第二の暗殺事件
俺は部屋に戻った。
メイドの誰かが掃除したのだろう、部屋がキレイになっていた。
これでは本を隠す場所がない。
意味不明なことを考えながら俺は部屋を観察した。
部屋には窓ガラスはない。
木戸だけだ。
そもそも城は要塞だ。
攻め込まれた時のために壊れやすい物では作られていないのだ。
なので多少居住空間としては不便があるのだ。
俺は木戸を開けようとした。
城内は戸を開けないと暗すぎるのだ。
いつもより木戸ががっちり嵌まっている。
嫌な予感がする。
俺は体重を使ってムリヤリ窓をこじ開ける。
本気で力をこめるとがたんと言う音とともに窓が開いた。
窓には泥に藁を混ぜた物が塗ってあった。
まるで密閉をするかのようにだ。
冷たい風が頬に当たった。
今日は寒くなるだろう。
そうか気を利かせて部屋の保温のために泥を塗ったのか。
いやあ感心感心。
素晴らしいなあ。
俺は部屋の中央に置かれた火鉢を見る。
この部屋には暖炉も煙突もない。
理由は複数ある。
まず大きな理由は100年前の築城時には、まだこの世界に暖炉が存在しなかったため、この城には暖炉のない部屋が多い。
小さな理由は火遊びさせないようにわざと暖炉のない部屋をあてがわれている。
火事になるからな。
その代わりの火鉢だ。
中を見るとすでに炭がセットされている。
アロマ用としてポプリもセットされている。
前世の会社でもこんなに気が利く仲間はいなかったなあ。
おじさん感心しちゃう。
って、そんなことあるかー!!!
一酸化炭素中毒狙いまくりじゃねえか!
どうせこの火鉢の方にも何か仕込んでいるんだろ!
俺は火事防止用の金網のフタを外し、火鉢の中のポプリを火かき棒でつつく。
乾燥した花や香草が容易にバラバラになる。
俺はその中に見覚えのない枝を見つける。
……やはり!
「夾竹桃ですな」
俺の後ろで声がした。
音も立てずにゲイルが後ろに立っていた。
全然気づかなかった。
「夾竹桃?」
「ええ、非常に強い毒草です。おそらく火鉢と夾竹桃の二重の策だったようですな。夾竹桃は燃えてしまうので死因は火鉢での不幸な事故となるでしょうな」
全力で殺しに来ている。
これはちょっとまずい事態だ。
「念のために殿下の安全を確かめに来ましたが、どうやら相手は本気のようですな」
「……こんな露骨な悪意をぶつけられたのは生まれて初めてだぞ」
悪意を持って俺の命を取りに来ている。
これで確定した。
脅しでも警告でもなく明確な殺意だ。
その事実を自覚すると俺はさすがにヘコんだ。
これで犯人が母上だったら俺は一生立ち直れないぞ。
ま、マザコンちゃうわ!
地味にヘコんでいる俺にゲイルは容赦なく言った。
「私なら念のためにさらに食事にしびれ薬を混入するでしょうな。ふむ、今度から食事は信頼できるものに作らせてください。なんなら私が作りましょう」
そこで俺は初めてにやりと笑った。
「問題ない。それに関してはもう考えてあります。暖をとる方法もね」
ゲイルの手料理は悪くない案だ。
だが実現不能な問題もある。
食事のたびに寮に行くのも問題だし、来てもらうのも難しい。
道化師は目立ちすぎるのだ。
教育に悪いとかの難癖をつけて排除されるだろう。
俺も食事の方は対策を考えていた。
アイツに多少被害が出るがまあ仕方がないだろう。
埋め合わせはするつもりだ。
◇
「と、いうわけでこれから俺の食事はフィーナ嬢に作ってもらうことになりました」
俺はニコニコと微笑みながら言った。
フィーナは涙目でゴキブリを見るような冷たい視線を俺に向けている。
「……何を仰っているのかわかりません」
「運ばれてきた料理は信用できない。現時点で俺が信用できるのは子分のお前だけだ。料理作ってくれ」
「……殿下。個人的に毒を盛ってやりたくなったのですが」
「あのな、すでに俺とフィーナは一蓮托生だ。俺が成人してそれなりの地位に就いたら実家にもお前にも恩返しをする」
「恩返し?」
「ああ。金でも名誉でも俺ができることならなんでも叶えてやる」
「……うーん」
フィーナが悩んでいる。
まあ10歳の女の子の想像力では「なんでも」と言われても想像は難しいだろう。
「あ、お姉様がお姫様になりたいって言ってました」
「いいよ」
俺は即答する。
実はそれは生存計画の一部でもある。
「で、できるんですか?」
「ああ、方法はいくらでもあるがもう考えてある」
そう言うとフィーナはにっこりと笑う。
俺もにっこりと笑う。
そして同時に俺は心の中でほくそ笑む。
くくく。
一人の純真な人間を汚すのってこんなに楽しいことだったのな。
「では料理してもらっていいかな?」
「いいですよ」
フィーナはニコニコしていた。
ここからフィーナの受難が始まるのだ。
その受難のほとんどは俺が与えるんだけどな!
……と、人ごと風にまとめてみた。
◇
「はい。できましたよー♪ 二人前のお料理♪ 仰るとおり、銀が変色しないように卵抜きですよー♪」
「おう、そこに座れ」
「え?」
「お前も一緒に食べるんだよ」
「あ、あの……プライベートで一緒の食卓を囲むと言うことは家族であるという意味で……」
うん知ってる。
「まあなんだ。二人とも同じものを食べるんだ。毒を入れられないかちゃんと確認しろよ♪ じゃないとお前も死んじゃうぞ♪」
「……イジワル!」
くくく。
なんとでも言え!
貴様と俺は一蓮托生なのだからな!!!
だが貴様はあとで思い知るだろう!
良い買いものをしたとな!!!
ぐあーはっはっは!
と、外道そのものの思考をしながらフィーナの作った料理を口に運ぶ。
「美味しい」
普通の家庭料理だ。
だがちゃんとした味だ。
それは壮絶な使い回しより美味しく感じられた。
フィーナは俺が褒めたせいか機嫌がいい。
チョロいな。
このタイプは褒めて伸ばした方がよさそうだ。
「でもいいんですか?」
「なにが?」
「いえ、このお料理は使用人用の食材ですよ?」
「原料に毒が入ってたら回避できない。それに高級食材はちょろまかすのが難しい」
「ふーん」
「それにフィーナの料理は美味しい」
俺が褒めるとフィーナは顔を赤くした。
どうやら褒められ馴れていないようだ。
「あとは寝るときだな。」
「どうされるんですか?」
「まあ楽しみにしてろ」
俺はニヤリと笑った。
その後、俺はいつもより食べ過ぎた。
やはり誰かと食事するってのはいいものだ。