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宮廷道化師ゲイル

「父上、私を廃嫡にしてください」


 俺は玉座に座る国王にそう言った。

 そいつは思ったより数倍簡単なプランだ。

 はっきり言って国王になんかならなくてもいい。

 俺は内政チートで世界征服ヒャッハーなどという分をわきまえない野望は持ち合わせていない。

 正直言って弟の家臣になるのに抵抗はない。

 むしろ責任を押しつけられるのでウェルカムだ。

 そうだ!

 女や女や女にうつつを抜かしつつ、絵でも描きながら暇つぶしをする一生はかなり魅力的なのだ!

 廃嫡にしてもらうのが誰もが幸せになる唯一の選択肢なのだ!


「ならぬ」


 常に現実は非情だ。

 だが負けてはいられない。

 俺の前世はサラリーマン(非正規)。

 断られてからが営業というものだと知っている。


「出生の秘密を知りました。王位を継ぐ正当性は弟にこそあります」


 俺は涙を流しながら訴える。

 真実を知り、弟のためにすべてを投げ出す。

 ああ、なんという美しいシナリオだろうか!

 これに感動しないヤツはいない!


「ならぬ」


 こんのクソジジイ。

 だがあきらめない。

 説得はまだ続くのだ。


「寵姫は家族ではなく、家臣です。その子も家臣です。正妃の血を継いでいるのは弟です。ゆえに国王には弟こそふさわしく……」


「ならぬ」


「なぜですか?」


「そなたは誰がなんと言おうとも正妃の子で我が長男である。それは動かぬ」


「私の母が寵姫なのは女中すら知ってる事実ですよ」


「ふむ、そなたの邪魔になるなら女中どもの首をはねてしまおうかの」


「ご冗談を」


「冗談? 王位の承継は国家の安定のために不可欠だ。その承継の妨害は王に対する反逆でしかない。死罪こそふさわしい」


 ひでえ世界もあったもんだ。

 だが俺には勝利の一手があった。


「んじゃコイツの犯人も死刑ですか?」


 俺は黒く変色したスプーンを刺しだした。

 さすがに動揺……


「ほう……案外早かったな。生き残ったか。さすが我が子だ」


 しなかった。

 俺の暗殺まで王の計算の内だった。


「ふむ、そなたが殺されるのは面白くないな。ふむ……どうしたものか……ふむ、あのものに任せるか」


 俺の意思を完全に無視して、王は一人で考え納得する。

 王は一瞬、視線を天井に向けるとおもむろに指輪を外した。

 嫌みったらしい大きさのルビーが光る逸品だ。

 王は俺にルビーの指輪を手渡す。


「それを持って宮廷道化師のゲイルの所に行け。そなたの力になってくれるだろう」


 そう言うと王はまた深い思考をはじめた。

 つまり話し合いは終わりということだ。

 道化師に会えって……国王はなに考えてやがるんだ?



 俺は下働きの人たちの寮へ向かう。

 ここに宮廷道化師のゲイルがいる。

 俺は2階のゲイルの部屋の前に来るとノックをする。


「ゲイルさんいらっしゃいますか?」


「はいはい。今股間に葉っぱをつけますから」


 この人とは親友になれそうな気がする。


「はいはい。どなた?」


 それは茶色髪の男だった。

 30代の半ばだろう。

 騎士のように鍛え上げられた身体。

 首に古い刀傷が走っている。

 これが宮廷道化師のゲイル。

 道化師というよりは俳優のような顔だ。

 ゲイルは俺を見るとゴクリとつばを飲み込んだ。

 国王から連絡が行っているのだろうか?


「で、殿下……」


 ゲイルはまるで幽霊にでも会った顔をしている。

 なにかあるのだろうか?

 だが俺はそれどころではない。

 本題を切り出した。


「陛下からここに行くように言われました」


 俺は指輪を差し出す。


「こ、国王陛下は他になにか仰られましたか?」


「この指輪を持って行けば力になっていただけると言われました」


「……そうですか。よろしければご事情を説明してください」


 ゲイルは俺を部屋に招き入れた。

 部屋には衣装やら本やらが置かれ雑然としていた。

 いや、雑然は間違いだろう。

 必要なものが所狭しと置かれているが、それらは整理されている。

 そこはまるで学者の部屋のようだ。


「片付いていなくてすいません。殿下をお招きする機会が来るなどと想像もしたことがなく……」


 ゲイルは笑いながら言い訳をした。


「いや突然押しかけたのは私の方ですので」


 俺も愛想笑いをしながら、一冊の本を手に取る。

 本のタイトルは『薬草』。

 なるほど、薬に詳しい人物なのだろう。


「実はつい先ほど昼食をとろうと思ったら銀のスプーンが黒くなりましてね……助けていただこうとお願いにあがりました」


 俺は薬草の本をパラパラとめくりながら何事もないように言った。

 もったいぶって言う必要はない。

 むしろ笑い話でごまかせるように気を使う必要があるだろう。

 だが、ゲイルの次の行動は、俺の予想とは違った。

 両手で俺の胸倉を掴んだのだ。

 その顔は真剣そのものだ。


「胸やけはあるか!? 腹痛は!? 喉の腫れは!? 口は渇くか!? 紫色の痣が体にできてないか!? 目を見せろ!」


 おそらくそれらはヒ素中毒の症状だ。

 面食らう俺の手をゲイルは乱暴に掴んだ。

 そしてまじまじと俺の爪を見る。


「白い線は出てない……よかった……」


 ゲイルは安堵の息を吐いた。

 ゲイルのあまりの剣幕に俺は固まる。


「あ……殿下申し訳ありません!」


 口調が荒かったのに気づいたのだろう。

 ゲイルは慌てていた。

 俺はそんなことを気にする人間ではない。

 何事もなかったように答えた。


「いえ。銀食器を使っていたので摂取はしてないかと」


「殿下が危惧しておられる『相続薬』を銀が変色しないほど薄めた毒を徐々に飲ませるという方法もあります」


「相続薬?」


 嫌すぎる名前だ。


「ええ、金のために家族を殺すときに用いる薬ですから」


 この世界嫌い。


「つまり俺を殺すつもりだったのか……」


「その通りです。脅しに相続薬は使いません。脅しでしたら……例えば漆を食事に混ぜたりします。全身にできものができますからね」


「なるほど……母を罠にはめるためとは考えられませんか?」


 どちらの母なんていう野暮な説明はしない。

 道化師は宮殿内の情報通だ。

 噂を知らないはずがない。


「いいえ。それだけはないでしょう」


 ゲイルは断言した。

 だが今までのように論理的な理由の説明はない。

 しかもその声は震えていた。

 俺はそれ以上聞くのをやめた。

 後で穏便に聞き出せばいいだろう。


「そうですか。ところでゲイルさんは、一体何者なんですか?」


 国王陛下が紹介したのだ。

 ただ者ではないだろう。


「いやー、実は私、今から10年ほど前に陛下を殺しに城へ忍びこんで捕まっちゃった元暗殺者なんです。はっはっはっはっは!」


「はい?」


 今すげえこと聞いたぞ。


「暗殺に失敗したときに笑えるヤツだ芸人になれと陛下が仰りましてね。気がついたら今の状態に……はっはっはっはっは!」


 酷え話もあったもんだ。

 我が父親と言え相変わらずなにを考えているかわからない。


「ですのでこと暗殺に関してはこの王宮で一番詳しいと思います。このゲイル、殿下のお命をお守りさせていただきます」


 ゲイルは芸人らしく頭をぴしゃっと叩きながら言った。


「は、はい。よろしくお願いします」


 俺はなんとか返事をした。

 ゲイルの言っている事は滅茶苦茶だ。

 だがその毒に関する知識は役に立つ。


「あの……ところで具体的にはなにをすればいいでしょうか?」


「そうですなあ。まず殿下には暗殺の技術を覚えていただきます」


「はい?」


 おいおい。

 俺は暗殺者になるわけじゃねえぞ。

 俺はよほど変な表情をしていたのだろう。

 ゲイルは破顔しながら説明をする。


「暗殺されないためには手口を知ることが一番です。暗殺なんてものはたいていは一発芸ですからな」


 どうやら俺はとんでもないヤツに相談したようだ。

 発想がぶっ飛んでいる。

 ゲイルも、陛下もだ。


「こちらも準備がありますので明日の朝からでいかがでしょうか?」


「は、はい」


 と、言いながら逃げよう。

 俺は心に誓った。

 暗殺術とかマジ勘弁。


「で、では明日」


 俺は顔を引きつらせながら部屋を出た。

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[一言] 実父かな?
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