メリルは語る。王国の闇を。
その時すでに頭の中はこんがらがっていた。
ゲイルが俺の父親だって!
なんでこうなった?
王は俺を王にしたくないから殺そうとしたのか?
それとも……
俺はシェリル……ではなくメリルの所へ急いだ。
『母親』とはシェリルのことではなくメリルのことなのだ。
俺は護衛の騎士たちを後方に引き離してメリルの部屋になだれ込んだ。
非常識な行動だが仕方がない。俺には選択肢などないのだ。
「きゃあ!」
驚いた侍女が悲鳴を上げた。
「あ、あれ、レオン様?」
「ぜ、ぜえ、め、メリル様にお取り次ぎを」
ダメだ。息が切れる。
「は、はい! メリル様! レオン様が急にいらして」
俺は呼吸を整えようとするが、どうやら焦りすぎてスピードが限界を超えてしまったようだ。
全く呼吸が整わない。
「レオンちゃん。どうしたの?」
メリルが慌ててやって来た。
俺はぜえぜえ言いながら説明する。
「げ、げふ、ゲイルにげふッ、じぇ、全て聞きました。げふ。ゲイルは……げふ」
俺はメリルにぶちまけた。
侍女に聞かれてもこの程度の情報量じゃどうせなに言ってるかなんてわからない。
でもメリルには伝わるだろう。
予想通り俺の言葉でメリルの顔つきが変わった。
メリルは侍女たちに指示を出す。
「みんなごめんね。ちょっと外してくれるかな? レオンちゃんと二人っきりで話したいの」
「は、かしこまりました」
侍女たちは慌てて出て行く。
普段から関係が良好なのだろう。誰も逆らうものはいなかった。
さすが王宮という女社会を生き抜いただけはある。
やはりメリルはただ者ではない。
侍女たちが出て行くのを見ながら俺は息を整えた。
今度はなんとか息を整えられた。
俺は絶対に外に漏れないように小さな声で言った。
「私は王ではなくゲイルの子なんですね……」
メリルは顔を歪め、その目には涙が浮かんだ。
ああ……やはり。
もうゲイルに真実を教えられていたというのに、俺はようやく心の部分で本当の父親がゲイルである事を理解した。
そうか……やはり俺はこの世界の異物だったのだな。
俺は一度瞬きをすると手を震わせながらもう一度同じことを聞いた。
「やっぱりゲイルが父さんなんですね……」
メリルは頷くと唇ときゅっと噛む、そして話を始めた。
その姿を見た俺も胸が痛くなる。
「今から10年前、幼なじみだったゲイルと私は結婚していた。私が妊娠したのを知ってゲイルは喜んだっけ……」
まるで子ども時代を語るような口調でメリルが言った。
どうして壊れてしまったのだろう。
そう言いたげな声だった。
王は一つの家族を地獄に追い込んだのだ。
「そこを王国が……王国の命令で将軍職に就いたばかりのギュンターが襲撃したんですね」
「そう。私は戦利品として王に献上されあなたを産んだ。あとは知ってのとおりよ」
「父さんはなぜ大人しく王に従っているんですか」
俺がわざと「父さん」と言うとメリルは両手をきゅっと握った。
自分が生き残るために実の親を追い込む。そんな自分の浅ましさに反吐が出る思いだった。
気分が悪い。
「ゲイルは私とあなたを取り戻すために城に忍び込んだところを捕縛されたの……」
ゲイルを捕らえた王は俺の命と引き替えにゲイルに絶対服従を誓わせた。
やはり俺は人質だったのだ。
おかしいと思っていた。
俺は第一王子だというのに侍女も少なければ、警護も薄い。
ローズ伯爵が目をつけなければフィーナと会うこともなかっただろう。
いつ死んでもいいと思っていたのかもしれない。
そんな俺を父さんはずっと守っていたのだ。
「父さんは私を人質にされたから王に大人しく従っていたんですね」
「……うん。ゲイルは私とレオンを人質に取られた」
ああ、やはり一連の事件を仕掛けたのは王だったのだ。
でもなぜ?
それはハイランダー討伐に秘密があるに違いないのだ。
「全てはハイランダー討伐から始まった。ハイランダー討伐の真相ってのはいったい……」
メリルの肩が震えた。
「……レオンは賢いからもう知っていると思うけどハイランダーはこの国の元々の支配者だったの……私たちの歴史ではジョン一世は酒宴でハイランダーの王をだまし討ちし、この国を乗っ取った。それがこの国の起源」
「でもジョン一世はただの庶民ではないですよね?」
ただの庶民が国を乗っ取れるとは思えない。
つまりジョン一世はハイランダーの貴族、それも上位の貴族、もしくは王族のはずだ。
「当時のハイランダー王の従兄弟だったと言われてるわ」
やはり王族だった。
彼らは国を盗むことには成功した。
だが後ろめたかった。だから王かその子孫が歴史を捏造したのだ。
「それでハイランダーは国を取り返そうとしたんですね……」
当然だ。
復讐は人殺しの理由になる。
俺でもやったかもしれない。
「いいえ。そんな力はハイランダーにはないわ。私たちは傭兵や暗殺者をしながら細々と生き残ってただけ」
「じゃあなぜ滅ぼされたんですか!」
「彼らはどうしても欲しいものがあったの」
それを聞いたとき俺はあるものを思い出した。
『王の剣』だ。『王の剣』を奪うために王国はハイランダーを滅ぼしたというのだろうか?
「王の剣……」
俺はつぶやいた。
「そうね。その本当の意味を知りたいの?」
「是非に」
メリルは頷いた。
そして棚からなにかを出す。
それはぼろぼろの羊皮紙だった。
「これはこの国の王の家系図」
「家系図……それになんの意味が?」
家系図のどこに秘密があるのだろうか?
「いいから聞いて。これが真相よ」
メリルは俺の目を見据えた。
目が腫れている。
「まずジョン三世。国王の両親を見て」
メリルが王を指をさす。
その上には王の両親が書かれている。
「彼の父親はラーズ二世。そして母親はアンリ。外国からの花嫁とされてるわ」
「されている? 実際は違うの?」
「ええ。二人は血を分けた兄妹よ」
……聞かなきゃよかった。
この国はなにしてやがるんですか!
回り回って俺に被害が及んでるんじゃねえか!
「えーっと……なぜそうなったんですか?」
「ラーズ二世の親の代は外国に領土を踏み荒らされた時代だったの。ラーズ二世の母も外国に人質に取られて妹と引き離されたの。そしてラーズ二世が成人すると領地を取り戻した。調査で家族は死んでいたとわかるとラーズ二世は激怒した。そしてその国へ和解のために妻を献上させたの」
爺様酷えな。
よく考えたら俺の爺様ではないのか……
少し頭が混乱してきたらしい。
「その国がラーズ二世への嫌がらせを考えた。切り札として身柄を抑えていたラーズ二世の妹を妻として献上したの。国王の長女としてね。妹はなにも知らされてなかったし、周りも複数の人質を取られて口を閉ざしていた……そして子どもができたのを見計らってその国はラーズ二世に教えた。お前は妹との子どもを作ったってね」
クズ過ぎる……
どれだけ悪意があればそこまで非道なことができるんだ……
この世界嫌い!
「ラーズ二世はさんざん悩んだ。妹を本気で愛してしまったんでしょうね。そして徐々に狂気に蝕まれていった。最後は妹……妻を殺して自殺したわ。それを見た幼いジョンは復讐を誓った。成人してからその国をジョンが滅ぼしたの。なぜ名前がないというかとね。この国では禁忌なの……全ては焼き尽くされ記録すら残ってないわ」
俺は言葉が出なかった。
でもおかしい……
「なぜ私が知っているんだろうって顔ね。ジョンに時が来たらレオンに全てを教えるように言われてたの」
俺は奥歯を噛んだ。
またもや王の手の平の上でもがいていたのだ!
俺は悔しさでいっぱいだった。
いつか一発殴ってやる!
「そしてジョン三世の話になるわ。奥歯を噛むのはやめて。これからはもっと酷い話だわ」
「白い結婚って知ってる?」
白い結婚は事実上の夫婦関係がないということだ。
この世界でも十分な離婚原因になる。
本当だったら知らないと言う方が正しいだろう。
だが俺は知っていることを正直に言うことにした。
「知って……います」
「その様子じゃ本当に知っているようね」
「シェリルと王は白い結婚だわ」
つまり王はシェリルに指一本触れてない。
「……やっぱりか」
その可能性は考えていた。
俺は頭から否定していた。
でももう否定することはできない。
俺が狙われたときにエリック叔父が現れた理由。
やはりランスロットの父親は……
「ランスロットの父親はエリックよ」
やはりだ……
浮気ではない。
王とシェリルは夫婦ですらなかったのだ。
「私はずいぶん前からシェリルの相談を受けていたの。それで王に言ったわ。エリックと夫婦でいさせてやってとね」
王の公認だったのか!
聞かなければよかった。
俺は人生の中で一番後悔していたことだろう。
ああ、全ての人間を不幸にしているのは親父なのだ。
俺の幸せ家族は今この瞬間、完全に壊れた。
そして永遠に元には戻らないのだ。
「じゃあエリック叔父が俺を殺そうとしたのはランスロットを王にするために……」
「違うわ。エリックはあなたが王の子だと思っている。だからいつか殺されるんじゃないかと怯えていた。だからあなたを殺そうとした。シェリルの方はあなたのことを本当の子だと思っている。私のことを姉、姉の子は自分の子ども、そう思ってるの。だからエリックからレオンを守るために実家に助けを求めた」
どうしてこんなにねじ曲がってしまったのだろう。
俺の日常は完全に崩壊したのだ。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
俺は無邪気に砂上の楼閣で呑気に暮らしていたのだ。
「わ、私を殺そうとしたのは誰ですか!?」
「わからない……レオン、ジョンに子はないわ。ジョンは子どもが作れないの。でも……ランスロットは、ランスロットだけは王にすることはできない。わかるわね。狙われているのはランスロットよ」
頭が痛い。
どうしてこうなった?
精神キャパシティを超えたのだろう。
先ほどから頭痛が止まらない。
知恵熱かもしれない。
だが俺はオッサンの部分を総動員して冷静に考えていた。
俺はランスロットがかわいい。
守ってやらねばならない。
それができるのは俺たちだけなのだ。
どうやって救う?
そうすればいい?
「ち、父上はなにを考えているんですか?」
「わからない。ジョンはずいぶん前から狂ってる。静かに狂っている……だけど誰も気づいていない……」
俺だって気づかなかった。
なんで気づいてやれなかったのだろう。
俺がもっと注意深く観察していれば完全に壊れる前に救えたかもしれない。
いや無理か……ずっと前から親父は壊れていたのだ。
「では、わ、私は最初から……産まれたときから騒動に巻き込まれる運命を決められていたと言うことですか……」
「違うわ……少なくても私たちがそんなことはさせない。10年をかけてあなたを守ってきたわ。絶対にあなたを守る」
嫌な予感がする。
メリルとゲイルはなにかを企んでいるに違いない。
「……ダメです。それはダメです。私は実の両親ともっと一緒にいたい」
メリルが俺の手を握った。
ああ、ダメだ。
なにを考えようとも絶対にあの親父は企みを予想している。
「お願い信じて……ゲイルはどんな時でもあなたの味方よ……それにもう終わるから」
え?
なんだって?
俺は聞き出そうとした。
だがそれは無理だった。
ドンという音がして壁が開け放たれた。
そこにいたのは護衛の騎士たち。
外で待ってる約束だっただろうが!!!
「レオン様! 陛下が! 陛下が!」
なんだろうか。
嫌な予感がする。
「陛下がお倒れになりました!!!」
俺の頭の中を頭痛が支配する。
騎士の言葉は俺の想像の斜め上を行っていたのだ。




