疑い
オイコラ、ダズさんよう。
なあに陛下に余計な事吹き込んでいるんだよ。ああ? コラァ!
抗議の視線がダズを囲んだ。
俺はたった今、騎士学科の連中の前でソフィアと一緒にダズを尋問していた。
これは情報の共有が必要だったのと騎士学科の連中を煽るためだ。
騎士学科の連中がダズに不満を抱いている一目瞭然だった。
だずは心なしか斜めに傾いていつもの貴公子然とした顔はネトゲ中毒の高校生のようになっていた。
目にクマができて頬がこけている……これでは使い物にならない。
しかたがない。
騎士は気高い俺様というブランドで食っている商売だ。
その親分である俺のブランドを守るために必死なのだ。
普段だったらそれでいい。
それが重要なら従う。
だけど今はダメだ。
「誉れ高き同輩たちよ。余はこの事件を解決するためにダズの証言が必要なのだ」
舌を噛みそうになりながら俺は言った。
こういうしゃべり方は必要な演出だ。
その証拠に全員が黙った。
「ダズ、今こそ卿の真の力を見せるときが来たのだ!」
「し、真の力……?」
俺はわざとらしく褒める。
そうだ情報は力なのだ。
「そうだ。圧倒的コミュニケーション力を持ち学園の情報に詳しい伊達男。それが卿だ」
「あ、圧倒的……」
「そうだ。女子生徒と愛を語り、なにかのときのために学園の噂を集める卿の努力が今実ったのだ」
「ど、努力……」
「そうだ。他のものには為し得ない卿独自の知略なのだ」
「ち、知略!!!」
俺に褒められるうちにダズはだんだんとドヤ顔になっていく。
頬はふっくらし、目は生気を取り戻す。
「戴冠式の深紅の服装を着こなす陛下こそ伊達男と言わざるをえません」
おっと軽く黒歴史を掘りやがって!
それは言わない約束だろ?
「え、えへん。それで情報の話だが」
「はい陛下。なんなりとお聞きください」
その単純さに一抹の不安を感じたが他に代わりはいない。
「モーリスについて教えて欲しい。学園の調書にもない情報が欲しいのだ」
「御意。そうですね、モーリス・ケネスは大人しい学生です」
「それは調書にあった」
「特に問題は起こしてません。目立たないタイプです」
「なるほど」
「女性の好みは、なんと言いますか……勝ち気な女性が好きだったようです。振り回されるのが好きというか」
モーリスとは美味い酒が飲めそうだ。
「モーリスに恋人はいるか?」
俺が聞くとダズはキリッとした顔になる。
自信があるのだろう。
「いません」
「……ダメか」
俺は落胆しため息をついた。
ここまで煽って無理だったか。
「でも数週間前にキャロライン・リンチに交際を申し込んで断られています」
「ほえ?」
「ええ。ですからキャロライン・リンチに交際の申し込みを……」
「え? キャロルって勝ち気なの?」
ずいぶん印象が違う。
俺と話したときはもっとゆるふわな印象だったが……
「リンチの妹は評判がまちまちなのです」
「どういうこと?」
「人によっては冷たいと言う人もいるし、怖いという人もいます。可憐という評判もありますし、残酷という評判もあります」
「なんだそれ?」
「私は人当たりの良いレディだという印象です」
声をかけたのか。
「私はすべての女生徒に声をかけましたので」
……徹底してやがる。
ってちょっと待てよ。
「ダズくん」
「はい」
「フィーナにも声をかけたのかな?」
怒ってないヨ。
「もちろ……ひいいいいいいいッ!」
ぜんぜん怒ってないヨ。
「陛下。騎士を目で殺すのはおやめください。それに今は事件の解決が最優先です」
「そうだな。それでリンチの兄はどうなんだ?」
「リンチ兄は成績は優秀ですがなにぶん……」
「なにぶん?」
そんなに問題のある人物には見えなかったが。
「寡黙でして……」
「ほえ? 寡黙ぅッ?」
ずいぶん印象が違う。
あのさわやか好青年はどこ行った。
「友人もいないようです。よく一人でいるのを見ました」
ぼっち属性か……
それは辛いな。
「ですから私めが友人一号になりました! なんと言っても私の目標は学園の学生全員と友人になることですからね!」
ダズは鼻息を荒くしてはっきりと言った。
マジで「友達100人できるかな」をするやつを初めて見た!
なにこの圧倒的なコミュニケーション能力!
こういうお節介なやつがいるおかげで学園は空気が良く、少なくとも学生間では風通しが良いのかもしれない。
ダズ……暑苦しいけどお前いいヤツだな……
俺たぶん知らないところでダズのお世話になってるわ。
「ダズ。ありがとう。たぶんこの学園を支えているのはキミだ。ぜひ全員と友達になってくれ」
「ええ。もちろん!」
つまりどういうことなのかが問題だった。
俺が知っているリンチ兄妹は偽物……いや、そんなことはない。
彼らは本物だ。
ではなぜ本性を隠した?
さわやか好青年とふんわり女子を演じた?
そしてなぜ俺に近親相愛を語る姿を見せた?
まったくわからない。
俺は思い悩んだ。だがなにも出てこない。
ドツボにはまった。
とりあえず二人を調査しなくてはならない。
これだけはわかった。
だから考えを変えよう。
俺は紙に羽ペンで図を書く。
校舎の図だ。
「それはなんですか」
ソフィアがのぞき込んだ。
興味があるらしい。
「狩りの獲物をあぶり出す方法だ」
「学園の正式なカリキュラムなんですか?」
狩り、特に狐狩りは軍事訓練だ。
従って一部はカリキュラムとして組み込まれている。
俺は絶対やらないけどな。
嫌いなんだよ。動物虐待って。
だがそんな感想をソフィアに言ってもしかたがない。
俺はソフィアの質問に最低限の情報で答える。
「いんやこれは俺のオリジナルだ。それを犯人捜しに使おうと思ってな」
「なるほど。どう使うんですか?」
「まあ見てろよ」
俺は学校の図、そのテラス部分に○をつけた。
「まずは事件が起こったのはテラスだ」
次に俺は紙の端に最高法院と書いて○をつける。
「連続犯というものは地元ですべてをまかなう傾向が強い。狐と同じだ。巣穴の近くの方が安心するんだ」
「一理あります」
「なるべく巣穴の近くで活動しようとする」
「狐の話ですよね?」
「いいや。人間も同じだ。なるべくなら巣穴の近くで、知っている場所で、安全な場所で、犯罪を犯したいんだ。だから巣穴で一番安心しているのは犯人だ」
「なるほど」
「だから巣穴にいるときに捕らえたい。油断してるからな。だけど巣穴には学生たちも一緒に住んでいる」
俺は寮の絵を描き棒人間をたくさん書く。
「そうですね。でもあやしいのはリンチ兄妹ではないんですか?」
「まだわからんよ。調べてみないとな。証拠が必要だ。でも証拠は出ないだろうな。ソフィアだったら人間に混じった狐をどうやって捕まえる? 証拠を残さない犯人をどうやって追い込む?」
「飢えるのを待つ……まず学生に密告を推奨します。お互いに不信感を植え付けるのです。そしてリンチ兄妹を孤立させるように誘導。精神的に追い詰めてから尋問します」
やはりソフィアちゃんは発想が怖い。
「そうだな。その手もあるけど学校の人間関係を壊してどうするよ。ダズ、卿ならどうする?」
「……なにもしません」
ダズは自信がないという態度だった。
「なぜ?」
「狐はしょせん狐です。人間には混ざることはできないでしょう。……じきに尻尾を出します? 申しわけない。自分でも意味がわかりません」
ダズは顔を赤くしながら頭をかいた。
「……いやダズ。そのアイデアはいい」
「なにもしないんですか?」
「いや違う。ソフィアのアイデアも頂く」
「任せてください。第零軍の全力を挙げて噂を広めます」
もー!!!
ソフィアちゃん! めっ!
「違うよ! 噂は広めないの! ダズ、悪いけどマーガレットを呼んでくれないか?」
「御意。それでマーガレットさんになにをさせるのですか?」
「狐は人間にはなれないことを証明する。マーガレットの協力で犯人に自分から狐だと告白させる」
俺は笑った。
久々の悪役顔で。
助さん!
悪を捕まえますよ。
このとき俺はある可能性に辿り着いていた。
その可能性を証明するためにはもっと証拠が必要だったのだ。
いくつかは見つかるだろう。
だが要の証拠は見つからないだろう。
もう隠蔽されているはずだ。
だから俺は罠を仕掛けることにした。




