり期待したのに!!!
いやいやいやいや。
そうじゃねえ。
これはあくまで現実的なプランの提示だ。
従っておこう。
「組み手とかもやるんですか?」
俺、痛いの嫌い。
「もちろん。これから実戦形式で。今日は武器はやりません。まずは殿下がどれだけのレベルか判断させて頂きます」
そう言うとゲイルは口角を上げながら間合いを詰める。
おい、ちょっとまて。
嘘だろ。
や、やめろ!
聞いてない!
聞いてねえって!
やめろおおおおおおおおおおッ!
俺は脱兎のごとく逃げる。
「素晴らしい判断です!」
必死に逃げたのにもかかわらずゲイルに回り込まれる。
大人と子どもじゃこんなもんだ。
だから俺はずっこけたふりをする。
怪我をしてないか心配したゲイルが近づいてくる。
くくく、計算通り!
俺は砂を掴むと近寄ってきたゲイルに投げつける。
喰らえ目つぶし!!!
「素晴らしい! 殿下その調子です!!!」
ゲイルは砂をひょいとかわす。
バレてたー!
俺は慌てて逃げる。
だがゲイルに襟首をつかまれる。
「はい、一死にです」
くっ!
俺はインドア派なんだぞ!
こんなの知らんわ!
俺はじたばたしながら抵抗する。
「どうやら殿下は基礎はできているご様子。素晴らしい才能です」
喧嘩殺法を褒められたのは初めてだぞ。
でもこんな訓練はごめんだ。
だから交渉しよう。
言い訳じゃないぞ!
「今回は私の負けです。ふふふ。これで終わりにしましょう」
俺の言い訳を聞くとゲイルが二カッと、とてつもなくいい笑顔になった。
「負けてもなお勝利をつかもうとする根性。これほどの才能は伸ばすべきです! さあ、練習をいたしましょう! あの目つぶしは素晴らしい。並の相手なら通用することでしょう! はっはっはっは!!!」
「い、いやね! ボクちゃんもう無理!」
「無理じゃありません。殿下ならどんな高い壁でも乗り越えることでしょう!」
そう言うとゲイルは俺を解放する。
鬼ごっこ再開だ。
こうしてアルティメット追いかけっこは続く。
俺の次の手は投石。
だが、ゲイルはボクサーの如きステップワークで全てを避けてしまう。
目つぶしも投石も効かない相手にどうしろというのだ!
逃げようとすると捕まって2死。
「素晴らしい。投石は実に有効な手です。室内にはありませんが」
身も蓋もない。
「さあ続けましょう!」
結局、この訓練だけで十回は殺された。
こうして俺はとにかく逃げることを体に覚え込まされたのだ。
……二時間後。
全身が痛いでゴザル。
筋肉が痙攣してるでゴザル。
俺、刺客より先にゲイルに殺されるかもしれない。