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王子様は一級死亡フラグ建築士 ~城からパクってきた銀のスプーンが黒く変色した件~  作者: 藤原ゴンザレス
鳥籠の中の二人

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クロウ商会

 次の日。

 第二軍の騎士たちが到着した。

 やはり皆一様にごつくて顔が怖い。

 俺の権力には屈しない騎士学科の連中も、第二軍の顔面の暴力性には一瞬で屈した。

 このへたれどもめ!

 と、罵倒する俺も少し怖い。

 その中で指揮を執るのはソフィアだ。

 本来は第零軍の人間なのでトラブルの元だが、第二軍の将軍であるギュンターの娘なのでそこは問題が起こらない。

 第二軍の連中も『お嬢様』とか『お嬢』と呼んでかわいがっている。

 これは良い人選だった。

 ソフィアなら警備の指揮を執らせてもそつなくこなすだろう。

 一人真面目なのがいるとこういうときに便利だ。

 一方、俺の方はは警備の指揮をソフィアに任せて父さんと外出した。

 たった一日でアポを取ってくるとは第零軍の能力は計り知れない。

 相手は結構なVIPだというのに。

 王族仕様の足の速い馬車で約一時間。

 学園だいたい10キロくらいだろうか。

 王都の繁華街に俺たちは辿り着いた。

 繁華街と言っても歌舞伎町みたいなところではない。

 高級店が建ち並ぶ銀座のようなエリアだ。

 さらにその大通りから一方裏に入ると今度は問屋街が出現する。

 ただの問屋街ではない。

 問屋の中でも主に大貴族や王宮を相手にする大店が並んでいる。

 俺と父さんはその中の一つの店に入った。

 父さんは舐められないように略礼装で、俺は道化の仮面とマントで姿を隠した格好だ。

 端から見れば上位貴族とそれに随伴する道化師に見えるだろう。

 商館はクロウ商会。

 マーガレットの実家だ。


「お待ちしてました。ゲイル様」


 中に入ると秘書らしき女性が俺たちに応対した。

 島○作の世界ならもうすでに会頭に手をつけられているはずだ。

 秘書は父さんと話した後、俺を足の先から頭まで見た。

 失礼な視線を相手に覚られるとはまだまだひよっこだな。

 と値踏みしたつもりがガッツリ俺に値踏みされた秘書はにこりと笑うと言った。


「そちらのお方は?」


「将来、宮廷道化師を束ねるであろう期待の星です。ご同席をお許しください」


 ものは言い様だ。


「会頭にお伝えしますわ」


 そう言って秘書は流し目をする。

 「今晩暇ですかー?」って顔だ。


「ふふふ。では今度(……)食事でもしましょう」


 父さんは男の色気をむんむん出しながら言った。

 だけど父さんは一瞬俺の方を向いて「母さんには内緒よ」という顔をした。

 うん安心して。言いつけるから。

 父さんはソファに案内され、俺はソファの横で立たされる。

 うけけ。正体をばらした後が楽しみだ。

 俺がしばらく待つと会頭がやってくる。


「お待たせいたしました。私がクロウ商会会頭のギネス・クロウです」


 茶色い髪の筋肉質の男だ。

 顔はいかつく、鼻は曲がっている。

 殴り合いで鼻が折れたのだろう。

 この世界ではヤクザと商人を分けるのは難しい。

 この世界の商人は街道で襲われても返り討ちにする腕前を持っている荒くれ者が多い。

 そしてそんな商人の親分はヤクザの組長みたいなもんだ。

 そんな強面にも関わらず品が良さそうな紳士に見えるのだから高級品の服の力ってのは恐ろしい。


「主席宮廷道化師のゲイル・ワーズワースです。今日は急なお願いでしたがお会いくださりありがとうございます」


 ワーズワースはゲイルが第零軍将軍になった時に名乗りはじめた姓だ。

 語感がカッコイイという以上の意味は特にない。


「それで、学園での興行での木材や楽器、その他の道具の仕入れと言うことですが」


「ええ、今回は最大で100日ほどの興行が見込まれています。これだけの大きな興行ですので仕入れを一本化しようと思いまして」


 道化師の興行は結構たいへんだ。

 道具を使う芸人は日々道具の故障との戦いだし、テントや椅子なんかもすぐに壊れるので消耗品扱いだ。

 修理する職人もいるにはいるのだが、第零軍は規模が大きいので仕入れを一本化してしまってメンテナンスまで任せてしまった方が安くすむのだ。


「なるほど。それは大がかりですな」


「それと陛下から王宮すべての道化師や楽団の物資について一位年ごとの包括契約をクロウ商会と結ぶ許可をいただきました」


 父さんがそう言うとギネス会頭の顔色が変わった。

 他の予算はいじるといろんなところで死人が出るので、道化師や楽団などの完全に予算の内容を理解していて俺が予算をいじる権利があるものだけの契約だ。

 それでも商会に任せるにはかなり規模の大きい契約だ。


「それはまた大きな契約で……ですが……」


 父さんが勝手にやらかして夜逃げするとか詐欺だった場合の心配をしているのだろう。

 なにせ詐欺だったら確実に破滅だ。

 これは想定済みだ。


「これは陛下の委任状の副本です。正式なものなのでご確認ください」


 父さんは羊皮紙を差し出す。

 俺の指輪の焼き印入りの本物なのだ。


「は、はあ! かしこまりました!」


 うし。完全に主導権は握った。

 俺は仮面の下でニヤリと笑った。


「それともう一つ、担保ですが……」


 父さんがわざと言葉を濁す。


「ま、まだあるのですか」


「ええ。では陛下」


「へ?」


 俺は勢いよく仮面とマントを脱ぎ捨てる。


「残念でした。陛下ちゃんでしたー!」


 ギネス会頭が顔を青くしていた。

 反応に困っている。

 俺は部屋の隅の椅子を勝手に持って来て勝手に腰掛けた。


「……こ、これは失礼いたしました」


 「このクソアホ驚かしやがって」という顔をしている。

 度肝は抜いた。

 話がしやすいだろう。


「悪いな。個人的に頼みがあってゲイルに無理を言って着いてきた」


 俺は胸くそ悪い貴族喋りをする。

 偉そうにするだけの実力がないのに偉そうにするというのは生理的に気持ち悪いものだ。


「それで……殿下の私に何を頼むので?」


「簡単だ。怪我させたくなければ娘に間諜の真似をさせるな。」


 俺が笑顔でそう言うといきなり場の空気が凍った。

 不審者の正体はマーガレットだ。

 気づいた原因はマーガレットの調査書だ。


 マーガレットは次女で次期会頭。


 たいした情報ではない。

 だがこれは明らかにおかしいのだ。

 クロウ商会ほどの商会が次女を会頭候補にするだろうか?

 日本じゃあるまいし。

 日本ですら次女に後を継がせるならコネで商社か銀行に入れて経歴にハクをつけるものだ。

 この世界ならマーガレットの婿を会頭候補にするだろう。

 つまり十代の女の子の調査書に会頭候補なんて入る余地はないのだ。

 おそらくマーガレットの調査書は捏造されたか偽造されたものだ。

 ただわからないのはなぜそんな偽造をしたかだ。

 諜報活動をしたいだけにしては冒険がすぎる。


「娘? ……はて」


 ギネス会頭はごまかすことにしたようだ。

 関係ありませんよと。

 これには二つ効果がある。

 あくまで被害者ぶって会頭の責任追及を避ける効果と、調査を邪魔してマーガレット自身の逃走への時間を稼ぐことだ。

 だがそれは俺が許さない。


「言葉には気をつけろ。もう調べはすんでいる。娘だということを否定したらお前の耳をそぐ」


 俺は笑顔から一転、会頭の喉に噛みつく勢いで睨んだ。

 商人のごまかしはたくさんだ。

 言葉遊びも駆け引きも許さない。

 ギネス会頭は脂汗を流した。


「陛下……どうやら狂犬ってあだ名は本当だったようですな。まったく……どういう生き方をしたらそんな目ができるんですか」


「余は余だ。それ以上でもそれ以下でもない。それに警告はあくまで親切心からだ。マーガレットが怪我する前に止めろ。今、学園には武器を現地で作るようなやつが徘徊している」


 俺がそう言った。

 余という一人称は5年くらい使っていないので疲れる。

 俺の偉そうな上から目線に疲れたのか、ギネス会長はため息をついた。

 すると今までとは打って変わって態度が悪くなる。


「それは無駄ってもんさ。うちのマーガレットは敵討ちの真っ最中さ」


「敵討ち?」


「悪いがマーガレットに直接聞きな。俺はマーガレットを娘のように思ってる。少なくともうちの娘はそれを望んだ」


「それはお前の長女のことか?」


 そう言えば会頭の長女の噂を聞かない。

 婿の噂が立ってもいい年齢のはずだ。


「ああ。だが俺はこれ以上あんたらに話す気はない」


 ギネス会頭の態度は悪かった。

 だがギネス回答の目は今までとは違い意思の光があふれていた。


「なるほど。耳をそがれても言えないわけか?」


「ああ。耳くらいならくれてやる」


 つまり「死んでも言わない」という意味だ。

 こういう人物は脅しにも拷問にも屈しない。

 つまりこれ以上は情報を聞き出せないだろう。


「そうか。あいわかった。本人に聞くとしよう」


 俺は席を立った。


「ふっ……陛下、あんたマーガレットに酷いことはできねえ。だってアンタ、本当にマーガレットを心配して来やがったんだからな」


 ギネス会頭が俺の心を見透かした。

 そうだ。はっきり言って知り合いに怪我をされるのは嫌だ。

 だから釘を刺しに来たのだ。

 子どもに間諜の真似をさせるなと。

 だがそれはマーガレット本人の意思だった。

 本人と腹を割って話をしなければならない。


「なあ陛下。アンタはやることは荒くれ者だが心は騎士のようだな」


 ギネス会頭が俺を指さした。


「買いかぶりすぎだぜ。俺は友達に怪我をして欲しくねえってだけだ」


 俺はぶっきらぼうに、庶民の口調で答えた。

 もうここには用はない。少なくとも事件については。


「友達ね……陛下、アンタは狂犬ってよりは闘犬なんだな」


「なんとでも言え。ああ、そうそう見積もりは出しといてくれ。出したら会議にかけるからな」


「御意に」


 こうして最後だけ慇懃になって頭を下げるギネス会頭を尻目に俺たちはクロウ商会を後にした。

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