ソフィア
朝。
俺は飛び起きた。
男子寮の最上階。通称VIPルーム。
俺とフィーナが住む区画だ。
なぜ男子寮かというと警備の都合だ。
俺たちの部屋に行くには騎士学科の学生の部屋の前を必ず通ることになっている。
一階丸ごと俺たちの居住空間として提供されていて数部屋もあるので俺とフィーナの寝室は別だ。
決してラッキースケベなど起こさないのだ。
俺たちはもう子どもではない。
間違いが起きることを周囲は今か今かと待ち望んでいる。
だからこそ俺の意向で寝室は分けている。
人に期待されるとわざと斜め上の行動に出たくなるよね?
しばらくは意地でも清い関係でいてやる。
外には宿直の兵士が寝ずの番を行っている。
セキュリティは完璧な部屋だ。
だがなんだか不安なのだ。
不安の原因はすぐにわかった。
「この足音は……」
廊下から響く足音。
その音は体重は軽いが重心が均一で足全体をつけて歩く無駄のないもの。
騎士学科……いや騎士学科の学生にはこれほどの運足は難しい。
その足音には憶えがある。
そうヤツが来たのだ!!!
俺はベッドから飛び出し走った。
「ふぃ、フィーナ!!! ヤツが来た!!!」
俺は靴を手にノックもせずにフィーナの部屋に押し入る。
「ふえ。もう! いきなり入ってこないでください!」
「そんなこと言ってる暇はない! ソフィアが来た!!!」
俺は顔を青くして言った。
俺はフィーナの部屋から窓から逃げようとし、フィーナも逃げるために靴を履いた。
だめだー!
早く逃げないと!
ところが人生ってのは無常だ。
全てはフラジャイル。儚いものなのだ。
「失礼します!」
腰に剣を差しブレストアーマーを着た銀髪をおさげにした少女が部屋に入ってくる。
俺は冷や汗を流しながら窓から脱出……だが回り込まれた。
襟をつかまれる。
痛いニャー。
「陛下なにをしているのですか」
美しく微笑む彼女の名前はソフィア。
ギュンターの娘だ。
いや正確に言えばギュンター夫妻には血を分けた子どもはいない。
ソフィアはとある分家筋の伯爵令嬢だったのだが、流行病で親がなくなり主家のお家争いで暗殺されそうになった所を国王だった父上に保護された。
もちろん主家の方は父上に面白半分にめちゃくちゃにされ断絶。
後ろ盾がなくなったソフィアを持て余した父上がギュンターの養子にした。
サイコパスである父上の命令さえなければギュンターは情に厚く誠実で常識人だ。
面倒くさくなって丸投げした任務を懸命に遂行、つまり自分の娘として十分な愛情を注いだのである。
……ただしギュンターは暗殺者あがりのため愛情のあまり娘にもほとんどの技を伝えた。
ギュンターの嫁の方も男親ってこうなのかしらとそれを止めなかった。
その結果、ソフィアは強くなった。俺よりも。
二つ年下の女の子なのに!
「また逃げようとなされたのですか?」
笑顔だ。怒ってる!
「チ、チガウヨ」
俺は焦る。
ソフィアの性格は一言で言うと真面目。
そこは俺の育ての母であるシェリルと似ている。
ただし度が過ぎた真面目だ。
しかも義理の父親であるギュンターを盲信している。
つまり尊敬する父であるギュンターが忠義を誓う俺は彼女にとって神のような存在なのだ。
もちろん俺はそういう子には思う存分ダメな面を見せつけた。
いい加減で怠惰で善悪を判断しようとしないし、悪事はなるべく隠蔽しようとする。
それを間近で見せつけたのだ。
ところがソフィアはその程度ではへこたれない。
俺はまだ本気を出してないだけだと確信したのだ。
俺は常に本気なのよ。
それもソフィアからすると世を忍ぶ仮の姿。
しかも五年前に陰謀を暴き悪を成敗したとギュンターに嘘を吹き込まれそれを信じている。
その結果、ソフィアは俺に正義の味方の強要をするようになった。
いや俺だけじゃない。
フィーナにまで正義の味方を強要するのだ。
やれマフィアを成敗しろだの、犯罪組織を潰しに行こうだの、悪代官を成敗しようだのと命がいくらあっても足りないわ!
簡単に言うとソフィアはお銀と不倫旅行がしたいだけの水戸黄門に悪代官を成敗させたい助さんなのだ。
「父の命で護衛を仰せつかりました」
「ソウデスカ」
「学園で起こった怪事件。それを陛下は解決なさるのですね!!!」
ソフィアは鼻息荒く目をキラキラさせている。
俺ちゃん急にやる気がなくなってきたぞ。
「ま、まあ大方そうですね。で、ソフィア。ギュンターに頼んだ資料は持ってきましたか?」
「はい。怪我をしたのはモーリス・ケネス。庶民法院の判事の長男です」
庶民法院とは民事や商事裁判専門の裁判所だ。
ただし地方の訴訟は領主に委ねられているし、王都でも普通の民事は町役人の仲裁で解決するのが慣例だ。
なので扱う訴訟は契約や輸入関係などの商事で、本当の庶民に関係があるのは偽薬や大規模な詐欺くらいだろう。
そこの判事というとエリートだが中流階級に属する。
爵位は準男爵。これは判事などの特殊な職に付随する爵位で一代限りのものだ。
そういう意味では庶民階級と貴族階級の狭間にいるとも言えるだろう。
「いじめでしょうか?」
フィーナが言った。
「いや、それはない。トラブルの元である上流階級の子弟は俺を含めて騎士学科に強制入学させたし、ことあるごとに『君らは庶民を守る高潔な騎士だ』と洗脳してるから意識は高い。それに問題を起こしそうなやつはすでにシメた」
鉄拳制裁しか通用しないやつとは拳で語り合った。
カウンセラーという名の密告システムもちゃんと作動している。
いじめが発生しにくい仕組みを作ったはずだ。
と、自画自賛する俺の首筋がなぜかひやっとした。
「洗脳? 騎士は庶民を守る高潔な存在ですよ? あはは。ご冗談が過ぎますよー」
虚ろな目で垂れた髪を口にくわえながらソフィアが言った。
ヤンデレやめてー!!!
「何度も言うことで高潔である事を叩き込んでいるんですよ?」
疑問系なのは俺自身が自分の発言を全く信じていないからだ。
「陛下のお考えを疑うなんて私が未熟でございました!!!」
「ヨキニハカラエ」
もうね。この緊張感が嫌なの!
盲信してくれるのはいいけど、正義の味方と思われたらたまったものじゃない。
地雷さえ踏まなければ妹みたいで可愛いんだけどね。
「それで他に情報は? 例えば親の方が誰かが恨まれているとか?」
「ケネス準男爵は判事ですから。判決を下した案件はほぼ敵を作っていると考えられます」
「なるほどね。ところでモーリスの容態は?」
「資料になかったので先ほど聞いてきました。残念ながらあちこちを骨折しているせいか意識は戻ってません」
この世界の医療水準だとかなり危ないという意味だろう。
首の骨を折っていなければいいが。
「フィーナ。悪いけど俺の名前でケネス判事に手紙を書いてくれるかな? 気遣ってるよって感じのやつ」
俺は字が下手なのだ。
「はいレオン。謝罪はいかがいたしますか?」
二人きりではないのでフィーナも丁寧な口調になる。
「原因がわからないからとりあえず謝罪はなしで」
「わかりました」
「ソフィアは……俺の護衛か」
「もちろん」
「同じ学科の学生の名簿を見たい。事務室に行くぞ」
こうして俺は助さんことソフィアと事務室へ急ぐのだった。




